#45 幕間──人界にて──
───同日・人界───
「……フォレンさん」
アーガイルは、外で鍛錬後一休みしていたフォレンに声を掛けた。地面に座り込んで俯いていた彼が顔を上げる。額を汗が伝っていた。
「……アーガイル君。何だい」
彼は立ち上がると、柔和な笑みを浮かべる。無理して笑っているのが目に見えて分かる。彼はとても不安でたまらないはずだ。
アーガイルは一つ息を吸うと、訊いた。
「フォレンさんは……本当に憑神してないんですか」
するとフォレンは笑みを崩して驚いた顔をする。そして首を傾げると、腰に手を当てる。
「どうして?」
「だって……フォレンさんはグレンさんくらい強いんでしょう? グレンさんも憑神してて、エレンだってしてる。ロレン君やイアリ君だって……」
「さぁ。ま、俺はあまり力には頼らないスタイルだからね」
そう言うとフォレンは右掌を広げ、そこに闇が集まって来る。
「ロレンは俺ほどパワーがないから、力に頼る鍛錬をした。エレン君は、見てたら分かる。すごく力の使い方が上手い。俺よりもずっとね」
「……グレンさんは?」
「あいつは……よく分からないな。昔からそうだ」
そう言ってフォレンはため息を吐く。そしてアーガイルの方を見た。
「……焦ってるのかい?」
「!」
思わず、アーガイルは目が泳ぐ。視線を逸らした彼に、フォレンはくすりと笑った。
「君はエレン君の幼馴染なんだってね。そして相棒だ。だからエレン君と肩を並べて戦いたい。だけど、今回はその力がないばかりに置いていかれてしまった……それで、どうしたら自分も憑神出来るのかって、焦ってる」
「……人が気にしてることズバズバと言いますね」
「はは、ごめん。でも、そうだろう?」
アーガイルはムッとしてフォレンを見返す。フォレンは一つ息を吐くと、やれやれと首を振った。
「いや、でも分かるよ。俺も同じようなもんだ。グレンには追いつけないし、弟の危機にも直接助けに行ってやれない。もどかしいよ」
フォレンは空を見上げる。アーガイルも釣られて見上げた。青空を雲が次々と横切っている。今頃、神界にいる彼らはどうしているだろう。無事に帰って来るのだろうか。彼らの体はそれぞれの寝室に寝かせてある。ケレンがそのバイタルを管理している。今の所は問題ない。
「……軍でも憑神者はしばしばいる。その条件みたいなのは正直よく分からない。間違いなく、力の扱いというかレベルが高いのは確かだけどね。ケレン君みたいなのは、特殊な例だけど」
「僕は……まだ何か足りないんですかね」
「それは何とも。一応、力の練度には上限値があるらしいけど、数値的に可視化出来るものでもないからね。その値も人それぞれだし……」
フォレンは手を見て仄かに笑う。
「精霊を受け入れられない運命なら、それはそれで仕方ないのかもね」
「!」
「君がそうだって言いたいわけじゃない。でも、誰しもが憑神するわけでもないってことだ。まぁ……焦っても仕方ないんじゃないかな」
「じゃあ、僕は……どうすれば」
「そりゃあ」
フォレンは開いていた手を握りしめ、ニヤリと笑った。
「黙って鍛錬するしかない。じっとしていても成長はしないからね。彼らだって、帰ってきたらまた強くなっているかも」
「……エレンも……」
「そうだ。だから一日だって怠れない」
眉根を寄せるアーガイルに、フォレンは右手を差し出した。
「という訳で、少し俺の相手をしてくれないか」
「え」
「一人でずっとやってるのも飽きたしね。君も刺激が得られて良いはずだ。大丈夫、ちゃんと手加減はするよ」
アーガイルが目をぱちぱちとしているとフォレンは続ける。
「必要なら武器を使ってもいい。好きなように掛かって来な」
「……力を使っても?」
「それはもう全力で。持てる限りの手段を使ったらいい」
そう言って、フォレンは踵を返すと歩いて距離を取る。そして振り返ると左手をアーガイルの方へと伸ばし、ちょいちょいと手で促した。
「さぁ、どこからでも」
「──────怪我しても文句言わないで下さいね!」
「いいね、負けず嫌いは嫌いじゃない」
アーガイルは短剣を抜いて、フォレンへと跳んだ。刃と義手がぶつかって金属音が森に響く。
そして二人の修業は、夕方まで続いた。
* * *
夜。眠る前にロレンの部屋にフォレンはやって来る。相変わらず弟は眠っている。二つ下の弟。双子のように似ているその顔を、フォレンは見つめる。
「……早く帰って来いよ。ロレン」
応える者はいない。ただフォレンは、祈るように目を瞑る。
『─────お前、本当は気付いてるんだろ』
頭の中に直接声がした。フォレンは目を開ける。
(…………そっちから話しかけて来るとは。ずっと黙ってるから気のせいだと思ってたよ)
『気のせいって何だ。……全く』
(俺の中に精霊がいたら、他の奴の精霊が気が付くだろ)
フォレンは心の中でそう言いながら、部屋に置かれた椅子に座った。
(……いつからいた)
『ずっと前から。他の奴が気が付かなかったのは……そう、俺が上手くお前の気配に紛れてたからだ』
(そんなことがあるのか? お前はお前で何で俺にコンタクトしなかった)
『──────面倒で』
(はぁ?)
フォレンがそう訊き返すと、不意に意識が闇に引きずり込まれる。気が付くとそこは知らない洞窟の中──────心理の窟だった。
「ここは……」
「見るのは初めてか。そうか」
「!」
さっきまで響くように聞こえていた声がはっきりと聞こえて、フォレンはそちらの方を向く。そこにいたのは黒い男だった。──────背中には黒い翼が生え、額には一本の角が生えている。
「……悪魔か」
「ご名答。……いや正確には堕天使だけどな。どっちでもいい」
悪魔はため息交じりにそう答えた。よく見ると、脚が人間ではなかった。鳥の足だ。
「俺の名はクザファン。クザでいい」
「クザ……」
その名を口にした時、やけに馴染む気がしてフォレンは口元を抑えた。その様子にクザファンは赤い瞳を細める。
「やけに冷静だな。お前のことだから俺に飛びついて神界に連れて行ってくれと言うのかと思ってたぜ」
「!……連れてってくれるのか」
「やだね。わざわざそんなリスク犯してやるかよ。それに助けは既に向かったんだろ。俺たちは蛇足だ」
クザファンはそう言うとべ、と心底嫌そうな顔をする。
「それに、あのガキに説明するのも面倒だろ」
「……あぁ」
アーガイルのことを思う。あんなことを言った手前、その直後にクザファンのことは暴露し辛い。
「何であんなこと言ったんだ。気付いてたなら言えば良かったのに」
「……何でだろうな。お前のことは、何だか言わない方が良いような気がしたんだ」
「──────ふぅん。そりゃ何でだろうな」
クザファンは腕を組み、僅かに首を傾げる。
「……完全に忘れてるわけじゃなさそうだな」
「──────え?」
フォレンは訊き返す。しかしクザファンはゆるゆると首を横に振る。
「いや。何でもない。邪魔したな」
「! 待て! どういう意味だ!」
辺りが暗くなって、フォレンの意識は暗転した。ハッとして体を起こすと、元のロレンの部屋だった。
(クザファン……おいクザ!)
返答がなかった。これ以上会話をする気はないらしい。
(忘れてる? 何を──────)
フォレンは口に手を当てて考える。そして思い当たった。
(……俺が忘れた孤児院以前の記憶? それをあいつは知ってるのか……?)
思わず、何となくロレンの顔を見た。見慣れすぎた自分そっくりのその顔に、なぜだか心がざわついた。
夜が更ける。ホーホーと、梟の声が不気味にフォレンの耳に届いた。
#45 END
To be continued...
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