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SHADOW  作者: Ak!La
第四章 秩序のカタストロフィ
51/135

#51 襲撃

───神暦38326年5月25日───

 始まりは、一本の緊急無線だった。

 ジジ、とノイズが走る。続いて爆音。そして、緊迫した声が響いた。

『こちらK.Dアナレ支部! 襲撃を受けています!』

「何⁈」

 セシリア王国アークテール州の中心部、ファルティに構えるセシリア国立探偵本部。その最上階で、総帥であるフェリス・マリエルは顔色を変えた。


 突然、通信機のスイッチが入ったのはその日の業務を終えようかという18時のことだった。

「敵は!」

『──────……軍です! セシリア軍が!』

「は……?」

 耳を疑う。軍? あの軍か? と。他国の軍でもなく、この、セシリアの。フェリスは一つ大きく息を吸うと、落ち着いて応えた。

「了解。(ただ)ちに応戦を。すぐに援軍を送る」

『わっ、分かりました! ……あっ!』

 直後、激しい爆音が響いて通信が途絶えた。相当激しい襲撃を受けているようだ。フェリスは下唇をぐっと噛むと、内戦機を取り、叫んだ。

「至急、本部の戦闘員に告ぐ! 現在アナレ支部が襲撃を受けている! 直ちに出撃出来る隊は出撃せよ! 繰り返す!──────」

 指示は出すが、フェリスの頭は混乱していた。まだ状況が飲み込めていない。

「……どうなってる……何を考えているんだレイネル!」

 だん、とフェリスはデスクを叩いた。そしてきっと執務室のドアを見つめると、デスク横に掛けてある赤い制服のコートを掴み、荒々しくドアを開けると部屋を出た。


* * *


───神暦38326年5月26日───

「……酷ぇな」

 その日の新聞をリビングのソファで見ながら、エレンは呟いた。その記事の一面は昨晩の事件で占められていた。

『軍による国立探偵アナレ支部襲撃 死傷者多数』──────そんなでかでかとした見出しにエレンは眉を(ひそ)める。

「……何で軍が探偵を襲うんだ? 協力するべき立場なんだろ? なぁロレン……」

 と、エレンは顔を上げるが返事はない。代わりに少し離れてソファに座っていたアーガイルがため息を吐く。

「ロレンもフォレンさんも昨日からいないよ。レイミアさんも」

「あぁ、そうだっけ……」

 昨日の昼間、三人がばたばたと出て行ったのをエレンは思い出した。あれから帰って来ていないのだ。……三人は軍人だ。ずっと休暇でここにいたが……。

「……嫌な感じだ」

 彼らも無関係ではないのだろう。エレンは胸騒ぎがした。今見た記事についてではなく、これからもっと、大変なことが起こるような、そんな予感がした。


* * *


───少し時は遡り、26日早朝・国立探偵アナレ支部───

 襲撃によって起こった火災が、K.Dの水の守護者たちと消防隊によってようやく消し止められた。

 エルザとエルランは、まだ焦げ臭い敷地内で崩壊した建物を見上げていた。エルザはまだ、何が起こったのか頭の中では理解出来ずにいた。

「……こりゃヤバいな」

「そうだね……」

 漠然(ばくぜん)としたエルザの言葉に応えたエルランの声は、どこか暗かった。見上げるその目はサングラスに隠れてよく見えない。

 二十階以上ある建物はおよそ半分が焼け、所々壁が崩れて地面にはガラスの破片と、死体が転がる。

「……どうしてこんなことを……」

「────戦場の臭いだ」

 ボソリと、エルランがそう言う。エルザはその言葉にドキッとする。(かたわ)らの相棒は、幾度もそれを経験しているのだ。

「戦争に、理由なんてない。最初はあるかもしれないけど、殺戮を続けるうちに忘れていく」

「……」

 知らない相棒の顔に、エルザは不安が募る。この先はきっと、自分の知らない世界だ。この体とこの刀ひとつで戦い抜けるのか────そんな重みが体にのしかかって来た。

「やあ、無事だったか」

「!」

 突然掛けられた声に、二人は振り向く。

「長官……と、副長官」

 アナレ支部長官、ナハト・イェールと副長官レビ・ターニャだった。二人とも煤で薄汚れているが大きな怪我はないようだった。

 ナハトはまとめていた長髪を解くと、ため息を吐いた。

「多くの死傷者が出た。由々しきことだ。全員の安否はまだ確認出来ていないが、ひとまず君たちが無事で安心したよ」

「長官も、よくご無事で」

「いや。レビがいなければ無事ではいられなかったよ。私はロクに戦えんのでな」

 そう言ってナハトはレビの方を見る。彼は眼鏡を右手で直しながら、腰に提げている細剣を撫でると答えた。

「貴方が死んでは僕はここにいられませんので。主を護ることは精霊の務めですよ」

「……レビ。職務中は宿主と精霊ではなく上司と部下だ」

「そうでした。失礼しました長官」

 レビは人間ではない。ナハトに憑く心の精霊だ。精霊でありながら副長官の職に就いている。勿論周知の事実だ。異例中の異例だが、皆それを自然と受け入れている。

「君たちは、他に誰か会えたかね」

「うちの隊員の無事は確認しています。負傷はしていますが……軽傷なので治療を受ければすぐにでも動けるかと」

 エルランは淡々としてそう答える。普段の飄々とした雰囲気のなさに、エルザの心はざわつく。ナハトは深く頷くと、微かに笑う。

「君は流石だな。場慣れしているようだ」

「やめて下さい」

「あぁ、そうだな、すまない」

 ナハトはサングラスを直すと、腰に手を当てた。

「では、私はこれから本部の者たちと話をして来るよ。ではね」

「お気をつけて」

「君たちもね」

 片手を上げて去って行くナハトとレビに二人は敬礼する。彼らの姿が遠くなった頃、エルランが口を開く。

「……エルザ」

「ん?」

 その表情は今までにないくらい暗く重く、エルザは思わず息を呑んだ。嫌な予感が胸を過る。

「ごめん」

「……何の謝罪だ」

「君とはもう、一緒にはいられない」

「……え?」


* * *


───26日昼・セシリア軍本部───

 軍服に袖を通す。半年近く休職していたので随分と久しぶりだ。ボタンを留めてベルトを締め、背筋を伸ばすとヒヤリとした感覚が体を走った。──────まだ戻るつもりはなかった。それでもこうして戻って来たのは、強制招集されたからに他ならない。

「……軍は一体どういうつもりなんだろう」

 休憩室の椅子に座っていたロレンが呟く。同じ服を着ていると余計に自分との瓜二つさが増すなとフォレンは思った。

「これから説明するつもりでしょうけど。……以前から軍とK.Dは不仲だったけど、まさかこんなことをしでかすなんてね」

 レイミアが険しい顔をしてそう言う。フォレンは大きなため息を吐いた。

「昨晩のは前座だろう。これから本格的な攻撃を仕掛けるか──────探偵側の反撃を待つのか。その為のこの招集だろ」

「……どうするの?」

「どうするって?」

 フォレンが顔を上げると、レイミアは眉をひそめ不安そうな顔をする。

「大人しく作戦に乗るの?」

「……」

 フォレンは答えない。軍はまだ声明を出していない。そこに正当な理由があるのか、はたまた……。

「……説明を受けてからだ。俺だって納得してない」

「フォレン……」

 と、その時休憩室のドアがノックされる。三人の視線がそちらに向いた時、ドアが開けられた。

「ようサボり共。元気そうだな」

「……エラン」

 見知った顔がそこにある。挑発気味な赤い瞳と短い黒髪が印象的な男。同じ中将の階級にあるエラン・アルウェーナだ。同期の同僚だがどうも馬が合わない。

「何しに来た」

「別に? お前がようやく戻って来たって聞いて面ァ拝みに来ただけだ。呼び出しがあるまでやる事もねェし……」

 と、赤い瞳がフォレンを捉える。その剣吞な気配にフォレンは目を細める。

「……そういう気分じゃないんだよ。戯れなら全てが終わってからにしろ」

「なんだよ。大きな戦いの前に体が鈍ってんじゃねェかと……」

「エラン。あなたこの状況のどこまでを知っているの」

 二人の間のヒリついた空気を遮るように、レイミアが言う。眉を上げたエランは興が醒めたというように肩を竦める。

「何も。俺は昨日の作戦には参加してないしな。おカタい上の連中の考えることなんて、ちぃとも分かりゃしねェよ。探偵の解体が目的なのか、まぁそんな所だと思うけど」

「解体するメリットが思い当たりません。それに……そうだとしても武力行使する理由も」

 ロレンがそう言うと、エランはそちらに目を向け片眉を上げる。

「いたのかフォレンもどき。まぁ────そうだな。だから分からねェと言ってる。とにかく正気の沙汰じゃねェのは確かだ」

 エランは肩を竦める。ロレンはムッとする。

「その呼び方────」

 と、その時部屋に足音が近付いてきた。通路にいたエランはそちらの方を向いて目を見開く。

「……! アンタは……!」

「?」

 驚くエランにフォレンたちも扉の向こうへ視線を負けると、やがてそこに思わぬ顔が現れた。

「……話し声が聞こえるかと思えば。こんな所でサボりかい」

「! ()()()()()()()()……!」

 探偵側の人間。……のはずだが、彼が纏っているのは軍服だった。

「何故アンタが……!」

 フォレンが立ち上がりそう問うと、エルランは肩を竦める。

「何故って。僕は元からこっち側の人間だよ。契約に基づいて戻って来ただけだ」

「契約って……」

「君たちには関係のないことだよ後輩君たち。まぁとにかく敵じゃない。これから元帥に挨拶に行かなきゃならないんだ。失礼するよ」

 そう言って彼は行こうとする。それをフォレンは呼び止める。

「待て」

「……何か?」

 振り向いた冷徹な目に、フォレンは厳しい視線を返す。

「…………アンタはそれで良いのか」

「……何が。何も後ろめたいことはないよ」

「…………」

 サングラスは額のバンダナの上に上げられている。普段とは違い、何にも隠されていない目。そこに後悔の念や温厚さは感じられなかった。多くの人間を殺して来た者の目だ。そこにある深い深い闇を見て、フォレンは口を(つぐ)むしかなかった。


* * *


───同刻・国立探偵アナレ支部仮設事務所──

「何でなんですか長官!」

 片付けられた敷地内に建てられたプレハブの中。エルザは長机の向こうに座っているナハトに向かって叫んだ。

「何でエルランは軍に……!」

「君も知っているだろう、彼のことは」

 後処理の書類の束を整えながら、ナハトは冷静にそう答えた。

「知って……ますが……! でも、あいつはもう軍を抜けて……」

「仕方のないことだ。彼は探偵を去った。もはや我々の敵なのだよ」

「納得行きません! あいつは俺の相棒なんです!」

 エルザが胸に手を当ててそう言うと、ナハトは大きなため息を吐いてサングラスを外した。

「……元からこういう契約の下行われたのだよ、彼の移籍は」

「え……」

「軍が彼を必要とすれば、ゼノール君はその要請を拒めず、我々も引き留められない。それが彼を軍からこちらへ移籍させる条件だった」

「……そんな……え? じゃあ……」

 そこには他者の意思が介在しているようにエルザは感じた。探偵への移籍も、軍に戻るのも、それは果たしてエルラン自身の意思なのか。……自分といた彼は嘘だったのか、いや、そんなことは…………。

「君にどうこう出来るような話ではないのだ。彼のことは諦めたまえ。今は探偵の存亡が懸かっている一大事だ」

「…………」

 エルザは黙る。そして考え、確認する。自分の思いを。エルザにとってエルランは間違いなく相棒だったし、親友だ。それに、今朝のあの暗い表情が、頭から離れない。嘘だったなんて、そんなはず。

「……俺は今回の作戦、参加しません」

 気持ちを落ち着け、ゆっくり口を開いた。ナハトは怪訝に顔を上げる。

「俺は一人でエルランを連れ戻しに行きます。誰が何と言おうと……俺が」

「…………無茶だな。君一人で軍本部へ飛び込もうと言うのか」

「許可しないとは言わないんですね。無茶でも俺は諦めません。あいつには俺が必要だし、俺にはあいつが必要だ」

 毅然とした態度でそう言うと、ナハトはおかしそうに笑う。

「大した自信だ。そんなに彼のことが大事かね」

「はい」

 即答。ナハトはさらに笑みを深める。

「……良いだろう。君ならそう言うと思っていた」

「へ?」

「ゼノール君は我々の大切な人員だ。みすみす軍に奪わせはせんよ」

「長官……」

 珍しく、ナハトがにこりと笑う。そして彼は立ち上がる。

「我々は機を見て軍本部への突入を行う。その際君の部隊は先行して侵入しなさい」

「え、部隊って……」

「ゼノール君不在の今、第三部隊の隊長は君だ、エスケルム君。副隊長にはリットラーグ君を指名する。隊員たちを集めてゼノール君奪還の準備を進めるんだ」

 つまり、公式にエルラン奪還の作戦を認めると、彼は言っているのだ。エルザは目を見開いて、勢い良く頭を下げる。

「ありがとうございます!」

「礼などいらんよ。ただ、戦いは避けられんだろうな。ゼノール君自身が戻りたいと願わなければ、力ずくで連れ戻すしかない」

「……!」

 エルランと戦う。それを考えると体が強張った。そんなこと、考えもしなかったからだ。彼が戦う姿の想像がつかない。いつもデスクに座ってへらりとしていて、対犯罪者の任務中にだって彼はひとつも戦おうとしなかった。いつもエルザ任せだった、そんな彼が。

「……あいつにやられるくらいなら、俺はもう何百回も死んでますよ。それに、エルランは戻ることを望んでない訳がない。必ず連れ戻します」

「そうかね。だが、決して油断はせんようにな。相手は先の戦争の英雄だ」

「…………はい」

 失礼します、とエルザは頭を下げ(きびす)を返す。心臓が跳ねる。手が震え、それを抑えるように拳を握り締めた。

 街の外れの方角を見る。軍基地がある方向だ。その空に消えた相棒の姿を浮かべ、エルザは眉を下げ、深い呼吸と共に強い決意の籠った視線を向けるのだった。



#51 END



To be continued...

読んでいただきありがとうございます!


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