#20 近道
フォレンが連れて来たのは、イヴレストの第三商店街にあるカフェだった。看板には『café LEAF』と書いてある。外から見る限り、中に客はいないようだった。時間帯もあるだろう。
フォレンは慣れた様子で店のドアを開けると、カウンターにいる店主らしき女に声をかけた。
「リリー、来たよ」
大人しそうな目がフォレンに気付く。
「あら、フォレン」
「……あ」
エレンもその顔に気が付く。見覚えがある。彼女もフォレンの他の面々に気が付いたようで、目を見開いた。
「あらあらあら、なんて懐かしい顔なの」
カウンターから出て来たリリーは嬉しそうに両手を合わせた。
「……また知り合い?」
アーガイルはエレンに訊く。こんなことばかりだ。答えたのはフォレンだった。
「紹介するよ。この女性はリリー。レイミアの妹だ」
「あら、一人初めましてね。リリー・リーフィーよ」
「あ、アーガイル・エウィンです」
交友関係がよく分からなくなってくる。この人も孤児院関係かとアーガイルが悶々としていると、エレンが口を挟んだ。
「レイミアさんとリリーさんは、俺たちがいた孤児院の経営者の娘なんだ。だからリリーさんたち姉妹とは全員俺たちは面識があるってわけ」
「……なるほど」
「あと二人いるんだ。レイミアさんが長女でリリーさんが四女。次女のハーブさんは孤児院を今引き継いでて、三女のサーミアさんは……」
「探偵だ」
口ごもったエレンに変わってフォレンがにこりとして答える。アーガイルは「げ」という顔をする。
「……大丈夫なのか僕ら……」
「今さら何を言ってるんだか。さて、リリー、実は俺たち訊きたいことがあって来たんだ」
フォレンがそう言うと、リリーは「あぁ」と言って皆をカウンター席の方へと案内した。そしてフォレンは、真ん中にイアリを座らせて自分はその隣に座った。さらにその隣にロレン、反対側にエレンとアーガイルが並んだ。
「それで、何かしら。ここには色んな噂が集まって来るから、大抵のことは分かるわよ」
なるほど、そういうわけかとイアリは納得した。ベタといえばベタだ。
「実は……レストっていう村のことを調べてて」
「あぁ……私も聞いたことがあるわ」
「えっ、本当ですか」
「ええ。まぁ、噂だけどね」
全員の視線を集めながら、リリーは続ける。
「姿形の見えない幻の村。……この町は“イヴレスト”っていうでしょ? そのレストという町の前にあるというのが、この町の名前の由来らしいわ」
「……王都から見てか」
エレメスはここから北に向かった方向にある。
「テフィリアには秩序の神々を祀る神殿が多くあって……昔の話だけど。そのレストには、未だ秩序の神殿が現存しているって聞いたわ」
ここを訪れた考古学者がそう熱意的に語っていた、とリリーは付け加えた。彼がレストに辿り着けたのかどうかは分からないという。
「秩序の神殿か……」
エレンは思っていたのと違うワードが出て来て引っかかる。もっと“冥界”とかそういうワードが出てくると思っていた。
(どう思う? エレボス)
『……最近の人間は全然神話について知らないんだな』
(……まぁ、そうだな)
エレボスはひとつため息を吐くと、説明を始めた。
『秩序の神……といえば、代表的なのは秩序の司神テフィスだ。だが……さっきそこの女が言ったように秩序の神は一柱じゃない。七柱の神々がいて、それぞれがこの世界の秩序を司り、管理してる。……そのうちの二柱が冥界の管理を任されていて……』
普段、半分フィクションの夢物語だと思っていた神話が、エレボスの口を通して聞くとやけに現実味がある。
『冥王と冥妃……その二柱によって冥界は治められている。まぁ……彼らは神よりも魔神に近い存在らしいが』
(……あー、なんか難しいのは分かった)
『まぁ、祀られてる冥界関係の神と言ったらその辺りだろう。……神殿のことは俺もよく知らねェ。ここ二千年ほどは、神々は人界との関係を絶ってるっていうし……』
エレボスはそこで難しく考えているようだった。その一方で、リリーが続ける。
「伝承的には、この辺りにあるっていうことで間違いないらしいんだけど。場所が書いてたであろう古い地図は、もう全てが焼失してて分からないってことだったわ」
「焼失、か」
イアリがそう呟く。しかしだ。
「でも、本当にあるんだったら地図がなくても探す方法はあるはずだ。くまなく探せば……」
「そうね。でも、そんな村が見つかったら、世間に隠したままでいられるかしら」
無理だろうとそう思う。そうだとしたら一大事だ。死んだ人間が生き返るなんて、そんなこと────────。
「どうだかね。良心によって隠されてることだってある」
フォレンはそう言ってにやりと笑う。
「つまり、まだ無いとは言えないってことさ。火のない所に煙は立たぬ。噂の元には必ず源流がある。……そうだろう?」
イアリは視線を向けられて、少しの思案の末頷いた。
「そうですね」
「それ以上のことは……私にも分からないわ。ごめんなさいね」
「いえ。噂が確かにあるってことが知れただけでも良かったですよ」
申し訳なさそうなリリーに、イアリはそう言って微笑んだ。
* * *
それ以上の収穫は得られないまま、リリーに礼を言って三人は店を出た。フォレンとロレンは、もう少しリリーと話してから行くと言って店に残った。
「……決定的な手がかりは無しか」
エレンは空を仰ぎながらため息を吐いた。噂の確証は多少得られたが、これではまだその村を見つけられない。
「古本屋でも漁ってみようか。地図は焼失したって言ってたけど、何かしら文献はあるかも」
アーガイルの提案に、イアリは頷く。
「そうだな。可能性は……なくもないが」
と、その時、人混みの向こうからこんな声が聞こえて来た。
「スリよ! 誰か捕まえて!」
「……スリ?」
エレンが呟くと、イアリは目を細めた。
「あぁ、この町流れ者がよく来るからな。多いんだ、ああいうの」
「そうなのか……」
町にはあまり降りて来ないので、知らなかった。それはなんとも穏やかではない。
ぼろぼろのフードを被った人影が、袋を持って走って来るのが見えた。手にはナイフを持っているためか、誰もそれを止めようとしない。
「……お前ら、ちょっとここで待ってろ」
二人に言うと、アーガイルが嫌そうな顔をする。
「え、どうするつもり」
「あいつ止めてくる」
「馬鹿言うな、関わってロクなことねェぞ」
イアリが呆れたように言うが、エレンは無視して歩き出した。
「お、おい、エレンってば!」
イアリの声を背中に聞きながら、走って来る泥棒に目を向けた。泥棒はエレンに気が付くとこちらに凶器を向けて来た。
「どけ! 死にたいのか!」
予想外に高い声がして、エレンは驚いた。だが、それも一瞬だった。
突き出されたナイフを躱し、左手で棒を展開するとそれでナイフを跳ね飛ばす。
「あっ」
小さな声を上げた泥棒を足で引っ掛けて倒し、仰向けになったところに足で抑えた。勢いで宙に飛んだ袋をキャッチする。周囲から歓声が上がったのを聞いて、エレンはコートの襟で思わず口元を隠した。
キャッチした袋の中を覗くと、財布がたくさん入っていた。
「……どんだけやってんだコイツ……」
「あ、ありがとうございます……」
さっきの声の主らしき女性が息を切らして走って来た。袋の中身のどれが彼女のものか分からないので、そのまま引き渡した。
「こんな大衆の前で堂々とやってんじゃねェよ」
イアリがそう言いながら近づいて来る。
「良いだろ別に……悪いことじゃねェんだし……」
「お前みたいなのは目立つことそのものが悪いことだろうが」
ぐい、と人差し指を胸に押し付けられ、うぐ、とエレンは唸る。
「……おじさんたち……何……放して……」
「おじっ……⁈」
足元からした声に、エレンとイアリはピキリとして視線を落とす。エレンがしゃがんでフードを引きはがそうとすると、彼はフードをぎゅっと手で抑えた。
「このっ……面見せろてめェ!」
結構な力で抑えているのかと思いきや、案外あっさり取れた。その下の顔は拍子抜けするくらい幼かった。十歳くらいかという少年だ。
「ガキか……どうりで弱いわけだ」
「弱くない!」
「ガキのくせにこんなモン持ってんじゃねェよ」
エレンがプランと少年が持っていたナイフをつまんで見せると、少年は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「あっ……! 返せ!」
「やだね。盗みなんて滅多にするモンじゃねェぞ」
「お前が言うか」
イアリにそうツッコまれるが、エレンは気にしない。
「……おっさんに何が分かるんだ」
「おじさんじゃねェガキ!」
「おれだってガキじゃない! リトって名前がある!」
エレンと少年、リトが言い合いをしているとアーガイルがエレンの肩を叩いた。
「まぁまぁ。子供相手に何ムキになってんの」
「……確かに……」
大人げなかったかと、エレンは反省する。と、その時足元から感触がなくなっていることに気が付いた。見れば、リトが逃げ出そうとしている。
「あ、てめ」
「じゃーねー」
「待て!」
「待たないよーだ」
だが次の瞬間、リトはズッコケた。あちゃ、とアーガイルは顔に手を当てる。
「いっ……てー……何だこれ」
リトが自分の右足首を見ると、影が巻き付いていた。
「影の力だ。そう簡単に逃げられると思うなよ」
「いいじゃんエレン……逃がしてあげれば」
「そういう訳にもいかないだろ」
アーガイルとエレンがそう言っていると、イアリは少年を助け起こす。
「なぜこんなことを?」
「金に困ってる。それ以外ないだろ」
口を尖らせるリト。その目と目があった時、イアリは妙な説得感を覚えて手を降ろした。
「そう、か……じゃあ仕方ないな」
「……イアリ?」
「いいぜ、放してやろうコイツ」
「待て待ておかしいだろ」
怪訝な顔をするエレン。アーガイルはハッとする。
「……もしかして……」
リトの目を見ると、リトはこちらを見返してじっと見てくる。
「分かっただろ、解放してくれ」
「────やっぱりそうか。悪いけど僕には効かないよ」
「? どういうことだ」
「エレン。彼の目を見ないで」
アーガイルはエレンとリトの視線を切るように立つと、腕を組んだ。
「君、秩序の守護者だね」
「え⁈」
ぎく、とした顔をするリト。やっぱり、とアーガイルは片眉を上げて笑う。
「力を使って僕たちを説得しようとしたな。でも悪いね、僕はその力のことを知ってる」
「待て待て、秩序の守護者なんて王族以外に……」
そう言えば、“秩序”という言葉を先ほども聞いたなとエレンは思い至った。
「……レスト」
「隠された幻の村レスト……秩序の神殿を守り続けるその民が、秩序の守護者であってもおかしくない。むしろ納得だ。どう?」
アーガイルの推理に、リトは眉をひそめた。
「……あんたらも神殿が目的か」
その言葉に、アーガイルはほらね、という顔で少年を指差した。
イアリは信じられない、という顔で続ける。
「まじで……? お前、レストの人間か」
「そうだけど……」
「その、本当なのか? 死んだ人間を生き返らせられるっていうのは……」
エレンがそう問うと、リトはとても嫌そうな顔をした。
「教えると思う?」
「神殿って言っただろ。あるんだな、本当に」
凄むエレンに、リトは思わず怯んで、辺りをキョロキョロと見渡した。
「……話してもいいけど。ここじゃ嫌だ」
「分かった。場所を変えよう」
* * *
狭い路地に入った。積まれた木箱の上に座ったリトは、声を潜め、まだ警戒の籠った様子で言った。
「……おれがこれから話すこと、他に漏らすなよ」
「分かった。約束する」
そう頷いたエレンの顔を、リトはしばらく見定めるようにみていたが、やがて彼は口を開いた。
「神殿は……ある。生き返らせることも出来る。でも、それには色々……条件があるんだ」
「条件? 三人必要…とかそういう?」
「────────そんなことまで広まってるのか。参ったな」
リトはため息を吐いた。
「必要なのはそう、三人の祈りと、贄だ」
「贄?」
儀式めいた恐ろしい言葉だ。リトは続ける。
「具体的には……体の一部を捧げる」
「!」
リトは自分の右足をめくって見せた。ズボンの裾から現れたのは、木で出来た義足だった。
「……お前も……誰かを?」
「姉ちゃんだ。村の外で、獣に襲われて」
思い出すように、リトは目を伏せる。エレンは思い至った懸念を問う。
「その……蘇生したあとは、ちゃんと元通りなのか」
「あぁ、それは大丈夫だ。遺体の状態がどうなってても、死者が帰って来るときは元通りになってる。魔神様の力でな」
「魔神様?」
首を傾げるエレン。リトは首を振る。
「今はそこまでだ。………あんたは誰を生き返らせたいんだ」
「兄貴だ。……まぁ、お前と一緒ってことだな」
「ふうん……。祈りを捧げる人間は、死者と親しい人間なら誰でもいいけど、贄を捧げるのは血のつながった人間と決まってる。……あんたは既に片腕ないみたいだけど、捧げられるの?」
「そりゃ……必要なら俺が捧げるしかないだろ」
「エレン、それは……」
アーガイルが信じられないものを見るような目で見てくる。エレンは肩を竦めた。
「ユーヤに追加発注しないとな。早めに」
「そんな軽々しく……」
「だったら、ケレンにやらせんのか? それだけは絶対に嫌だ。俺の手足ならくれてやるよ」
アーガイルはそれ以上何も言えなかった。彼を止めるなら今しかないが……それが出来るとは思わなかった。
エレンは屈むと、リトと目線を合わせる。
「なあ、頼む。その村に案内してくれないか」
「……それは……」
「大切な人なんだ。俺にとって……かけがえのない人だ。だから……どうしても、取り戻したい」
「……」
少年はしばらく迷っていた。エレンはじっとその返答を待つ。イアリももはや興味を通り越して真剣だった。アーガイルだけが、彼が「No」と言うのを待っていた。
「……分かった……案内する」
「! 本当か」
「連れてくのはあんたらでいいの?」
リトは三人を指差した。顔を見合わせたエレンたち。エレンはそうだな、と立ち上がった。
「仲間には共有した方がいいかも……。ケレンには絶対言った方がいいしな。よし、リト。一度俺たちの家まで来てくれるか」
「え……。……いいけど……」
彼がそう返答すると共に、イアリがパチンと手を叩いた。
「よっしゃ。じゃあ俺はロレンとフォレンさんを呼びに行ってから戻るよ。先に帰っててくれ」
「分かった。アル、行こう」
「……うん」
#20 END
To be continued...
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