#65 BEGINNING
────神暦38326年6月1日────
ここはイヴレストから遠く離れたフィエルの街。白く美しい景観のこの街は、国内でも有数の観光地である。
────そんな街に、彼はいた。
それは街の一角にある酒場。カウンター席に座るその男は周囲の目を引いていた。何しろ大きな剣を二つも携えている。目立つことこの上ない。
その彼に、一人の男が近付いていた。その人物の異様な雰囲気に、周りの客は警戒した。だがカウンターで呑気に酒を呷っていた男はそれに臆することなくチラリと振り返ると笑みを浮かべた。
「あれぇ。どうしてここが分かったのかな」
「……お前の目撃情報なんか腐るほど出て来るんだよジェラルド」
ジェラルドと呼ばれた男は近付いて来た男────イーサイルの言葉に肩を竦めた。
「俺ってば目立つんだ。で? アナレからわざわざこんなとこまで出て来てどうしたの。それなりの用だよね?」
「あぁ」
「俺を捕まえに来たとか? ねえ、いーちゃんよ」
イーサイルは頬をピクつかせると、息を吐き出すと共にそれを抑えると言った。
「そうしてェところだが、今回は別の用件だ。聞け」
「はあ」
イーサイルはつかつかとジェラルドの隣まで歩いてくると、三枚の手配書をカウンターに叩きつけた。それを見たジェラルドの顔は引き攣る。彼が何か言う前に、イーサイルは言う。
「依頼だ。この三人を殺して来い」
「……お前それ、本気で言ってる?」
「本気だ」
「お前個人の依頼?」
「いや……軍からにさせて貰う。どうせお前、政府と繋がってるんだろう」
イーサイルの言葉にジェラルドは眉を上げただけだった。
「そこはご想像にお任せしますが。……へぇ。そりゃ大層なこった」
「報酬は500万だ。不服か?」
「いやあ……それ以前に……」
ジェラルドは頬杖をつくと、横目でイーサイルを見ながら言った。
「……まぁ、ちょっと考えてみるわ…………」
「……」
「ま、今金を渡してくれるなら、やらんこともないが」
「そしたら持ち逃げするだろてめェ」
「しないよ? 俺は金に嘘は吐かない。まぁ失敗した時は返すだけだ。だから持ち逃げはない」
ジェラルドは両手を広げてそう言う。イーサイルは眉間にしわを寄せる。
「信用ならねェな」
「ええ、傷付くんですけど。俺のプライドが」
そう言うとジェラルドはガタ、と立ち上がる。酒代をカウンターに置くと立てかけていた刀剣二振りを腰に提げた。
「……まー支払いは後でいいや」
「……」
「だけど……お前は先に殺る」
「……やれるモンならな」
ニヤリと笑ったジェラルドが剣を抜き、イーサイルに襲い掛かった。襲い来る二本の刃を、イーサイルは細剣で受けた。だが、力負けして床に押さえつけられる。周りの客と店員が悲鳴を上げた。それを聞いたジェラルドがイーサイルに囁いた。
「……続きは外でな」
「……ッ!」
疾風の如く、ジェラルドは店の外へ飛び出した。ずざあっと音を立てて止まると、それに続いて青筋を立てたイーサイルが飛び出す。
「……分かってンのか……てめェ……」
「何を今さらぁ」
無邪気、という言葉が似合うような笑みを浮かべて、ジェラルドは駆け出す。
「待ちやがれ!!」
「ムキになってるいーちゃんか〜わいい〜」
「うるせェ!!」
二人は幼馴染だ。仲は良くない。今は。いつもは冷静なイーサイルが冷静でいられない唯一の相手だ。腐れ縁、というか仇敵というか。とにかく今は顔を合わせれば殺し合いをする仲だ。
そんな相手をなぜ頼ろうとイーサイルは思ったのか。……アーガイルにあんな話をしたからか。気の迷いだ。そうに違いない。出会ったらこうなると分かっていたのに。
ジェラルドが立ち止まる。そしてくるりと振り返ると突進を続けるイーサイルの重い一撃を、易々と受け止めた。
「あれ! そういえばいつもの剣はどうしたんだよ、それ安物じゃんか」
「てめェに関係ねェだろ!」
フードラはユーヤに折られたため修理中だ。戻って来るのには少しかかる。特殊な魔剣なためすぐには治らない。仕方なく今は普通の剣を携帯している。
「余程悪くねェ限りは剣の善し悪しは関係ねェだろ……」
「実力にはそうかな。でも、フードラあってのいーちゃんだし」
「その呼び方をやめろ!」
雷攻撃。それを軽々と避けたジェラルドは目を丸くする。
「あれ、力使っていいの?」
「てめェを殺すのに手加減がいるか?」
「仕事依頼しといて何だよそれ」
「お前こそ依頼主殺してどうすんだ」
「おっとお互い様か。まぁ俺はいーちゃんの依頼とか受けたくないけど!」
「俺も頼む気が失せた」
「でもさ……」
じゃジェラルドの持つ両の剣に、ブワッと影が纏わりついた。
「ちょっち興味はあんだよね」
そうニヤッと笑ったジェラルドは、言葉とは関係なくイーサイルに突進した。
二刀の繰り出す攻撃を、イーサイルは辛くも受け流す。受け流すだけで反撃が出来ない。ジェラルドは隙を全く見せない。
いつもそうだ。ジェラルドに自分の刃は届かない。自分には何が足りないのか。それとも彼と比べて余計なものを負い過ぎているのか。ジェラルドはあまりに自由だった。家族をも捨てたこの男に、今重いものを背負っている自分は追いつけない。
「何考えてんの?」
「!」
キンッ、と高く音を立てて宙を舞った剣。あっと思う間もなく剣は道沿いの水路に落ちた。イーサイルはその柵に追い詰められ、首筋に剣を当てられる。
「そういや元帥になったんだって? おめでとう。夢が叶ったな」
「そんなの夢じゃねェ。てめェに祝われる筋合いもない」
「何だよ。あんなに親父さん見返したいって言ってたのに。今のお前を見たらひっくり返るだろあの頑固オヤジ」
「……見せられるか」
なんとも無様だ。ジェラルドに一太刀すら浴びせられずに追い詰められている。彼がその気なら首が飛んでいる。
「……」
「……」
沈黙。不意にジェラルドは笑みを消す。代わりに興が冷めたとでも言うような顔をする。
「……はあ。やめやめ。面白くねェ」
「……は?」
「今のお前を殺しても何も面白くねェ。雁字搦めだな。もっと自分を解放しろ。軍なんか辞めちまえよ」
さっきまでの飄々としたトーンとは打って変わって、ジェラルドの言葉は重くイーサイルに突き刺さった。
「重っ苦しいもの全部投げ捨ててさ。ただこの俺を殺すことだけ考えてろよ。じゃないと……お前はいつまでも俺を殺せないし、俺もお前を殺さない」
「……」
狂人だ。目の前にいるのは人斬りに狂った人間だ。真っ当じゃない。ジェラルドは本当に、自分を殺すことだけを考えている。でも、自分は。
「……間違ってもてめェみたいな野郎にはなりたくねェな」
「はっ! 酷ェ言われよう!」
ジェラルドはイーサイルの首筋に当てていた剣を自分の肩に乗せ、自分の顔をイーサイルの顔のすぐ前に近付けた。
「……まぁ……好きにすれば良いけどよ。次に会うまでに少しは育ってろよ。……あと、さっきの話だけどよ?」
イーサイルが何か言う前に、ジェラルドはゾクリとするような笑みを浮かべた。
「やめとくわ……やっぱ」
「……そうか」
「今日はこの辺にしといてやるよ。お前はまだ殺さない。でも、少し寝てて貰うぞ」
「!」
「ロキさん」
と、ジェラルドは指先でイーサイルの鼻面を軽く突いた。
「……?!」
カクン、とイーサイルの体から力が抜ける。ジェラルドはそこから飛び退くと、刀剣を鞘にしまいにこりと笑った。
「じゃあねぇ、いーちゃん」
彼が歩き出そうとしたところへ、騒ぎを聞きつけた警備兵たちがやって来ているのが見えた。
「……あれー。やっぱ観光地の軍は優秀だねェ」
肩を竦めると、ジェラルドは内にいる存在に呼び掛けた。
「さてと、トンズラこきますかロキさんや」
『分かってるよ』
「────“バニッシュ”」
フィエルの警備兵がその現場に辿り着いた時には、もうジェラルドの姿はなかった。残されていたのは、気を失ったイーサイルだけだった。
#65 END
第四章 秩序のカタストロフィ編 終わり
第五章へ続く
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