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SHADOW  作者: Ak!La
第七章 黒白の聖戦
110/113

#110 人と共に生きる者

──王宮 最下層 アル・ラハンの間──

「Closs…Malt……」

「……Stela」

「Stela」

 着々と、解呪は進んで行く。ようやく半分。ケレンの頬を汗が伝う。目が痛い。

 フェールはそれを、ただじっと見守っていた。複雑な気持ちを抱えながら。


──天界崩壊まで、あと三十分。


* * *


──王宮 聖樹の下──

「でやぁぁぁっ!!」

 目にも止まらぬ速さで、グレンがバロスへと迫る。その拳は槍が如く、鋭くバロスを捉えた。

「!」

 バロスが吹き飛ぶ。激しく壁に激突し、土煙が立つ。

「おい、あまり壊すなよ!」

「……難しい注文だな」

「おい!」

 そう言えば、カリサと戦った時もコイツは街を破壊し尽くしていたのだった……とゼイアは思い出した。今思い返しても、人間の仕業とは思えない。我が宿主ながら恐ろしい。

 ヒュン、と土煙の中から人影が飛び出した。それは、大鎌を振り翳したバロスだ。円月型に繰り出された斬撃を、グレンは上に跳んで避けた。人間離れした跳躍力。調整を誤ったグレンは、遥か上空まで飛び上がってしまった。

「ありっ……」

「おいっ、バカ……!」

「間抜けめ、翼も持たぬ人間如きが」

 バロスが地面を蹴り、翼を使って急上昇して来る。一瞬にしてグレンは迫られる。ギラリと、大鎌の刃が光った。

「死ね、人間!」

 叫んだバロスの鎌の刃を、飛んで来たゼイアの剣が受け止める。ゼイアは目いっぱい力を込めて、バロスを地面へ押し返した。悪魔は墜落し、再び土煙が上がる。

 落ちるグレンの腕を、ゼイアの手が捕まえた。

「ったく、調子に乗るとすぐこれだ」

「わーり……いや、マジで加減が分からん……ちょっと跳んだだけのつもりだったんだよ」

 ゼイアの手にぶら下がりながら、グレンはそう答える。その下で起き上がったバロスが、青筋を浮かべながら叫ぶ。

「ふざけるなよガキ共が!」

「うるせーよクソジジイ」

「ジジイ……ジジイなのか?」

 ゼイアの言葉に、グレンはそう訊く。ゼイアは大きく息を吐いた。

「ジジイもジジイだよ。あいつ、魔王とそう歳変わらねェからな」

「ええ……マジか」

「原初の時代から存在する悪魔ってことだ。気ィ引き締めろ」

「長生きにしちゃ、短気だな」

「……そうだな。あの親バカの方が余程器がでかい」

 無駄話をする二人の元へ、バロスが再び迫る。

「Tobra!!」

「……とぶら?」

「“死ね”だとよ。ったく、今どき神語を会話で使う奴なんかいねェよジジイがよ!」

 ゼイアは片腕でグレンを引き上げると抱き抱え、もう片腕で持った剣でバロスの鎌を受け止めた。

「ちょ、このまま戦うなよ!」

「大したことねェ。それとも落とされてェか」

「嫌だよ!」

 バロスの鎌を弾き、ゼイアは彼を潜り抜けて下へ降りる。バロスはそれを追って来る。

「“邪神の刃(Lefel Ulc)神速(Acselert)”!!」

「ここでかよ!」

 ゼイアが叫ぶ。バロスの前に三日月状の黒い斬撃が現れ、それが高速で飛んでくる。グレンが後方へ身を乗り出して、アレスの力で盾を展開する────が。

「効くか!」

「!!」

 容易くそれは破かれ、そして二人をも斬り裂いた。

「ぐあっ! うっ……!」

 二人はバラバラに墜落した。グレンは左半身を縦に斬り裂かれた。傷が深い。血がたくさん流れる。

「ハァ……ってェ……クソ……」

 ゼイアはむくりと体を起こした。左半身の背中に傷を受けたが、暗黒魔導と同質の翼によって多少は軽減されている。ゼイアは立ち上がるとグレンの方へ駆け寄る。

「大丈夫か」

「……だい……」

「いや、ダメだな。いい。動くな」

 息が荒い。ゼイアはグレンに治癒魔術を掛ける。ポウと光が傷口に集まり、徐々に修復されていく。

「止血程度だから、無理はするなよ」

「……あぁ」

 自分にも同じものを掛けた。ゼイアはまだ十分に動けた。バロスがそこへ近づいて来る。

「まだ生きているとはな」

「そんなヤワじゃねェんだよ」

 グレンに死なれては困る。彼がいなければ、自分はこの世界に留まることすら出来ない。

 体力を多く消耗した。グレンの体力的にも、真覚醒が持つのはもうそう長くない。次で決めなければ。

「あのガキ、もう死にそうだな」

「人間だからな。俺たちよりずっと弱い」

「……なんだ。そういう考えはあるのか」

 バロスは意外そうに片眉を上げた。ゼイアはフッと笑う。

「あるさ。それは正当な評価だ。だが……バカにはしてねェ」

「…………」

「俺たちだって、弱いところはあるだろ?」

 バロスの眉間に皺が寄る。大鎌を握る手に力が籠った。

「戯言を。俺たちは、人間よりも遥かに優れた存在だ」

「完璧なのは神だけだ。俺たちは、ただそれに仕える者に過ぎない。不完全なのは同じだ、人間と」

「……ハッ」

 バロスはゼイアの言葉を鼻で笑った。

「だから何だ」

「護り護られ。そういう関係でも構わないだろ?」

「…………」

 バロスは表情を消した。そして、大きく鎌を振り上げた。

「……無駄な時間だったな。さっさと殺して終わらせてやろう」

「いや、無駄なんかじゃなかったぞ」

「……!」

 その時、バロスの足元で何かが光った。彼には目を動かす暇しかなかった。

 白い光を放つ魔法陣。二重になったそれが、ゆっくりと互い違いに回る。そこから伸びたいくつもの白い筋が、バロスの体を絡め取った。

「……これはッ……!」

「俺が無音詠唱で発動出来る、最大の聖魔導だ」

 無音詠唱。それは口では唱えず、心の中で唱える詠唱法。詠唱破棄とは違う。それはしっかり唱える時間が必要になる。

 これまでの会話の内に、同時にゼイアは無音詠唱を実行していた。

 ゼイアは左手の人差し指と中指を伸ばし、手首から下に向けた。カッ! と魔法陣が光る。次の瞬間、光がバロスを包み込み、爆ぜた。


 守護者の力・精霊の魔術・神徒の聖魔導・悪魔の暗黒魔導────そのいずれにおいても、“技名”、あるいは“詠唱”とは謂わば“命令”である。

 それらの能力の原理は、基本的には同じだ。いずれもエレメントが作用して起こるものだ。さらに聖魔導には聖燐が、暗黒魔導には魔障が作用する。

 つまり、“詠唱”とはそれらに対する“命令”なのである。それは長ければ長いほど……つまり指示の内容が細かければ細かいほど、複雑な作用をし、強力なものになる。その特に高度なものが“魔術”と呼ばれる。治癒魔術に至っては様々なエレメントの作用によるもので、基礎的な分野では最高難度の魔術と言える。

 エレメントは自然界に普通に存在するものだが、単なる物質ではない。生き物というわけでもないが、どうやら意思のようなものがあるらしい。気に入る相手がエレメントによって違うのだ。それが、謂わゆる“適正属性”である。

 さらにその使い手の練度によっても、エレメントの作用具合は変わって来る。エレメントとどれだけ同調出来るか。その能力が高ければ高いほど、複雑な力が扱え、さらには詠唱破棄が可能になる。


 ゼイアが無音詠唱にて発動させた聖魔導は、実に八の単語から成るエレメントへの“命令”である。

(Koryan)魔導(Clad)時限式(Closs)(Fages)魔を(Lafowl)捕らえ(Gleana)爆破し(Calberall)消滅させよ(Nad)

 時限式の聖魔導。指定した時間後に爆発を起こす。指定しなければ、一定時間後好きなタイミングで爆破させられる。効果があるのは、魔障の力を持つもののみ───という制限を持った、やや複雑なものだ。

 会話をしながらこれだけの詠唱を行うには、かなりの精神力がいる。だが、ゼイアは幼い頃から無音詠唱の、ひいては並列思考の修行はして来たし、その素質もあった。故に、彼はそれをやってのけたのだ。

 威力は十二分。魔族相手だけに特化したその聖魔導は、邪神級とも云われるバロスにさえ、確実なダメージを与えた。

 眩い光と煙が消え去る。後には、鎌を杖に立つバロスの姿があった。左腕と、右足がなくなっていた。しかしその紅き双眸は、なおギラリとした鋭い光を放っていた。

「これしき……で……」

 頭から、肩から、脚の付け根から。ドバドバと血を流しながら、バロスは呟いた。そして左足で立ち、右手で鎌を振り上げた。

「この俺を! やれると思うな半端者が!!」

 ザンッ。ゼイアの剣が、バロスの右腕を肘から断った。大鎌が高く飛び、くるくると回転しながら落ちて地面に突き刺さった。

「……う……おおおあああぁぁぁぁ!!!」

 左足だけのバロスが吼えた。だが、何も出来やしない。腕が無ければ鎌を握ることも、エレメントに指示を出すことも出来ない。容易く、ゼイアに蹴り倒されてバロスが仰向けに倒れた。立ちあがろうとバロスは両翼に力を込める。だが、腕ほどの力は出ない。足一本で、ゼイアに抑えつけられる。

「半端者で、いいんだよ。俺はもう、神徒でも悪魔でもねェんだから」

 バロスの喉元に、ゼイアは剣を突きつける。

「この姿を見ろ。()()()俺を精霊だと定めた。俺の心のありようが、いつの間にかそうなってたんだよ。俺は、人と共に生きることを選んだ。それが今の俺の“主軸”だ。だが────俺は決して捨てちゃいない。この天界に生まれ落ちたその運命を。この翼が黒に染まっていようとも、俺がこの世界を護りたいと思う限り、俺は神徒でもあり続ける」

「────歪な。堕ち損なった紛い者め」

「何でもいい。誰が何と思おうと、そんなの俺には関係ない」

 もう迷いはなかった。自分が何者なのか。ずっと問い続けて来たその答えが、今のゼイアの中にはあった。もう何者にも惑わされない。自分は一人ではない。誰からも見放された存在ではない。

 剣を振り上げた。目の前の悪魔の心臓に、剣を突き立てようとした。────が、その時、ゼイアの脳裏にある光景がフラッシュバックした。チリリと、それがゼイアの神経を灼く。鋒が、バロスの横に突き刺さる。そこから、動かない。

「……ハァ、ハァ……ハァッ……」

 動悸がする。汗が吹き出し、顔を伝った。どうして。何でもないことのはずだ。相手は悪魔だ。()()()とは違う。

 何度もゼイアは心の中でそう唱えた。なのに、体は固まって動かない。体の芯が冷えていく感覚がした。

「……馬鹿め。何を……躊躇ッ」

 突如、バロスの言葉が途切れた。代わりに悪魔の頭が何かに踏み潰された。

「……!」

「おい、どうしたんだよ」

 グレンの声に、ゼイアは顔を上げる。心配そうな青い瞳と目が合う。彼はゆっくりと、返り血に濡れた足を下げる。傷はまだ塞がり切っていなかった。グレンの顔には苦痛が滲み出ていた。

「……すまん……」

 ゼイアは口から零れるままに謝った。真覚醒が解け、姿と武器が元に戻る。途端、グレンの体がぐらりと傾いた。

「! おい!」

 ハッとしてゼイアはグレンを支えた。意識はある。グレンはへへ、と力なく笑った。ホッとする。考えればそうだ。自分はまだここにいる。

 ため息を吐いて、今度はちゃんとした治癒術を掛けた。グレンだけでなく、自分にも。……アレスは少しは回復しただろうか。グレンへの効きが悪いのは、彼の治癒のせいもあるだろう。

「……」

 一息吐いて、無惨な姿になったバロスへと目をやる。グレンはさすがに容赦がない。殺すと決めた相手はきちんと殺す。ゼイアは彼のそういう部分には好感を持っていた。自身も、どちらかと言えばそういうタイプだからだ。

 勿論なんの感傷もなかった。当たり前だ。明確な敵なのだから。なら、なぜ躊躇した?

 あの刹那、フラッシュバックしたのは自分が堕天した時のことだった。何でもないように思っていたが、十分なトラウマになっていたらしい。……だが、なぜ奴とバロスを重ねてしまったのか。

 眉間を抑え、ゼイアは首を振った。何にせよ、あの邪神のような悪魔を倒すことが出来たのだ。聖樹は護られた。

 ふと、ゼイアはあることを思い出した。それは、魔界にいた時に聞き及んだこと。確か、“正統なる血統”は、不死者であること────。

 今見ても、死んだようにしか見えない。エレンの不死とは異なるのか……そう思った矢先、視界に黒い点がチラついた。それがバロスの方に集まっているのを見た時、その正体が魔障だと気が付いた。ヒヤリとしてゼイアは慌てて拘束呪を掛けた。通常より念入りに、何重にも。

 詠唱を終えた頃に、バロスの体が完全に修復された。

「……化け物め……」

 ゼイアはそう呟く。ともかく、すぐに目覚めることはないようだ。随分と疲れた。グレンの体力のこともある。ゼイアはここで一度休むことにした。



#110 END



To be continued...

読んでいただきありがとうございます!


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