#4 SHADOW&LIGHT(前編)
エレンが連れて来られたのは、ごちゃごちゃとした部屋だった。
「なかなかいいだろ? 色々役に立つものが揃ってるんだ」
「あの錠もか」
「そうだね」
どか、とカリサは机の端のパイプ椅子に座った。そして顎と手でエレンに促す。
「まぁ座りなよ」
エレンが警戒して立ったままでいると、カリサは笑って机の上で手を組む。
「取って食いやしないよ。今は君と話がしたい」
「一体何を考えて……」
「いいから」
紫の瞳が圧を帯びる。しぶしぶエレンは空いている椅子に座った。拘束もされていなければ、持ち物を盗られてもいない。だが、彼に対して反抗を企てたその瞬間、命を取られるようなそんな緊張感があった。かつて兄と共に活動していた殺し屋。何人もの人間を殺してきた人間……自分とは決して相容れない人種だ。
「じゃあ早速本題に入ろうか、エレン・レオノール」
カリサの手がゆらりとひらめく。
「アーガイル・エウィンを知ってるかい?」
「!」
一瞬。カリサは己の首筋に触れた冷たい刃ににやりと笑った。エレンが鬼の形相で短剣を手にしている。カリサは涼しい顔をして続けた。
「短気なのは兄にそっくりだね」
「アルが、どうした」
「落ち着きなよ。その様子だと元相棒のことを何も把握してないね」
アーガイル・エウィン。それはエレンにとって最も聞き馴染みのある名だった。泥棒時代のかつての相棒。だが……。
「三年前、君たちは世間から突如として姿を消した。そして今ここにいる君は一人。活動を停止してから一度も会ってないんだろう」
「……居場所を知ってるのか」
「ふむ、知ってるとも知らないとも。ともかく、今すぐに俺がどうこうできる所にはいないよ。安心しな」
言われて、エレンは短剣をカリサから離した。カリサはフッと笑って目を伏せた。
「話の続きをしようか」
コートのポケットから、カリサは一枚の紙を取り出して見せた。新聞の切り抜きのコピーのようだった。それを見たエレンは目を見開く。
「なんだよこれ……」
「引退した君は、関係ないって言うのかな」
記事の内容。そのでかでかと書かれた見出し。
「『伝説の大泥棒、復活か。“瞬光”、エレメス城に現る』……⁈」
「君の相棒だろ? それ」
ここ数週間の事件が併せて書いてある。あちこちの美術館や博物館から美術品や骨董品を盗み出しているらしい。昔、自分たち二人でやっていたことを、二人で。
「……何で…」
「俺の記憶だと、彼は裏方だったろ?」
「そうだ。アイツは……戦えもしなくて」
青天の霹靂だ。まさか彼がそんなことをしだすとは思っていなかった。動揺しているエレンに、カリサは頬杖をついて訊ねる。
「君たちはどうして別れたの?」
「……喧嘩別れした。俺が、やめるって言って、それから……」
そうだ。アーガイルはあの時、やめる気がなかったのだと思い出した。この三年で鍛錬を積んだのか。一人で、二人分のはたらきが出来るくらい……。
「ふうん。じゃあ仲良しじゃないのか、今は」
「仲直りはしてないな」
エレンは俯く。改めて記事を見る。どうも、彼は明日、エレメス城に王家の宝、“天の雫”を盗みに入るらしい。予告してから犯行に及ぶスタイルも昔から変わっていない。
「じゃあどうする? わざわざ止めに行ってあげるほどお人好しじゃないか」
「─────逆だな」
エレンは顔を上げる。
「わざわざ見逃してやるほど、俺はお人好しじゃないんだよ」
* * *
カリサはオフィスの扉を開けた。就業時間を過ぎた探偵事務所は静かだった。中では一人でエルランが椅子の背もたれに寄りかかり────寝ている。
「……隊長?」
「……カリサ。おいで」
「はい」
ぱち、とエルランの目が開く。そして姿勢を正してくるりと椅子ごとカリサの方を向いた。
「調査どう? 進んでる?」
「……隊長は資料整理進んでるんですか?」
「それはいいんだ。続きは明日で。今日はもう遅いだろ」
「隊長こそ帰らなかったんですか」
「君が戻って来るのを待ってたんだ。家に帰る前に顔出すだろうと思って…」
ふあ、とエルランは欠伸をした。
「報告くらいは聞いておかないとね」
「それくらい、勝手に報告書書いておきますよ」
「進展はあったんだ?」
「順調です。……明日の警備には行かれるんでしょう」
「そうだね、勿論。僕たちが追ってる大きなヤマだ。三年前に逃した彼らの、その片割れを捕らえるチャンスだ」
と、言いながらエルランは俯く。
「まぁ……そう言って何年も、逃げられてきたわけだけどね」
「隊長たちはずっと、“黒影”と“瞬光”を追ってるんですよね」
「そうだね。八年……八年だ。彼らが暗躍し始めた頃から、ずっと」
エルランはホワイトボードに貼られた新聞の切り抜きを見た。周りには古い記事もある。
「何度も接触はしたのに、逃げ足の速い奴らでね。正面切って戦うことはしないし、どれだけ包囲網を敷いても彼らはことごとく逃げおおせて見せる。まるで実態なき影と光のようだった」
エルランは思い出すように暗い窓の外を見ると、その反射越しにカリサを見た。
「それで……今回の件、君が任せて欲しいっていうから任せてるけど。実際どうなの?」
「有用な助っ人を得ました。……今まで以上に上手くいくはずです」
「本当に? 助っ人って何さ」
「秘密です」
「ふうん。期待していいのかな」
「いいですよ。隊長が思っている以上の成果を上げてみせますから」
自身満々なカリサの口ぶりに、エルランはへえ、と振り向いて目を細めて笑う。
「……それは楽しみじゃないか。僕たちの手助けはいらないの?」
「俺は俺で動きます。隊長たちは隊長たちでやるべきことをいつも通りに」
「……分かったよ。そこまで言うなら任せてみるよ」
そしてエルランは立ち上がって、手でカリサを外へ促した。
「でも、もっと早く戻って来てくれると助かるな。ほら今日はおしまいだ。帰ろう」
「でも報告書が」
「報告は聞いた。そんなの明日でいい。ほら帰った帰った」
半ば強引に背中を押されてカリサはエルランと共にオフィスを出る。この人は本当に適当な人だとカリサは思った。だからこそ、やりやすくはあるのだが。
「じゃあまた明日ねカリサ。期待してるよ」
* * *
──神暦38325年12月30日──
翌日の夜。エレンはエレメス城を望むビルの屋上に立っていた。いつものコートとは違って、闇に溶ける黒いコートとゴーグルを身に着けている。風が冷たい。
『もしもーし、聞こえる?』
耳に着けた通信機からカリサの声がする。手を当ててエレンは答える。
「……聞こえてる」
『そりゃ良かった。君の通信機性能いいね。誰に作ってもらったの?』
「言うかよ」
『それはそうか。城には入れそう?』
エレンは眼下の城の様子を見た。見渡す限り、警備の穴はない。カリサに貰った配置情報の通りだ。赤い制服の国立探偵と城の警備兵が混ざっているのが分かる。
「さすがに警戒してるな。だが問題ない」
『そう。俺は少し消えるけど大丈夫そう?』
「いらん。素人の案内なんかない方がマシだ」
『言うね。じゃあ俺はやることがあるから』
そして通信機は沈黙した。さて、とエレンはこの状況について考える。
カリサはアーガイルを止めることに積極的だった。彼の目的は分からない。少なくとも、味方ではない以上この先罠が仕掛けられていてもおかしくない。
(俺が簡単に捕まるとでも思ってるのか……?)
だとしたら随分と浅慮だ。あのいかにも狡猾そうな男らしくない。ともかく、確実なのは彼はエレンをアーガイルと引き会わせたいということだ。そして、あのカリサの基地がK.D裏の倉庫であったこと、この警備の状況と「やることがある」という彼の言葉を併せて……。
「……なるほどね」
そういえば彼の表の立場について考えてなかったなと思った。かつての相棒のことで頭がいっぱいだった。ここまで来たからには引き返せないし、相棒のことを放ってもおけない。喧嘩別れしたままな以上、笑顔で会うことは敵わないだろうが。
空を仰ぐ。満月だ。夜の中にも影が落ちている。夜を抱くようにエレンは手を広げると──────重心を前に傾けて、夜の闇へと落ちた。
腰につけたポーチの下から、影が伸びる。それは蝙蝠のような翼を形作り、落下速度が緩やかになり、やがて城へと進路を取る。
飛翔できるほどのものではないが、滑空くらいはできる。警備兵たちを眼下に、静かに城に接近すると手首に装着した装置からワイヤーを放った。それを利用して屋根に着地する。中庭を囲む廊下の上のようだった。中庭にも警備がいるのが見えた。
「……ええと“天の雫”は王座の間……だっけか」
ここは2階の屋根の上。王座の間は3階。すぐそこだ。身を低くして3階の窓に近づく。ここが最も警備が強いはずだ。出来るだけ戦闘は避けたいが。
窓の陰に立ってチラリと中を覗く。ドアの前にきっちり城の兵士が二人立っている。他にも巡回の兵士が二人。
「まぁ正面突破は無理だよな……」
他のルートは4階の王族の部屋からだが、無論そちらにも警備はいる。
「……騒ぎが起きるのを待つか」
やはりサポートがないと難しいなとそんなことを思う。全てを相棒に任せていたので、エレンはそういうことを考えるのは苦手だ。
(……起きるよな? 騒ぎ)
確か宝の近くには女王が自ら控えているとか。豪胆な人だ。セシリア王家には多く武勇が残っているし、さすがはその血筋の人ということか。
あのアーガイルがその彼女を害するイメージが湧かない。それほどまでに彼は非力だった。これほどの警備兵を一人で搔い潜るだけの能力があるとは……。
「?」
突然、屋内での人の動きを感じてエレンは窓の中を覗いた。兵士がいない。王座の間の扉が開いている。
「まじか……」
窓を揺らす。鍵がかかっているが古いタイプのようだ。解錠は容易だ。影を隙間から忍ばせて開け、エレンは静かに中に着地した。
#4 END
To be continued...
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