一発逆転の向こう側
春先の夜、雨。
ひかりがコンビニから戻ると、部屋の前に見知らぬ女が立っていた。
長い髪にハイヒール、赤い口紅。タバコの煙と一緒に、冷たい目線がこちらを射抜いてくる。
「……アンタ、流星の女?」
「は? 誰?」
「ふーん、あいつ、また家出少女に手ぇ出してんのか」
「……何が言いたいの?」
女は鼻で笑って、バッグから一枚の写真を出した。
そこには、まだ少し若い流星と、小さな子供を抱いたその女が写っていた。
「“元カノ”って紹介されるのも嫌だけどさ、私、一応この人の“元・妻”なのよ」
「……え?」
「流星、逃げたの。借金と育児と、現実から全部」
女は写真を落とすと、そのまま階段を下りて消えた。
ひかりはその場に立ち尽くして、冷えた手で写真を拾った。
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部屋に戻ると、流星が何事もなかったようにカップ麺をすすっていた。
「ただいま。雨、ヤバかっただろ? ほら、コーン増しのやつ買っ――」
「流星」
「……ん?」
「アンタ、子供いるの?」
麺の音が止まる。
ひかりの目の奥に、今までなかった色が宿っていた。
「……いた」
「“いた”って何」
「3歳のとき、離婚した。養育費も払ってねぇ。逃げた。全部から」
「どうして言わなかったの?」
「言って、どうなんだよ。俺みたいなやつに、未来なんて任せられねぇだろ」
その瞬間、ひかりは言葉が出なくなった。
同じように「逃げてきた」者同士。
でも、逃げたものの重さが違った。
「……あんた、最低だね」
「知ってる」
「でも……それでも、嘘つかれるよりはマシだった」
流星の目に、初めて本物の後悔が浮かんでいた。
「ひかり。俺、お前といたら変われる気がした。けど、それってズルいことなんだろな」
「ズルいよ。でも、あたしもズルいから、わかる」
「……まだ、ここにいてくれるか?」
「まだ、ね。でも、これからの行動次第」
その夜、ふたりの間には重たい沈黙があった。
でも、その沈黙すらも“ちゃんと向き合った証”みたいに、どこか意味のあるものだった。