プロローグ
この世界には、誰にも見つけてもらえない夜がある。
傷を見せたら捨てられる気がして、
本音を言えば壊れてしまいそうで。
だからあたしは逃げたし、
だから彼は、誰かのために笑うことしかできなかった。
でも、そんなふたりが出会って――
ただの逃げ場所だったはずの六畳一間が、
「帰ってきていいよ」って言える場所になった。
これは、恋じゃないかもしれない。
依存でも、救済でもない。
それでもあたしたちは、
この手を離さないって決めた。
名前のない愛の話。
――“ただいま”と、初めて言えた場所で。
東京、歌舞伎町。ネオンの海に溺れながら、17歳の佐倉ひかりは今日も眠れない夜を彷徨っていた。
バッグ一つ、スマホの充電は3%、所持金はパチンコで溶けた。最後に勝ったのはいつだったかも思い出せない。
「ついてねーな、マジで……」
そんな言葉を口にした瞬間、ちょうど目の前で男が転んだ。
黒いスーツに金髪、ネクタイはヨレていて、コンビニの袋から缶チューハイが転がり出た。
「……運なさそう」
「お互い様だろ」
顔を上げたその男は、25歳くらい。ホストにしては目が死んでいた。
名前は流星。だけどその運命は流れ星のように、地面に激突してばかり。
「今日、7万スッた。全部、海物語」
「こっちは2万。北斗」
「センスないな」
「そっちもな」
奇妙なシンパシーが生まれたのは、たぶんその瞬間だった。
ひかりは行く場所がなく、流星は帰る理由がなかった。
「ウチ来る?六畳一間だけど」
「死ぬよりマシ」
そうして始まった、運も未来も不安定な二人の同居生活。
パチンコ屋とコンビニを往復しながら、時々ふたりで「勝てば人生変わるかも」と笑う。
だけど、本当に変わっていったのは――運でも金でもなく、心のほうだった。