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SHADOW  作者: Ak!La
第七章 黒白の聖戦
106/112

#106 その翼は白けれど

 天界には四大貴族というものがある。それぞれ異なる神の系譜で、天界では大きな名声を得ている神徒の血筋である。

 封印式のセレク、剣術のレーゲ、治癒術のへブラン、そして魔術のエレスカ────サファラはその、エレスカ家に生まれた。

 幼い頃から、サファラは“天才”と呼ばれた。生まれ持った才能。特別な蒼炎の力。火炎神(サンタリウス)の血を引くエレスカの中に時たま生まれる、聖燐の加護を強く受けし子。当代にはサファラ一人だった。

 赤髪と橙の目を持つ一族の中で、青い髪と宝石(サファイア)のような青い瞳を持って生まれたサファラは、一族からも注目された。選ばれし神徒として。

 幼い頃から、魔導の練習漬けだった。サファラにとってそれは全く苦ではなかった。自分にしかない力を自在に操ることは、とても誇らしく、楽しいことだった。

 神徒の学校に入って、誰からも羨まれた。天才だと周りから持て囃された。

 その生に浮かれていた。だからこそ、サファラはあの時敗北したのかもしれない。


 コルニス兵士團、入団試験。

 神徒の多くが通る道だ。当然、戦士として期待されていたサファラも受けた。

 そこでサファラは、一人の赤髪の青年に出会った。自分と一族とは違う赤髪と、くすんだ紫色の目────まるで悪魔を連想させるような人相の悪さ。一見してやる気の無さそうな目。酷く冷めていて────彼を見たサファラは『何だあいつ』と思った。神徒らしくない。それが第一印象だった。

 試験はトーナメント形式で行われていた。最後に勝ち残った上から────試験官の目に留まった何人かが、試験を通過する。

 ともかく、その上澄みに入るか入らないかという所で、サファラはその青年と当たった。

「────ビアス・セレクだ」

 相手が名乗った瞬間、サファラの脳内は酷く揺さぶられるような衝撃を受けた。セレク。その名はよく聞かされた名だ。自分と同じ四大貴族の一つ────そして、最も力を持つ家である。

 彼を倒せば、エレスカの名声を上げられる。そう考えた。俄然やる気が出た。自分の蒼炎の下に、この青年を捩じ伏せる。簡単な事だ。

 ────だが、ことはそう甘くなかった。

 正直、それまでの相手が大したことがなかったため、サファラは調子に乗っていたのだ。

 試合が始まり、剣術で攻めてくるビアスに、サファラは自慢の蒼炎を振るった。だが、ビアスは剣と魔導で尽くそれらを防ぎ切った。

 決定打を与えられないまま、サファラが焦りを見せた時、剣ばかりの攻めだったビアスが動いた。

「“深淵なる投槍(アビス・ジャベリン)”」

 それは聖魔導でも、魔術ですらない単なる影の力による攻撃だった。だがその威力は、見て取れるほど強力なものであった。

 ビアスの背後から打ち出されたそれを、サファラは蒼炎で打ち消した。それで安心した瞬間、足がもつれる。

「…………!」

 目眩がして、膝をつく。遅い来る吐き気。体内のエレメントの低下を示す症状だ。意識が朦朧として来る。

(しまっ……動けな……)

 神徒は人間以上にその生命活動にエレメントを、聖燐を必要とする。サファラの蒼炎の力は、あまりにもその両方を燃やし尽くしてしまう力だった。

 無様に苦しみ、敵前で無防備を晒すサファラの前に、剣が突きつけられた。僅かに目を上げると、そこには冷たい目をしたビアスが立っていた。剣と同じような鋭さを持ったその目に、一瞬苦痛さえ忘れてしまうようだった。

「…………“裁き(Sharone)(lphy )(Kuld)”」

「!」

 己に光の矢が落ちて来る事を覚悟した。そう、その時サファラはこれが試験であることを失念していた。

「そこまで! 剣を引きなさい!」

 声と共に、矢が頭上で障壁に阻まれる。サファラは試験官に助け起こされた。その目の前で、相手の青年が舌打ちをしたのをサファラは聞き逃さなかった。

「……あ……?」

「……もう少しだったのに────」

 耳を疑う。サファラはカチンと来て気持ち悪さも忘れて試験官を振り払う。

「! 君! 待ちなさい!」

「お前……ふざけるなよ」

 試験官の制止を無視してつかつかと歩み寄るサファラに、ビアスは冷徹な目を向けて言う。

「お前みたいな馬鹿は死ぬだけだ、すぐに」

「なんだと……! うっ……」

 叫ぶと共に口を抑えたサファラに、ビアスは嘲笑を向けた。

「お前のことは聞いたことがある。エレスカに蒼炎を持って生まれた奴がいるって。どんな奴なのかって気になってたら、まさかこんな馬鹿だったとは」

「黙っ……!」

 上手く言い返せない。吐き気が込み上げて来る。そんなサファラを無視して、ビアスは去って行った。それをただ見送ることしか出来ず、サファラは強く歯を食いしばった。屈辱だった。あんな態度を取られたのは初めてだった。

 そのあと、サファラは救護室に運ばれて、少し休んだ。試合に負けはしたが、蒼炎のこともあって試験には合格した。それは嬉しくもあったが、なんだか複雑だった。あいつのせいだ。


「おい」

 試験会場の廊下で、ビアスを見かけたサファラはそう呼び止めた。立ち止まって振り向いたビアスは、一瞬眉を顰めると言う。

「……あぁ、お前か」

「まさか俺のこと忘れてたのか!」

「いや、あんな大馬鹿忘れるはずがねェだろ」

「なっ……!」

 口をパクパクさせるサファラに、ビアスは楽しそうに笑った。

「何の用だ。俺はもう帰るところだが」

「……お前は……お前は何かあるのかよ」

「何が?」

「ふ、普通じゃないこと……」

「あん?」

「この俺を負かしたんだぞ! 何か……」

 自分の生まれ持った力を信じて疑わなかったサファラは、そうビアスに訴えかける。今まで誰にも負けたことはなかった。それは相手が普通だから。そう思っていた。

 だが彼は、それを軽く笑い飛ばす。

「馬鹿な事を言うな。……いや、馬鹿なのか」

「なっ、お前さっきから……!」

 掴みかかろうとするサファラを、ビアスは手で制して言う。

「普通だよ、俺は。何の変哲もない、貴族に生まれただけの神徒だ」

「ふ、普通……?」

「そうだ。何か特別な才能や能力があるわけじゃない」

 そう言われて、サファラのプライドは深く傷ついた。

「じゃあ……俺は一体何に……」

「何に負けたのか? さぁな。ただ一つアドバイスしてやるとしたら……お前はその力に頼りすぎだ」

「え?」

 思わぬことを言われて、サファラはきょとんとする。ビアスはため息を吐いた。

「馬鹿の一つ覚えみてェに蒼炎ばっか使って。剣術も魔術もロクに使わねェし。魔術に秀でた一族なんだろエレスカ殿は」

「……それは」

「そればかりに頼るなよ。折角生まれ持った才能だって、そんなんじゃ持ち腐れだ」

「……でも! 俺はそれでずっと」

 突然、サファラはビアスに胸ぐらを掴まれた。反応出来なかった。速い。

「……いい加減にしろよ、分かってんのかお前。試験じゃなきゃ死ぬとこだったんだぞ」

「────!」

 唸るような声で言われて、サファラは竦む。だが、負けじと言い返そうとする。

「……あれは……その」

 だめだ。上手く言い訳が思いつかない。

「蒼炎の、聖燐とエレメントの使い過ぎでお前は動けなくなった。今までそんな戦い方で勝てて来れたのは、相手が()()()()()()()()()からだ。だが俺はそんなに甘くないし────魔族どもはもっと甘くない」

「!」

 ハッとする。サファラたちは、まだ魔族との実戦経験がなかった。考えたことがなかった。同じ神徒同士での、戯れのような練習試合しかして来なかったのだ。

「実戦であんなことになってみろ。敵は容赦ないぞ。お前は誰にも助けられずに死ぬ。終わりだ。分かったらやめろ」

「やめろって……」

「その戦い方をだ。もっと剣術を磨け。他の魔術も。少なくとも防護魔術ぐらいは身につけるんだな」

 ようやく、ビアスはサファラを解放する。サファラは俯く。

「……でも俺、剣術なんて」

「ふん。やっぱり“天才”も大したことなかったか」

「…………」

 言い返せない。本当の天才とは、彼のことを言うんだろう。サファラはそう思った。

 何も言わないサファラに、やがてビアスは大きなため息を吐いた。

「まぁいい。剣術くらい俺が教えてやる」

「……え?」

「殺しかけたお詫びってのもあるけど……俺と戦って、受かったんだろ。それでみすみすお前を見殺しにするのも忍びない」

「なっ……死ぬの確定みたいに!」

「いやこのままだと魔族に殺されて終わりだろ。なんかそういうのは寝覚めが悪いっていうか……だから、お前が一人前に戦えるくらいには鍛えてやるよ」

「……何でそんな上から目線なんだよ」

「俺の方が上だから?」

「っ……! っ………」

 言い返せない。負けた以上それは事実だからだ。それはサファラも分かっている。

「サファラだっけ?」

「あぁ、うん」

「いいかサファラ、俺は貧弱な奴は嫌いだ」

「え、えぇ……」

「だが、強い奴は嫌いじゃない」

「!」

「だから、強くなれよ」

 ビアスはそう言った。サファラは彼が自分を何かしらの関係と認めてくれたことを感じた。

「……分かった、お前に負けないくらい強くなる」

「馬鹿言え、俺より強くはなれねェよ」

「何だと!」

 ビアスは笑う。だが、最初のような嫌な笑みではなかった。何故かじんわりとしたものが、サファラの胸の中に広がった。

 この時は、思いもしなかった。彼と唯一無二の親友になるだなんて。

 そして、あんな別れが来ることも。


* * *


「ビアス……ビアス……ッ!!」

 ────時が経って。サファラは血に濡れた親友の姿を目の当たりにしていた。

 魔族の血ではない。神徒の血だ。嫉妬からサファラを亡き者にしようとした神徒を殺し、ビアスはそこに佇んでいた。

 やがてその神徒の血はビアスの肌に吸い込まれて消え────ビアスは申し訳なさそうに笑って、振り向く。

「……すまない」

 直後、彼は苦しみにもがき始めた。頭を抱えてその場にうずくまる。サファラは思わず駆け寄って────彼の翼が黒に染まるのを見た。そして、その頭から角が生えるところも。

 思わず立ち止まった。それは、悪魔の姿だ。もう、彼は神徒ではない。掟によって────神徒殺しを犯した彼は、その罪によって堕ちた。

 どうする。サファラは迷った。こうなった神徒は殺すか拘束するのが決まりだ。堕天した神徒は自我を失い、暴走する。一刻も早く兵士團に報せなければならない。でなければ、次に死ぬのは自分だ。

 だが、サファラは迷っていた。

「……サファラ……」

「!」

 混乱した頭に、名を呼ぶ声が届く。ビアスが顔を上げ、こちらを見ている。その目には理性があった。

「……なっ、お前……自我があるのか……?」

 言われて、ビアスはハッとした。しかし、喜ぶでもなく彼は辺りを目だけで見回すと、サファラに言うのだ。

「……サファラ、お前、今ここで……俺を殺せ」

「は?! 嫌だよ、嫌に決まってんだろ?!」

「そういう決まりだ。……大丈夫だ安心しろ、お前は悪魔になったりしない」

「でも……!」

 躊躇うサファラに、ビアスは冷静に続ける。

「俺はもう、この世界にはいられない。魔界へ送られるのもゴメンだ……さっさとやってくれ」

「そ……そんなのねェよ! 何でお前が……!」

 堕ちなきゃならないんだ。死ななきゃならないんだ。そういうたくさんの感情が喉でつっかえた。

「お前は、俺を助けてくれただけだろ! 悪魔になるべきはエルミオの奴だった!」

「奴は死んだ。あいつはまだ罪を犯しちゃいなかった。()()を殺したのは俺だ」

「けど……あいつが俺を殺そうとしたのは事実だろ……お前は守ってくれただけなのに、何でお前が悪者になんなきゃいけないんだよ」

 声が震える。手を強く握りしめた。爪が手のひらに食い込む。それでもビアスは冷静だった。

「……さぁな。でも俺は……殺そうと思って殺したんだ」

「!」

 ビアスが自らの剣に手を掛ける。サファラはハッとした。

「何をする気だ」

「お前が殺してくれないのなら、俺は自分で罪を償う」

「やめろ……!」

 咄嗟に、自分の剣を呼び出した。そして振るう。サファラの剣は、ビアスの胸を貫かんとしていた剣を弾き飛ばした。

「勝手に死ぬな! お前が悪魔になったのは俺のせいだ! 俺が……俺が、弱いから。お前に世話掛けちまったんだ。お前に死なれたら……俺、どんな顔して生きていけばいいんだよ」

「……サファラ」

 サファラは剣を投げ出す。落ちる途中でそれは光の粒となって消える。ビアスの剣も消えていた。サファラはビアスの体を抱きしめた。

「ごめん……ごめんビアス……俺のせいで……お前をこんなにしちまってよ……」

「……お前のせいじゃない」

「俺、何とかするから……お前のこと。処刑も、追放もされないでいいように、するからさ。背負わせてくれ、一緒に」

「…………」

 ビアスは答えなかった。ただその時彼は、静かに己の罪を受け入れているようだった。


* * *


 結局、その後彼を天界に留めることは出来なかった。だが、創造主は自ら姿を現した彼を見て、一度地下牢に勾留し────追放刑にすると断じたあとでこう言った。

「お前の権限の剥奪はしないことにした。代わりに、魔族どもの天界への侵入経路を探って来て欲しいのじゃ」

 それは彼にしか出来ないことだった。天界から魔界へのスパイ。その役目を果たすことを、創造主は彼の償いとしたのだ。

 ビアスはそれを承諾し、魔界へ送られた。サファラもそれを見送った。もう二度と、会えないかもしれないと思っていた。あの時見た顔が最後だと、そう思っていた。



「お前なら、俺よりずっと早く熾天使になってただろうにな……」

 聖樹の下で戦う友の姿を見ながら、サファラはそう呟いた。

「……ふ。何が熾天使ぐらいの実力だ。俺なんかがなれるわけないだろ」

 自虐的に笑うサファラ。まだまだ未熟な己を嘲笑する。勝ったのに、ほとんど大きな傷も受けてないのに、動けなくなっている自分が情けなかった。

 力なく、サファラはその場に仰向けになった。ビアスと自分の何が違うのか。それを考えた。

 才能は確かに、自分の方が持っていた。彼は決して天才などではなかった。計り知れない努力をした末に得た力。彼は努力家で、秀才だった。友として、近くにいるうちにそれが分かった。

 その重みか。自分は“ズル”をした。

 それでも確かに、強くはなった。でも、そこまでだ。彼より先には行けない。憧れ。いつまでも、手は届かない。

「……頑張れよ。負けたら、承知しねェからな」

 友に向かって、そう声を掛けた。聞こえはしない。だが満足だ。自分は役割を果たしたのだから。

 そして、勝者は意識を失った。



#106 END



To be continued...

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