#125 獅子奮迅
閉じた両開きの扉の向こう。剣戟が小さく聞こえて来る。扉を塞ぐように、そこにもたれ掛かって立つアーノルドは、腕を組み、物憂げな表情をして呟く。
「……邪魔は、出来ない……」
自分は課された命令を果たすのみ。……だが、もどかしい。この刃を振るえないことが。
自分は本来、護るべきなのだ。何を賭しても、元帥を。しかしそれは、彼自身が下した命によって封じられた。
────アーノルドは死にたがりが嫌いだった。
自らも、多くの命を手にかけてきた。多くの血に汚れたこの手は、清くならない。殺したくもない人間を殺して来た。もう、それに抵抗はなくなった。だが、そこにあるのは、“無”だ。
怒ることばかりが苦手ではなかった。アーノルドには、感情などない。全て仮初だ。何もない、その空っぽの穴を笑みで塞ぐ。いつしかそれはピタリと顔に張り付いて、剥がれなくなった。
手で顔を覆う。元帥の死を予感した時も、悲しくて言ったのではない。────アーノルドの中に唯一残っているものは、“嫌悪”だった。
死にたがりは嫌いだ。死にたくもない人間が、己の手にかかって死んで行くのを何度も見た。
折角、生きているのに────アーノルドはそう思う。自らの命を顧みない者を、アーノルドは嫌う。
その嫌悪感を、時折悲しみだと錯覚する。失うことには慣れている。だが、気に食わない。それだけだ。
────死にたがりは嫌いだ。
だが、あの覚悟を決めた目が、自分をここから動かさせないでいる。
「……僕に、何てことさせるんですか、元帥…………」
動けない。上官の命には逆らえない。そういう風に育てられた。本能に、刻まれてしまっている。軍の養成所育ちゆえの、自分の意思すら凌駕する従順さ。そんな己を、アーノルドは憎んだ。
* * *
──10階 指令室──
ジェラルドの双剣が、イーサイルを襲う。回転した同方向の二連撃。イーサイルはそれらを下がって避け、細剣を突き出し雷撃を飛ばした。が、ジェラルドは笑って軽く避けると、返す刀で再び斬りかかる。右の一撃。イーサイルは剣で受けた。二人とも片手で剣を持ち、均衡した力によって刃がカタカタと音を立てた。
「前よりは、マシになったな」
ジェラルドがヘッと笑って言った。イーサイルはこめかみをヒクつかせて答えた。
「いつまでも見下すな…………!」
「お前が俺よりも下だからだろ」
ミチリ。イーサイルの額に青筋が立った。空いた左手が雷を纏い、ジェラルドを襲う。
「うおおおっと」
ジェラルドは慌てて後ろに退がった。少し遅ければ腹を抉られていたかもしれない。
「短気なのは変わらんね!」
「うるせェ!」
イーサイルは剣を斬り払う。そして、ジェラルドに掛かって行く。ジェラルドは悠然として構え、それを迎え撃つ。刺突攻撃。ジェラルドは剣で器用にそれを逸らす。その時、チリリと魔剣が電気を纏った。
「っ?!」
ジェラルドが剣を離す間もなく、イーサイルが剣を通して放電した。そのショックで、ジェラルドは仰け反り、仰向けに倒れた。が、その直後イーサイルの右脇腹が裂ける。
「! ……チッ」
溢れる血。だが、イーサイルは少し顔をしかめただけでジェラルドに歩み寄る。
「…………死んじゃいねェよな。こんだけ反撃する元気があんだからよ…………」
倒れるジェラルドに、イーサイルは剣を逆手に持って振り上げた。ジェラルドは動かない。が、薄っすらと目を開け、イーサイルを見ると笑った。
「……あぁ、絶景だな」
細剣が突き降ろされた。が、そこにジェラルドはいない。黒い塵のような物が床から舞っていた。
首筋に刃が当てられ、すぐ耳元で声がした。
「────俺さ、お前の血の色好きなんだ」
「……戯け」
「でも、今日で見納めかな」
「遊びじゃねェんだぞ、ジェラルド」
刃がすぐ首のそばにあるにも関わらず、イーサイルは冷静な声で言った。すると、呑気な声が返って来る。
「わーかってんよ、わざわざ俺から出向いてやってんだから。だから見納めだって言ってんのに」
「……そんな近くにいると、感電するぞ」
「わぉ」
ジェラルドが跳び退いた。イーサイルは一瞬強い電気を放電した後、光の粒子を残して消えた。直後、ジェラルドの後ろに現れ、その身を貫かんと剣を突き出した。ジェラルドは振り向き、剣の峰でそれを受けると上へ押し除けた。
左右からの挟み込む様な二撃。イーサイルは体を捻るが、左脇腹を浅く裂かれた。ジェラルドがニヤリと笑う。続く左右の開く攻撃。イーサイルは体勢を立て直して後ろに跳んだ。ジェラルドが追撃してくる。左右の続く多段攻撃。それらを捌ききり、ほんの僅かに出来た隙をついて攻撃を仕掛ける。ジェラルドが首を捻る。耳の先を掠った。横髪が舞う。ジェラルドはイーサイルの胴目掛けて剣を振った。イーサイルが雷撃と化し、上に跳ぶ。フードラを下へ向け、雷の力を込めた。
「“雷帝の怒号”」
強烈な放電。チリリという甲高い音が響いた。部屋が閃光で一瞬照らされる。自分の下でジェラルドが倒れている事を予測し、そのまま落ち、フードラを突き降ろす。だが手応えはない。背後で殺気を感じた。振り向く。ジェラルドが立っているのを認識した時、自分の右側から何かが飛んで来た。咄嗟に剣で斬り払った。抹消したそれは、フードラの形をしていた様に思える。
「……?!」
「自分の剣に刺されるのって、面白いだろ?」
ジェラルドは意地悪気に笑った。つまりは、イーサイルが手に持つフードラの影を実体化させて、イーサイルに飛ばしたという訳だ。
クツクツと笑っているジェラルドに、イーサイルは目を細める。
「………お前、強がんなよ」
「何が」
「喰らっただろ、さっきの」
「…………」
ジェラルドの体から小さく静電気が出ている。それは、さっきの電撃を喰らった証拠だ。
「………あぁ、何て事ねェよ」
「普通なら死ぬか、気絶する」
「俺はしてないよ」
「お前は、普通なんかじゃないからな………」
イーサイルは立ったままのジェラルドへ突っ込んだ。しばらくは痺れで動けないはずだと踏んで、この隙トドメをさしてしまおうと思ったのだ。が、鋒はジェラルドへは届かず、無造作に動いた剣に弾かれた。丁寧さの欠片もない動きに、イーサイルは驚く。
「……なっ………! 動けっ………」
ゆっくりと腕を戻すジェラルド。だがその動きはぎこちない。まるで、糸に操られているかのような…………。
と、そこでイーサイルは気付いた。
「……お前、まさか」
「こんな事もあろうかと思ってさ。………気付かれるの、思ったより早いな」
「自分の影で自分を操ってやがるのか…………!」
「ご明察」
ジェラルドはニ、と笑って、ぎこちなく剣をイーサイルに向けた。力が篭っていないのが分かる。
「くそ、全然身体が言うこと聞かねえ」
ジェラルドはそう悪態をつく。立っているだけでもヤバい、とイーサイルは思った。いや、それももしかすると影の力で無理矢理立たせているのか。
「…………だが、大きな隙だな」
「正直ちょっと焦ってるわ、俺」
ジェラルドの頬に冷や汗が浮かんだ。笑みに余裕はない。
「────お前は強いよイーサイル、殺すに十分事足りる」
「!」
『あの日』と、重ねた言葉。イーサイルは目を見開いた。だが、すぐにそれを笑みに変える。
「…………やっとかよ」
「今俺は最高に愉しい。これ以上無い悦びを感じてる」
ジェラルドは危機にありながらもそう言った。あくまでも戦いは愉しいものだと感じている。イーサイルも同じくして。脇腹の傷は深く、血はずっと流れ続けている。だが、心は昂っていた。珍しく。ジェラルドと十分に渡り合えることを知って。
「この日を待ってたんだ」
「今日はちゃんと、決着つけてやるからよ」
ジェラルドの体はまだ麻痺から解放されていない。イーサイルは、ジェラルドへと向かった。
「…………さて………本番は、ここからだ」
ジェラルドは不敵に笑い、己の体を己の影に委ねた。
* * *
──4階 広間──
リィィィンと耳を刺すような音がして、光が空間を引き裂いた。
右の剣を振り下ろしたアーガイル。その攻撃から逃れたエレンが、反撃する。
アーガイルが左へ動く。エレンの両刃剣は床を傷付けた。その右手側からアーガイルが蹴りによる攻撃を仕掛けた。光の力で加速した強力な蹴り、エレンは避けずガードする。壁まで飛んだ。血が壁を汚した。ヒビ割れた壁からエレンはふらりとして降り、青い双眸を光らせてアーガイルに向かった。遠心力に任せた重い一撃。受けたアーガイルの双剣が弾かれる。勢いのまま返った刃が、アーガイルの胸を斜めに斬り裂いた。倒れる事はない、ただ“敗けたくない”という強い感情で、アーガイルは踏み止まった。
既に二人の体はボロボロである。二人が相対し、時間は直に45分が経とうとしている。
エレンの再生力は少しずつ遅くなっている。真覚醒のせいもあり、体力も著しく消耗している。アーガイルも、同じだった。
言葉は発さない。必要ない。二人の中にあるのは、ただ目の前の“敵”を倒す事。殺す、殺さないではない。ただ相手を斬り伏せる、また己が斬り伏せられない様にという事だけを考えていた。
痛みはどこか遠くにある。疲れすらもどこか遠い。意識だけがそこにある。意識だけが、ただぶつかる。
エレンがアーガイルにかかる。両刃剣が斬ったのは、光の粒子。エレンの脇腹が裂けて、血が噴き出した。何度目かになる。前の傷は少し塞がりかけていただけで、今のでさらに裂かれた。確実に、治りは遅くなっている。
「…………人間らしくなって来たじゃん」
エレンの背後でアーガイルが言った。エレンは振り向きざまに、アーガイルを斬った。アーガイルが下がったので、胸を一文字に浅く斬っただけだった。
「………………………ハァッ……ハァ…」
「でも、獣みたいな目してる」
ボタボタとそこかしこで血を流す傷を抑え、アーガイルは腕で顔の汗を拭った。冷や汗と普通の汗が混じっている。アーガイルは、エレンが自分をいよいよ殺しにかかって来ている事を感じていた。
エレンの脳裏には、ジェラルドの言葉が蘇る。
────── 殺意なんてのは、意外と簡単に芽生えるモンだぜ ────
────なぜ自分の中に今、そんな感情があるのか分からない。確かに助けるつもりでここに来た。だが、自分がここまで傷付けられたからか。はたまた、ジェラルドの言う“呪い”のせいなのか。それとも、その両方か。
いずれにしろ、エレンは自分の血が滾るのを感じていた。その奥にあるのは、確かな悦び。これが、ジェラルドの言っていた“呪い”の力か。自身に芽生えた“殺意”が、この体を強く突き動かす。力が漲る。だが、どこかで哀しみのようなものもある。それらは拮抗する。だが、アーガイルを倒すべく体は動く。
エレンはアーガイルに再び向かう。アーガイルが両手を伸ばした。手の中で光が炸裂した。反射的に、エレンは影の力を纏い、躊躇いなく突っ込んだ。相殺された力。エレメントが爆発を起こす。
アーガイルは爆煙の中自分へ飛んで来る影を見つけ、襲い掛かってきたそれを双剣で受けた。だが、その瞬間それは影の塵となる。それが影分身であったと認識した時、鋭い風を感じた。刺さるような殺気。アーガイルがよろめきながらその場から避けると、直後エレンが駆け抜けた。ギラリとした目がアーガイルを見た。その目に彼はゾクリとしたものを感じた。人外の、何か。
「…………本当に化け物じゃん」
アーガイルはそう呟いた。赤い刃が襲い来る。ギキリという音を立ててアーガイルの双剣が両刃剣を受ける。その時、僅かに双剣の姿が揺らいだ。
『そろそろリミット!』
『それ以上は死んじゃう!』
イルトリアとミシュカの二人がアーガイルにそう叫んだ。だが、アーガイルは鼻で笑う。死なんて、覚悟の上だ。
見れば、エレンの両刃剣も少し揺らいでいた。ギリギリの気力で保っている。お互い長くは持たない。
アーガイルは思い切り武器を跳ね飛ばした。ガラ空きになったエレンの胴に斬り込む。まずは床に倒す。その後に、心臓を突き刺す。そうすれば仮の死が訪れる。僕の勝ち。
────アーガイルはそんな未来を思い浮かべ、笑みを浮かべた。越える。自分が、彼を。
やれば出来るじゃないか。自分は下なんかじゃない。
双剣の右はエレンの左手に阻まれた。残る左はエレンの首を貫いた。
「!」
エレンがアーガイルを突き飛ばし、傷口を手で抑える。手の間から零れ落ちる血。口からもごぼりと溢れる。血に溺れ、エレンは苦しそうだった。致死に値する傷だ。アーガイルは勝ったと確信を持った。
だが、自分の出血量も半端ではない。直に致死量に達するだろう。早く、仕留めなければ。
双剣が元の短剣に戻った。ほぼ同じくして、エレンの両刃剣も元の姿に戻る。
もうあとどれくらい持つか。その限界は分からない。だが僅かに視界が揺らぐ。長くない証拠だ。
エレンもそうなのか、少しフラついている。首の傷は、さすが急所なだけあるか、元気な時よりは少し遅いと思われるが、他よりも治りが早い。それでもその双眸は、ギラリと光ってこちらを見据えている。
アーガイルは床を蹴った。エレンも蹴った。
一刻も早く、決着をつけるべく。
#125 END
To be continued...




