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SHADOW  作者: Ak!La
第七章 黒白の聖戦
107/113

#107 迫り来るは終焉の刻

──王宮 地下五階通路──

「グルガゥルルルル!!」

 エルネク────ベヘモットが飛び掛かってくる。ケレンは矢を放った。矢は床に刺さって、影の壁を立たせて怪物の攻撃を阻む。

「“氷柱ノ雨(アイシクルレイン)”」

 フェールの魔術によって、氷柱が次々とベヘモットの体に突き刺さる。だが表皮が硬いのか、あまり効いていないようだ。

「ヲオオォォ」

「フェール、ダメそう」

「分かっておる!」

 フェールが杖を振る。黒い魔法陣から、ドッと黒い光線が出る。

「グルルッ!!」

 少しだけ押されて、ベヘモットは頭をブルブルと振る。……全然効いている感じがしない。

「……ケレン殿の弓の方が有効かもしれんな」

「えっ……そう? うーん……」

 いつもの意識で攻撃はフェールに任せていたが、こうなったらどうにでもなる弓の攻撃の方が効くかもしれない。

「……えーと、どうしよう」

 とは言え、どうしたらいいのかすぐには思いつかない。何しろケレンには実戦経験が足りなかった。

「グルガァァ!!」

 巨体が突っ込んでくる。慌てて避けようとするも、吹き飛ばされてしまう。フェールとも離れてしまった。

「うわっ!!」

「ケレン殿!」

「……っ、フェール、後ろ!」

「ぬっ、うがっ!」

 太い尾に薙ぎ払われて、フェールは壁に激突した。ケレンとは反対方向、さらに距離が離れる。

「フェール! っ……大じょ……あっ」

 ベヘモットがこちらを向く。逃げなければ。いや、戦わなければ。ゼイアにここを任された。敵前逃亡は、いけない。だが、体が動かなかった。そして、手元には弓がない。気が付けば、フェールの姿も元に戻っている。

「まず……解けた……」

 体力の限界だ。どっと疲れている。武器を召喚しているだけでも、体力を多く消費する。特別鍛えているわけでもないケレンは真覚醒状態を長くは保たせられなかった。

「フェール!」

 こうなったら、自分はただの足手まといだ。必死にフェールへ呼びかけた。

「ぐぅ……ケレン殿に手出しはさせん……」

 フェールが杖を支えに立ち上がる。キッと杖を構えて、一気に振り下ろした。その途端、ドン、と地の棘がベヘモットを突き上げた。

「ギャオオオ!!」

「! 効いてる!」

 劈くような悲鳴に、思わず耳を塞いだ。ケレンが見ている先で、フェールは杖を投げ捨てるとその身を漆黒の狼へと転じさせた。

「!」

 静かに、狼はもがいている怪物へと飛び掛かった。体格差は大きい。いつも巨大に見えているフェールの体が小さく見える。四つ足の獣たちは揉み合い、格闘する。その時ケレンは、異変に気が付いた。

 ……揺れている、床が。ミシミシと軋む音も聞こえる。マズい、あまり保たなさそうだ。

「フェール! やばいかも!」

 焦って叫ぶが、獣たちに声は聞こえていないようだった。

 濃いエレメントの塊である影狼の爪と牙は、ベヘモットにいくらか通っているようだった。散る血飛沫に怪物は怒り狂っている。

「グルルルルァァ!!」

 ベヘモットが雄叫びを上げる。自らに纏わりつく影狼を引き剥がし、地面に叩きつける。狼の高い悲鳴がケレンの耳に届いた。

「フェール!」

 狼はそれでも立ち上がろうとした。広げた翼。その背中を、ベヘモットの前脚が踏み潰す。

「────ッッ!!」

 声にならない悲鳴を上げるケレンの前で、ベヘモットは怒り狂い何度も何度も狼を踏みつけた。

「フェール! フェール!!」

 必死に呼び掛けた。何とかしてあの怪物の注意をこちらに向けないと。そう思った。そうしてどうするかを考える余裕もなく。しかし、声は届かず怪物はただ蹂躙を続けた。

「あぁ……あぁ……」

 どうしよう、このままだとフェールが死んでしまう。何をやっているんだ、自分は。何も変わってない。自分一人では、何も守れない────。

 いや。弱音を吐くな。ケレンは思い直した。竦んだ脚に気合いを入れる。すっくと立って、弓矢を構える動作に入る。

「……ごめん、フェール、頼ってばかりで……」

 手に弓が握られる。これで最後だ。チャンスは一度だけ。怪物がフェールに集中している間に、射る。

 照準を、ベヘモットに合わせた。止まれ。フェールを離せ。────死んでしまえ。

「…………」

 そう願って矢を放つ寸前で、スッと怒りの炎が消えた。違う。己の信条を、いかなる時も曲げてはならない。

「────眠れ」

 矢が一条(ひとすじ)の軌跡を描いて、ベヘモットへ突き刺さる。その瞬間、ベヘモットは大きく体を仰け反らせ、大きな声を上げると────ズシンと倒れた。フロアが大きく揺れた。息を吐いて、ケレンはフェールの元へと駆け寄った。

「フェール! 生きてる?!」

「ぐ……ケレン殿……」

 人型に戻ったフェールは、倒れたまま僅かに目を開けた。ケレンが持っていた弓を目にするや否や、それを弾き飛ばす。

「あっ」

 弓が消える。息も絶え絶えのフェールは、厳しい目をしてケレンを見る。

「無茶をするな。……命が縮む」

「ごめん。でも、フェールの方こそ酷いよ……」

 フェールは立てそうになかった。体のあちこちが折れている。ケレンは慎重に彼の体を見た。

「ふ……治癒術を己にかけることすら難しそうだな……」

「いいよ、治すのは僕の役目だ。……中に戻れる?」

「そうさな、ケレン殿の中であれば、自然に回復出来ようが……そなたに負担をかけてしまう」

「構わないよ、そんなの」

 自分の戦いは終わった、と思う。弓が消えてなお、エルネクは怪物の姿のまま眠りについていた。

「時に……ケレン殿」

「何?」

「少し揺れておらんか?」

「え?」

 そう言われて、辺りを見渡す。響いて来るのは……地鳴り?

 と、不意に下からビキッという嫌な音がした。

「え……まさか」

 ケレンは知るよしもなかった。この建築が、魔障にのみ侵すことが出来る材質で出来ていること。ベヘモットの咆哮には魔障がやや含まれていること。そしてそれに加えて、ベヘモットの巨躯とその振動で、床が弱っていたこと。

「……落ちる」

 フェールが冷静な声でそう言った。と、崩落音と共に、ケレンたちは下の階へと落ちた。

「うわあああああああああ!!」


* * *


「ケレン殿! 無事か!」

 ガラッという瓦礫を退ける音に、ケレンは目を覚ました。ぼんやりとした視界。徐々にはっきりして来て、心配そうにこちらを見ているフェールの顔が見える。

「……フェール? 体……大丈夫なの……?」

「あぁ」

「どうして……」

 動けるような体ではなかったはずだ。この感じだと彼は一度も自分の中には戻っていないし、そもそもそんなに時間も経っていないだろう。

 なぜ、と思いながらそもそもここはどこだろうと辺りを見回す。

「いやぁ、ビックリしたよほんとに」

「!」

 突然、知らない声がしてケレンは驚く。そちらを向くと、人────いや、見知らぬ神徒が立っていた。

 とても長い翡翠色の髪を、ポニーテールにしてまとめている。三白眼の左目は前髪に隠れて見えず、小さめの丸眼鏡をしていた。

「……誰ですか」

「え? あぁゴメン、俺ちゃん別に怪しいもんじゃないよー、ホラ、見ての通り神徒だしさ」

 と、彼は自分の白い翼を指でつまんでヒラヒラとして見せた。フェールはケレンを立たせると、彼の方を見ながら言う。

「私は彼に傷を治して貰ったのだ」

「えっ、そうだったの」

 なら味方と見ても良さそうだ。ややその風貌は怪しげに見えるが。そもそもどうしてこんなところにいるのだろう。地下五階の下───とすれば、ロレンが向かった最下層と見て良いだろうが。

 見上げると、高い天井に穴が空いていて、そのだいぶ向こうに天井が見える。一階層落ちたと言っても、かなりの距離を落ちて来たようだ。下に視線を戻すと、少し離れたところにベヘモットが倒れていた。その体には何やら封印式が掛けられていた。

 神徒はケレンの視線に気づいてひらりとベヘモットの方を指差すと、口を開く。

「ああ、それ? 君たちと一緒に落ちて来たんだよね。あれでしょ? “正統なる血統アブサル・ブルグラッド”の……話には聞いてたけど、とんでもない怪物だよねぇ。目覚めたら怖いから、簡単に封印式でさらに眠らせておいたよ。しばらくは目覚めないだろうね」

 よく喋る神徒だ。胡散臭い、という印象がケレンの中に芽生える。

「ところで、あなたは……?」

「うん? あぁ。俺はミカレル・ヘブラン。四大貴族が一つ、“治癒術”のヘブラン家の……つっても人間にゃ分からんか。まぁ、階級は智天使で君たちの味方ってことだけ分かってくれればいい」

「……ゼイアさんとサファラさんの同僚ってことですか」

「まぁそうなるねー、あんまし仲は良くないけど。合わないんだよあの堅物とは特に」

 と、ミカレルと名乗った神徒は眉を顰めた。そして、ケレンのことを指差す。

「君のことは……というか、君たちのことは知ってる。創造主が俺たち皆んなに御触れを出していたから。『セレク卿が人間を連れて帰って来る。客人は丁重にもてなすと共に、万一に備えよ』────って」

「!」

「アル様は分かっていたのかもね、こうなることをさ。あぁ、君たちのせいだって言うんじゃないよ。君だって一生懸命戦ってくれたわけだしね」

 うんうん、とミカレルは頷くと、目を上げる。

「────で、君たちが今疑問に思ってるのは、智天使の俺が何でこんな地下にいるのかってことだよね。いや、俺がいて良かったのかもね? そのお陰でそこの精霊くんは助かったわけだし」

「……神徒たちは表で戦っているはずでは?」

 馬鹿にされたような面持ちで、フェールはミカレルに問うた。ミカレルは口を結んで笑うと、部屋の奥を目で指した。

「君たちは───この階層に何があるか知ってる? この騒動の大元だ。俺はそれを確かめに来たってわけ」

「!」

 ミカレルの視線の先を、ケレンとフェールは追った。そして驚く。アル・ラハンのその姿を二人は目にした。

「これは……」

「いやー、驚いちゃうよね! だってこれってアル様でしょ? 原初の創造主の姿だ。どーなってんのって思うけど、あの(ひと)は何でもありだ。まぁその辺は置いとこう。で……ご注目頂きたいのがあちらです」

 と、彼が指差すのは、アル・ラハンの四つある腕のうちの左上だった。

「あれは……」

「どうやらあの腕が天界の理を司っている。で……」

 そこには他にはない、何かの封印式が浮かび上がっていた。赤いその文字列に、ケレンは嫌な予感がする。

「いやー、何の術式かは分かるけど、俺ちゃんお手上げよ。あんなの解ける気がしない……いや、ホント、俺じゃなくて“マスターキー”が来るべきだった……」

「……“NAD(消滅)”……」

「お。あの文字が読めるのか」

 円形の術式の中心。そこにはその三文字が刻まれていた。

「そうだ。あれは……時限式の爆弾みたいなものだ。天界を破壊する術式が刻まれている。そうだな……様式を見るに、あと一時間ほどでこの天界は無くなっちゃう」

「そんな……!」

 ミカレルは呑気な様子で言っているが、それは一大事だ。ケレンは蒼白になる。

「────なんとかしないと……」

「そうだね。智天使の中に、封印式を何でも解ける奴がいるんだけど……そいつを呼んで来るには多分時間が足りない。彼も外での対応に追われていることだろうしね。一番は、ここにいる俺たちでなんとかすることだ。……なんだけど」

 ミカレルはそして片頬を膨らませる。

「……さっき言った通り、俺ちゃんはあまり解呪が得意じゃない。あれは多分魔王が掛けた代物で……めちゃくちゃ複雑で難解だ。いや、天界への恨みをすごく感じるね。絶対破壊してやるっていう強い気持ちでいっぱいだ」

「どうするんですか!」

「そりゃ……うん、どうしようね」

 ミカレルは腰に手を当てると、ケレンを見て首を傾げる。

「……さっき……君はあの中心の文字を読んだね。人間なのに、神語が分かるの?」

「それは……ここに来た時に、レイフォードさんに神語辞典を貸してもらったので……文字と少しの単語くらいは覚えたんです」

「えぇ、そりゃすごいや。……じゃあ、あれ、解いてみる?」

 と、ミカレルは赤い封印式を指差した。

「あれは複雑だけど、全くの不規則ってわけじゃない。ある程度の規則がないと、式は成り立たないからね」

「────やれるか分からないけど、やるしかないんでしょう」

 正直自信はなかった。だが、そういうのは少し得意だ。雑誌に載っている暗号問題なんかは好きでよく解いていた。

 そんなケレンの覚悟を決めた目を見て、ミカレルは笑った。

「いいね。じゃあ君を頼ろう。あ、対義語が分からないなら俺が助けよう。こうやって、俺の掌に文字を書いて」

 と、彼はケレンの右手を取ると、自らの左手の上に人差し指を載せさせた。

「いいかい、解呪の途中で別の言葉を挟んだらダメだよ。そしたら初めからやり直しだ。あの文字数から見て───チャンスは一度きりだ。間違えないようにね」

「……分かりました」

「さあ、まずは初めの単語を見つけよう。一番最後の文字は……あれだな」

 ミカレルが指差す先にあるのは、“d”だった。ケレンの目は数多の文字の羅列の中を追い────そして見つける。

「初めは……“Nad”です」

「オーケー。なら“Malt”だ。はい」

「Malt」

「よし。ここから先は全部俺の手に書いてね。絶対解呪文以外は喋ったらダメだよ」

 長い。ケレンの目は既に全容の長さを捉えていた。緊張する。これを全部遡り切らなければならない。法則性は見えたが……動き続ける文字列を追い続けるのは精神に来る。いや、弱音は吐いていられない。自分がやり切らねば、この天界は終わってしまうのだ。

「次は“Afel”だ」

「Afel」

 ミカレルが寄り添って指導してくれる。それを、後ろからフェールが見ているのをケレンは背中越しに感じていた。



#107 END



To be continued...

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