#54 階段
────18時40分 基地一階通路────
「待て」
後ろを走っていたユーヤが言った。エレンもそれと同時に立ち止まる。先の通路の角に、人の気配を感じる。
「……バレてるよな」
「裏口に監視カメラでもあったんだろ」
あっけらかんと言うユーヤに、エレンは思わず掴みかかる。
「おいちょっと待て! ハッキングとかして止めとくところじゃねェのかそこは!」
「出来るわけないでしょー。軍のセキュリティ舐めるなよ」
「だってお前探偵の方は!」
「甘ちゃんな探偵のものとはレベルが違うの。国の機密情報だって握ってんだから。まー……アーガイルならもしかしたらだが、そこはそれだ」
言われて、今は捕まっている相棒のことを思う。あまり酷いことをされていないといいが。
「バレてはいるだろうが、向こうも探偵の対処で忙しいはずだ。コソコソ入ってきたネズミに対処してる暇なんてそんなにねーよ」
混乱に乗じて侵入出来たのはラッキーだった。……にしても、ここからどこへ行けば良いのかはまだ分からないが。
「……まずはどこを目指す?」
「監獄かな。捕まってるとしたらそこだろ」
「そうか……監獄ってどこだ?」
「知らん」
先の通路に人の気配が集まっている。ユーヤは銃を取り出した。
「直接訊くしかないか」
「……どの道突破しないといけなさそうだしな」
エレンは棒を展開する。兵士たちが通路へ出て来た。たったの五人。こちらを見るなり「いたぞ!」と皆が剣や銃を構えた。
「投降しろ侵入者!」
「一人だけ生かすか」
「ダメだ誰も殺すな!」
「はいはい」
エレンの要望にため息を吐いたユーヤは、じりじりと寄ってくる集団を指差した。
「あの先頭の長髪が隊長だろう。あいつ以外を倒すぞ」
「了解」
頷いて、エレンが飛び出そうとする前に、あっという間にユーヤの銃が四人を撃ち抜く。えっと思ってエレンは悲鳴を上げる。
「ユーヤ兄!」
「麻酔弾だよ。熊でも一発で眠る強力な」
その言葉によく見てみると、倒れた兵士たちの胸にはアンプルが突き刺さっている。残された隊長らしき長髪の男は倒れた仲間たちを見て、言葉を失くしている。
「な……」
「今だエレン。やれ」
「あーったく」
棒を片手に飛び出す。ハッとした兵士が剣で対応してくるが、それをエレンは棒で跳ね飛ばす。その勢いのまま、棒の反対側で兵士の首を突くと足を掛けて転がし、うつ伏せにした状態で背中を片足で踏みつけ首筋を棒の石突きで抑えた。
「ぐっ……」
兵士が僅かに首を捻り、視線をこちらへ向けながら呻く。ひゅう、と口笛を吹くユーヤをよそに、エレンは率直に問う。
「監獄はどこだ」
「………っ?! 何が目的ッ……」
「アーガイル・エウィンだ。捕まってるだろここに。どこにいる」
「!」
それを聞くや否や、兵士の力が弱まる。向けられていた視線も驚きの色に変わる。
「……もしかして助けに来た……? 相棒を?」
「?」
エレンもユーヤも怪訝な顔をする。すると兵士はやがて興奮したような声を発した。
「あんた……“黒影”か! うわあマジか! ちょっ……ちょっと放してくれ!」
「な……何なんだ……」
どうやら敵意は無さそうだが。エレンはユーヤと顔を見合わせる。肩を竦めたユーヤはそれ以上何も言わなかった。エレンは首を抑えていた棒を離すと、彼が体を起こすのと同時に体を影の縄で縛って壁際に座らせた。
「あぁ……そりゃ信用してくれないか。うわあぁなんで気がつかなかったんだ、その装束!」
動かせない手で頭を抱えそうな様子の男。エレンが困惑してその顔を眺めていると、ユーヤが隣にやって来て咳払いする。
「えー……と。もしかして、こいつのファン?」
「あ?」
「っっそーだよ! ……あっ」
大声で叫んでから、男はあっという顔をして辺りを見回した。幸い他に兵士の姿はないようだ。男は首を縮めると、小声になって続けた。
「……昔……あんたらが現役だった時にファンだったんだよ。当時の新聞記事の切り抜きは全部集めてある。あー……見せたい! いや、本当に、感激だ! 集会で“瞬光”を見た時は叫ぶの我慢したんだ……」
紅潮した顔で話す男の言葉に、エレンは引っ掛かる。
「────待て、集会で見た?」
「あぁ。副元帥が本人を連れて来たんだ、集会に。可哀想に、やつれた様子だった。天下の大泥棒も、副元帥の手に掛かれば簡単に捕まっちまうなんて……。本当は俺が助け出したかったくらいだが、まぁ、そんな勇気はなくてな」
そう言って兵士はため息を吐く。本気で思っている様子だ。僅かに心の力が残っているエレンには少しそういうのも分かる。
「……アルは……アーガイルは監獄にはいないんだな?」
「あぁ。集会の途中でレミエル中将が反乱を起こして……俺もそれに本当は加わりたかったけど。暴れるでっかい竜から逃げて、襲撃して来た探偵の対処に向かうので精一杯で……で、途中であんたらの情報が入ってここへ……」
「……ロレンたちは軍側についてないんだな」
ならば合流出来れば協力を仰げるかもしれない。彼らのことだから、どうあれ公務より私的な仲を優先してくれるような気もするが。
「じゃあその……集会があった場所にまだアーガイルはいるんだな。それはどこに?」
「最上階の指令室だ。ああでもまだあそこは多分レミエル中将と副元帥が戦ってる。さっき無線でそういう情報が……」
「何だって?」
エレンの胸中に不安が過ぎる。フォレンは強いが、果たしてイーサイルに敵うものなのか。そう思っていると、さらに情報が足される。
「あと、指令室は封鎖中だ。扉は中からか地下の管制室からしか開けられない」
「そりゃなんとも。上を目指すべきかと思えば下が先か。参ったね」
ユーヤはそう言ってやれやれと首を振った。
「ここは分担すべきだと思うけど。どうする?」
「いや……単独行動は危険だろここは。イーサイルに俺一人で勝てるとも思わねェし……」
「勝たなくていい。アーガイルを取り戻せれば上々だ。そういうのはお前の得意分野だろ」
言われてハッとすると同時に、いやいやとエレンは首を振る。
「……格上との戦闘が発生した段階で俺としては不得手なんだけど」
「……と、とにかく俺に案内させてくれないか。上へ行く階段と地下への階段が別々の場所にあるんだ」
兵士がそう口を挟んでくる。二人は彼の顔を見て、そして互いに顔を見合わせた。エレンはコソッとユーヤに耳打ちする。
「信用していいと思うか?」
「それはお前が決めることだろ心の守護者。ちなみに俺は基本的に誰も信用しない」
「……」
「だが利用出来るものはする」
と、指を鳴らすように兵士の方を指差す。エレンは一つため息を吐くと、拘束を解いた。
「あっ」
「……お前、名前は」
兵士は立ち上がると胸に手を当て答える。
「……レーヴェン。レーヴェン・ハーマン伍長だ。呼び方は何でも構わない」
「よし、レーヴェン。俺たちはまず下を目指したい。何がともあれ指令室を開けないと」
「それなんだが……良ければ管制室は俺に任せて欲しい。俺は普通に基地内を歩けるし……まずは上への階段を案内するから」
「……本当に任せていいのか?」
エレンが腕組みして言うと、レーヴェンはキラキラとした目で答える。
「誰が憧れの人を裏切るか! あんたのためなら何でもする。あぁ……証拠を見せられないのが悔しい……言っただろ。俺だって“瞬光”を助けたいんだって。その手助けが出来るなら本望だ! 軍に入った甲斐があった」
変な軍人だと思うが、同時に彼の純粋な真っすぐさも感じる。ここは信用しても良さそうだ。何より今は猫の手も借りれるものなら借りたい。
「分かった……じゃあ、まずはその上へ目指す階段へ案内してくれ」
「了解だ。えーと……」
「エレンだ。こっちは……」
「教えない。名前を呼ぶ必要もない」
ユーヤはそう答えるとそっぽを向いた。虚を突かれたような顔をするレーヴェン。エレンはやれやれと首を振った。
* * *
「どこ行くんだよ、エルザ!」
「分からん、とにかく上を目指すだけだ」
軍基地内、とある通路。侵入したエルザたち第三部隊は迫り来る兵士たちに阻まれながらも先へ先へと進んでいた。だが完全に迷子だ。軍基地の構造は軍の機密事項だ。探偵にすらその情報は漏らされていない。おまけに敵兵による妨害でどこをどう進んでいるのかも分からなくなっていた。
ばったばったと敵を斬り捨てて行く。エルザはここまで人を斬り続けた経験がなかった。深く考えるな、と頭に言い聞かせる。でなければ刀を握る指先が冷えて行く。刃を振るう手が鈍ってしまいそうだった。
ラローグとクラリスは実戦慣れした様子で銃と格闘を駆使して兵士を倒していた。ナキラとラバルナは言っていた通り不慣れな様子ながらもなんとか敵を退けてはいた。
ようやく敵の一団に一区切りがついて、エルザたちは開いていた途中の休憩室らしき部屋に入って休む。息を整えながら、エルザは呟く。
「……階段はどこだ……ここはどの辺なんだ……」
「兵士を取っ捕まえて訊いた方が早いんじゃねぇか?」
ラローグの提案に、エルザは眉を顰める。
「折角退けたのにまた兵士を探すのか?」
「だってこれじゃ埒が開かない。一人で巡回してる兵士を狙えば……」
「この状況で単独行動する奴がいるかよ。────ハァ、休憩は終わりだ。行くぞ」
部屋を出てしばらく。幸い兵士には合わなかった。外の探偵たちが引き付けてくれているのか。辺りを警戒しながら進んでいると、やがて登り階段らしき空間を見つけた。……だが。
「誰かいます」
ナキラがそう言った。エルザは皆を手で下げながら通路の角から様子を伺う。三人。階段を警戒している兵士たちか、と思うがどうも違う気がしてエルザは目を細めた。一人は軍人のようだが、他は───────。
「……は?! 嘘だろ、何であいつがここに……」
「エルザ?」
首を傾げるラローグを置いて、エルザは一人刀に手を掛け走って行く。
「あっ、おい!」
ラローグの静止の声に、向こうも気が付いたようだ。居合いの一撃を金属の棒がガイィン! と受け止めた。
「! お前は!」
「何でここにいる! エレン・レオノール!」
弾かれて二、三歩下がる。エレンは棒をくるりと回すと床をカンと打った。
「それはこっちのセリフだよ。探偵はまだ外でドンパチやってんじゃないのか」
どやどやと後ろから隊員の四人もやって来る。警戒した様子の皆を尻目に、エルザは目を細め答える。
「……俺たちは別動隊だ」
「別動隊? ……そういえば相棒はどうした」
エレンに言われてエルザは口を引き結ぶ。そして彼の隣にいる面々を見て言う。
「そっちこそ相棒の姿がないようだが。今回は裏方か? そもそも表に出る奴じゃなかったな」
「いや。アルが軍に捕まってるんだよ。だから助けに来た。それだけだ」
「あ? 捕まったのか? あいつだけ?」
ラローグが後ろからそう言う。エレンは目を細める。
「────お前、見たことあるな。俺のこと追っ掛けてた…………あぁ、なるほど。エルランは軍に取られたのか」
「!」
「だってそうだろ。第三部隊総出で来てるのにいつもの隊長がいない。あいつは元軍人だって聞いたし。……ふうん、なかなか厄介だな」
エルザはただ唇を噛んで俯く。そこへエレンは人差し指を立てた。
「その感じ、お前らも連れ戻しに来たんだろ」
「……まぁそうなる。お前と違って敵の立場になってる奴を、だが」
「それでも目的は似たようなもんだ。ここは休戦かつ協力といかないか。お互い敵は軍なんだし」
ぐ、と考えるエルザの袖を、クラリスが引っ張る。
「こいつの言うこと信じるの? 泥棒だよ?」
「そうだ。第一、軍の奴といる」
と、ラローグがそう言ってレーヴェンを指差す。端っこで陰に紛れていたレーヴェンはどきりとする。
「あぁ……まぁそうなんだが……」
「裏切ったのか?」
「いや。いや……軍を裏切ったというか、ただ“瞬光”を助けたいっていうか。まぁ裏切ったのか。そうか」
「実感なかったのか」
エレンのツッコミにレーヴェンは苦笑を返す。
「ともかく俺はエレンの味方なだけだ」
「ややこしいこと言うなよ。まぁとりあえず俺たちとは協力関係にあるってわけ」
エルザはレーヴェンを睨む。さっきラローグは軍人を取っ捕まえて訊けと提案していたわけだが、これなら手っ取り早くはある。第一、今ここでエレンたちと争う利が見えなかった。
「分かった……エルランを見つけるまでだ。でも、少しでも怪しい動きをしてみろ。すぐに斬り捨てるからな」
「ご自由に。お前なんか怖くない」
「何を。サシで負けたくせに……」
「もう片腕じゃないもんで」
と、エレンは両手をあげてヒラヒラとして見せる。エルザはため息を吐いた。
「さっさと行くぞ。時間が勿体ない。案内しろお前」
「……悪いが俺が案内するのはここまでの約束だ。この階段は上までずっと続いてるからな」
「あ?」
赤い瞳に睨まれて、レーヴェンは思わず首を縮める。
「俺は地下の管制室に向かうんだよ。指令室の扉を開放しないと。管制室からは監視カメラの映像も見られるし……他にも何かの役に立てるかも」
こいつ一人で行かせていいのか? とエルザはエレンの方を見る。エレンは肩を竦め、レーヴェンの方を見る。
「じゃあ後は任せるよレーヴェン。気を付けてな」
「あぁ。そっちこそ。ちゃんと相棒のこと助け出してくれよ」
ぐっ、とレーヴェンはガッツポーズして見せると、踵を返して駆け出した。その様子を腕組みしていたエルザは僅かに首を傾げ、そして去って行く背中を指差して言う。
「……あいつ、もしかしてお前のファン?」
エレンは眉を上げるだけで何も答えなかった。
#54 END
To be continued…




