#70 真の正義を語る者
「あれ。どうしたんスかそれ」
隣の廃倉庫の片隅。待機していたコリエは戻って来たアルトの様子を見て目を丸くした。アルトはバツの悪い顔をして答える。
「ほら、ジェラルド・レオノール……あれが押しかけて来てさ」
「ええ、マジッスか。何でバレたんスかね?」
「さあ……聞き出せなかった。ただあいつが政府と繋がってるってことは分かったけど……」
「そりゃマズくないスか? その感じだと殺してないんでしょ?」
「逃げられた。カルナのせいで……」
「うっさい。違うし」
「ぐえ」
カルナに傷をぐりぐりとされてアルトは呻く。涙目になってカルナの頭を軽く叩くと息を吐いてコリエに言う。
「お前も危機感持てよ。軍から消えてめちゃくちゃ警戒されてるぞ」
「ああそれは……本当に申し訳ないッス。俺も予想外だったもんで」
コリエはそう言うとため息を吐いた。アルトが布を強いた木箱の上に座ると、カルナがいそいそと服を脱がせて手当てを開始する。
「剣も折られて、死んだと思ったスよ。運良く生きてたもんでSOMAの騒動の中逃げ出して来たんスけど」
「ディエゴも気を付けろって言ってただろ。あいつ俺たちから逃げる時に一人殺して行ってるんだよ。そりゃもう酷い状態で……」
アルトは過去見たものを思い出してうげ、と顔を顰める。
「そういやアルトは初期メンバーだったッスね。フォレンのことはよく知ってるんスか」
「そりゃね。あいつを仲間にスカウトしたのも俺だしさ」
「じゃあ負い目はアルトにもあるんスか」
「……そりゃね。あいつ元気にしてたの」
「元気なんてものじゃ。……いやー、あれが永久欠番“ファルコン”スかーって感じッス」
コリエは軍でのことを思い出して肩を竦めた。そこでカルナが顔を上げる。
「ロレンは。会わなかったの」
「顔は見たッスよ。何スかあれ。めちゃくちゃそっくりでびっくりしたッス。……まぁ、戦う機会は無かったんで……先代“ケストレル”なのに勿体無いことしたッスね」
「あっちはそんな大したことないわ。フォレンにひっ付き回ってた弱虫だもの」
「それ昔の印象だろ。今はどうだか分からないぜ」
アルトがそう言う。カルナは「どうだかね」と肩を竦めた。
と、そこへ一つ足音がやって来る。
「へい、今戻りましたよ……あ、カルナお帰り。……アルトはそれどうしたんだ」
長い黒髪の背の高い眼鏡の男が顔を出す。アルトは苦笑を浮かべる。
「やあ、ハグロ。お疲れ」
「お疲れッス」
「コリエはすっかり調子良さそうだな」
ハグロはコリエの様子を見て安心したように笑う。そしてアルトの方に視線を戻した。アルトはそれを受けて答えた。
「侵入者にやられて」
「え、アルトが? ちゃんと殺したのか?」
「いや……逃げられてさ。……変なピエロが現れて」
カルナに睨まれてアルトは最後にそう付け足す。コリエもハグロもその言葉に首を傾げた。
「何スかそれ」
「多分精霊。急に現れたし」
と、アルトはコリエの方を見る。
「アルウェとは全然違う感じの……」
「あ! アルウェちゃんを気安く呼んじゃダメッス! ……ねぇ?」
「誰に訊いてるんだ」
「え? アルウェちゃんに決まってるッスよ」
ハグロの問いにコリエは胸に手を当て答える。ハグロはやれやれと首を振った。
「精霊のことは俺にはよく分かんないけど。……うちで憑神してんのってコリエとディエゴと、あとフュライトか」
「いいなあ、俺も憑神したい」
アルトはそう言って口を尖らせる。コリエはニヤニヤとする。
「アルトはあまり力を使わないからダメなんス。カルナもね。ハグロは……なんかしててもいい感じスけど」
「俺はあんまり興味ないな……戦闘メインじゃないし」
「そうは言うけど諜報部員の中では一番強いよ、ハグロは」
カルナの言葉にハグロは片眉を上げる。
「いやいや。買い被りすぎ……でもそうだな、ディエゴみたいな能力が得られるならいいかも……」
「あぁ、あれは俺から見てもすごいッス」
コリエは頷く。そして脇腹を抑えた。
「月の精霊ルナリア。月女神様と同じ治癒の力を持つ大精霊…………俺の怪我もお陰であっという間に治ったッス。アルトもあとで治して貰うといいス」
「そうするよ。……ほんと、闇の精霊の能力っぽくないよな」
「アルウェちゃんはとことん水の精霊ぽいスからね〜」
よしよしとコリエは自分の胸を撫でる。彼の精霊へのゾッコンさは仲間たちもやや引く。
「そういや今日会議だよな」
「そうだ。だから帰って来たんだよ。他の皆んなはまだっぽいな」
「あたしが一番乗りだねー」
カルナがそう言う。アルトは見張りでずっとここにいたし、コリエはまだ病み上がりで待機していた。他は皆各々の任務で出掛けている状況だ。
「……さっきの侵入者の件……ちゃんとディエゴに報告しろよ?」
ハグロに言われて、アルトは頷く。
「するよ、勿論。というか渦中の人間だ。ほら、ディエゴが依頼持ってった……」
「え、それ聞いてないけど」
「あ、そうか、ハグロはいなかったな」
ハグロは諜報部員として長く仲間の元を離れていることが多い。だから時たまこういうことがある。
「ええと……評議員の抹殺を外部の殺し屋に依頼することにしたんだよ、ディエゴが。ほら……最近俺たちの作戦よく失敗するだろ。だからちょっと手を変えてみようってさ」
「……結果は?」
「失敗したけど。で、そいつがどうしてか俺たちの居場所を突き止めてわざわざ依頼金返しに来たってわけ」
「戦闘する必要があったのか? 襲って来た?」
「いや……あいつの言動的に政府と繋がってるっぽかったからさ。生かしてたらマズいだろ」
「それは確かに……いやいや。だいぶ重要事項だな」
ハグロは顎に手を当て真剣な顔をする。そして顔を上げると続ける。
「それで、その殺し屋ってのは?」
「ジェラルド・レオノールだよ。有名だろ」
「あぁ、勿論知ってる。そうか、そんな大物を使おうとしたのか。……普通に考えておかしいだろ。あの人指名手配外れてんだぞ」
「言われてみれば……だけど。普通考えにくいじゃんそんな可能性は」
「それもそうか」
まぁ実際ハグロも今まで思い当たらなかったので後出しと言えば後出しである。それでディエゴを責めるのはずるい。
「…………はぁ。追うべき対象が増えたな」
「それについては俺が責任を取る……逃したのは俺だし。まぁディエゴの指示次第ではあるけど」
アルトはそう言ってため息を吐くと、天井を眺めるのだった。
* * *
しばらくして、ノア・フリューゲルの面々が全員帰還した。倉庫の中心のスペースに皆は集まる。高く積まれた木箱の上に座るのは、この組織のボスであるディエゴ・アトラスだ。左頬の十字傷が生々しい。
「────皆の無事の帰還、嬉しく思う。長らく軍に潜んでいたコリエもこうして帰って来て、久方ぶりの全員揃っての会議だ」
ディエゴは腕を広げてそう言うと、コリエの方を見た。
「コリエの話は後だ。最重要事項だからな。まずはお前だアルト。俺たちが留守の間に何があった」
「あぁ。ええと……」
アルトは手短に起きたことを話す。ふむ、とディエゴは事もなげに頷いた。
「……そうか。依頼の方はダメだったか。しかも金も突き返されたと」
「ごめんディエゴ……俺が仕留め損ねた」
「いや、いい。どの道これから派手に動く算段だ。奴が政府側の人間だと分かっただけでも収穫だしな」
「じゃあ追わないの?」
カルナが言うと、ディエゴは肩を竦める。
「手負いの状態でアルトとカルナを退けたんだろ。そう簡単に仕留められる相手じゃない。それに、奴は俺たちの計画にはそう大きく関わらない。わざわざ手を割く必要性は感じねェな。まあ、邪魔になるならその時はその時だ。……で、本命だ」
ディエゴはそう言うと着ているコートのフードについているファーをいじる。
「ジェラルドを手負いにしたのは、恐らく評議員のノアル・サフェスだろう。俺たちの一番の障害は奴と見ていい」
「まぁそうだな。他は肉体労働の苦手な坊ちゃん・お嬢様ばかりだし」
ハグロがそう言う。そこにカルナが口を挟む。
「そいつをどうするかだよねー。あのジェラルドって奴でもあたしじゃ全然敵わない感じしたし。……アルトと一緒なら別だけど」
「五人くらいいればなんとかなるんじゃないか。さすがに」
アルトの言葉にディエゴは少し考え、首を横に振った。
「いや。そんな簡単な話じゃねェ。俺が何でジェラルド・レオノールに依頼したと思う。奴が無敵の殺し屋と云われているからだ。そいつが負けた相手だぞ。生半可な作戦じゃ返り討ちにされるだけだ。無駄な犠牲を払いたくはない」
「ディエゴ」
そこで声を上げたのは短い黒髪の女、サリスだった。
「あんたの最終目的は何だい」
「……真の秩序」
「そうさ。私らはあんたの志に同調してここにいる。その為の犠牲なら厭わない。甘いこと言ってんじゃないよ」
「サリス。俺は平和主義なんだ」
矛盾したような言葉をディエゴは発する。だが、ここにいる誰しもがその真意を理解していた。
「お前たちは大事な仲間だ。出来るだけ血を流させたくない。その為の社会を目指してる。俺たちが目指す世界に流れるのは、汚ねえ為政者の血だけでいい」
そう言ってディエゴは拳を握りしめた。そして顔を上げる。
「……評議会は後でいい。まずは世間に俺たちの存在を知らしめる。その為にまずは────大統領から片付ける」
「ええ。でも要人の暗殺は尽く失敗してる。そう簡単に行くかね」
ハグロが心配そうにそう言うと、ディエゴは重心を後ろに傾け上を向いた。
「そんなのに負けていられるか。俺たちが上を行くだけだ。それでこそ世界の支配者になれる。そうだろう?」
そして彼はコリエの方を向いた。
「懸念事項はもう一つだ。コリエ、改めてフォレンの報告をしろ」
さっきまでよりもギラギラとしてこちらを見る紫色の眼光に、コリエは肩を竦めて答える。
「ボスはほんとにフォレンにご執心ッスね」
「当たり前だ。奴は……俺の大事な仲間を殺して逃げた。信頼してたのに! 消息が分かったのなら始末する。それがけじめだ」
冷静だったディエゴの目が燃えるような光を宿す。
「それなんスけど……フォレンのことは俺に始末させてほしいッス。ボスに任されたのに俺、全然果たせてないし」
「それは構わねェが……お前、ボコボコにやられたんだろ。一人じゃ無理だ。せめてフュライトとクロフェアを連れて行け」
「はぁい」
そう返事したコリエはすぐ横に立っている黒と白の男女に目を遣る。黒ずくめの男、クロフェアはただ目を伏せただけだった。一方で長い白髪の女、フュライトは「任せなさい」というようにウィンクして見せた。
「……で、ボス。何なんスかあいつ。事前に軍で集めた情報と、ボスからの証言にやや差異があったんスけど……」
「何?」
「軍内部での話じゃ、フォレン・レミエルってのは至極穏やかな人間だったッス。ボスが言うような荒々しい印象は受けなかったんスよ。いやまぁ、戦闘狂だって話も聞いたスけど……実際指令室で見たフォレンは……なんというか、紳士的だったというか……」
堂々と上司相手に宣戦布告していたにしては変な感想だと我ながら思うが、総括してディエゴから聞いていた印象とは異なっていた。
「それがスよ。後で訓練室に入って来た奴はボスから聞いた印象まんまだったッス。変な黒い翼まで出して! 殺す気満々の……彼女傷付けられた怒りとかそれ以上のモンを感じたッス。おまけにガルナダの毒喰らっても平気な顔してるし……」
「……そうか」
ディエゴは静かに、過去を思い出すように目を細めた。体を横に傾け、どこか遠くを見る。
「────奴は悪魔だ。人間じゃない」
「え」
断定の言葉。事前に“悪魔みたいな奴だ”と、確かにディエゴは言っていたし、実際そのような印象も受けた。だがそれは、彼の内にいる悪魔によるものだと思っていたが─────。
「奴がジルファを殺して逃げた時。俺たちは勿論フォレンを追った。一緒に逃げたロレンもな。それで……それ以上逃げられないようにフォレンの左腕と右脚を折った。体も斬ってやったのに……奴は俺たちから逃げ仰せた」
ディエゴは顔を縦に走る傷を指でなぞった。その目は変わらず過去を見ている。
「黒い翼が、奴の背から伸びたんだ。橙色の目が赤く染まっていた。悪魔だと、そう直感した。俺は、それでもフォレンに掛かったが、気が付いたら顔がこうなってた。それで……弟を抱えて飛び立ったんだ、奴は」
ディエゴの脳裏に飛び去って行く黒い翼が浮かぶ。そして、同時に耳にこびりついている声が蘇る。
「……笑っていた。狂ったようにな。斬られて血を流して、手足を折られた奴がだ。恐怖を覚えたよ。だが、それと同時に────」
その後の言葉を、ディエゴは紡がなかった。胸にしまうように首を振る。
「……フォレンに毒が効かねェのは、そういう体質だ。致死の毒も効かねェが、治療用の麻酔も効かねェんで怪我をした時には苦労した」
「ええ……」
「だから気を付けろコリエ。どうしても無理そうなら構わず逃げろ。お前の命の方が大事だ」
「……ッス」
コリエが頷くと、ディエゴのすぐ横で影のようにじっとしていた男がコリエの方をゆるりと向いた。
「お前、剣を折られたままだろう。大丈夫なのか」
「あぁそれは流石に……いや。どうせ毒効かないんで代用品で十分スよ」
「……そうか」
「心配ありがとうス、ダグァス」
ダグァスはフン、と目を逸らした。コリエは苦笑を浮かべる。
「さて。フォレンの話はしまいだ。次の報告を聞く。じゃあハグロから」
「ああ、そうだな────」
ディエゴに促され、ハグロが淡々と報告を始める。
────ノア・フリューゲル。その始まりは単なる子供たちの寄り集まりだった。この掃き溜めで生まれた小さな意志はやがて、世界を憎み、この世界を変えようと願った。そして今、その翼は大きくこの世界に広げられようとしている。
会議を終えて、ディエゴは一人倉庫の外へ出た。淀んだ空気をその肺いっぱいに吸い込む。
この世界は誰のものでもない。自分のものでもない。ましてや、“奴ら”のものでもない。自分は世界の“支柱”になる。支配者ではない。愚かな者たちには分からない。この矛盾しているような考えは。
「焦るな……ディエゴ」
自分に言い聞かせるようにそう呟いたディエゴは、空に向かってニヤリと笑った。
#70 END
To be continued...
第五章 AnotherHero編 終わり
第六章へ続く




