#82 絶望は来たりて
「フォレンさん……なんで」
エレンはその姿に驚く。ゼイアが出したとは思えない。フォレンは不気味に笑うだけだった。
と、そこへ羽音がしてゼイアが現れた。着地した彼は肩で息をして右腕を押さえていた。怪我をしている。
「……くそ、てめェどうやって……」
「うん? クザが言っただろ、お前の力なんか簡単に解ける。純潔な神徒ならまだしも、穢れた神徒の力なんか……なぁ?」
「……奴の入れ知恵か」
ぎり、と歯軋りするゼイアに、エレンは呼び掛ける。
「ゼイア! 兄貴は?!」
「────アレスと一緒だ、近くにいる」
それは……安心していいのかどうか。ともかく姿は見えない。エレンはフォレンに視線を戻す。すとんと降りて来た彼は、にこりと、いつも通りの笑みを浮かべた。
「こんなとこまでわざわざ自ら来るなんて、俺のことほんとに好きだなぁ、ディエゴ」
「ふざけるな。その気持ち悪い笑みをやめろ」
「────えぇ。優しそうに見えないか」
顎を右手で撫でながら、フォレンは片眉を上げた。顔に邪気が戻る。
「コリエはどうなった?」
「……右腕が動かなくなった」
「そうか、生きてるのか。あのまま死んだと思ってたのに」
ふうん、と目を細めるフォレンに、ディエゴはナイフを握る手を握り締める。
「てめェは絶対に許さねェ」
「許されようだなんて思ってねェさ。だが……俺は平穏に暮らしたいんだ。その邪魔をするなら消すよ、全員。まぁ、もし俺を殺せるっていうのなら……それはそれで構わねェが」
「……あぁ?」
「黙って殺される気もねェけどな」
ふっと、フォレンの姿が消えた。一瞬にしてディエゴのすぐ目の前に現れたフォレンの拳がディエゴを吹き飛ばす。近くにいたエレンも思わず後退りした。
「ディエゴ!」
長身の男が叫ぶ。フォレンはそちらを見ると首を傾げてニヤリと笑う。
「……新顔だな。名前は?」
「────ダグァス・ヘイマン。話は聞いているぞフォレン・レミエル」
「へえ」
「相変わらずの馬鹿力め……」
ディエゴが体を起こしている。額からはダラダラと血が流れているが……。
「あれ。お前そんなタフだっけ?」
興味深げに目を見開いて笑ったフォレンは、不意にエレンの方を見た。
「おいエレン」
「えっ、はいっ?!」
「お前の相棒回収して引っ込んでろ。邪魔だ」
「ええ……」
なんだろう。先日よりも随分と理性的だ。怖いのは怖いけれど。
「……あっ、ケレンは! ケレンは見ませんでしたか」
「知らない。勝手に探して来いよ」
冷たい。以前のフォレンならあり得ない。だが、ともかく今フォレンはディエゴたち襲撃者にしか興味がないようだった。
はっとしてアーガイルの方を見る。彼の方も解放されていた。立ち上がってこっちに向かって来ているが、フラついている。
「アル! 大丈夫か!」
「これくらいどうってこと……」
「おっと」
隣に来たところで、アーガイルはよろめいてエレンにもたれかかった。それをエレンは支える。
「顔色悪いぞ」
「……大丈夫だ、イルたちが内から治してくれてる」
精霊たちか。そういえばエレンもエレボスに治癒魔術をかけてもらったことがある。ならひとまず大丈夫か。
「────さて。じゃ、かかって来いよディエゴ」
右手でひらりと挑発するフォレン。対してディエゴは強く踏み込んだ。
ガキィィィン! と激しい金属音が響く。ディエゴのナイフによる刺突攻撃を、フォレンが左腕で容易く受けていた。キリキリと金属同士が擦れる音がする。
「……お前……その右目はどうしたんだよ」
「失くした」
そう軽く答えて、フォレンはナイフを弾き間髪を容れずに足払いをかける。それを後ろに跳んで躱したディエゴはさらにナイフで攻撃を仕掛ける。しかしフォレンはまた同じように受けると、突き放すように左の蹴りをディエゴの腹に入れた。
「ぐっ!」
さらに叩きつけるように、右の蹴りがその後頭部に入る。
「……っあ……」
地面にうつ伏せに倒れるディエゴ。圧倒的だ。
「俺に戦い方を教えてくれたのは……お前だったな」
フォレンは彼を見下ろしぽつりとそう言う。ディエゴはゆっくりと体を起こすと、下を向いたまま口を開く。
「……俺はお前に期待してたんだよ。将来、俺の右腕としてはたらいてくれるって。だから、お前には全部教えた」
「マジで。はじめからあんなこと考えてたってのか」
呆れたように笑うフォレン。ディエゴは顔を上げ、笑う。
「当たり前だ。なんのために俺が仲間を集めていたと。あんなゴミ溜めで育って、ただ生き延びるためだけに群れていたと思うのか。誰も俺たちを助けちゃくれなかった。奴らは、見て見ぬフリをしていたんだ。あんな施設まで作っておいて。あのゴミ溜めに蓋をして、都合のいい時だけ利用してやがったんだ」
「……知ってたのか、研究所のこと」
フォレンはそう言って目を細める。笑みが消える。逆にディエゴは笑みを深める。
「ああ! あそこに暮らしてて知らない奴はいなかった! だから……施設から逃げて来たとお前から聞いた時、心躍ったよ。軍が秘密裏に行っていた非人道的な実験、その被験者。お前は俺の計画にピッタリだった」
二人の会話を聞いているエレンとアーガイルは息を呑んだ。知らない世界の話だ。フォレンの正体────悍ましい軍の過去。
何事もなかったかのように立ち上がったディエゴは、興奮した様子で続ける。
「考えてもみろ! 自分たちが作りだしたものに潰されるんだ! これほど気味の良いことがあるか。お前は俺の嫌いな偽物の正義をぶっ潰すのには打ってつけの存在だったんだよ、フォレン」
フォレンは冷めた様子でそれを聞いている。ディエゴも肩の力を抜くと、ため息混じりに言った。
「……お前が軍にいると知った時は驚いた。なぜだ」
「────お前らのせいで忘れてたんだ。俺が何者なのか。それだけだ。今となっては忌々しい話だな。叛逆者になって良かった」
フォレンはそう言うと、不思議に思って首を傾げた。
「それで。何でお前はそんなピンピンしてんだ。おかしいだろ、さすがに」
と、再びディエゴに向かって跳ぶと蹴りを入れる。それをひらりと躱したディエゴはフォレンの足をナイフで斬り裂いた。
「!」
「お前の知らない新しい力を手に入れた。それだけだ」
血飛沫がディエゴとフォレンを紅く、点々と濡らした。
「フォレンさん!」
「……うるさいな。まだいたのか」
思わず叫んだエレンにフォレンはそう返すと、続けて振られたナイフを左腕で弾くと不意に体を大きく反らせる。その上を、チャクラムが通り過ぎた。バク転して立ち上がったフォレンは両手をポケットに突っ込むと、振り向いてダグァスに笑いかけた。
「いけると思ったのか?」
「……」
「何人でかかって来ても無駄だ」
と、前方からディエゴが攻撃を仕掛けてくる。それをまたフォレンの左手が、受ける。
「……もう一つ。この腕はどうしたんだ」
「失くしたんだ。でも、イカすだろ」
「全くだ」
左足を軸にした回し蹴り。後ろに跳んで躱すディエゴ。少し離れて、ナイフをフォレンに向けて止まる。
「……お前はほんとに変わらないな……まだそのナイフ使ってんだ」
「人を殺すには十分だ」
「人は、ね。だが俺はどうかな」
その時また背後からの殺気を感じて、フォレンは振り向き様に左腕を上げる。それが弾いた鉄針が地面に落ちる。
「だから無駄だって。学ばないなクロ……」
しかし、振り向いた先にいたのはクロフェアではなく怒りを湛えた目をしたフュライトだった。
「……なんだ。下手な投擲だと思った」
「────!」
怯んだフュライトにフォレンは笑う。
「復讐って感じの目だが……コリエのことか? そんなに大事か、奴のことが」
「……当たり前じゃない!」
「ふぅん。吐き気がするな、そういうの」
「!」
ギリ、とフュライトは歯を軋ませ目を見開く。激昂して拳を握り締め、再び落ちていた鉄針を手にし、叫ぶ。
「アンタ────……!」
一瞬の出来事だった。闇の粒子を残してフォレンが消えた。それを認識すると同時に、クロフェアがフュライトを押し退けて前に出る。どこからともなく闇と共に現れたフォレンの蹴りが二人を諸共吹き飛ばした。
木々の間を抜けて、二人の姿が見えなくなる。遠くで木が折れる音がした。
「……え」
エレンは唖然とする。フォレンの周りを闇が渦巻いている。
「…………はぁ。目障りなんだよ。何も知らねェクセに出しゃばるなよ新参者が」
「────てめェ!!」
ディエゴがフォレンに襲いかかる。フォレンはふわりと振り向くと、右手で、そのナイフの刃を掴んだ。
「!」
生身の手が、それを握りつぶす。バキンと鉄が折れる音がして、ディエゴは唖然とした顔をする。その顔が強烈な蹴りに吹き飛ばされる。紅い軌跡を描いてディエゴの体は木にぶつかった。
しかし、それでもディエゴは体を起こす。彼の周りを青白い光が回っている。それを見たフォレンは目を細めた。
「……精霊か」
「────正解だ。俺が意識しなくとも……ルナは俺を治癒し続ける。このくらいじゃ俺は倒れねェぞ」
「なるほど。でも不死身じゃない」
コキ、と首を鳴らして言うフォレンに、ディエゴは袖口から新しいナイフを滑らせるように取り出し向ける。
「何本か持ってんだっけ」
「知ってるだろ」
ディエゴが踏み込んだ。地面を蹴って、回転を加えた斬りつけ。短剣のような使い方だ。だが、短剣よりリーチが短い分力が伝わりやすい。
フォレンが左腕で防ぐが、勢いで弾かれる。そのガラ空きになった胸元にディエゴはナイフを突き出すが、それより早く体を捻ったフォレンの右腕に阻まれた。思い切り肉に刺さっているが、痛がるそぶりも見せずにフォレンはディエゴの脇腹へと膝蹴りを叩き込んだ。
「……!」
離れているエレンたちにまで、骨の折れる音が聞こえた。ディエゴは吐血し、地面に転がる。
「……エレン」
「……ん、なんだ」
アーガイルに話しかけられて、エレンは我に帰る。意識が彼らの戦いに吸い寄せられていた。
「魔障が濃くなって来てる。離れた方がいいかも」
「何で分かる?」
「イルたちが教えてくれた」
光の精霊には分かるのか。いや、気がつけば確かに辺りが暗くなって来ている。あの時と同じだ。フォレンが力を使ったからか。
『……マズい感じだな。一旦撤退した方がいい』
(! ……エレボス、いつの間に戻って来たんだ)
いきなりしたエレボスの声に驚く。アイテールと戦っていたはずでは。
『あいついきなり消えたんだ。……宿主が吹っ飛ばされたからか』
距離限界か。となると相当彼女たちは吹っ飛ばされていることになる。ここからは見えない。……敵ながら心配してしまう。
ともかく、彼らの言う通り一度ここを離れるべきだ。自分たちだけではフォレンを止められない。そもそもこの魔障の対策をしなければ……。
* * *
「────う……」
フュライトは目を覚ます。全身が痛む。だが体は動く。はたと後ろを見ると木の幹が折れていた。
「……何よこれ……」
ここに直撃したのか。一体何が起こったのか、どうして自分が無事でいるのか……そして、体にのしかかかる重さにようやく気がついた。
「! ……クロフェア! クロフェア!」
自分の上に彼がのしかかっていた。呼び掛けると僅かに目が開いてこちらを向く。
「……フュライト……無事か、良かった」
「全然良くないわよ!」
「影の防御が……間に合ったみたいだな」
「!」
コヒューと空気の抜ける音がする。呼吸が辛そうだ。肋が折れて肺に刺さっているのか。フュライトは瀕死の彼に蒼白になる。
「なんで庇ったりなんかしたの……」
「俺の方がいくらか丈夫、だからな。……お前はあいつの攻撃を喰らったら、確実に死ぬ。それだけは、避けたかった」
「あんただってボロボロじゃない!」
フュライトを守ることに集中して、自分への防御は施さなかったらしい。クロフェアが目を閉じる。フュライトは焦って彼の頬を叩く。
「ダメ! ダメよ目を開けて!」
「……だい……じょうぶ。少し休めば────」
────意識がなくなった。慌てて手首で脈を取る。まだ死んではいない。ぐ、と唇を噛み締めたフュライトは、袖をまくると自身の内に呼びかけた。
(……アイテール。戻って来てるわよね)
『────不本意だけどな』
不機嫌な声が聞こえて来る。距離のせいで無理やり戦いを中断されたのだ。だが、そんなことに構ってはいられない。
(力を貸して。あんたも治癒魔術くらい使えるでしょ!)
『あんまし得意じゃないけど……ま、やれるだけやるよ』
絶対に死なせない。彼がこうなったのは自分のせいだ。
フュライトは自分を責めた。コリエのみならずクロフェアまでも。自分が無謀なばかりに。自分が許せない。
両手をクロフェアの体に当てた。ディエゴみたいには出来ないだろう。でも、自分だって憑神者だ。
「お願い……死なないで」
強くそう思いながら、フュライトはアイテールとの繋がりを意識し手に力を込めた。
#82 END
To be continued...




