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SHADOW  作者: Ak!La
第七章 黒白の聖戦
108/112

#108 不死者の戦い

──王宮 王の間──

「何じゃラコス、気が散っとるのう」

 神狼の槍が、魔王の頬を掠る。ラコスは鎌を横に振る。アルが上に跳び、そのまま槍を突き下ろす。ラコスは後ろに下がって避けた。衝撃波で水が跳ね上がる。ラコスはビリビリと空気が震えるのを感じ、大鎌を構え直した。

 アルはゆっくりと体を起こすと、不敵に笑う。

「俺相手に、そんな態度で良いのかのう?」

「もう私はただの創造神の一柱ではない。闇の国の創造主だ」

「同じことよ。お前は所詮、俺に創られた存在に過ぎぬ。それは今も昔も変わらぬことじゃ」

「────あなたは創ることは出来ても、壊すことは出来ない」

「…………」

「あなたに、私を消すことが出来るのか?」

「……そうじゃのう……」

 フ、と笑ってアルは矛先を下げる。

「俺の権能は、確かに創ることしか出来ん。じゃが……力尽くで打ち壊すことは出来ようぞ」

「!」

「まぁ、折角生み出したものを自ら破壊するのは、惜しくないと言えば嘘になるがの」

 咄嗟にラコスは防御姿勢を取った。その瞬間、後ろへ吹き飛ばされたラコスは本棚に背中を強く打つ。バラバラと本が落ちて来る。

「………っ……」

「お前は不老であるが、不死ではない。()()()()()()()()()、そう定めた。定命の者のように寿命で死ぬことはないが、殺されればお前は死んでしまう」

 そう言いながら、創造主は魔王へとゆっくり歩み寄る。ラコスは目を上げると、フ、と笑う。

「ふ、ふふ」

「何がおかしい」

「あなたは……本当に愚かだ。この三万年余りのうちに、随分と目が曇られたようだ。本当に、見えていないのか」

「……何じゃと?」

「あなたは私への勝利を確信しているようだが……私はあなたへの、天界への勝利を確信している。そしてあなたの条件と、私の条件は等しくない」

「何を言うておる」

「あなたが私を殺そうと……直にこの天界は滅びるという話だ」

「! ……まさか」

 アルが目を見開くと、ラコスはおかしそうに笑った。

「本当に……まさかアレの正体があなた自身だとは思わなかった、全ての父よ。随分と小さくなられたと思っていたが……あなたはアレを脱ぎ捨てたのだな。私に『“感情”は罪だ』などと言っておいて、あなたも結局それを得たのだ。そして今のあなたになった。機構としてのほとんどを捨て置いた」

「…………」

「……私を追放したことの意義を、今でもあなたは納得しているのか。あなたも私と同じ罪を得ている。傲慢なる父よ────今こそ、この天の世界と共に滅びるが良い」

「貴様……」

「アル・ラハンの。あなたのかつての体に呪式を仕掛けて来た。およそ一時間ほどでこの世界は無に帰すだろう。壁の外の混沌(ダル・カート)と交わり、天界に住む全ての生命は深淵に還る」

「そんなことをすれば、お前たちも……」

「私がそこを抜かるとでも。我らは同時に、崩壊の少し前に魔界へ転移する。雑兵どもは塵芥となるが、瑣末なことだ」

 ラコスはそして、大鎌を支えに立ち上がった。

「それまでに────私の手であなたを倒せれば上々。あなたのいない世界が滅びるだけだ」

 と、アルの左右をオルフェナとファルダルが囲む。

「……ほう、始末したと思うたのじゃがの」

「我が子たちは、我が身のある限り不滅だ。そんなことも見えなくなったか」

「……なるほどの、お前の命に繋げておるのか。ならば、お前を殺せば皆死ぬということか」

「あなたこそ。この世界が消えれば、いくらあなたでも消滅するでしょう」

 言われて、アルはきょとんとすると大きく笑った。

「はっはっは! なんと。そのつもりだったのか!」

「何がおかしい!」

「お前は俺についての認識を誤っておるの。俺の存在は、この天界ばかりに縛られてはおらん。俺はこの世界全ての創造主じゃ」

「何を……」

「天界・精霊界・人界・魔界。そして冥界に至るまで……全ての世界の存在の証明であり、定義であるのがこの俺じゃ」

「!」

 悠々と、アルは己の胸に手を当てると、その手をラコスへ向けた。

「お前は何を司る。闇じゃろう。全ての神々には必ず司るものがある。俺がそのように創ったというのもあるが、俺自身も例外ではない。俺の場合は────“存在”じゃ。俺が“在る”ことが世界の存在の(くさび)であり、同時に世界が在る限り、俺は在り続けるのじゃ」

 そしてアルは、目を細めて首を傾げた。

「その世界の一部に過ぎぬお前如きに、俺の存在を侵せるとでも?」

「…………!」

 ザシュ、と突然ラコスの右腕が風に斬り裂かれた。気付けばアルが槍を突き出している。その動きを、ラコスの目は捉えていなかった。矛先は届いていない。風属性の攻撃だった。

「俺の名は、“在る(アル)”……この定義は何者にも侵せぬ。全ては俺が創り出したものじゃ。何度世界が滅びようと、再度創り直すだけよ」

「…………」

「じゃが……じゃがの、ラコス。一度失われたものは、二度と元に戻りはせん。今俺のもとにいる神徒たちが滅びても、心が痛まぬとは言わんよ」

「……そら見たことか。()()を罪だと、以前のあなたは言ったのだ!」

 怒りに震えたラコスの声。アルは目を伏せた。

「────そうじゃな。永い時を経て、俺もお前のように感情を得てしまったのじゃ。昔は分からなかったことも、今は分かる。じゃが、機構としての役目も忘れてはおらん。俺は……世界の良き王でありたい。それだけじゃ」

 アルはどん、と槍の石突きで床を突いた。水面が騒つく。世界の王。彼はあらゆる事象を支配する。

「────俺は愛しきものを見つけたのじゃ。ただ創り、眺め、在るだけでなく、護りたいとそう思ったのじゃ。我が愛しき世界……お前如きに滅ぼさせはせん」

「不可能だ。いくらあなたでも」

 ラコスは鎌をアルへと向けた。

「滅びよ、天界。我が憎き世界」

「この俺が在る限り、この世界は不滅じゃよ」

 二柱の神は睨み合う。己の世界を護るために。


* * *


──王宮 王の間の前──

 エレンが振り下ろした棒は空を切った。思っていたよりも、アルケルは素早かった。「戦闘は苦手」などと言っていたが、全くそうは見えない。

「“水竜牙”」

「!」

 竜の形をした水が、うねりながら襲い掛かって来る。横に跳んで躱す。足を少し掠った。竜に噛まれたかのような痛みが走る。

「って!」

 床を転がって、そのまま起き上がる。

「すばしっこいなぁ、もう」

「そりゃこっちのセリフだよ……」

 笑うアルケルに、エレンは顔を顰めて言い返す。まともな攻撃をまだ一度も入れられていない。

「“蛇鮫竜の咆哮(リヴァイア・カノン)”」

「ッ!」

 ドッと直線に水流の攻撃が飛んで来る。再び横に避けた。

「当たるかよ!」

「掛かったね」

「! なっ」

 足元に、突然大きな青い魔法陣が広がる。それが輝いて、縦に水が勢いよく噴き出した。天井まで突き上げられて、全身に打撃を受ける。

「くあっ……!」

 床に腹から落ちる。びしょ濡れだ。水属性の攻撃というのは、慣れない。

「まだ死なないか」

「はっ……いつまでやっても死なねェよバーカ」

 体を起こす。肋が折れているようだが、早くも再生が始まっていた。死にはしないが体力の消耗が激しい。あまり攻撃を受けてはいられない。

「また僕のことを馬鹿って言ったな」

「さっきは馬鹿とは言ってねェよ」

「同じことだ! 僕を愚弄した」

 アロケルが杖を構える。彼が何かを放つより早く、エレンは床を蹴って急接近した。

「おや……」

「もらった!」

 棒を突き出す。柄先がアルケルの胴を打つ。

「がっ!」

「い・けェッ!」

 影が棒から吹き出し、アルケルの胴を貫通した。が、不意にその体がバシャリと弾け、水と化す。

「……!」

「痛いなぁ……もう、びっくりしたじゃないか」

 水の塊ががスルスルと床を動いて行って、少し離れたところで立ち上がるとアルケルの姿になった。その顔にはやはり優しげな笑みが浮かんでいた。

「……体が水に……」

「人間でも時々やるでしょ? まあでも、長時間のエレメント化は戻れなくなるリスクが高いから、あまりやる人はいないけど。光の奴とか、闇の奴は結構やるよね。あれは空間との親和性が高くて一瞬で動けるからなあ。エレメント化の時間が短くて羨ましいよね」

「……」

「影の力もいいよねぇ。ま、魔術じゃそれは再現出来ないんだけど」

 力による移動術。守護者たちが使うそれは、属性によって特性が異なる。アーガイルのように光と化して光速で移動するもの、フォレンやロレンのように、闇の粒子となって空間を移動するもの。影の力は影と同化し影に潜り、影を通じて別の場所から出て来る。これらは比較的容易に行える部類だ。ほかにも水・炎・地・風の守護者も自身のエレメント化を行えるが、四大元素と呼ばれるだけあり、環境下の自然のエレメントの濃度が高い分、エレメント化した際、大気と同化し元に戻れなくなるリスクが高いようだ。だから相当な鍛錬が必要となる。樹の守護者や心の守護者はエレメント化出来ない。特定のエレメントを持たない心の守護者は言わずもがなだが、樹の守護者はそのエレメントが存在するためには別の生命体──つまりは動物でない植物──を必要とする……というのが理由のようである。

 ────ともかく、そういう理由で水の守護者は自らの身をエレメント化させる(すべ)を持っている者は少ない。精霊を宿した者なら、その性質と能力を利用して出来る者もいるが。

(……これ、利用出来るか?)

『そうですね……やってみる価値はあるかと』

 リリスがそう答える。隣でエレボスがうへえという反応をしている、気がする。

『エグいこと考えるな』

(相手は悪魔だぞ、使えるもんは使わないと)

『まー、じゃあそれで行こう』

「何を考えてる? 思考するのは良いけど、隙を見せるのは良くないな」

「!」

 と、杖を構えたアルケルのその首に、黒い鎌の刃が掛かった。

「……!」

「俺の気配にも気付けねェとは、実は大したことないんじゃねーの」

 アルケルの背後に立ったエレボスが、ニヤリと笑ってそう言う。

「さすが猫」

「猫ゆーな」

 エレンの言葉に、エレボスは眉を顰めた。そして、エレンの隣に小さな光となって出て来たリリスが立つ。

「……精霊か……しかも二体の憑神者とはね」

 アルケルがエレボスとリリスを見ながらそう言う。

「気が付かなかったのか?」

「人の中の精霊の気配を感じられるのは、人に憑いた精霊だけだよ。僕らに分かるものか。けど……そうだな。少し濃いとは思ったよ、君の気配が」

 アルケルはそう言うと、大きなため息を吐いて背後のエレボスへ目を向ける。

「それで……これっぽっちで僕を抑えたつもりかい?」

「あ?」

「足元には注意しなよ、子猫ちゃん」

「……!」

「エレボス! 下がれ!」

 エレンが叫ぶと同時に、エレボスの足元に────アルケル諸共巻き込む大きさの、青い魔法陣が広がる。水柱が上がる前に、エレボスは下がった。アルケルは水の中に溶けて見えなくなる。

 天井を這うようにして移動した水塊は、ばちゃりと床に落ちると盛り上がって再びアルケルの姿になる。

「さすがの反射神経だなぁ、やっぱり中身は子猫ちゃんなのかなぁ」

「猫じゃねェッ! 俺は精霊だ!」

「んー、そうか、ならこれは効かないかな?」

 と、アルケルが杖を一振りした。エレンたちは身構える。しかし、それによって起こったのは何らかの攻撃ではなく────エレボスの足元に、膝丈ほどの草が生えた。

「……ん? 何だ……?」

「樹属性の魔術……?」

 エレンは目を凝らす。草は風もないのにさわさわと揺れている。よく見ると、それは狗尾草のようだった。

「あ」

「……エレンさん、エレボスさんの様子が変です……」

 リリスが戸惑った声を出す。見ると、エレボスがゆっくりとその場にしゃがみ込み────揺れる草に魅入っていた。

「ほあ……だ、ダメだ、気をしっかり持て、俺……いや……うぅ……ダメだやっぱり気になるぅぅぅ」

 ユラユラと揺れる草の群れに、エレボスは今にも手を出しそうだった。

「やっぱり猫だった」

 アルケルが面白そうな顔をしてそう言う。エレンは呆れざるを得ない。ダメだ、エレボスが無力化された。

「リリー……全部燃やしてくれ、あれ」

「ダメです……あの距離だとエレボスさんも巻き込みますよ」

「くくく、君の精霊、役立たずだねぇ」

 アルケルがエレンの方を見て笑う。と、彼がエレボスに向けて杖を振った。水弾がいくつもエレボスに向かって飛んで行く。

「! エレボス!」

「!」

 エレンの声に、一瞬エレボスはハッとして目を覚ます。そして小さな猫の姿になって草の中に落ちた。空振った水弾が壁を穿つ。

「ニャ〜ゴロゴロ」

「ダメだ……もうエレボスは使い物にならねェ」

「エレンさん、エレボスさんを回収して下さい」

「分かった……」

 エレンは転がっているエレボスに向かって走る。途中、アルケルが繰り出してくる水の魔術を掻い潜る。無事に黒猫を拾い上げ、草原から退散する。

「“炎上(レッドライズ)”」

 直後、リリスが狗尾草の群れへ炎を放った。それは陽炎のように消え去る。

「……本物の草じゃありませんね。心の魔術……幻術ですか」

「ありゃ、バレたか。僕、体力ないからエレメント変換は苦手なんだよねー」

 あっさりとアルケルはそう言う。

 元の位置に戻ったエレンは、リリスに黒猫を引き渡した。

「……リリー、預かっててくれ」

「はい」

〈にゃ〜……すまねェ〉

 さすがにエレボスは正気に戻っているが、ここは大人しく下がっていてもらう。

「よし、リリー、()()……頼んだぞ」

「はい」

「相談は済んだ?」

 アルケルが杖を振る。彼の魔術は無詠唱のものも多い。勘で避けるしかない。

 鋭い水流の攻撃。エレンは影の力を纏わせた棒でその攻撃を逸らす。

「あれえ、精霊が外に出てるのに力が使えるのか」

「知ってんだろ、属性石!」

「なるほどね」

 アルケルへと接近する。胴を薙ぐように棒を振り抜く。その部分が水になって攻撃が透過する。

「無駄だって」

「一回目はわざと喰らったのか」

「だって驚く愚かな顔が見たくて!」

 趣味が悪い。だが、乗せやすい性格だとエレンはそこに勝機を見る。

 ぶん、と返した二撃目は後ろに跳んで避けられた。と、エレンが踏んだ床が青く光る。またあの魔法陣だ。

「!」

 咄嗟に飛び退く。だが────

「ざーんねん。一つじゃあない」

「ッ!」

 跳んで着地した先で、さっきより大きな魔法陣が浮かび上がる。攻撃を受けることを覚悟したが、エレンは突き上げる水流から何かに護られた。

「……リリー!」

 振り向くと、リリスが杖を構えている。やれやれとアルケルは頬を掻いた。

「なかなかのやり手だ。厄介だねぇ」

「気を付けて下さい、エレンさん。彼の話術も戦術のうちですよ」

「……そうみたいだな……」

 軽い口調に惑わされている。彼はしたたかだ。何度も同じ手ばかり使ってくるはずがなかった。

 さっさと決めよう。長期戦はマズい気がする。そもそも時間もあまりない。

 エレンは気合いと共に再び接近する。影の足場でアルケルを飛び越え、背後へ回る。

「!」

「どりゃ!」

 首を狙った攻撃。水になった首筋を棒が突き抜ける。

「物理攻撃じゃ、いくらやっても無駄だって……」

 その棒をエレンは振り下ろした。バシャシャシャ、とアルケルの体が縦に半分になった。

「うわ」

「やっといて何だその反応は! あぁ鬱陶しいなぁ!」

 足元が大きく光る。アルケルごと巻き込む魔法陣。よし、来た。退避しようと思ったが…………棒が水にしっかり捉われている。────仕方ない、とエレンはそれを手放した。

 太い水流が突き上げる。アルケルはその中に溶け込んだ。エレンは間一髪で魔法陣の中から飛び退く。

「リリー!」

「“絶対零度(アブソリュート・ゼロ)”」

 リリスが杖を構えて叫ぶ。一瞬にして、水柱は凍りついた。辺りに冷気が漂う。強力な氷魔術だった。

「やった……」

「あは……は……こりゃ、一本取られたね……」

「!」

 ズズズ、と(おもむ)ろに氷柱からアルケルの顔が現れた。ただしそれは氷のままだ。

「いいなぁ、いいなぁ。多彩な魔術が使える魔術師か」

「まだ意識が……」

「これくらいどうってことないよ。この中でもゆっくりとはこうやって動けるしね」

 氷の顔はケタケタと笑う。気味が悪い。

「これで僕を封じて倒すつもりだったんだろうけど……残念だね。こんなものじゃ僕は死なないよ。魔王の子たる僕たちは、父上のある限り死なないんだ。聖燐も含まない攻撃じゃ、痛くも痒くもないしね……」

「……ですが、戻れないでしょう?」

「あ?」

 リリスの言葉に、ぎょろりと氷の目が動いた。リリスは杖を立てて続ける。

「水属性であるあなたは、その状態から自力で元には戻れません」

「ふ、ふふ。それがどうしたって言うんだ! この僕への決定打にはならない。溶ければすぐに戻れるしね」

「本当にそうだと思いますか」

 リリスはまっすぐに、氷に浮かぶ悪魔の顔を見据える。その横顔に、エレンはカオスの面影を見る。

「……何だって?」

 怪訝に訊き返したアルケルを無視したリリスは、エレンの方を振り向いた。

「エレンさん。あとは簡単です。あの氷柱を────破壊して下さい」

「え」

 突然言われて、エレンは驚く。リリスの目は、いつになく真剣だった。



#108 END



To be continued...

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