#36 竜国シェレブ
「マジで来たのか……」
宿屋の一室。一番広かったアレスとゼイアの部屋に集まっているが、少し窮屈だ。リリスとフェールとエレボスは席を外している。街へ情報収集と支度に出掛けている。
エレンは兄と共に現れたカリサの姿を見て複雑な感情だった。確かに兄を後押ししたのは自分だが、一度は殺し合った相手がいざ本当に目の前に現れると警戒心の方が先行する。扉の前に立つカリサは、ハーフアップにした髪を揺らして苦笑する。
「こんな所で会うとは思わなかった。……そうか、カフィは負けたのか。君のことを甘く見てたようだね」
「腕は持ってかれたけどな。……思ってた以上になんと言うか、普通で驚いた」
「人間じゃなくなったからかな。少し……生まれ変わった気分だ」
穏やかに話すカリサを、エレンは初めて見る。出立ちのせいもあってか、人間だった頃と随分印象が違う。
「……友達を助けたいんだって?」
「そうだ。……俺の親友の、ロレンが精霊に……竜族に、攫われた」
「敵は竜族というわけか」
エエカトルがそう言うと、エレンは目を細める。
「……知らずに来たわけ?」
「まぁ、そうだな」
と、エエカトルは隣のカリサを半分呆れ顔で見る。カリサは首を縮める。
「敵が何かなんて関係ない。そんなことで一々怖気付いたりしない」
「そもそもだ、俺たちに協力する義理なんかねェだろ。むしろ敵だ」
「義理はないね。でも敵じゃない。ここにいるのは復讐を終えて、そんで燃え尽きて消え損なった残り滓だ。エエカトルのお陰で折角命も拾ったし……、どういうわけか殺したはずのグレンとも再会した」
カリサはグレンが生きていることについては詰めて来なかった。だが、何だかんだで生き返ったことは理解しているようだった。
「全部をやり直せるとは思ってないし、やり直すつもりもない。俺は自分のやるべきことをやったし、だから謝るつもりもない」
そういうスタンスの方が、逆に信用出来るなとエレンは思う。変に謝罪された方が余計裏がありそうで怪しく見える。
「ただ俺は……一つだけ人界に心残りがあって。妹のことだ。彼女ともう一度話がしたい。だから、彼女が元気なうちに人界に戻る必要がある」
「妹……あぁ、そんな話してたことあったな」
カリサの隣で、グレンがそう呟く。カリサは続ける。
「それで、十年以内に戻ると決めた。その為には強くならなきゃならない。早く風の皇帝に認められないといけない」
ぐ、と拳を握りしめたカリサは、僅かに笑う。
「俺は戦う必要があるんだ。呑気に暮らしてる暇はない。────まずは今の俺の力がどれだけここで通用するのか、確かめたいし……相手は強い程良い」
「……要は、戦う機会がありゃ何でも良いってこと?」
エレンがそう問うと、カリサは頷いた。
「そういうことだ。だから君たちに協力するのは、同情でも何でもない。それなりの強者と戦う機会を、みすみす逃すかってことだ」
その結論に、エレンはカリサが“エレメス・フィーアン”の一人であったことを再認識した。兄やカフィと同類だ。…………こういう人種はあまり理解出来ない。
……しかし何とも、一晩考えたような返答な気がする。多分、もっと直感的な本音は別のところにある。エレンはカリサの隣に立つ兄をチラリと見た。多分、初めの動機はこっちだ。それを詰める度胸も図太さも、エレンにはない。
「……分かった。戦力が多いのはありがたい。ただ……残りのメンバーと顔を合わせる前に、一つだけ注意して欲しいことがある」
「何?」
「リリスっていう……女の魔導士が、俺たちに協力してくれてる。でも、彼女は俺たちが人間だってことを知らない」
「あぁ……そういや禁忌なんだっけ」
カリサはエエカトルの方を見る。エエカトルは静かに頷く。エレンは続ける。
「だから、俺たちやお前が人間ってことは絶対に言うな。今後神界の協力者が増えても、絶対にな」
「分かってるよ。……じゃあ俺のこともその彼女の前ではカリサとは呼ばないでくれ。ここではアスラと。……まだ慣れないけど、精霊としての名だ」
「分かった」
「俺のことも、人間の時の名では呼んでくれるな」
エエカトルも付け加えてそう言う。ごめんなさい、とエレンは謝った。部屋の隅で静かにしていたイアリも首を縮める。
「……まぁ確かに、人界と神界を行き来する精霊もいるわけだもんな。同じ名前で活動してりゃ、元人間だってバレることもあるわな」
「そういうことだ」
その時、コンコンと部屋の扉が叩かれた。近くにいたグレンが返事する。帰って来た声は、フェールだった。
扉が開いて、外に出ていた三人が入って来る。フェールはカリサの姿を認識するや一瞬目を見開いたが、状況を察して口を開いた。
「これは。……新たな協力者かな?」
「あ」
「風の国で会った精霊だ。……名前はアスラとエエカトル。俺たちに協力してくれるって」
カリサが何か答える前に、イアリがそう言う。うむ、とフェールは答えた。
「そうか。はじめまして。私はフェールだ。こちらはエレボス、そしてリリスだ」
「え、こいつ」
エレボスが何か言いかけたのでフェールがその足を踏む。無音で悲鳴を上げたエレボスだったが、それでハッとして慌てて口を噤んだ。
「……はじめまして。よろしく」
カリサの返答に頷いたフェールは部屋の中心まで来ると、テーブルの上に持っていた包みを広げる。中には紫の石と薄水色の石がいくつか並んでいた。
「属性石だ。旅の途中、失くすことがあるやもしれぬ。いくつか買って来た。各自二、三個持っておくが良い」
リリスのいる手前、未所持であることを明かせないのだろう。フェールは予備用としてこの石を入手して来たようだ。そして、紫のものを三つ手に取ると、グレンに手渡す。
「これがグレン殿の分だ」
「お、おう、ありがとう」
「そしてこれがイアリ殿」
と、薄水色の石を二つ、イアリに渡す。
「そしてこれがエレン殿の分だ」
……と、そうやって残りの全員に石を分配した。
「それから皆、これを」
フェールはそして人数分の長方形の石板を並べた。半面が9つに区切られている。
「これは?」
「メルトーンというものだ。持つもの同士で文通が出来る」
つまり携帯電話みたいなこと? というのを憑神者全員が思ったが飲み込んだ。それは人間のものだ。
「既に関連付けは済んでおる。万一逸れた時のために持っておくが良い。全ての相手に同じ文が送れるようになっている」
持ち物にはいつもの携帯もある。だが、精霊たちはそれを持っていないし、リリス含めた全員と連絡を取り合うにはこういうものの方が良い。
全員がひとつずつメルトーンを手に取り、各々しまう。さて、とフェールはリリスに顔を向けた。
「我々はこれより、旧竜国シェレブへ向かう。その前に、そなたが知っておる近頃のシェレブのことを教えてくれぬか。陛下の気掛かりについても」
「はい。皆さんご存知の通り、シェレブは千年前、闇竜族によって治められていた国です。今はダグリアの国土ですが、そこにはまだ多くの闇竜族が暮らしています。ひっそりと隠れ住んでいた闇竜族たちですが……ここ最近、彼らの活性化が報告されていて」
そう語られる竜族は、精霊とはまた別の生物群のようだった。
「特に廃城の周り。……廃城とは言え、シェレブの城は未だ形をほとんど残しているのですが。その辺りで、竜たちがしきりに飛び交い、叫び合っていると」
リリスは顔を曇らせ、先を続けた。
「不穏です。“竜伐”以降、大人しかった闇竜族が、突然活気を取り戻している。彼らは精霊への報復を企んでいるのかもしれません」
「……報復」
そして竜狩り。エレンたちは、何となく闇竜族と精霊たちの関係を悟る。だが、その行いへの理由などは今は聞けない。リリスの物言いからして、それは精霊たちの間では常識中の常識なのだろう。
「故に、以前から陛下はシェレブのことを気に留めておいでだったのです。スケアはダグリアの同盟国かつ、一つの島を分かつ隣国────未だダグリアの動きはありませんが、我々が先に動いても彼の国に咎められることはないでしょう」
「闇竜族が活性化したのはその、具体的にはいつから?」
エレンが問うと、リリスは答える。
「半年前。……竜伐以降、定期的に闇竜族の動向を調べている者たちがいます。その一団の複数が初めて襲われたのが、それくらいの時期です。以降も、調査を重ねるごとに度々被害が…………」
「…………そうだ、ライナーという竜族について何か知らないか」
イアリがふと思い立ってそう言う。
「ライナー……どの様な竜ですか?」
「黒い鋼みたいな鱗を持った竜だ。すごく堅い。……四足歩行で翼を持ってる。あとは……赤い瞳の」
「赤い瞳は闇竜族共通ですね。ですが────なるほど、黒鉄竜。それは、かつてシェレブを治めていた竜です」
一呼吸置き、リリスは杖を握りしめた。
「千年前、闇竜族及び同調した竜族を率いて戦った“竜皇”…………確かに彼が討たれたという話は聞きませんでした。まさか生きていたとは」
「……じゃあ、闇竜族の活性化はライナーのせいと見て間違いなさそうだな」
ロレンが憑神したのがいつなのか、具体的なことは知らないが半年以上前ではあるだろう。人界に降りたライナーは度々神界を行き来して、同族たちを煽っていたということだ。
「その“竜皇”が、皆さんの追う敵というわけですね。それは確かに……今の戦力でもやや不安ですね」
「何も正面から征くことはない。静かに潜入し、速やかに敵将を討つのみだ。何しろ我々が行くのは敵地の真っ只中。闇竜族は我らより遥かに多い」
フェールはそう言うと、ゆるりと部屋の中を見回す。
「……故に、二手に分かれる。この人数では目立つからな」
「え、それじゃあ意味が……」
「一方が派手に揺動する。注意を引いている間に、エレン殿。そなたたちに先行して潜入を任せたい。隠密行動は得意であろう?」
当然、と言わんばかりに片眉を上げるフェールに、エレンは言葉を詰まらせる。出来ないとは言えない。
「それにエレボス、リリスとイアリ殿とグリフ殿がついて行って欲しい」
「俺も潜入側? 揺動の方が多い方が良いんじゃないのか」
「そちらは我らで請け負おう。残りの者たちは揺動だ」
「……つまり、俺たちでライナーを倒せってこと?」
エレンは少しばかり不安だった。確かに、潜入するなら少人数の方が良いが……。
「我らも後に合流する。何、心配はいらぬ。全てを倒す必要はない。頃合いを見て撤退する。奴らは縄張りの外までは追っては来ぬよ。潜入が完了したら、先のメルトーンで報せてくれれば良い」
「分かった……」
どちらも心配だ。でも、弱音を吐いていられない。ロレンを助け出さなければ。
と、フェールは隣のリリスを見て穏やかに言う。
「リリス。実はイアリ殿とエレン殿は歳若い精霊なのだ。竜伐のことを良く知らぬ。道すがら、話してやってはくれぬか」
「あら、そうでしたか。分かりました」
リリスは頷く。そして、エレンたちに向かって微笑む。
「では、皆様よろしくお願いします。たくさんサポートいたしますね」
* * *
エレンたち潜入部隊は、グリフィンの姿になったグリフの背に乗ってシェレブへ向かっていた。エレボスは猫姿になってエレンの肩にいる。何だかんだで便利だ。
イアリを先頭に、エレン、リリスの順で背に乗っている。風を受けながら、エレンは後ろのリリスに言う。
「それで……“竜伐”のことだけど」
「ええ。“竜伐”は今から千年前に行われた、精霊による闇竜族の討伐戦です。“秩序連合”に属する国の、多くの精霊が参加しました」
「……リリーも?」
「はい。……大変な戦いでした。“竜伐”とは言いますが、決して精霊の一方的な戦いではありませんでした。強大な闇竜族の力を前に、精霊側にも多大な被害が……」
そう言うリリスは、悲しそうだった。彼女は多くの死を見たのだろう。
「何故その戦いは起こったんだ?」
イアリが問うと、答えたのはグリフだった。
〈我ら竜族は元より、精霊とは隔たりのある生活をしている。中には俺のように精霊との交流を望む者もいるが─────闇竜族は特段、精霊との交流を拒む種族だ〉
そういう話は人界でも聞いた。グリフは続ける。
〈ただ単に拒むのではなく、闇竜族は精霊を害した。奴らは暴虐を好む。竜族の中で唯一国を持っていたし、その領土を広げんと画していた〉
「それに危機感を持った“秩序連合”は、先手を打ったのです。闇竜族の討伐と、制圧。……その最中、闇竜族の皇帝がどうなったのかは、連合の皇族しか知らないと思います」
「その話、竜族の間で噂にならなかったのか?」
イアリが聞くと、グリフは目を細める。
〈竜伐の時は、竜族全体が騒ついた。闇竜族は竜族の間でも嫌われ者だが、世界中の精霊の総力を上げての討伐戦に、少なからず種族全体に不安が広がったものだ。────風の噂では、闇竜族の皇族は見せしめに捕えられたと。その割には、精霊の間では表沙汰になっていないようだが……〉
「実際、その戦いの後から闇竜族は大人しかったんです。シェレブの森で静かに暮らしていて」
〈今年で丁度千年だ。何かを起こすタイミングとしてはおかしくない〉
言っている間に、森が近付いて来た。すると、ぐんとグリフが高度を落とす。
「おわっ、何だ」
〈シェレブの森に近付いた。空では見つかりやすい。地上から行くぞ〉
森の手前に、大きな谷がある。そのさらに手前の森の中に、グリフは着地した。全員がその背から滑り降りるのを確認して、グリフは人型に戻る。
「……気をつけろ。あの森全体が騒ついている」
谷の向こうを、グリフは指差す。エレン達には何も感じられないが、竜族には何か判るのだろう。
「谷の向こう側で降りるわけにはいかなかったのか?」
イアリが言うと、グリフは首を横に振る。
「竜皇は縄張りへの侵入者を感知する。皇族だけが……縄張りの主だけが持つ能力だ。感知されればその一声で、手勢が飛んで来る。空から立ち入れば格好の的だ」
「つっても……どうやって渡るんだ」
橋など架かっていない。翼のある竜には必要ないからだ。森を進み、崖っぷちまでやって来る。ギリギリまで木が生えている。何か大きな力で引き裂かれたが如く、大地と大地の間に深淵が広がっていた。
「……どういう地形なんだこれ」
谷を覗くエレンの側に、リリスがやって来る。
「一説によれば、原初の闇竜族同士が争った跡だとか……」
「原初のって……」
〈それこそ神界が生まれた時代だ。俺たちが生まれるよりも遥か大昔。その頃神界にいた原初の竜は、世界に満ちた膨大なエネルギーから生まれ落ち、巨大な体躯で世界を駆け、力の強大さ故に暴虐の限りを尽くしたとか。次第に世界のエネルギー……エレメントと馴染んで、今の竜族になったと云われてる〉
エレボスが肩からそう言う。リリスは頷く。
「エレメントから生まれた竜族は、それ故に性格に属性の性質が色濃く現れるそうです。……意図して神に創られた精霊と違って、竜は世界の副産物のようなもので……その為に、精霊と竜は長年相容れない関係にあるんです」
「種族によっては落ち着いたものだがな」
グリフがそう付け加えた。対してイアリが問う。
「……風の竜は、どういう性質?」
「俺の場合は正確には風と炎の竜だが……風属性、嵐竜族はまさに風のような気質だ。気ままに生きるのが俺たちの流儀。普段はそよ風の如く穏やかだが……守るべきものの為なら、たちまち嵐のように猛る」
「大気に満ちた風のエレメントを操り、竜族最高の飛翔速度を誇る……ここまで早く辿り着けたのも、グリフさんのお陰ですね」
リリスがそう言って笑う。そして、きりりと谷の向こうを見た。
「どうしましょう。創造魔術で簡単な橋なら造れますが……」
「いや。陽動部隊が着くまで待機だ。それまで橋の掛けやすそうな場所を探そう」
グリフの提案に、リリスは頷いた。
「分かりました。確かにここは向こう岸までの距離が遠いですし────」
その時だった。谷から強い風が吹き上げて来た。それに煽られたリリスは、体勢を崩す。
「⁈」
「リリー!」
崖に向かって倒れるリリスの手を、すぐ側にいたエレンは咄嗟に掴んだ。だが、助け起こすことは叶わず一緒に落ちる。
「うわっ!」
〈おいマジかっ!〉
「エレン! リリー!」
イアリの声が一瞬で遠くなった。エレンたち二人は深淵を落下する。
「きゃああああ!」
「リリー! 飛べないのか!」
「でっ、この状況で魔術を練るのはっ」
「くっ」
下から風が吹き上げている。エレンは影のグライダーを広げることを試みた。だが、何故か上手く行かない。
「……何で!」
焦る。暗闇に呑み込まれる。思考を巡らせた。暗がりの奥に、きらりと反射する水面が見えた。
「…………くそっ」
エレンはリリスを抱え込んだ。自身の体を下にして、空を仰ぐ。白い空が目に映った次の瞬間、エレンは水面に叩き付けられた。
#36 END
To be continued...
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