#3 刺客
しばらくして、ウェラがようやく帰宅した。カフィの言っていた通り手に本の紙袋を抱えて帰って来た。勿論必要なものも。
「すまない、遅くなった」
「ほんとだよ。さっさと帰って来いよな、折角グレンたちが来たのに」
「すまない……」
カフィに食料品などの袋を手渡しながら、ウェラは心底申し訳なさそうに目を瞑った。
彼はくるりとリビングで立っているエレンの方を向くと、胸に手を当て軽く頭を下げた。
「ウェラ・イートだ。話は聞いている、エレン・レオノール」
「…どうも」
長い銀髪の男。暗い青緑の外套を羽織り、カフィとは正反対な物静かな印象だった。無表情で感情もよく読み取れない。どう対応していいのか分からず、エレンは淡泊な答えしか返せなかった。話というのはどれのことなのか。世に出回っている方か。
「グレンも元気そうで何よりだ」
「お前もな」
グレンは微笑んでそう答えた。なかなか居心地が悪いものだとエレンは思う。
「さて、じゃあ飯にするか。腹減っただろ
「おっ、カフィの手料理か。楽しみだな」
「へへ、待ってろすぐ作ってやる」
ガッツポーズをした腕を叩いて見せるカフィ。目を輝かせるグレン。ウェラは静かに買って来たばかりの本を手にしてソファに座った。
エレンは少し考えて、キッチンに立つカフィに声をかける。
「何か手伝いましょうか」
「いやーいいよ、座っててくれ」
「……はい」
何もしていないとどうもそわそわするのだが、仕方ない。エレンは大人しく待つことにした。
* * *
出来上がったのは何と呼べばいいのか分からない豪快な肉料理だった。何と呼べばいいのか分からないがいい匂いがする。取り分けられてすらいないそれを分けながら食べる。─────結構おいしかった。
「……そういえば、カフィさんは何で戦うんです?」
ふと思いついた話題を振る。兄のグレンはその身ひとつだが、皆が皆そうではないだろう。
「ん? 俺? 俺は剣士だよ。刀を使うんだ」
「へえ。今度見せてもらえます?」
「いいよ。武器に興味あるの?」
「ええ、まぁ」
あるといえばある。なぜならそういう美術品とか骨董品になりうるものとは縁があるからだ。
「それでウェラは火炎使いだな。力を主に武器にして戦うんだ。な」
「……そうだな。後方支援担当ということになる」
「炎の守護者なんですね」
「そうだ」
ウェラは頷く。なるほど、あまり体術が得意そうには見えなかったがそういうことかと納得する。
「カフィさんは? 何の守護者なんです?」
「俺は風だよ。剣術に乗せたりする。ウェラの炎も強く出来るし、だから俺たちは解散したあとも一緒にやってたんだ」
「なるほど……」
属性には相性がある。互いに打ち消したり、強めたり、一方的に勝つ属性、負ける属性……そのうち風と炎は相乗効果を得る組み合わせだ。風は炎を強くし、風も炎を受けてさらに強くなる。
「グレンはほんとに力使わねェよな」
「そんなことねェよ」
とは言うが、エレンも実際グレンが影の力を使っているところは見ない。シンプルなパワーで相手をねじ伏せる。とんでもない奴だと我が兄ながらエレンは思う。
「エレン君は? 影の力鍛えてるって言ってたけど」
「そうですね、よく使います」
エレンは技巧派だ。戦闘の他にも影の力は多用する。
「武器とか使わないの?」
「色々使いますよ」
「色々? 気になるな」
「一番得意なのはこれですかね」
と、エレンはコートの内から短い棒を取り出した。それがカシュンと音を立てて背丈ほどに伸びる。
「おお、棒術?」
「はい」
シュ、と元の長さに戻してしまう。
「便利だな」
「身軽に動ける武器が好きで」
「へえ、盗賊らしいな」
エレンは苦笑を返す。それはそうだ。他には短剣や剣も使える。
戦うことより逃げることに重点を置いて来たエレンは、動きの制限されない武器の方が好みだ。その中ではやはりこの伸縮できる棒が使いやすい。
「それにしても棒術かぁ、珍しいな。今度手合わせさせてくれよ」
「え……あはは、はい、今度」
カフィにエレンは苦笑を返す。正直言うと嫌である。素手の兄にも勝てないし、その仲間の彼は同じように強いと思う。エレンは戦うのはそんなに好きではないし、戦闘狂たちに付き合うほど物好きでもない。
「あ、おい待て手合わせするなら俺が先だぞ、久しぶりによ」
グレンがそう口を出す。そう、戦闘狂は戦闘狂同士でやっていて欲しい。
その時、風が吹いたような気がした。
「おお、揃ってる揃ってる」
「!」
いつの間にか窓が開け放たれ、そこには人影が立っていた。仮面とフードを被っていて、顔は分からない。
「誰だお前……」
真っ先に、グレンが立ち上がり、威圧する様な声で言った。だが男はそれをものともせず、あっけらかんとした様子で答えた。
「どうって者でもないけどさ。まぁ……ブラックと、そう名乗っておこうかな」
うやうやしくお辞儀をして見せるブラック。どう見ても歓迎される者ではないが。
「わざわざ窓から何の用だ」
「カリサの遣いだ……と言ったら?」
それを聞いたか聞いていないか分からないうちに、グレンは飛び出していた。高速の右回し蹴り。常人ならば避けられないような速度のそれを、ブラックは屈んで避けると部屋に何かを撒いた。コロコロと直径一センチくらいの玉が部屋中に転がる。しかし、何も起こらない。
その一方で、窓枠の上を掴んだグレンは、屈んだままの男にもう一度蹴りを放つ。背中辺りにそれを食らった男は、グッと呻いて前のめりに倒れた。
「何を撒いた!」
グレンが叫ぶと、男は何事もなかったかのように立ち上がる。
「痛いな……血の気が多い上に馬鹿力で困る」
「答えろ!」
「何、今に分かるさ」
エレンも構えようとしたその時、転がっていた玉から煙が噴き出した。
「何っ⁈」
「エレン! っ……」
「兄貴!」
グレンがバタリと倒れる。エレンは煙の正体に気が付いて口を塞ぐが、時既に遅し。体の力が抜けて膝をついた。
「催眠ガスか……ウッ…」
カフィもウェラも倒れていく。エレンの意識も薄れて行く。気が付くと床に伏していた。
「おやすみ」
薄れゆく意識の中で、仮面の男がそう呟くのが聞こえた。
* * *
大きな音に、エレンは目を覚ました。鉄を叩く耳障りな音が、耳に届いた。
薄く目を開けると、手に手錠を掛けられたグレンが鉄の扉を蹴っていた。
「……どこだここは」
「エレン、起きたか」
グレンは足を止めて振り向いた。
「ここはどこだか分からねェが……閉じ込められたみたいだな」
何もない部屋だった。目の前には鉄の扉。唯一ついている窓は小さく、鉄格子がはまっている。
エレンは足を振り子のようにして体を起こした。体の後ろで手錠をはめられているのが分かる。しかも。
「……封神石か」
「だな。力が使えねェ」
封神石。それは守護者の力を封じる石だ。火にも衝撃にも強く、虹色に反射する不思議な黒色をしている。
「カフィさんとウェラさんは?」
「分かんねェ。別の部屋だろうな」
ここにいるのは自分と兄二人。彼らのことは心配だが、とりあえず今はここを出ることが先決だ。そう思ってエレンは立ち上がる。
「どいてろ、俺がなんとかする」
「なんとかするてったって……あれ? お前手錠は?」
「ん」
エレンは指先に引っかかっている手錠を見せた。両手は既に自由になっている。
「……縄抜けか。すげェな。どうやるんだ」
「コツがあるんだ。すぐには出来ねェよ」
手をもぞもぞしているグレンを尻目に、エレンは手錠を床へ投げ捨てると扉へ歩み寄った。
扉を調べる。ドアノブ以外何もない。勿論鍵がかかっている。コートの内側とウェストポーチを調べる。
「……何も盗られてねェな」
「いつもそれ持ってんのか?」
「まぁな」
その中から針金を出す。それを見たグレンが眉を顰める。
「それでどうすんだ。鍵穴には届かねェぞ」
「まぁ見てろって」
針金の先を扉につける。扉に落ちた影が動き始める。そのままそれを扉の隙間に入れていく。
「おお」
グレンが感嘆の声をあげる。エレンは影の先が扉の向こう側に抜けたのを感じながら、扉の反対側の面を探る。
「あった」
鍵穴らしきものを見つけ、そしてさらにエレンは目を閉じて集中力を研ぎ澄ませる。
「“シャドウトレース・レプリケイト”」
影の先に針金が生成される。……見えないが、そのはずだ。それを鍵穴に差し込んむ。
「……何やってんだ?」
「静かにしろ」
やがて手ごたえがある。カチャ、と鍵の開く音がした。
「ふう」
「お前まじか」
「行くぞ。カフィさんたちも探さねェと……」
と、エレンが開けるより先に扉が開いた。つんのめったエレンの体は、室内に押し返される。
「うわっ⁈」
「ご苦労様。器用なもんだね、見てて面白かったよ」
「! てめェ……!」
「誰……」
困惑したエレンをかばう様に、グレンが立ちはだかる。
「やあグレン。また会ったね」
「カリサ…!」
「! こいつが」
不敵に笑う長い金髪の男。彼こそが、兄たちの言っていたカリサだ。エレンは警戒を強めた。目を見れば分かる。彼は、強い。
「今にも噛みついて来そうだけど、やめておきなよ。後ろ手に縛られて俺の相手なんか出来ないでしょ。俺も拘束したお前と戦っても面白くないし……」
「何のつもりだ! エレンは関係ねェだろ!」
「関係ある。今用があるのはお前じゃないんだ」
「あ?」
カリサの人差し指がエレンを差す。
「俺…?」
「そうだ。俺と一緒に来てもらう。無駄な抵抗はしないことだね」
にやりと笑うカリサ。エレンは少し考えてから、答えた。
「……分かった」
「おいエレン!」
「大丈夫だ、心配するな」
グレンに向かってそう言って笑うと、カリサの方に向き直る。
「用件は聞く。それからどうするかは俺が決める」
「偉そうな口を利くね。今の立場分かってるの?」
「あんた俺をナメすぎだ」
「どうだかね。さ、ついておいで」
外へとエレンを促すカリサ。エレンは両手を挙げて見せる。
「手錠はもういいのか?」
「したって簡単に抜けるだろ? それに、大した問題じゃない」
「……」
それは、エレンのことなど相手にならないと言っているも同然だった。癪だがエレンも真向で彼に勝てる気はしない。グレンがここにいる以上、一人逃げ出すわけにもいかない。
「おいカリサ! 待て!」
グレンが叫ぶ。カリサは振り向かなかった。エレンももう振り返らない。鉄の扉を閉めると、もう声は聞こえなかった。
#3 END
To be continued...
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