#15 追走
エレンはやがてアーガイルの姿を発見した。ケレンたちが逃げて行った方向へと歩いて来た。なかなかボロボロな様子を見止めながらも、僅かに元気が出て声を張る。
「アル!」
「! エレン……! 無事だったの」
「はは。なんだそれ、俺が無事じゃないと思ってたみたいだぞ」
「だって……」
と、アーガイルは駆け寄って来て少し手前で立ち止まった。
「? どうした……あぁ、これか」
凍り付いた顔に気が付いて、エレンは右肩に目を見遣った。
「大丈夫、もう血は止まってるしさ………あ、そうだ」
「じゃないでしょ! 右腕だよ⁈ なんで平気なのさ!」
「俺元から両利き気味だし、問題ないよ」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
笑っているエレンに、アーガイルはわなわなと震える手をどうしていいか分からない様子だった。だがエレンが眉を下げると、アーガイルもなんとなくエレンの本当の心中を察したようだった。
「…………本当に大丈夫なの、その怪我で」
「あぁ、実は俺もケレンみたいに憑神してさ。そいつが治してくれたんだ」
「え、本当に……?」
アーガイルはしばらく固まったあと、はぁ、とため息を吐いた。
「なんだ……折角君に追いついたと思ったのに、また置いて行かれた感じだ……」
「何言ってんだよ。お前は変わらず俺の右腕だろ、それこそ」
「────はは、そうか。そうだね。じゃあますます重要だ」
にへ、とアーガイルは笑う。エレンも笑った。
「お前の方は大丈夫なのか」
「あぁうん……火傷くらいかな。それももう処置は簡単にしたし……あいつもほら」
と、アーガイルは地面の方に視線を向けた。エレンも釣られて見る。そこには見知った顔が斃れていた。
「ウェラ……やっぱりコイツら全員グルだったんだ」
「うん。エレンが戦ってたのはカフィでしょ?」
「そうだ」
「……あいつはどうしたの?」
アーガイルが訊くと、エレンは腕のことよりも沈鬱な表情になった。
「………殺した」
「え?」
「初めて人を殺した。殺したいとそう明確な意思を持って……殺した」
事実を噛みしめるように、エレンはそう繰り返す。それを聞いたアーガイルは、はじめこそ驚いた顔をしていたが、やがて安心したように笑う。
「────そっか。まあ、それが必要な時だってあるよ」
「そうだな。お前もあいつのこと、殺したんだな」
「うん。向こうがその気なら致し方ないでしょ」
アーガイルは肩を竦める。その姿を見て、相棒が本当に強くなったことをエレンは思う。
「ともかく、無事で良かった。……ケレンは?」
エレンがそう訊ねると、アーガイルは困った顔をする。
「……ごめん。ここにいてもらうよりかは安全かと思って、一人で逃げてもらっちゃった」
「────そうか。まぁケレンにはフェールもついてる。タダじゃやられないさ。あれで根性ある奴なんだ」
「君の弟らしいや」
「そうだろ」
そういえば、とエレンは携帯を取り出した。
「兄貴にも連絡入れたんだった……どうしたろう」
返信はなかった。だが送ったメッセージには既読がついていた。
「……見るなり飛び出して行ったなこりゃ」
「グレンさんらしいや。……どこ行ったんだろう」
「方向音痴だが妙に勘がいいんだ兄貴は。きっとケレンのことを見つけてくれてる」
「妙な信頼感だな……まぁあの人なら納得できるかも……」
「俺たちも探そう。心配だ」
アーガイルうなずき、そして表通りの方へ目を向けた。
「……なんか騒がしくない?」
「────そうだな。俺も気になってたんだ」
エレンもアーガイルと同じ方向へ顔を向け、そして指を立てた。
「こういう時は……上からだ」
エレンの言葉を受けて、アーガイルは彼の傍に寄る。その時、二人の足元の影が盛り上がって、あっという間に建物の屋根の上に辿り着いた。着地した二人は表通りの方へ顔を出す。何やらざわついた雰囲気を感じ取った。通りの人々は、ある方向から離れようとしているように見えた。
「……嫌な予感だ」
「同感。……人の流れ的に……」
二人は下の情報から導き出した方角を見る。と、丁度その時爆発音と共に砂煙が上がる。エレンは眉をひそめた。────この距離でも分かる。
「……めちゃくちゃ兄貴の気配だ」
「分かるの?」
「力使ってるとな。このビリビリした感じ、間違いねェ」
確実に戦っている。相手は間違いなくカリサだろう。多分ケレンは無事だ。にしても、あそこまで破壊の化身と化した兄を見た(まだ直接見てはいないが)のは久しぶりだ。
「────急ごう」
「行ってどうするの?」
「どうするってそりゃ────────」
止める、と言いかけた寸前でそれは無理だ、と思った。そして意味がない。カリサとの戦闘は避けては通れない。だがもう少し大人しくやって欲しい。自分の力が分かっているのだろうか、あの怪物は。エレンは額を抑えた。
「俺たちに出来ることは────正直言って、ない。だが、ケレンのことは回収しないと」
「巻き込まれてない、よね?」
「弟のことだけは敏感なんだよ兄貴はよ。ケレンを自ら傷付けるようなヘマはしねェさ」
「ふぅん……そうか」
アーガイルは何かを思い出したように視線をどこかへやると、ため息を吐いた。そしてエレンに言う。
「じゃあ、まずはケレン君のことだ。グレンさんのことはそれから」
「あぁ」
* * *
しばらくして、路地の壁際で気を失っているケレンを二人は発見した。目立った怪我はなくエレンは安心する。きっとフェールが守ってくれたのだろうと思う。
「……この辺り、すごく嫌な感じがする」
「だろうな。兄貴のエレメントが残ってる」
同じ影の守護者であるエレンでもヒリついたものを感じる。影と反する光の守護者であるアーガイルには少々きついだろう。
エレメントには使用者の精神が乗る。とはいえ、残滓でこのレベルは相当だ。
「ケレン! おい、大丈夫か」
エレンはそう呼びかけながらケレンの体を揺すった。まぶたが震えて、やがて彼は目を覚ました。
「……兄……さん……?」
青い瞳が左右を見て、最後にこちらを見た。そして、彼はハッとして体を起こしてフラついた。すんでの所でエレンはその体を支える。
「無理するな」
「兄さん! お兄ちゃんが……」
「分かってる。……動けるか」
「あー……うん。なんとかね」
兄の手を借りながら、ケレンは頭を抑えながら立ち上がる。
「お前も力使ったな。無茶するなよ」
「逃げてばかりもいられないでしょ。追い詰められたら僕だって戦う。フェールだって強い精霊だし……」
『え! こいつまじで天狼様の宿主かよ!』
(……何だ)
エレボスの声に、エレンは眉をひそめる。
『だってこいつ……精霊の器としては未熟すぎるだろ』
(そりゃあ……ケレンが生まれた時からいるしな)
『どういうことだそれ……そういやここ数百年、天狼様ってあまり神界じゃ見かけなくなってたけど……』
うーんと考えこむ様子が伝わってくる。神界の事情はよく分からないが、フェールのことは特殊なケースだというのは分かった。
『……まさか偽物……じゃねェよな……感じる気配は間違いなくあの人だし……』
(優男の魔導師だろ。でっかい翼のある黒い狼)
『そう。そうだよ。翼の生えた影狼なんて他にいない』
そしてはたとケレンと目が合った。するとケレンは誰かを見るように視線を一瞬左下へやると、驚いたように目と口を開いた。
「えっ……」
視線がエレンの顔とその右肩の方を行き来している。言いたいことは分かる。エレボスがフェールの気配を感じられるなら、その逆もまた然りだ。そして、腕のことも。
「────大丈夫だ。心配するな。俺のことはあとでいい」
「でも……!」
「いい。それより大事なことがあるだろ」
「どうでもよくないよ! だって……」
ケレンが両肩をガッと掴んでくる。その力が思っていたより強くてエレンは驚き、そして優しく笑った。残っている左手で、右肩に置かれたケレンの手に触れて優しく笑う。
「────────ありがとう。でも大丈夫だ。命があればどうになってなる」
「兄さん……」
「今は兄貴のことの方が大事だ。……そう簡単にはやられねェと思うが」
エレンはアーガイルの方を振り向いた。と、彼は携帯を見て何やら険しい顔をしていた。
「アル?」
「……結構大変なことになってるよ」
そう言って、アーガイルは携帯をこちらに向けて来た。テレビ中継だ。破壊される街が映っている。その中を見覚えのある人影が二つ飛び交っている。エレンは頭を抑えた。
「災害だろこれ」
「……兄さん、これ止めに行くの?」
「…………どうするか考えてる」
「この分だと、軍か探偵が動くだろうね。そうなったら────まずい」
事態は刻々と悪化する。中継が切り替わって野次馬と逃げて来た民衆を誘導する軍人の姿が映る。事態の収拾にはまだ時間がかかりそうだ。
「とにかく、僕らも現場の見える所に行こう」
「そうだな。ケレン、お前も来い」
「うん」
音と気配のする方へ向いて、エレンは大きなため息を吐いた。大変な兄を持ったものだとそう思った。
#15 END
To be continued...
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