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SHADOW  作者: Ak!La
第七章 黒白の聖戦
112/113

#112 魔を統べし王

「……フォ、フォレンさん」

 エレンは少し焦る。普段なら頼もしいが、何だか良くない予感がする。

「“ラフル・カロ”……今代に現れるとは珍しい」

 魔王は立ち上がりながらそう言った。あまり攻撃は効いていないようだ。

「何でもいいけど。……てかこれ何だ」

 フォレンの背にはいつもよりはっきりした黒い翼がある。ラヴァやクザファンの背に生えているものに近い。……片翼しかないが。

「本来、黒い翼は魔障から成り、それが悪魔の力となる。お前にはそれが無かったが────私の側に来て発現したようだな」

「へえ。……でもちょっと邪魔だな」

 そう言って肩を竦めると、フォレンは黒い尾を引いて魔王へと襲い掛かった。壁際。逃げ道はない。

 ラコスは落ち着いた様子で鎌の柄で攻撃を弾き返した。空気がビリビリと震える。

「ほう、なかなか……」

「さっき直撃喰らってただろうが!」

 宙返りして着地したフォレンはさらに追撃を掛ける。その表情は嬉々としている。

 飛び蹴り。大鎌の腹でラコスはその攻撃を受ける。弾き、浮いたフォレンの体を薙ぐ。フォレンの体は闇の塵となって消えると、アルのすぐ前に現れた。

「……あぶね」

「……恐れ知らずじゃな」

 アルが言うとフォレンは鼻で笑う。そして再び向かおうと────した途中で、その足が止まる。

「────なん……だ」

「! いかん!」

 アルが何かに気が付いて、封印をフォレンに掛けようとする、がそれは何かの力に弾かれた。それと同時にフォレンは頭を抑え、膝をつく。

「兄さ……! うっ……?!」

「ロレン?!」

 エレンの隣で、ロレンまでもが苦しそうに頭を抑えて屈み込んだ。エレンはその顔を覗き込む。

「大丈夫か、どうした」

「あた、まが……変……な」

「え?」

 と、パキ、という音がしたかと思うと、ロレンの右目を覆う札に薄く魔法陣が浮かび、それが割れて消えた。

「……封印が…………」

「ふむ。そちらもだったか」

「!」

 ラコスが赤い瞳を光らせて言う。エレンは立ち上がると叫ぶ。

「ロレンたちに何をした!」

「お前は違うようだな。それにしては妙な気配だが───何のことはない。行儀の悪い子らに、躾をしてやったまでよ」

「!」

「悪魔が魔王に歯向かうなど笑止千万、魔障の力を持つ者は皆等しく我が子である。人界に生まれ落ちようと、その定めからは逃れられん」

「ラコス、貴様……!」

 創造主が唸るように言った。魔王はフッと笑う。

「あなたも気が付くのが遅い。未覚醒だからと油断したか。お前の部下は私に味方した。やはり黒翼を持つものだ。信用ならないな」

「! 違いますアル様!」

「分かっておるわ」

 慌てるラヴァに、アルはため息交じりに答えた。ラコスのその権能は、魔王になってから得たものだ。暗黒大樹と深く交わり、魔障の王として成ったもの。闇の創造神ではなく、魔王としての権能だ。

「……単なる情報不足じゃ」

「言い訳がましいな。何と言ったところで、状況は変わらんよ」

「二人を放せ!」

「! 待て人間!」

 エレンは真覚醒を発動させて魔王へと立ち向かう。ラヴァが制止するが聞かない。魔王は動かないでいる。慣れないはずなのに妙に手に馴染む両刃剣を指先で操り、魔王へ斬りかかる────が、その前に突如、両腕を広げたロレンが飛び込んで来た。

「?!」

 間一髪の所で止める。ロレンの体は震えていた。包帯がはらりと解けて、赤い右目が覗く。

「ごめん、エレン、体が……勝手に」

「……は…………?」

 と、次の瞬間、エレンは後ろから誰かに床に叩きつけられた。顎を床で打つ。

「がっ?!」

「にっ……」

「?! フォレンさ……あがっ!」

 上げかけた頭を踏みつけられる。言葉は返って来なかったが、ロレンの視線からしてこれはフォレンだ。

「……操られてるのか?!」

「みたいだ……」

 ロレンの方は意識はあるらしい。が、体が思うように動かないようだ。彼の目がこちらを見下ろしている。

「……ロレン! なんとか振り解け!」

「出来ないよ! ぐっ……」

 ロレンは頭が痛そうに顔を顰める。自分の中で何かと戦っているらしい。

 と、エレンの頭を踏みつけていた足が上がったかと思うと、フォレンがエレンの脇腹を強く蹴った。

「がっ! がぼっ……」

 水に落ちて咳き込む。痛みに耐えながら体を起こすと、完全に自我を失っているフォレンが踵落としを決めようとしているところだった。

「!」

 その間に黒い影が入り込む。ラヴァが剣の腹でフォレンの攻撃を受け止めた。そして胸の前で十字を切ると剣から光の壁が現れて、フォレンを弾き返した。バシャンと音を立ててフォレンが落水する。すぐに起き上がる彼へと、創造主が手を伸ばす。

「“身体(Gleane)封印(Sagan)”」

 ギシッとフォレンの体が硬直すると、糸が切れた人形のように彼は水の上に倒れた。抗っているのか、仰向けでしばらくガクガクとしていたがやがてそれも収まる。

「……何を……」

「案ずるな、体の動きを封じただけじゃ。支配が解ければ解いてやる」

 創造主はそう言って、ロレンにも同じものをかけた。そして眉を顰める。

「むう、なかなか抵抗が激しいの……」

「アル様はそやつらの封印に集中して下さい。私が魔王の相手をします」

 ラヴァがそう言って剣を構える。エレンもその隣に並んだ。

「……お前もやるのか」

「黙って見てろってのかよ」

 エレンは解けていた真覚醒を再発動させようとする。その時、内から声が掛かった。

『おい、あまり使い過ぎるな。寿命が縮むぜ』

(……えぇ、不死身の俺に言うことか)

『じゃなくて! エンプティで動けなくなるぞって言ってんだよ!』

 エレボスが言うので、エレンは眉を顰める。

(じゃあどうすんだ……普通に戦って勝てる相手じゃないだろ)

『“憑依”ですよエレンさん。いつもの棒術のやつ!』

(え? 何?)

 リリスが言うので、エレンは棒を取り出して展開する。

(……これで?)

『そのまま真覚醒を発動させれば……いつもの武器に神器を憑依させられるんです。依代があるので低燃費(コスト)で維持出来ますよ!』

(ほへー……)

 言われるがままにやってみる。影が集まって来て、いつもの棒が両刃剣に変化した。感触はいつものままだ。とても扱い易い気がする。

「……なるほど」

「…………どうした」

「いや、何でも」

 武器を構えた。チラリと後ろを見る。クザファンは未だ扉の前で立ち尽くしていた。彼の協力は望めそうにない。

 ラヴァの姿が霞む。ラコスへとその大剣を横薙ぎに振った。ラコスの姿が消え、本がバラバラと散る。

「……っていうかあれ大丈夫なのか……」

「心配いらん。すぐに元に戻る。本は歴史そのものじゃからの」

「えぇ……」

 アルの答えの正確な意味はよく分からなかったが、とにかくこの部屋の破壊に対する心配はいらないようだ。

 と、ラヴァが振り向くとエレンの方へと迫って来る。

「……ん?!」

「動くな」

 ヒュ、と顔のすぐ横を刃が通過した。背後で金属音が響く。エレンはゾクリとした。

「……疾いな。その力、実に欲しい」

 すぐ耳元で魔王の声がする。だがそれは、ラヴァに向けられたものだ。

「俺は如何なることがあろうとも、決して闇には堕ちん!」

「傲慢な神々に毒されたか」

「我らの神を愚弄するな!」

 ラヴァがラコスの鎌を押し切る。魔王が退がった隙に、エレンは振り向くと両刃剣を振るった。

 鎌の柄で受けられる。ぐぐぐ、と強くエレンが押してもびくともしなかった。

「おぉ……強き影に満ち満ちている。光の眷属め、この力でアルケルを打ち破ったのか」

「!」

「……なるほど、興味深い魂だ」

 その時、ラヴァがエレンの後ろから光の矢を放つ。ラコスは退がると、左手を前に出した。その掌に黒い光が収束し、爆発した。

「!」

「……これは!」

 ラヴァがはっとする。辺りが一気に暗くなった。何も見えなくなる。この嫌な感じには覚えがある。

「……魔障か!」

 エレンは襟で口元を覆う。辺りに視線を巡らすが、近くに居たはずのラヴァの姿も見えない。……誰もいない。いや、足元の床はそのままだった。場所が変わった訳ではない。位置感覚を惑わされている。

 と、誰かの息遣いがした。その方向へ行くと、暗闇の中にラヴァが蹲っているのが見えた。暗闇だというのに、そこにその姿は浮かび上がっている。不思議だ。

「ラヴァさん!」

 と、こちらを一瞥したラヴァは口と鼻を抑えながら、こちらを制止した。そしてあまり喋るな、というジェスチャーをされる。

 彼は息が荒かった。……光属性の者にはやはりこの環境はきついらしい。

「……大丈夫か」

「────“混沌よ(Dal)祓われよ(Exos)”」

 小さな声でラヴァがそう唱えると、周囲の空気が僅かばかり軽くなった。ラヴァは立ち上がると、もう大丈夫と言うように手を振る。

「……お前は影の者か」

「え? あぁ……影の守護者だけど」

「なら俺よりは保つか。早く魔王を探し出さねば……マズいな」

「これ、どうなってるんだ……?」

 エレンは空間を見渡す。深く奥行きのない暗闇。フォレンが放っていたものとは濃さが全然違う。

「魔障による認識阻害だ。魔王ともなると、この天界でこのようなことも可能か……神徒はいるだけで蝕まれる空間だ。今は少し、軽減したが」

「! クザファンは……大丈夫なのか」

「どうだろうな。あの封印式を解ける奴だ、自身を護る魔術くらいは扱えると思うが。それより……」

 ラヴァはエレンの向こう側を見た。何かが近付いて来る気配がする……が、その姿は見えない。

「……何だ?」

「────やはり抑えられなかったか」

 ラヴァがそう言って空間を睨むと、闇の中からサラサラと、人の姿が現れた。

「! ロレン!」

 ゆらりと立つその姿は、拘束されていたはずのロレンだった。無事だったのか────と思った先で、そんな訳ない、と思う。

 だって、ロレンは。

「……()()が…………殺せって」

「!」

 開かれた右眼は紅に染まっている。エレンはぞわりとした。

「まさか、侵食が……」

「落ち着け。まだ角も生えていない。……だいぶ危ない状態のようだが……」

「! どうしたら」

 その時、ロレンが襲い掛かって来る。いつもの動きじゃない。獣のような、獰猛な攻撃だった。

「ロレン! ぐぁっ!」

 エレンは蹴りを脇腹に食らった。メキリと音がして、転がり、水に落ちた。顔を上げて、浅い息をする。肋が折れている。再生出来ない。魔障に阻害されている。

「……本気かよ……」

「無力化するほかないようだ。ここに連れて来たのは俺の責任……彼のことは請け負おう」

「!」

 ラヴァがエレンとロレンの間に立ちはだかる。

「でも……」

「安心しろ、殺しはしない。……お前は主を探してくれ。この様子だと、もう一人の方も彷徨いているだろうが……」

「……フォレンさんか……」

 そっちの方がマズい。出会ったら逃げるしかない。だが、そんな弱音を吐いていられる状況ではなかった。

「……分かった……ロレンのこと、頼む」

「あぁ」

 エレンはその場から離れる。水路から外に出る。……そこからすぐに本棚のはずだったが、壁がない。空間自体が狂わされているようだ。

 感覚が乱される。真っ直ぐ進んでいるつもりだが、本当に真っ直ぐなのか? そんな不安が起こる。

「エレン、こっちじゃ」

「!」

 創造主の声がした。それを頼りに進むと、突然暗闇から伸びて来た手に捕まった。伝わって来た気配。全身の毛が逆立つ感じがした。

「────易々とかかる」

「……魔王……?!」

 赤い瞳がこちらを見ている。手首を掴まれたまま、エレンは問う。

「創造主は……?!」

「知らぬ。奴に魔障は効かぬが、闇の支配は私の方が上だ。どこかで彷徨っていることだろう」

 それより、と魔王はエレンの体を引き寄せた。

「その魂に興味がある。お前、()()()()()おかしな呪いが掛かっているな」

「?! 何……何の話……」

「白ばくれるか。その魂の歪さ、我が目には誤魔化せんぞ」

「ほ、本当に知らないんだよ! ……確かに“冥府の呪い”は受けたけど……」

 そう言えば、カオスも妙なことを言っていたような気がする。彼も、人の魂の様子が見えるようで…………。

「……魔神卿か。それは確かに高貴な呪いだ。お前は冥府の下僕というわけか。……フフ、人が悪いな。魔神卿ともあろうものが、魂に深く掛けられた呪いに気付かぬわけがなかろうに……」

「……な、何なんだよ」

 訳が分からないままでいるエレンの様子を見て、魔王はスン、とする。

「────本当に知らぬのか。これほど強力な呪いを……運命すら捻じ曲げる、欲深き呪いだ。実に興味深い」

「…………?!」

「まぁ良い。どうだ、その体、この私にくれぬか」

 魔王はそんなことを言う。……なぜ? なぜ神が人間の体なんかを。

「……あんたも不死身じゃないのか」

「かつてはそうだった。だが今は違う。あの忌々しき創造主に、その力を奪われたのだ」

 と、エレンの腕を握る手にさらに力が籠った。

「あぁ……こうなると我が身に器があることが煩わしく思えるな。その魂ごと、貰い受けたいものだ。人の身には余りある力だ」

「……嫌だ……って、言ったら?」

「はじめから、頼む気などありはせんよ」

 エレンの体に、大鎌の刃が掛けられる。

「欲するものは力づくで奪うのみ……それが我ら魔の本領だ」

「……悪いけど……奪うのは俺の専売特許なんだ」

「!」

 エレンの胸から二つの光が飛び出す。それは魔王の背後でエレボスとリリスになった。

 魔王がエレンを突き飛ばして振り向く。エレボスが剣を振る。魔王が鎌を振り、柄の石突側で剣を受けた。

 いや、単に受けただけではなかった。鎌の軌道上に、闇の刃がいくつも生成されている。

「! “防護(プロテクト)”!」

 リリスが咄嗟にそう唱えるが、刃は容易にそのバリアを砕いた。

「きゃっ!」

「リリー!」

 しかし、いくらかは逸れた様で、直撃を免れたリリスは刃が掠った肩を抑えて魔王を見据える。

「……ほう、陰影神(オルバス)の血族か」

 ラコスは彼女を見て興味深そうにそう言った。エレボスを弾き返し、ラコスは闇に紛れて三人の前から距離を取ると、目を細めた。

「なるほど、アルケルを下したのにも頷ける」

 相手が三人だろうと、魔王は余裕そうだった。いくらいようと取るに足りない、というそういう態度だった。

「リリー、大丈夫か」

 エレンはリリスに駆け寄って、様子を見る。彼女は頷いた。

「はい。なんとか……少し、油断しました」

「……ありがとな、リリー、エレボス。助かったよ」

「お前のこと取られる訳にはいかねェだろ。……神がどうやって人間の体を手に入れるのかは知らねェけど……」

 エレボスがそう言う。エレンは己の腕を摩る。神は何でもありなのか。それにしても……この神はどこか、()()()()()とエレンはそう感じてしまう。

「……あんた、本当に悪い神か?」

「────何だと?」

 エレンの言葉に、ラコスは眉を顰める。エレボスとリリスがぎょっとしている。

 そして────ラコスはふと何かに気がついた顔をすると、手を振り翳した。何をするのか、とエレンたちは身構えたが、その手に三日月状の何かの魔導具らしき物体が現れただけだった。

 それを見て、ラコスは目を見張る。

「……何故…………! (とき)は既に過ぎている……!」

「我らの勝ちのようじゃな、ラコス」

「!」

 創造主の声がして、当然霧が晴れた。部屋が元の様子に戻り、ロレンを制圧したラヴァの姿と、槍を手にしたアルの姿が現れた。足元には意識を失ったフォレンが転がっている。

 ラコスは創造主の方を見ると、叫ぶ。

「何故……何をした! 創造主!」

「俺ではない。天界は、人の子によって護られたようじゃ」

 そう言うアルの目は、不思議な色に光り輝いていた。



#112 END



To be continued...

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