#13 霹靂
二振りの短剣が、ウェラの体を切り裂いて行く。予想通り、段々と再生速度が落ちているのが目に見えた。
アーガイルはそれを確認して手応えを感じながらも、自身の限界が近づいてきていることも感じていた。
「しぶといなぁ、まったく」
「不死鳥の名は伊達ではない」
「なーるほど」
斬撃を止め、回転した勢いのまま左足を軸に右回し蹴り。不意を突かれたのかウェラの腹にクリーンヒットする。
「ぐあっ……」
「効いたね」
踏みとどまったウェラは腕を広げた。ボボッと音を立てて炎が上がり、そのまま飛び上がった。
「は⁈」
「鳥なのだから飛べて当然だろう」
「そんなのずるいだろ!」
とは言え、アーガイルにも対抗手段がないわけではない。
深く深呼吸して、足元へ意識を集中する。光がそこへ収束し、アーガイルは一瞬で上へと飛び上がる。
「何っ!」
「長くは飛べないけどねっ!」
空中で一回転しての踵落とし。光を纏ったその光速の一撃が、ウェラを叩き落とす。
「ぐあはっ……」
「思い至らなかった……物理よりエレメントによる攻撃の方が通るんじゃないか。まぁ、もう関係のない話か」
「何を……。……!」
突っ伏していたウェラは、ハッとして右手首を見た。
「いつの間に……!」
そこには手錠がかかっていた。それもただの手錠ではない。
「これは……封神石の……」
「君たちのアジトから一つ拝借した。何かの役に立つと思ってね。この通りだけど」
「クッ……手癖の悪いことだ」
「生憎そういう性分なもので」
くるくると短剣を片手で弄び、立ち上がるウェラに笑う。
「これであんたは力を使えない」
「……してやられたか」
殴りかかってくるウェラ。腕につけられた手錠を武器にするように振り回す。アーガイルはそれをひょいと避けるとウェラを蹴り倒す。そのまま起き上がれないようにのしかかった。その喉元にナイフを突きつける。
「……終わりだ」
「────見事」
覚悟を決めた目が見返してくる。アーガイルはそのまま、刃を彼へと突き立てた。
* * *
エルランは大きなため息を吐いた。送られて来た報告書を見て頭を抱える。ソファの向かいでエルザが眉をひそめて腕を組んで座っている。
「……本当に奴の仕業だと思うか」
エルザの言葉に、エルランは顔を上げた。
「疑いようがない。……現場で濃く観測されたのは影のエレメントと風のエレメントの残滓……争った証拠だ。片方は死んでいたカフィ・レストロノートのもので間違いないし」
エルランはサングラスを額にあげ、報告書を手に目を細めた。
「……現場に残ってた斬り落とされた腕。エレン・レオノールの指紋と一致した」
「でも俺たちは実際に現場を見てない」
「エレメスの探偵たちを疑うわけ?」
「そういうわけじゃないが……」
歯切れが悪そうなエルザ。分かるよ、とエルランは報告書をテーブルの上へ置いた。
「全国的な犯罪者、指名手配犯の情報を、わざわざ担当の僕たちに寄越した。これは確固たる証拠があったということと、その上で専門の僕たちの判断を仰ぎたいということだ」
「……これまであいつは一度も殺しはして来なかった」
「相棒の方はともかくね」
エルランはそう答えながら眉をひそめた。
二人は長年、エレン・レオノールとアーガイル・エウィンを追っている。かれこれ八年────エルランとエルザが隊長と副隊長になってから、初めて任された案件だった。
対象はまだ未成年の青年二人。この現代に“怪盗”を名乗っていたその二人を、エルランもエルザも馬鹿馬鹿しい、とはじめは思っていた。犯行予告までしてわざわざ警備を固めさせる。そして、それを掻い潜ってターゲットを盗み出して行く。
出し抜かれる度、何度もエルランは唇を噛んだ。悔しい。初めて責任者として担当した事件を、なかなか解決できない自分に腹が立った。
そんなこんなで五年が経ち、二人の大泥棒は世間から姿を消した。三日間のうちに全ての盗品が元の場所に返されていた。そんな幕引きに、エルランは納得いかなかった。エルザも勿論そうだった。だから、まだ追い続けている。
その五年の間────接触出来たのは数回。姿すら見せずにしてやられたこともあったが、その少ない交戦の間に。実行役のエレン・レオノールは誰一人として殺しはしなかった。追って行った逃走路にはいつだって伸びた人間しかいなかった。
それは彼の信条なのか。手にした武器は刃のない金属製の棒。比較的殺傷能力の低いその武器を彼が選んだのは、そういう思いがあったのだろうと思う。
────────だが、今回のこの資料を見る限り、カフィは胸を何か大きな刃のようなもので刺しぬかれている。短剣とかでもない。直剣も違う。見たことのない────そう、大鎌のような。
だから、エルランは余計に信じられなかった。彼が人を殺めたことが。
「まぁ……人間なんていつかは変わるものだけど」
「……そう……か」
エルザは俯く。そしてハッとして顔を上げた。
「……いや。奴がどう変わろうが変わらず追うだけだ」
「そうだね」
そう言って、エルランは微笑んで相棒の顔を見返した。
と、その時部屋の隅に置かれた内線電話が鳴った。エルザがそれに反応してスッと立ち上がり、受話器を手に取る。
「はい。第三部隊副隊長、エスケルムです。……あぁ、長官。はい。……えぇ、分かりました。すぐに行きます」
短くそう答え、受話器を置いたエルザにエルランは首を傾げる。
「……長官から? 何だって?」
「カリサの件で……今すぐに長官室に来いって」
カリサの件。カレンからのことはまだ長官には持って行っていない。胸がざわついた。このタイミングで長官からの連絡。────嫌な予感がする。
エルランはソファから立ち上がる。サングラスを掛けなおしたその顔を見て、エルザは思わずどきりとした。いつも気の抜けた相棒の顔が、いつになく真剣だったからだ。
「分かった。行こう」
そして二人はオフィスを出ると、エレベーターへと向かうのだった。
* * *
辺りで悲鳴が上がる。二匹の獣が街中で争っている。
それはもはや災害だった。互いに互いのことしか見えていない。街が破壊される。人々が逃げ惑う。だが、ギリギリのところで巻き込まないように二人は戦っていた。
影と風のエレメントがぶつかり合い、爆発する。巻き起こった砂煙の中を、カリサは飛び出しグレンの胸倉を捉えて押し倒す。しかしその転がった勢いのままカリサは後ろへ投げ飛ばされ、もはや誰もいなくなった雑貨屋の中へ突っ込んだ。
「ゲホッ……」
「……余裕なくなってきたな」
壊れた棚で逆さまにひっくり返っているカリサに、グレンは静かに言う。青い瞳が凶暴な光を放っている。
「……なりふり構わないお前は怖いね。本当に人間かよ……」
と、言っている間に足首を掴まれて地面に叩きつけられた。散乱したガラスや木片が頭や体に刺さり、鋭い痛みが走った。
「っ……この……」
「……しぶとい奴だな」
そう言うグレンも肩で息をしていた。無傷でもない。額から血を流し、骨もいくらか折れている。余裕がないのは向こうも同じだ。そう思ったカリサは笑みを浮かべながら血まみれの顔を上げる。
「まだまだ、これからだよ。こんなもので終わったら困る……」
「そのナリでまだ俺に勝てると思ってるのか」
「お前こそ、強がりはよせよ」
カリサの姿が風を残して消える。背後に気配を感じてグレンは振り向く。と同時に強力な上段蹴りがグレンのこめかみを打った。
「!」
脳が揺れる。星が飛ぶ。だがグレンは倒れない。足がその体躯を力強く支える。その様にカリサは舌を巻く。
「……バケモンがよ」
焦点の定まっていない目がカリサを捉える。瞬間的に間合いを詰めて来たグレンがカリサの右腕を掴み、引き寄せながら膝蹴りをかます。
「がっ!」
からの前蹴りでカリサは後ろへ吹っ飛んだ。その途中で体を風に変え、少し離れたところで体勢を整える────が、ぼたぼたと口から血を吐き出した。
「ハァッ……ほんとお前……鉄の壁相手してる気分になってくるな……ふざけるなよほんとに……」
顔を上げたカリサは、まだ崩壊した店の中で立っているグレンを見て笑った。
「仕方ない……奥の手を出すか」
「……奥の手、だぁ?」
「君もよく知ってるだろう」
グレンは眉をひそめた。カリサの紫の瞳が青色に染まる。その現象にグレンは見覚えがあった。
「まさか……」
「僕が何も会得しないままお前に挑むと思ったか! 見せてやるよ、天を動かすほどの風の力を!」
「!」
ぶわりと激しい風が巻き起こり、カリサの体が浮きあがった。
「“嵐神”エエカトル! 僕に憑いた精霊の名だ。……まぁ、覚える必要はないけど」
「くそ……」
グレンは顔を腕で覆いながら外へ出てくるとカリサを見上げた。随分と高い。普通に跳んだって届かない高さだ。
「降りてこいてめェ!」
「卑怯だって? 持てる力を全て使って何が悪いんだ。……それに、君も持ってるだろう?」
「……何?」
怪訝に思ったその時、カリサが右手を振り上げそこに巨大な風の弾が現れた。それがグレン目掛けて飛ばされる。咄嗟に飛び退くと、激しい音と共に瓦礫が巻き上がった。砂煙がはけたその跡は、地面がズタズタに引き裂かれていた。
「……惜しい。さすがにそれを食らえば君の体もバラバラだったと思うんだけど」
「てめェ……」
「ほら。睨んでないで早く出したらどうなんだ。それが俺に対抗しうるものなのか分からないけどね」
「……何言ってやがる」
そう返すと、カリサはきょとんとして目を見開いた。
「え? ……マジで言ってる? 気付いてないわけ」
「あ……?」
グレンがそう訊き返した時、不意にどこからか声がした。
『ほら見ろ。マジで気が付いてなかったぞコイツ』
『うむ……わざと無視されているのかと思ったが』
「⁈ 誰だ!」
二人。知らない声にグレンは辺りを見回す。しかし、勿論誰もいはしない。
『馬鹿野郎。お前の中だ中。ったく……しゃらくせえな。俺が出る。体貸せ』
「中……⁈」
その時、グレンは意識を何かに内側から引っ張られるような感覚を覚えた。
「⁈」
『うわマジかコイツ精神つっよ……ちぃっ、すぐ終わるから大人しく貸せよ!』
『待て。力を貸すだけではいかんのか?』
『うるせぇ。説教かねててめェが説明しとけ』
『……なるほど』
「お前らうるせっ……うわっ⁈」
意識が闇に落ちる。そして気が付いた時にはグレンは水の張られた洞窟の中にいた。
#13 END
To be continued...
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