#111 決別
──コルニア市街地──
魔物たちが街中を跋扈している。神徒たちが総力を上げて殲滅しているというのに、その数は一向に減る気配がなかった。まるで、際限なくどこからか湧き続けているようだった。しかし、侵入経路たり得る帰還門は、既に閉じられていた。その辺りの対策を怠る兵士團ではなかった。それなのに、魔物の数が減らない───というのは、戦う神徒たちの中で大きな疑問だった。だが、倒し続けなければならない。そう思い、皆が戦う頃。
街の外れで、二人の智天使があるものを発見していた。
「……なぁ、お前さん、これ何だと思う?」
赤髪に黄色の瞳の、中年くらいに見える神徒がそう言った。全身の装備は赤で揃えられ、大きな戦斧を携えている。
「何って……魔法陣でしょ」
そう答えるのは、美しい長い金髪の神徒だった。貴族感の漂う高貴なコートに、刀を差していた。
「そんなことは分かってらぁ……」
赤い神徒は面倒臭そうにそう答えた。
街の広場。目の前に広がるのは、巨大な魔法陣だった。そこから黒い光と共に、狼型の魔物が多数出てくる。グルルル、と低い唸りを上げ、二人の元へにじり寄って来た。
「ったく、ただえさえお前と組まされて嫌だってのに……」
「僕だって、君みたいな野蛮な神徒と組みたくなかったよ、ったく」
つん、と金髪の神徒は彼から顔を逸らした。
「優美さが何だっていうんだ、レインハルス。そんなのがあったって、強さが無けりゃ意味がねェ」
「僕が弱いっていうのかグラルド! 失敬な! 僕は君と違って美しさと強さを兼ね備えた、完璧な神徒だ! 何たってアル様に創られたのだからね!」
「作り物が、偉そうに……なら試してみろよ、ほら来たぞ」
続々と、魔物たちが神徒たちを捉えて迫って来た。二人は武器を構えた。
「……どうやら、皆が殺した魔物の魔障がここへ戻って来て、無限に再生してるらしいな」
「再生っていうか、再利用かな。ともかく、これを解かなきゃ魔物はいなくならないみたいだねぇ」
グラルドとレインハルスは冷静にそう状況を分析した。
「じゃ、とりあえずここに湧いた奴は片付けるか」
「いや、僕が片付けるからその間に呪式を解いてくれよ」
「断る。生憎俺は魔術や封印式やらはからきしだ」
「あぁ、これだから君はもう!!」
レインハルスが飛んだ。一瞬にして魔物の群れに飛び込んだ。次の瞬間、魔物の群れの中から竜巻のように水がうねり、辺りの魔物を消し飛ばした。
魔障を撒き散らしながら魔物たちが消滅するのを眺め、グラルドはため息まじりに呟いた。
「……何が優美だ」
「見たかグラルド! これが完璧な僕! だ! 聖魔導が使えなきゃ、こんな事も出来ないだろう!」
「はいはい」
何も無くなった魔法陣の中心で、キンとレインハルスは納刀する。と、その時また魔法陣が光って魔物が湧き出た。レインハルスは囲まれる。だが、同時ない。所詮は下位の魔物だ。恐るるに足りない。しかし。
「……わーかったよ。いくら殲滅しても無駄だね。根元を立たないと終わらない」
「カッコつけても無駄だって、やっと分かったか。てめェはてめェの役割を果たせ」
「はー。そういう言われ方するとムカつくな。でも仕方ない。この為の僕と言えばそれはそうだ」
レインハルスはため息を吐く。襲い掛かって来た小鬼型の魔物を抜刀術で斬り捨てると、グラルドに言う。
「やるけど、その代わりちゃんと僕のこと守ってよね。傷一つでも付けたら許さないから」
「てめェの容姿ぐらいてめェで守りやがれ。俺が守ってやるのは命までだ」
「僕にとってはこの美貌までが命なの!」
「はいはいわーかりましたよ」
適当に返事をしながら、飛び立ったグラルドはレインハルスのすぐ横に降り立って斧を構える。
「巻き添え喰らうなよォ!」
「そこは加減してくれないかな」
「へっ」
魔法陣の中心に立つ二人に向かって襲い掛かる魔物たち。それを、グラルドが振り下ろした斧による衝撃波が吹き飛ばす。一緒に地面も割れた───が、魔法陣に支障はないようだった。
「……あのさぁ」
丸い防護壁に護られたレインハルスが、その整った顔に青筋を浮かべる。
「僕を“守れ”って言ったよね?」
「言ったな」
「じゃあちゃんとやってよ!」
「ならさっさと解呪始めやがれ」
「はいはい! あぁもう!」
シャリーンと音を立てて防護壁が光の粒子へと還る。そしてブツブツと詠唱を始める。しかし、それは通常の決まりに則った解呪式ではなかった。
レインハルス────“マルト・ラフ”として生まれた彼に与えられた固有能力。それは無条件に何でも封印式を、呪式を解呪出来るというものだった。創造主は彼をあらゆる封印式への切り札として設計し、創造した。周りの神徒から付けられたあだ名は“親鍵”。単純かつなんともダサいその通称をレインハルス本人は嫌うが、それこそが彼を正しく的確に表す言葉であった。
彼に掛かれば、どんなに複雑な封印式もたちまち解けてしまう。使用されるのは定型の解呪文。ただし、その万能さ故にその呪文は果てしなく長かった。戦いにおいては致命的な隙となる。だから、彼が任務に当たるには二人以上での行動が原則だ。よって、今回レインハルスには防衛に長けたグラルドがあてがわれた訳だが────如何せん、この二人は馬が合わなかった。
「さあて、クソナルシを守ってやるとするか」
「…………っっ」
詠唱中なので、レインハルスは言い返すことが出来ない。万能と言えど、中断すれば初めからなのは普通のものと同じだ。ムカつきはしたが、今は詠唱に集中することにした。
グラルドも同じく魔族の殲滅に集中する。群れがレインハルスへと襲い掛かる。そのうちの一体に斧の刃が食い込み、両断される。続けてレインハルスを噛み砕こうと飛び掛かる三体の魔物を消し去る。
「────まだまだぁ!」
グラルドの体から炎が上がる。ただエレメントを放出した単純な攻撃。
「おらぁ!」
炎を纏った斧が、魔物を焼き払う。紅炎が円を描いて辺りを一掃する。全て消し去ったと同時に、魔物たちが再び湧き出る。
「……へっ、こりゃあいい暇潰しになりそうだぜ」
グラルドは笑うと、もう一度斧を振るうのだった。
* * *
──王宮 王の間──
連続で突き出される槍。それに圧されてラコスは引き下がる。壁際まで来た時、大鎌にてアルを牽制する。槍の穂先がラコスのすぐ前で止まる。
「……防戦一方じゃな」
「あなたが私を倒せなければ、私の勝ちだ」
「時間稼ぎか、小賢しい」
ぶわりと槍から風が巻き起こり、渦巻いたそれは突撃となってラコスの胸を抉った。
「ぐあっ……!」
突き出す動きがなかった分、貫くまでには至らなかったが、深傷を負ってラコスはずるりと崩れ落ちる。
「……はっ…………はっ、はっ……」
胸を抑え、浅く呼吸を繰り返す。命が溢れていくのを感じながら、ラコスは胸に手を当てる。そこに黒い光が集まるのを見て、アルは目を細めた。
「魔障の力も、ここでは弱まる。魔界では十二分のお前の再生力も、ここでは半分以下じゃ」
「それでも……死には、しない」
目を挙げ、ラコスは言う。それを見下ろすアルの目。その目が不思議な色に輝いた。
「くぁっ……! あっ……」
ビキ、とラコスの体が仰け反り硬直し、バタリと倒れた。
「思い出すのう……あの日のこと」
「…………!」
懐かしむようなアルの声。ラコスの中に屈辱が蘇る。忘れもしない。見上げたアルの目は、優しそうに、しかし見下すように細められていた。
「お前が機構としての定めを破り、世を乱した日じゃ。見よ、平和じゃった世界は争いの絶えぬものとなった。これが、お前の望んだ世界か?」
「…………あなたの創った世界は、停滞した世界だった……そこに安寧はあれど、変化はない。それを他でもない、人間が拒絶したのだ。……私はそれに答えただけだ。あなたよりも、人に寄り添おうとした」
「そうじゃな」
その答えに、ラコスは目を見開いた。
「そうだな、だと? この私に同意を示すというのか? 私のこの顔を焼き、尾を斬り落とし、体を取り上げ、地の底へと追いやったあなたが! あなたは後悔しているのか?! その態度……業腹だ!」
「すまぬ。俺はあの頃、神としては完璧だったが、生命としては未熟だったのじゃ。変わりのない平和な箱庭を勝手に壊されたことが、気に食わなかったのじゃろうな。結果……今の世界は憂いばかりじゃ」
「…………!」
「お前さえ感情を得なければ、このような争いは起こらなかった。……そう思わんでもない」
アルは屈み、自らがかつてその手で焼いたラコスの顔を覗き込む。
「しかし、今や感情を持つ神はお前だけではなくなった。それは俺が意図したつくりではないが……俺はそれを善しとする」
「……なら」
「お前が感情を持つことも、今となっては許すことじゃ。じゃが、これは許されん。世界の楔たるこの世界を滅さんとするお前は、悪に過ぎぬ」
「────」
「話は終わりじゃ。世界の均衡を乱すものは排除する。それも機構の果たすべき役目じゃ」
アルの手がラコスの顔の傷痕に触れる。その手から、チリリと炎が溢れた時、アルは不意に背後に気配を感じて振り向いた。
そこには大きく口を開けたオルフェナがいた。そこに、黒い光が玉となって収束している。
「……主を守るか。良い子じゃのう」
アルは目を細めると、炎を上げていた手をオルフェナへと向けた。彼女の体が発火する。耳障りな悲鳴をあげて、悪魔は床に落ちた。と、それを飛び越えてアルはラコスから離れる。さっきまで彼がいた場所を、大鎌の刃が通過した。
立ち上がったラコスはオルフェナへと手を翳す。魔障が炎を掻き消した。彼女の目を覆っていた布が塵となり、その顔が顕わになった。それを見たアルは眉を顰める。
「これは……」
「────邪神の魔眼だ」
ラコスがそう答えた。不自然に見開かれた禍々しい目が、アルを見ていた。それはその悪魔には到底見合わぬものだった。
「オルフェナは私が拾った孤児だ。魔界にもそういう者が時たまいる。……彼女は力を望んだ。邪神になることを彼女は望んだのだ」
「────なんと悍ましいことをする」
オルフェナが立ち上がる。その向かいで、何かの羽音がしてアルは振り向いた。そこではファルダルが、黒い何かの群れをその両手で集めていた。
「……蟲?」
「ファルダルは人の恐怖から創り上げた。世界に落ちる影、人々の抱く恐怖と絶望そのものだ」
ラコスの言葉に、アルは目を細めた。あそこに渦巻き、群れているのは蟲ではない。あれは、恐怖の念だ。それが、耳障りな羽音を立てて群れている。
「趣味が悪いのう」
「悠長な。言っただろう、これはあなたを殺すために生み出したものだと!」
ファルダルが両腕を振り下ろす。と、蟲の群れがアルへと襲い掛かる。彼が生み出した風によって群れはばらけたが、すぐに集まって来る。
「────鬱陶しい!」
払ったアルの手を、一匹の蟲が噛む。途端、アルの体を冷たい感覚が走り────動かなくなった。
「……なん────」
「愚かな父よ。あなたは人に堕ちたのだ。感情を得たあなたには、恐怖もその身に刻まれる」
オルフェナと、ファルダルが迫る。だが、アルの体は震えるだけで、その場から動かなかった。それは初めての感覚だった。
「……これが……そうか。いつも皆はこのように感じているのか」
アルはただ、その感覚を受け入れた。
────と、その時だった。突如として、どこからか飛んで来た光の矢が後ろから、二人の胸を悪魔を貫いた。
「!」
アルの体の硬直が解ける。水に落ち、赤い血を流す悪魔たち。驚いたアルは入り口の方を見た。そこには右手を突き出した黒翼の神徒が立っていた。
「ラヴァ……!」
「申し訳ありません、アル様。遅くなりました」
静かに答えるラヴァ。それを見たラコスは目を細めた。
「黒翼の……」
そして彼はその後ろへ目を移し、信じ難いものを見た。
銀色の瞳。角のない額。憂いに伏せられた目を見て、ラコスは呟く。
「……そうか、それがお前の答えか、クザファン」
「! ちが……違いま」
「そうだ。これが彼の行く末だ」
「!」
ラヴァがクザファンの言葉を遮り、言う。魔王はその後ろで震えている鳥足を見、ゆるりと首を振った。
「良い。お前は十分に働いた。どこへなりと行くがいい」
「……父上」
クザファンは俯き、そして顔を上げる。その目に映ったのは、自らに迫る闇の触手だった。
「…………!」
ラヴァの剣がそれを断つ。クザファンは唇を震わせる。ラコスはフ、と笑った。
「……そう簡単には行かんか」
「ラヴァ。どういうつもりじゃ」
そう問うのはアルだった。ラヴァは静かにその目を見返すと、答えた。
「ご自身で視られればよろしいのでは?」
「そやつが全ての元凶じゃ。分かっておるじゃろう。お前ならば、始末すると思っていたのじゃが」
「私は、私の宿命の下に彼の罪を共に負った────それだけですが、何か問題でも」
「!」
アルはクザファンの方を見た。彼から邪気は感じられなかった。以前の────アルが知る、堕ちる前の顔を、彼は今していた。だが、起こしたことは拭えない。それに、魔障だけが悪魔の心の有り様全てを定めるわけではない。……しかし。
「……選択肢は無さそうじゃの」
そしてアルはラコスの方を向いた。彼は既に────クザファンを不要と切り捨てた。
「……父上、俺は」
「私をもうそう呼ぶな。お前の中に萌す聖燐の灯り、私の目にも映っている。光ある者は我が子に非ず……去れ。他の兄弟たちもお前のことをもう認めはしないだろう」
ラコスはそう言い放つと、後方に立つ人間たちへ目を向けた。
「……アルケルは敗れたか。まさか人の子に倒されるとはな」
そうは言いながらも、ラコスの顔は少し面白そうだった。他の子どもたちも倒されたことを、魔王は感知していた。やれやれ、と首を振る。
「情けない。我らに掛かれば王宮の陥落も、易いことだと思っていたがな」
「我らの本拠地じゃ。聖燐の加護があって、敗れる兵たちではあらんよ」
アルはそう言う。フ、とラコスは笑うと大鎌を構え直した。
「私を追い詰めたつもりだろうが、雑兵がいくら増えたところで同じこと。たかが神徒、たかが人間。神たる私には遠く及ばない。それに、時間稼ぎが出来れば、全ては済むことだ」
「! どういうことだ」
ラヴァが言う。アルは目を細めただけで何も答えなかった。ラコスはただ笑う。
「例え私を倒したとて無駄なこと。ここで破滅の時を待つだけだ。その前に────薙ぎ払うものが増えたというだけのこと」
魔王は鎌を引いた。その時、その間合いに黒い靄を纏ったものが現れた。
「!」
「ゴチャゴチャうるせェなぁ……ちょっと憂さ晴らしに付き合えよ」
フォレンはそう言って笑うと、赤い瞳を光らせて蹴りを繰り出した。ブワリとその背から黒く闇の翼が噴き出す。そしてその蹴りは魔王の不意をついた。
「兄さん!」
「マジか……」
ロレンとフォレンがそれぞれ言う。ラコスがぶつかり、バラバラと落ちる本。鎌で防御姿勢を取っていた魔王は、顔を上げて言った。
「……貴様、人間ではないな」
「それがどうした。あんたもだろ」
最高に不機嫌な半魔は、恐れもなくそう答えた。
#111 END
To be continued...




