#67 父と子と
ジェラルドは絶句した。死んだはずの人間が目の前にいた。玄関先のグレンはグレンで目を丸くして立ち尽くしていたが────。
「……あれ? もしかして、親父?」
「やっぱ兄貴は覚えてたか」
エレンはそう言って息を吐く。グレンは訳が分からないという顔で固まっているジェラルドを指差す。
「……何で?」
「池で手合わせしてたら出会ってさ。俺たちの顔見に来たんだと」
その経緯はあえて割愛する。ややこしくなりそうだからだ。そしてグレンはジェラルドのすぐ横にいるケレンを見て額に手を当てる。
「……ケレンがなんか飛び出して行ったのってこれか……フェールだろ?」
「うん」
「まぁお前らに何かあった訳じゃなくて良かったよ」
いや、何かはあったのだが。そして、ようやくジェラルドがフリーズから復帰する。
「────何で生きてる?!」
「おい、息子に向かってそれはないだろ。……いやまぁ確かにその疑問はもっともなんだが……」
やれやれとグレンは肩を落とす。そしてひらりと部屋の中を手で指した。
「まぁ入れよ」
* * *
「────って訳で、兄貴は生き返ったんだよ」
エレンはこれまでの経緯を説明する。ジェラルドはにわかには信じられなかったが、実際グレンは目の前にいるのだから仕方ない。
「……で、お前は不死身なの?」
「そうだよ。左腕はその時の代償で……右腕は別件で」
「大変だな」
信じられないことだらけだ。久しぶりに息子達のところに来てみれば随分と大変なことになっている。
「……この家、随分広いな。他にも同居人がいるのか」
「まぁな。今は皆んな出てるみたいだけど……」
イアリは帰って来ない日が増えた。フォレンは車椅子のレイミアを連れて街へ降りている。ユーヤは……知らない。
「で? 親父の話もしてくれよ」
「あぁ、そうだな……」
ジェラルドは何から話そうかと迷う。色々話すべきことはある。そして考えた結果ケレンの方をちらりと見てから口を開いた。
「まずはやっぱり謝罪からか。俺はお前たちのことを放棄した。マーテル……母さんのことも。色々辛い思いをさせたと思う。すまなかった」
頭を下げるジェラルド。息子たちは静かに続きを待っている。
「俺は殺し屋だ。セシリア全土を回ってる……フリーのな。依頼でそこらじゅう飛び回ってる。昔はマーテルを連れてたこともあったが……やっぱり危険だし、グレンが生まれる少し前にルグマルに置いて行くことにした。彼女は病弱でもあったしな」
殺し屋。それはエレンが最も嫌いな職業ではあったがなぜかそこまで彼に対して嫌悪感は感じなかった。母の名を呼ぶジェラルドの声は優しい。彼は本当に彼女を愛していたのだと思う。
「それから仕事の合間を縫って村に帰るようになったんだが……ケレンが生まれてから少しして……事件が起きた。すごく大きな。詳細は話せないが、そのせいで俺は易々と村には帰れなくなった」
「……どうしても話せないのか?」
「今は。……お前たちを巻き込むことになるかもしれない」
既に色々巻き込まれている。今さら慣れたものだが。
「…………マーテルの死はいーちゃんから聞かされた。お前たちが孤児院に入ったことも。……色々悩んだよ。村に帰ることも考えたけど、俺の立場上それは出来なくて」
「……“いーちゃん”て、イーサイルのこと?」
「え、あぁ、そうだ。あいつとはまぁ、言ってみりゃ幼馴染なんだが。……色々あって」
普通に考えて敵の立場だ。殺し屋と軍人。だが恐らく彼らの不仲の訳はそれだけではない。アーガイルはジェラルドの言い方からして恐らく彼の方に問題があったのだろうと思った。
「お前たちに会いに来たのも、いーちゃん……イーサイルがきっかけだ。あいつがお前らを殺せっていう依頼を持って来て…………」
「え?」
場が凍りつく。慌ててジェラルドは両手を振った。
「受けてない! 受けるわけないだろ! 断ったよ。でも、そういう事態なんだよ。分かるか、いーちゃんは『軍からの依頼だ』って言ってた。たかが元泥棒三人組に対してこの俺を使おうとしたんだ」
「……父さんはあなたを嫌ってるみたいでしたけど」
アーガイルはそう言う。ジェラルドは眉をひそめる。
「そうだ。それを押し切ってだ。……俺も『え?』と思ったよ。俺の顔を見るなり真っ先に剣を抜くような奴だぞ」
そう言ってジェラルドは肩を竦め、続ける。
「…………それくらい、お前らが手に負えなくなったってことだ。だから、少し……試したんだが、でも、お前らそんなに強くないな?」
「エレンたちに手ェ出したのか親父!」
「うわっびっくりした」
突然グレンが怒鳴ったのでジェラルドはびくりとする。目を丸くしながら苦笑いを浮かべる。
「いや〜……ちょっとだけ」
「だから黙っといたのに……」
エレンはやれやれと首を振った。ジェラルドは話を戻す。
「────お前たちが一度世間から消えてから五年。そんで半年ほど前に復活を果たして、この前の大々的な騒動でのひと暴れ……確実に注目度は上がってる。お前ら、これから敵が増えるぞ」
「増える……って言ったって」
「静かに暮らしたいならもっと隠れて暮らせ。お前ら知ってるか? ちょっと情報集めて聞き込みしただけですぐここが割れるんだぞ」
「…………」
イーサイルが来た時も似たようなことを言われた。そもそもそんなに注目されていると思っていなかったから警戒心も薄かった。アナレやエレメスからは離れたがそれだけでは不十分だったらしい。
「それか俺みたいに移動し続けるか……」
「それはちょっと。……まぁでも……考えてみる」
この山は気に入っている。生まれ故郷の環境に近いからだ。山育ちのエレンには都会よりこういう場所の方が性に合う。
「お前らあんま強くないんだから。俺が本当に殺しに来てたら終わってたぞ。いーちゃんとやり合ってよく無事だったな」
「まぁ不死身じゃなきゃ何度か死んでるけど……」
「まじか。危機感足りないぞ」
それはそうだ。少しこの身に甘え過ぎているのかもしれない。エレンはそう思う。
「時間があれば少し鍛えてやりたい所だが…………もう行かないと」
「え。もう行っちまうのか」
グレンがそう言う。ジェラルドのことが記憶にある彼にしてみれば、積もる話もあることだろう。
「悪いな。急ぎの仕事が入ってる。……ちょっと大変な仕事なんだ」
「手合わせして欲しかったのに……」
グレンは残念そうにそう言う。エレンは冷や汗を掻く。アレと戦いたいとかどうかしている。グレンはそれを見てはいないが。
「またの機会にな。また顔を出すよ」
「どこへ行くんだ?」
「セントラル。セントラル・セントラスだ」
その名の通りのセシリアの中心地。エレンたちは行ったことはない。
「そうだ。何かあった時のために連絡先を教えておいてやる。ほら誰でもいい、携帯貸せ」
手を差し出すジェラルドに、エレンが携帯を渡す。彼は少し操作をしてからエレンにそれを返した。
「ほい。必要なら皆んなにも共有しておけ。いつでも連絡しろ。何でもいい、近況報告でも」
「ありがとう」
「いいってことよ。あぁそうだ、これだけは言っておく」
ジェラルドは一呼吸置くと、膝に手を置いて真剣な顔をした。
「どれだけ敵が増えようと、俺だけは絶対にお前たちの味方だ。助けが必要ならすぐに呼べ。どこにいたって飛んで来てやる。約束だ」
「親父……」
「それが今の俺に出来る精一杯って奴だ」
余計なお世話かもしれないと、ジェラルドは内心思った。親無しで育った彼らに自分が本当に必要なのか。そう不安に思う。
でも、ジェラルドの言葉を聞いた息子たちは思った以上に安心したような顔をしていた。
彼らにとって心強い存在であれるなら、それは何より誇らしかった。
* * *
────神暦38326年6月10日────
イヴレストを経って四日。ジェラルドはたった一人でセントラル・セントラスにいた。
「さてと……」
列車を降りて駅でジェラルドはため息を吐く。気が重い。今回の仕事は簡単なものではなかった。
その依頼が来たのは5月の末のことだった。とある街にいたジェラルドに、突然フードを目深に被った男が話し掛けてきた。
「ジェラルド・レオノールか?」
「……そうだけど」
答えたジェラルドに、男は名乗らなかった。顔を見せないまま彼は路地へジェラルドを誘った。
「殺しの仕事を頼みたい」
匿名の依頼はよくある。だからそれについてはジェラルドは気にしなかった。だが、今回ばかりは依頼内容が大き過ぎた。
「評議員を皆殺しにして欲しい」
「……は?」
あまりの言葉に耳を疑う。そんなことは考えるまでもなく大罪だ。国をひっくり返すような大事である。歴史に聞く“セシリア革命”に匹敵する大事件だ。
「……悪いがそういうのは聞けない。俺も身を滅ぼすつもりはないし」
「金次第でお前は何でもする殺し屋と聞いた。安心しろ、仕事を果たした後は俺たちが身柄を保証してやる」
「そういう話じゃないんだけど」
随分と大口を叩くなと思った。こいつは国を乗っ取る気か。つまりテロリストだ。ジェラルドはテロリストの仲間になるつもりはない。あくまで一介の殺し屋だ。
「……なぁ、悪いことは言わない。やめておけ」
「お前が心配するようなことはない。何も考えずただ殺しを遂行しろ。事はその後自ずと動く」
声からしてその男はジェラルドよりは若かった。若者がこんなことに身を落とすなど世も末だなと思う。
「…………あまり舐めたこと言ってると斬るぞ」
「お前は仕事外では人を殺さない。そうだろう?」
「……」
コイツ、どこまで俺のことを知ってるんだ。ジェラルドはそう思った。勿論例外はあるがそれは確かにジェラルドのポリシーだ。
「お前に拒否権はない。じゃあな」
「あっ、待て!」
男は金の入った袋を落とすと闇と共に消えて行った。
「……闇の守護者か。何者だ?」
ジェラルドは袋を拾い上げる。ずしりとした大金が中には入っていた。
「…………どうすんだよこれ〜……」
────そういう経緯でジェラルドはここにいる。頭を抱える。金は受け取った。それでいて仕事をしないのはジェラルドのプライドに関わる。だが相手の正体も居場所も分からない。返そうにも返せない。
『な〜に悩んでんの、らしくないよ?』
(……うるさいな、俺だって悩む時は悩む)
自身の精霊が話し掛けてくる。呑気なものだ。
『国をひっくり返すって言うんでしょ? 人間の社会のことはよく知らないけど。面白そうじゃん』
(面白そうなんてものか! 分かってんのか、相手はあの評議会だぞ!)
『し〜らない。彼らが間抜けな顔をするのは分かるけど』
(コイツ……)
ロキ・クラウネディア。それがジェラルドに憑く精霊の名である。影の精霊。能力は……多彩だ。色々助けられてはいるが仲は良くない。一方的に気に入られている節はあるが。
『ねえ? でも君はやっぱり殺しに行くんでしょ?』
(……お前はいつも楽しそうだな)
『そりゃあ、何でも楽しまないと損だよ。じゃあ訊くけど、ジェラルドはどうして殺し屋なんかやってるの?』
(そりゃあ……)
考える。心に正直に。それを口に出すのを少し躊躇ってから、その思いが事実であると確信を持って答えた。
(……愉しいからに決まってるだろ)
そうだ。自分は結局そういう人間だ。ジェラルドは考えるのをやめた。
* * *
とは言え。息子たちに会ったばかりな手前、後ろめたさは拭えない。これを成し得れば自分は大罪人だ。イーサイルからも幻滅される。今以上に。
「…………」
「また考え事してる。いつものジェラルドはどこへ行ったんだ?」
セントラルの宿屋。ジェラルドから出て来たロキはソファで広々と寛いでいる。その姿を睨む。赤と黒の派手な姿が目にうるさい。
ロキは道化のような姿をした精霊だ。シルクハットを被り、右目にはマスクを、左目の縁には紫色の星が描かれている。長い赤い髪がソファの背もたれを流れている。フリフリとした白いシャツの襟をいじりながらロキは言う。
「僕はさぁ。人間が……というか、この世の全てが嫌いなんだよね」
「何だいきなり」
「だから殺すのは楽しい。目障りなものが一つずつ消えて行くから。唯一君のことだけは好きだよ。君も同類だと思ったんだけど」
「違う。俺は別に嫌いじゃない」
「人を斬るのが好きなんだろ」
「……否定はしないが」
はぁ、とため息を吐く。どうしてよりによってこんな厄介なものが自分に憑いたのだろうと思う。力は便利だがこの性格はいただけない。
「……お前あまり大きな声を出すなよ。一人分しか払ってねェんだから見つかると面倒だ」
「人が来たら君の中に戻るよ。でも良いだろう? 心理の窟は退屈なんだ! 君も一日中洞窟の中に閉じ籠るといい。気が狂う。まぁ、面白い番組でもあれば話は別だけどね」
「俺が人を殺すのを見てお前は満足って訳か」
「君は普段そんなだけど、殺しの時はすごく楽しそうだよね! それがいい。澄まし顔の君は面白くないよ。もっと本性を曝け出して。その方がずっと素敵だよジェラルド」
ロキは目を細める。蛇のようで気持ちが悪いとジェラルドは思う。
危険思想の持ち主。だがロキがジェラルドの仕事に直接干渉したことはない。というか、させない。その能力を借りる事はあっても、ロキの手で殺させることはない。
「……もう戻ってろお前。俺は今日はもう休む」
「えぇ〜つまらない!」
実行は明日だ。この街の高台に聳えるあの城へ乗り込む。
(……気が乗らない…………)
理由はもう一つある。だが今はあまり考えたくない。
依頼人について考えてみる。一体何者なのか。テロリストだとして何故自らの手で評議員を殺さないのか。様子見? それともそういうタイプなだけか。
何にせよ、大きな陰謀が動いている。それは間違いない。国家の転覆を狙う何者か。……その正体を知らぬまま、動いてもいいものか。
仕事を成せば、きっとまた会えるのだろう。……だが、その時にはもう遅い。
「…………」
ベッドに横になった。考え過ぎて熱が出そうだ。成せば成る。仕事について今までそんなに深く考えたことはなかった。相手が何であれジェラルドは仕事を遂行して来た。それが自分だ。ただそれだけだ。
……目を瞑ると、ジェラルドはすぐに夢の中に落ちて行った。
#67 END
To be continued...
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