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二頁 過失

 若い女の血を飲むことを止めトマトジュースに切り替えてから、すっかり老化が進んでいるように感じる。


 我輩の老い先はもう短いのかもしれない。

 八百年もの間、好き放題に生きてきた人生だ。もちろん悔いは無い。だが改めて「老い」を実感すると、恐怖心が込み上げてくるのを感じる。


 我輩の肉体が朽ち果ててしまったあと、この広大な敷地に佇む我が城はどうなってしまうのだろうか。

 愚かな人間達に占拠され、やがては競売にかけられ、人手に渡ってしまうのではないのか。


――耐えられない――


 死にも勝る屈辱だ。

 八百年の間、人間社会を見てきたが、彼らは実に愚かだ。

 幾度も争いを繰り返し、血なまぐさい暴力や略奪が途絶えることはない。


 そして彼らはとてつもなく残忍だ。魔女狩りと称し、罪も無い何万人もの男女を処刑してきたりもした。

 悪魔崇拝を行っている秘密結社なども、教会の敵とみなされ迫害を受けてきた事実がある。だがそれらの秘密結社は単に、自分達の信ずる「神」を崇拝していたにすぎないのかもしれない。

 それを教会は「悪魔崇拝」だと声高らかに断言し、行動を起こした。


 資源を巡る争いや宗教戦争など、今日でも争いが止むことはない。

 その愚かな人間どもの血を啜ったところで、我輩には何の罪悪感も残らなかった。人間が家畜を食するように、我輩もまたそういう感覚でしかなかった。


 しかし今ではどうだ。トマトジュースを飲み、献血にまで参加する始末。同胞が知れば、我輩は頭がおかしくなったと思うことだろう。


 だがこれで良いのかもしれない。我輩にはもう何も思い残すことはない。

 一人の人間の女を愛し、不覚にもその血を啜ったことで失ってしまった愛を、もう取り戻すことはできない。


 何かを「失う」のは、この長すぎる人生の中で初めての出来事であった。

 これ以上何を欲すれば良いのか。我輩には人間のような「無限の欲望」など備わってはいない。


 もともと希望というものを持たない我輩にとって、絶望などが込み上げてくるはずもないのだが、まるで血の抜けたようなこの感覚が、「絶望に似た感覚」であるということをなんとなく思わせる。

 それとも献血に参加したせいなのだろうか?


 そもそも我輩が献血に参加するなど前代未聞だ。

 あのナースの驚きようといったら、いま思い出しただけでも、腹の底から笑いが込み上げてくる。彼女の血を啜りたい衝動に駆られたが、なんとか堪えることができた。

 城へ戻り、すぐにトマトジュースを飲んだが…。まったく味気のない一日だったと思う。


 あとどれだけ我輩がこうしていられるのかは分からないが、なんとかこの城だけは守りたい。我輩のこの「八百年間そのもの」なのだから。

 そうはいっても、手段はたったの二つしかないだろう。

 若い女の血を啜り生き延びるか。それとも…


 窓の外から、自動車のエンジン音と共にゴムタイヤが砂利を踏みつける音がする。

 どうやら訪問者のようだ。続きはまた後日書くことにしよう。

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