#108 不死者の戦い
──王宮 王の間──
「何じゃラコス、気が散っとるのう」
神狼の槍が、魔王の頬を掠る。ラコスは鎌を横に振る。アルが上に跳び、そのまま槍を突き下ろす。ラコスは後ろに下がって避けた。衝撃波で水が跳ね上がる。ラコスはビリビリと空気が震えるのを感じ、大鎌を構え直した。
アルはゆっくりと体を起こすと、不敵に笑う。
「俺相手に、そんな態度で良いのかのう?」
「もう私はただの創造神の一柱ではない。闇の国の創造主だ」
「同じことよ。お前は所詮、俺に創られた存在に過ぎぬ。それは今も昔も変わらぬことじゃ」
「────あなたは創ることは出来ても、壊すことは出来ない」
「…………」
「あなたに、私を消すことが出来るのか?」
「……そうじゃのう……」
フ、と笑ってアルは矛先を下げる。
「俺の権能は、確かに創ることしか出来ん。じゃが……力尽くで打ち壊すことは出来ようぞ」
「!」
「まぁ、折角生み出したものを自ら破壊するのは、惜しくないと言えば嘘になるがの」
咄嗟にラコスは防御姿勢を取った。その瞬間、後ろへ吹き飛ばされたラコスは本棚に背中を強く打つ。バラバラと本が落ちて来る。
「………っ……」
「お前は不老であるが、不死ではない。お前が感情を得た時、そう定めた。定命の者のように寿命で死ぬことはないが、殺されればお前は死んでしまう」
そう言いながら、創造主は魔王へとゆっくり歩み寄る。ラコスは目を上げると、フ、と笑う。
「ふ、ふふ」
「何がおかしい」
「あなたは……本当に愚かだ。この三万年余りのうちに、随分と目が曇られたようだ。本当に、見えていないのか」
「……何じゃと?」
「あなたは私への勝利を確信しているようだが……私はあなたへの、天界への勝利を確信している。そしてあなたの条件と、私の条件は等しくない」
「何を言うておる」
「あなたが私を殺そうと……直にこの天界は滅びるという話だ」
「! ……まさか」
アルが目を見開くと、ラコスはおかしそうに笑った。
「本当に……まさかアレの正体があなた自身だとは思わなかった、全ての父よ。随分と小さくなられたと思っていたが……あなたはアレを脱ぎ捨てたのだな。私に『“感情”は罪だ』などと言っておいて、あなたも結局それを得たのだ。そして今のあなたになった。機構としてのほとんどを捨て置いた」
「…………」
「……私を追放したことの意義を、今でもあなたは納得しているのか。あなたも私と同じ罪を得ている。傲慢なる父よ────今こそ、この天の世界と共に滅びるが良い」
「貴様……」
「アル・ラハンの。あなたのかつての体に呪式を仕掛けて来た。およそ一時間ほどでこの世界は無に帰すだろう。壁の外の混沌と交わり、天界に住む全ての生命は深淵に還る」
「そんなことをすれば、お前たちも……」
「私がそこを抜かるとでも。我らは同時に、崩壊の少し前に魔界へ転移する。雑兵どもは塵芥となるが、瑣末なことだ」
ラコスはそして、大鎌を支えに立ち上がった。
「それまでに────私の手であなたを倒せれば上々。あなたのいない世界が滅びるだけだ」
と、アルの左右をオルフェナとファルダルが囲む。
「……ほう、始末したと思うたのじゃがの」
「我が子たちは、我が身のある限り不滅だ。そんなことも見えなくなったか」
「……なるほどの、お前の命に繋げておるのか。ならば、お前を殺せば皆死ぬということか」
「あなたこそ。この世界が消えれば、いくらあなたでも消滅するでしょう」
言われて、アルはきょとんとすると大きく笑った。
「はっはっは! なんと。そのつもりだったのか!」
「何がおかしい!」
「お前は俺についての認識を誤っておるの。俺の存在は、この天界ばかりに縛られてはおらん。俺はこの世界全ての創造主じゃ」
「何を……」
「天界・精霊界・人界・魔界。そして冥界に至るまで……全ての世界の存在の証明であり、定義であるのがこの俺じゃ」
「!」
悠々と、アルは己の胸に手を当てると、その手をラコスへ向けた。
「お前は何を司る。闇じゃろう。全ての神々には必ず司るものがある。俺がそのように創ったというのもあるが、俺自身も例外ではない。俺の場合は────“存在”じゃ。俺が“在る”ことが世界の存在の楔であり、同時に世界が在る限り、俺は在り続けるのじゃ」
そしてアルは、目を細めて首を傾げた。
「その世界の一部に過ぎぬお前如きに、俺の存在を侵せるとでも?」
「…………!」
ザシュ、と突然ラコスの右腕が風に斬り裂かれた。気付けばアルが槍を突き出している。その動きを、ラコスの目は捉えていなかった。矛先は届いていない。風属性の攻撃だった。
「俺の名は、“在る”……この定義は何者にも侵せぬ。全ては俺が創り出したものじゃ。何度世界が滅びようと、再度創り直すだけよ」
「…………」
「じゃが……じゃがの、ラコス。一度失われたものは、二度と元に戻りはせん。今俺のもとにいる神徒たちが滅びても、心が痛まぬとは言わんよ」
「……そら見たことか。それを罪だと、以前のあなたは言ったのだ!」
怒りに震えたラコスの声。アルは目を伏せた。
「────そうじゃな。永い時を経て、俺もお前のように感情を得てしまったのじゃ。昔は分からなかったことも、今は分かる。じゃが、機構としての役目も忘れてはおらん。俺は……世界の良き王でありたい。それだけじゃ」
アルはどん、と槍の石突きで床を突いた。水面が騒つく。世界の王。彼はあらゆる事象を支配する。
「────俺は愛しきものを見つけたのじゃ。ただ創り、眺め、在るだけでなく、護りたいとそう思ったのじゃ。我が愛しき世界……お前如きに滅ぼさせはせん」
「不可能だ。いくらあなたでも」
ラコスは鎌をアルへと向けた。
「滅びよ、天界。我が憎き世界」
「この俺が在る限り、この世界は不滅じゃよ」
二柱の神は睨み合う。己の世界を護るために。
* * *
──王宮 王の間の前──
エレンが振り下ろした棒は空を切った。思っていたよりも、アルケルは素早かった。「戦闘は苦手」などと言っていたが、全くそうは見えない。
「“水竜牙”」
「!」
竜の形をした水が、うねりながら襲い掛かって来る。横に跳んで躱す。足を少し掠った。竜に噛まれたかのような痛みが走る。
「って!」
床を転がって、そのまま起き上がる。
「すばしっこいなぁ、もう」
「そりゃこっちのセリフだよ……」
笑うアルケルに、エレンは顔を顰めて言い返す。まともな攻撃をまだ一度も入れられていない。
「“蛇鮫竜の咆哮”」
「ッ!」
ドッと直線に水流の攻撃が飛んで来る。再び横に避けた。
「当たるかよ!」
「掛かったね」
「! なっ」
足元に、突然大きな青い魔法陣が広がる。それが輝いて、縦に水が勢いよく噴き出した。天井まで突き上げられて、全身に打撃を受ける。
「くあっ……!」
床に腹から落ちる。びしょ濡れだ。水属性の攻撃というのは、慣れない。
「まだ死なないか」
「はっ……いつまでやっても死なねェよバーカ」
体を起こす。肋が折れているようだが、早くも再生が始まっていた。死にはしないが体力の消耗が激しい。あまり攻撃を受けてはいられない。
「また僕のことを馬鹿って言ったな」
「さっきは馬鹿とは言ってねェよ」
「同じことだ! 僕を愚弄した」
アロケルが杖を構える。彼が何かを放つより早く、エレンは床を蹴って急接近した。
「おや……」
「もらった!」
棒を突き出す。柄先がアルケルの胴を打つ。
「がっ!」
「い・けェッ!」
影が棒から吹き出し、アルケルの胴を貫通した。が、不意にその体がバシャリと弾け、水と化す。
「……!」
「痛いなぁ……もう、びっくりしたじゃないか」
水の塊ががスルスルと床を動いて行って、少し離れたところで立ち上がるとアルケルの姿になった。その顔にはやはり優しげな笑みが浮かんでいた。
「……体が水に……」
「人間でも時々やるでしょ? まあでも、長時間のエレメント化は戻れなくなるリスクが高いから、あまりやる人はいないけど。光の奴とか、闇の奴は結構やるよね。あれは空間との親和性が高くて一瞬で動けるからなあ。エレメント化の時間が短くて羨ましいよね」
「……」
「影の力もいいよねぇ。ま、魔術じゃそれは再現出来ないんだけど」
力による移動術。守護者たちが使うそれは、属性によって特性が異なる。アーガイルのように光と化して光速で移動するもの、フォレンやロレンのように、闇の粒子となって空間を移動するもの。影の力は影と同化し影に潜り、影を通じて別の場所から出て来る。これらは比較的容易に行える部類だ。ほかにも水・炎・地・風の守護者も自身のエレメント化を行えるが、四大元素と呼ばれるだけあり、環境下の自然のエレメントの濃度が高い分、エレメント化した際、大気と同化し元に戻れなくなるリスクが高いようだ。だから相当な鍛錬が必要となる。樹の守護者や心の守護者はエレメント化出来ない。特定のエレメントを持たない心の守護者は言わずもがなだが、樹の守護者はそのエレメントが存在するためには別の生命体──つまりは動物でない植物──を必要とする……というのが理由のようである。
────ともかく、そういう理由で水の守護者は自らの身をエレメント化させる術を持っている者は少ない。精霊を宿した者なら、その性質と能力を利用して出来る者もいるが。
(……これ、利用出来るか?)
『そうですね……やってみる価値はあるかと』
リリスがそう答える。隣でエレボスがうへえという反応をしている、気がする。
『エグいこと考えるな』
(相手は悪魔だぞ、使えるもんは使わないと)
『まー、じゃあそれで行こう』
「何を考えてる? 思考するのは良いけど、隙を見せるのは良くないな」
「!」
と、杖を構えたアルケルのその首に、黒い鎌の刃が掛かった。
「……!」
「俺の気配にも気付けねェとは、実は大したことないんじゃねーの」
アルケルの背後に立ったエレボスが、ニヤリと笑ってそう言う。
「さすが猫」
「猫ゆーな」
エレンの言葉に、エレボスは眉を顰めた。そして、エレンの隣に小さな光となって出て来たリリスが立つ。
「……精霊か……しかも二体の憑神者とはね」
アルケルがエレボスとリリスを見ながらそう言う。
「気が付かなかったのか?」
「人の中の精霊の気配を感じられるのは、人に憑いた精霊だけだよ。僕らに分かるものか。けど……そうだな。少し濃いとは思ったよ、君の気配が」
アルケルはそう言うと、大きなため息を吐いて背後のエレボスへ目を向ける。
「それで……これっぽっちで僕を抑えたつもりかい?」
「あ?」
「足元には注意しなよ、子猫ちゃん」
「……!」
「エレボス! 下がれ!」
エレンが叫ぶと同時に、エレボスの足元に────アルケル諸共巻き込む大きさの、青い魔法陣が広がる。水柱が上がる前に、エレボスは下がった。アルケルは水の中に溶けて見えなくなる。
天井を這うようにして移動した水塊は、ばちゃりと床に落ちると盛り上がって再びアルケルの姿になる。
「さすがの反射神経だなぁ、やっぱり中身は子猫ちゃんなのかなぁ」
「猫じゃねェッ! 俺は精霊だ!」
「んー、そうか、ならこれは効かないかな?」
と、アルケルが杖を一振りした。エレンたちは身構える。しかし、それによって起こったのは何らかの攻撃ではなく────エレボスの足元に、膝丈ほどの草が生えた。
「……ん? 何だ……?」
「樹属性の魔術……?」
エレンは目を凝らす。草は風もないのにさわさわと揺れている。よく見ると、それは狗尾草のようだった。
「あ」
「……エレンさん、エレボスさんの様子が変です……」
リリスが戸惑った声を出す。見ると、エレボスがゆっくりとその場にしゃがみ込み────揺れる草に魅入っていた。
「ほあ……だ、ダメだ、気をしっかり持て、俺……いや……うぅ……ダメだやっぱり気になるぅぅぅ」
ユラユラと揺れる草の群れに、エレボスは今にも手を出しそうだった。
「やっぱり猫だった」
アルケルが面白そうな顔をしてそう言う。エレンは呆れざるを得ない。ダメだ、エレボスが無力化された。
「リリー……全部燃やしてくれ、あれ」
「ダメです……あの距離だとエレボスさんも巻き込みますよ」
「くくく、君の精霊、役立たずだねぇ」
アルケルがエレンの方を見て笑う。と、彼がエレボスに向けて杖を振った。水弾がいくつもエレボスに向かって飛んで行く。
「! エレボス!」
「!」
エレンの声に、一瞬エレボスはハッとして目を覚ます。そして小さな猫の姿になって草の中に落ちた。空振った水弾が壁を穿つ。
「ニャ〜ゴロゴロ」
「ダメだ……もうエレボスは使い物にならねェ」
「エレンさん、エレボスさんを回収して下さい」
「分かった……」
エレンは転がっているエレボスに向かって走る。途中、アルケルが繰り出してくる水の魔術を掻い潜る。無事に黒猫を拾い上げ、草原から退散する。
「“炎上”」
直後、リリスが狗尾草の群れへ炎を放った。それは陽炎のように消え去る。
「……本物の草じゃありませんね。心の魔術……幻術ですか」
「ありゃ、バレたか。僕、体力ないからエレメント変換は苦手なんだよねー」
あっさりとアルケルはそう言う。
元の位置に戻ったエレンは、リリスに黒猫を引き渡した。
「……リリー、預かっててくれ」
「はい」
〈にゃ〜……すまねェ〉
さすがにエレボスは正気に戻っているが、ここは大人しく下がっていてもらう。
「よし、リリー、次は……頼んだぞ」
「はい」
「相談は済んだ?」
アルケルが杖を振る。彼の魔術は無詠唱のものも多い。勘で避けるしかない。
鋭い水流の攻撃。エレンは影の力を纏わせた棒でその攻撃を逸らす。
「あれえ、精霊が外に出てるのに力が使えるのか」
「知ってんだろ、属性石!」
「なるほどね」
アルケルへと接近する。胴を薙ぐように棒を振り抜く。その部分が水になって攻撃が透過する。
「無駄だって」
「一回目はわざと喰らったのか」
「だって驚く愚かな顔が見たくて!」
趣味が悪い。だが、乗せやすい性格だとエレンはそこに勝機を見る。
ぶん、と返した二撃目は後ろに跳んで避けられた。と、エレンが踏んだ床が青く光る。またあの魔法陣だ。
「!」
咄嗟に飛び退く。だが────
「ざーんねん。一つじゃあない」
「ッ!」
跳んで着地した先で、さっきより大きな魔法陣が浮かび上がる。攻撃を受けることを覚悟したが、エレンは突き上げる水流から何かに護られた。
「……リリー!」
振り向くと、リリスが杖を構えている。やれやれとアルケルは頬を掻いた。
「なかなかのやり手だ。厄介だねぇ」
「気を付けて下さい、エレンさん。彼の話術も戦術のうちですよ」
「……そうみたいだな……」
軽い口調に惑わされている。彼はしたたかだ。何度も同じ手ばかり使ってくるはずがなかった。
さっさと決めよう。長期戦はマズい気がする。そもそも時間もあまりない。
エレンは気合いと共に再び接近する。影の足場でアルケルを飛び越え、背後へ回る。
「!」
「どりゃ!」
首を狙った攻撃。水になった首筋を棒が突き抜ける。
「物理攻撃じゃ、いくらやっても無駄だって……」
その棒をエレンは振り下ろした。バシャシャシャ、とアルケルの体が縦に半分になった。
「うわ」
「やっといて何だその反応は! あぁ鬱陶しいなぁ!」
足元が大きく光る。アルケルごと巻き込む魔法陣。よし、来た。退避しようと思ったが…………棒が水にしっかり捉われている。────仕方ない、とエレンはそれを手放した。
太い水流が突き上げる。アルケルはその中に溶け込んだ。エレンは間一髪で魔法陣の中から飛び退く。
「リリー!」
「“絶対零度”」
リリスが杖を構えて叫ぶ。一瞬にして、水柱は凍りついた。辺りに冷気が漂う。強力な氷魔術だった。
「やった……」
「あは……は……こりゃ、一本取られたね……」
「!」
ズズズ、と徐ろに氷柱からアルケルの顔が現れた。ただしそれは氷のままだ。
「いいなぁ、いいなぁ。多彩な魔術が使える魔術師か」
「まだ意識が……」
「これくらいどうってことないよ。この中でもゆっくりとはこうやって動けるしね」
氷の顔はケタケタと笑う。気味が悪い。
「これで僕を封じて倒すつもりだったんだろうけど……残念だね。こんなものじゃ僕は死なないよ。魔王の子たる僕たちは、父上のある限り死なないんだ。聖燐も含まない攻撃じゃ、痛くも痒くもないしね……」
「……ですが、戻れないでしょう?」
「あ?」
リリスの言葉に、ぎょろりと氷の目が動いた。リリスは杖を立てて続ける。
「水属性であるあなたは、その状態から自力で元には戻れません」
「ふ、ふふ。それがどうしたって言うんだ! この僕への決定打にはならない。溶ければすぐに戻れるしね」
「本当にそうだと思いますか」
リリスはまっすぐに、氷に浮かぶ悪魔の顔を見据える。その横顔に、エレンはカオスの面影を見る。
「……何だって?」
怪訝に訊き返したアルケルを無視したリリスは、エレンの方を振り向いた。
「エレンさん。あとは簡単です。あの氷柱を────破壊して下さい」
「え」
突然言われて、エレンは驚く。リリスの目は、いつになく真剣だった。
#108 END
To be continued...




