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SHADOW  作者: Ak!La
第三章 精霊の御霊
32/103

#32 ロレンを追って

「……というわけなんだが……」

 グレンが説明を終えると、部屋は静まり返った。リビングには住人たち全員に加えて、精霊たちが外に出ている。

「ロレン君……」

 レイミアが心配そうに呟く。そして隣で俯いているフォレンの背中に手を回した。

 次に口を開いたのは、イアリの隣で壁際に立っているグリフだった。

「話は分かった……それで、助けに行くつもりなのだな」

「当然だろ。あいつも弟みたいなものだし……でも、どうやって助けに行くのかは」

 グレンが答えると、今度はケレンの隣に座るフェールが口を開いた。

「方法はある。ライナーがロレン殿を連れて行ったように、私たちもそなたたちを連れて行ける」

「本当か!」

「だが……それにはリスクが伴う」

 と、そう言ってフェールは物憂げにケレンを見た。ケレンは首を傾げる。

「リスク?」

「我々精霊は、神界の皇帝より人界への通行証を頂きここへ来ている。通行証無くして安全にゲートを通ることは不可能だ。無理に通れぬこともないが、魂が損傷する恐れがある」

「じゃあ、ロレンは……!」

 フォレンが声を上げる。フェールが頷き、そこへゼイアが口を出す。

「懸念事項はそれだ。無理矢理連れて行かれた……ロレンは無事じゃない可能性が高い。とは言え、死んじゃいないだろう。それならライナーの奴が神界にいる説明がつかない」

「……一体何のためにライナーは……」

 フォレンはそう呟いて、ギリ、と歯を食いしばる。次に口を開いたのはエレボスだった。

「目的なんか、追い詰めれば分かる。ただ、向こうで生かすつもりはあると思うぜ。魂をわざわざ半分切り分けて持って行った」

「半分? そんなこと出来るのか?」

 エレンがそう訊くと、エレボスは顔を曇らせる。

「まぁ、実際出来てるんだが……体を生かすにはエネルギー体である魂が必要だ。だが、神界で活動する時もまた魂がいる。人間から魂ごと精神を引き抜いたら、その体は死んじまう。……俺たち精霊には元から体がねェから、気兼ねなく神界と人界……お前らの体を行き来できるんだが、人間はそうも行かない。だから、奴は魂を切り分けた」

「じゃあ、俺たちもそうすれば……」

「だが魂に傷をつけるんだ。魂の分割はそう簡単なことじゃない。危険だ」

 そう言ってエレボスは首を振る。

「つまるところ、人間が神界へ行くには多大なるリスクがあるわけだ。本来想定されておらんからな」

 フェールがそう続ける。

「我々のみであれば、救出には問題なく向かえる。しかし精霊の不在中、そなた達は力が使えぬ。……それに、そもそもの話であるが」

 と、彼はエレンとイアリの顔を見た。

「そなたらであれば、間違いなく自ら征くと言うであろう?」

「当たり前だ」

「お前らだけに任せるほど薄情じゃない」

 エレンとイアリはそれぞれそう答える。フェールは頷いた。

「ケレン殿は如何する。私は彼らに同行するが」

「僕は……留守番かな。行っても足手まといだし。こっちにはフォレンさんもいるし、何かあっても大丈夫だよ」

「左様か」

「それに、神界に行ってる間の体も、僕なら診てられるし」

 そう言うと、ケレンは笑う。

「だから、体のことは心配せずに行って来て。どれだけかかっても、ちゃんと帰って来られるようにしておくよ」

 そういう面では、ケレンはとても頼もしい。エレンは頷いた。

「それで……兄貴は」

「勿論俺も行くに決まってるだろ。危ねぇからってヒヨるかよ、俺が」

「だろうな。心強いよ」

 事故でまた死なれては困るのだが。彼に限ってはそんなことは起こらないような気がした。

 と、今まで黙っていたアーガイルが口を開く。

「僕は今回ばかりはどうしても力になれないか……」

「あぁ……それは……仕方ないだろ」

 アーガイルは憑神していない。故に、神界に行く手段を持たない。

「君を一人で行かせるのは不安だけど、僕は大人しくここで皆んなの無事を祈ってるよ」

「別に一人じゃない、皆んなもいる」

 エレンがそう答えると、アーガイルはムッとする。

「そういう意味じゃないって………前も言った気がするけど」

 はぁ、とアーガイルはため息を吐くとイアリに向かって言った。

「……エレンのこと、よろしく」

「お、おう」

 イアリは急に振られて驚きつつも応えた。

 そして、隣のグリフの方を向いた。

「……それじゃあ……早速行くか」

「そうだな。善は急げだ。……だが、魂を切り分ける作業はそう易くない」

「それは私が請け負おう」

 そう名乗りを上げたのは、フェールだった。彼は続ける。

「力任せでなく、魔術による分割であればさほど危険なく行えるだろう」

「でも、どうやって?」

 イアリが訊ねると、フェールはケレンを手で示した。

「ケレン殿の心理の窟へ、集まってもらう。精霊たちは皆一度宿主へ戻れ。したらば、憑神者たちでケレン殿に触れよ。そして心を合わす」

「……合わす?」

「やってみれば、自ずと感覚は分かるはずだ。我らも助力する」

「他人の心理の窟に入れるのか?」

「あぁそれならさっき……俺たちがロレンの中に入った」

 と、グレンが両脇のゼイアとアレスを手で差しながら言った。

「……というか兄貴、何で二人も精霊がいるんだ……?」

「俺は精霊じゃない」

「人に憑いている以上は同じことだ。人に憑ける精霊は二人までだ。それ以上は宿主の身が持たぬ」

 アレスがそう応える。ふーん、とエレンは頷いた。この兄のことだからなんだか普通に受け入れていたが、よくよく考えれば不思議だったのだ。ならいずれ、自分ももう一人憑くことがあるのかな、などとぼんやり思う。

「では、後は行き先であるな。我々は所属国と同盟国、そして中立国に行けるが……恐らく奴のいる先は闇の国ダグリアであろう」

 フェールの言葉に、エレボスが頷く。

「じゃあダグリアだ。俺とフェールはスケアの所属だし、同盟国のダグリアには出られる。ゼイアも同じだし……アレスはシュレイトか。……出られるのか?」

「試したことはないが、制約があるとも聞いていない」

 その会話に、人間一同は疑問符を浮かべる。

「……何?」

 グレンが自身の精霊二人の間を視線を行き来させながら言う。ゼイアがため息を吐いた。

「神界には……属性ごとの国がある。精霊たちは全てその国に所属している。竜族は……まちまちだな。そこの鷲獅子竜(グリフィン)はちゃんと所属しているんだろうが」

 と、視線を向けられたグリフは頷く。

「俺はウィンディル所属だ。まぁ、嵐竜族(ウィリオン)は比較的竜族の中でも精霊と友好的だが…………竜族全体で見れば稀だな」

「ライナーは?」

 イアリが訊ねると、グリフは眉根を寄せる。

「分からんが、闇竜族(ダークラオン)は精霊との交流を望まない。だが、こちらへ来れるからには通行証を持っているな。正式に登録したか、あるいは……他の闇の精霊から奪ったか」

 前者はやはりあまり考えられないな、とグリフは付け足す。イアリは複雑な表情になった。ゼイアが咳払いをする。

「まぁ、そういうことだ。そんで、基本的に精霊は所属国のゲートを出入りする。だが、行こうと思えば他の国にも出られる。……全ての国に行けるわけじゃないが」

 うむ、とそれに対してフェールが頷いた。

「神界は現在戦争中だ。古くから続く“黒白戦争”だ。黒の陣営たる影の国スケアと闇の国ダグリア、そして白の陣営たる光の国シャルトーと炎の国マグナル……この二勢力が争っている。我々影の精霊はシャルトーとマグナルには立ち入れない。他の中立国には出られるが」

「スケアとダグリアは中央大陸から離れた小大陸で隣り合ってる。ダグリアに行きたいなら直接行くかスケアに行った方が良い。他の国の奴らは中立だし、好きなところに出られる」

 エレボスの言葉に、顔を曇らせたのはアレスだった。

「……しかしだ。我ら闘の国シュレイトは他の国と違い“秩序連合”に属していない。上手く出られる保証はないな」

「ま、多少の座標ズレはあるかもしれないがなんとかなるだろ。で、どうする。ダグリアに行くのかスケアに行くのか」

 ゼイアが痺れを切らしたように言う。フェールは深く頷く。

「まずはスケアに立ち寄りたい。協力を仰げそうな相手がおるのだ」

「げ。まさか」

 エレボスがとても嫌そうな顔をする。それに対して、フェールは片眉を上げただけだった。

「異論はないな。では、準備に入る。リンクした時点で意識が落ちる。皆床に座るが良いだろう」

「……僕が中心?」

 ケレンが自分を指差す。フェールは頷いた。

「場所を空けよ。これより出征する」


* * *


 リビングの机を退かし、三人で円形に並んだ。中心に座るケレンは落ち着かない様子だった。

「……皆んなに見られると緊張するね……」

「ええと、肩に触れればいいのか」

「う、うん」

 エレンの言葉に、ケレンは頷く。エレンとグレン、そしてイアリが彼の肩に右手で触れる。

「なんか儀式っぽいな」

 グレンがそんなことを言う。そのワードはエレンは何か引っ掛かる。

 フェール以外の精霊は、既にそれぞれの宿主の中に戻っている。フェールは円の外側から皆に声をかけた。

「では、皆目を閉じよ。心を一つに、ケレン殿と通じるようにイメージせよ」

 フェールの言葉に、エレンたちは目を瞑る。グレンだけはその前に、部屋の端で見守っているフォレンに目配せした。

 三人が目を瞑ると、真っ暗だった視界が心理の窟に変わる。自分以外の三人の憑神者と、それぞれの精霊がそこにいた。

「よし、成功だ」

 遅れてフェールが光と共に現れる。エレンは辺りを見回しながら呟いた。

「……俺の所と少し様子が違うな」

「心理の窟は憑神者の心を表す。故に様態は人それぞれだ。では、始めようか。ケレン殿以外はそこに並べ」

 杖で示された辺りに、エレンとグレンとイアリは並ぶ。杖を向けたまま、フェールは何かをぶつぶつと唱えた。

 一瞬、エレンたちの体が淡く紫に光った。エレンは自らの体を撫でながら首を傾げる。

「……特に変わりないな?」

「術式は完了だ。詳細は省くが影で分割した魂を繋いだ。これで、半分魂を人界に置きながらも変わらず神界で活動出来る」

「よく分からないが成功なんだな?」

 グレンが言うと、フェールは頷いた。そして、精霊たちの方を向く。

「では行こうか。ここからが正念場だ。まずはそなたたちを無事に神界へ連れて行く」

 精霊たちが頷いたのを見て、フェールは最後にケレンを見た。

「では、行って来る。しばらく留守にするが、許されよ」

「うん。絶対にロレンさんを無事に助けて来て」

「心得た」

 フェールはそう答えると、杖を一振りした。すると、皆の目の前に大きな石の門が現れた。中は白い光に満ちている。思わずイアリが声を上げる。

「うわ」

「これがゲートだ。順に通って来るが良い」

 そう言って彼はゲートの光の中に消えた。それに続くように、グレンが門の前に立つ。

「じゃ、行くか。えーと……中のことはお前らに任せればいいのか?」

「あぁ。無事に連れて行ってやるよ」

 と、門の直前に立ったゼイアはそう言うと振り向き、守護者たちに向かって指を振った。

「“Koryan Clad Kort Te Belca”」

 光がぽわ、とエレンたちの体を覆う。アレスは片眉を上げる。ゼイアは一つ息を吐くとグレンの肩を持った。

「お前たちの魂に保護をかけた。これで余程のことがなきゃ死なねェだろう」

「……ゼイア、今のは聖魔導か? なぜ堕天使の貴殿が……」

「アレス。今はそんなことどうでもいいだろ。そら行くぞ」

 ゼイアはアレスの言葉を遮り、グレンの腕を引いて門へと飛び込んで行く。

「わっ! ちょっ、自分のタイミングで」

 言い終わる前にグレンの姿が消え、それを追うようにアレスも消える。イアリもグリフと共に門の中へと消えて行った。

 そして最後に、エレボスがエレンの肩を持ってずいと門の前に連れて来る。

「おい、まだ心の準備が」

「いいから行くぜ。お前不死身なんだから死ぬこたぁねェよ」

「まだ俺それ実感してねェんだけど!」

 強い力で押される。目の前に門の光が迫る。気がつくとふわりとした感覚に包まれる。直後、捻れるような気持ちの悪い感覚を覚えて、エレンは気を失った。


* * *


「ではこれを」

 木造の役場。カリサは受付の精霊から白い羽根を受け取った。羽の根元にはエエカトルのものと同じく水色の宝石が付いていた。

「髪留めの形をご所望でしたので、そうさせていただいております」

 羽根には紙紐に引っ掛けられるような金具がついている。エエカトルがそれを横から取り、カリサの髪のリボンに引っ掛けてくれた。

「これにてアスラ様も我らが風の国の戦士でございます。セト皇帝陛下の名の下に、誇りある行いを」

 ─────アスラというのは、精霊としての名前だ。エエカトルの提案で考案した。Calisaの綴りをひっくり返して少し捩ったものだ。

「……すんなり通ったな。やっぱりそのままの名前じゃダメだったのか?」

 役場を出てから、カリサは改めてエエカトルに言う。慣れない名前で呼ばれるとソワソワする。

「人間が精霊になることは本来禁忌だ。お前は特に人界でも名と顔を知られているし……何かの拍子にバレることもある」

「名前を変えても顔は変わらねェだろ」

「出来ることはしておくものだ。他人の空似で凌げることもある。……現にお前は俺のことを気付かなかった。そうだろう?」

「…………」

「人界に戻って驚いたが、俺の本は意図的にいくらか消されている。出版社に憑神者がいたか……何かだろうが、ともかく“エリサ・ファルシオン”は神界に目をつけられている」

「……さすがに顔バレしてるだろ? 大丈夫なのか」

「お前に心配されると妙な気持ちだ。問題ない。人間とよく似た顔の精霊は多々いる。それに、コソコソしているより堂々としている方が良い」

「そういうもんか……」

 ふーん、とカリサは頷きながら髪につけた羽根を指でいじる。

「……そういや、この羽根……通行証だっけ。なんか石ついてたな。何か意味があるのか?」

「それは属性を司る石だ。人間で言う“核”の役割を果たす」

「“核”?」

「人間の“体”に存在する、エレメントを生成し行使するための機関だ。精霊はそれを持たない。体を構成するものとしてエレメントは巡っているが……それを力としては出力出来ないのだ。だからこうして石を持つ」

 と、エエカトルは自身の通行証を手にしてみせた。

「石を持たねば精霊は力を使えない。人に憑けば、宿主の核を借り受けて力を行使出来るのだが」

「……だから精霊が外にいると力が使えねェってわけ?」

「そういうことだ。精霊の憑神により、核の出力が強化される代わりに精霊へと同化してしまうわけだな」

挿絵(By みてみん)

「なるほどな、納得したよ」

 カリサは手のひらの上で小さな旋風を起こした。フワッとそれが消えたあと、足下の影に集中してみる。

「……ん?」

 ところが、どれだけ念じてもピクリとも動かない。

「どういうことだ……?」

「力を使うには、その属性に応じた石が必要だ。俺たちが持っているのは風の石……人界で言うところのブルートパーズだ」

「え、じゃあ影は?」

「アメジストだな。石が欲しければ、その辺りの魔術商店で買えるぞ」

「……でも高いんだろ?」

「そうでもない。エレメントが豊富な神界ではそこらに転がっている。俺も驚いたが、どれも非常に安価だ」

「神界のレートよく分かんねェけど」

 金の単位が違うことは既に確認済みだ。だがそれが人界でのどれくらいの金額なのかがピンと来ない。

「……じゃあ炎の石とか水の石とか……他の属性の石を持ってたら、それも使えるってことか?」

「いや、それは無理だ。あくまで自身に巡っている属性しか扱えない。……普通はな。魔術師としての鍛錬を積めば、他属性を操ることも可能になるが……その場合の石はあくまで補助的機能しか持たない。属性変換が出来れば、自身の属性以外の石は必要ないのでな」

「なる、ほど?」

 力を使う時に今までその原理などを考えたことがなかった。だが、この神界ではその原理や理論がとても重要になっている気がする。

「世界が違うとこうも違うのか……」

「事象としては同じだ。ただ、人にあるものが精霊にないだけだ。しばらくは不便かもしれんが、その内慣れて人だった頃と変わらない……いや、それ以上に扱えるようになる。魂だけの精霊は、大気のエレメントと馴染みやすいからな」

「……まぁ、力の話はおいおい学んでくよ」

 一気に聞くものではないなと思った。勉強は嫌いではない。だが、だからこそ順当にゆっくりやって行くものだと思う。

「なぁ、帰る前に本屋寄ってもいいか?」

「あぁ」

 そしてカリサとエエカトルは、街の本屋へと向かうのだった。



#32 END



To be continued...

読んでいただきありがとうございます!


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