#105 蒼炎の想い
──王宮 二階階段付近──
青い炎が、廊下を埋め尽くした。その様子を、炎とは裏腹に冷たい目をして見つめるサファラ。剣を肩に担ぎ、その向こうへ声を掛ける。
「さすがに、この壁は越えて来られねェのかな?」
と、ボウッと黒い炎が青い炎の壁を突っ切り、そして出来た穴をベラールとシェスが飛び出して来る。ベラールの剣を受け、シェスを自らの炎で牽制し、サファラは二人を転がす。
「うあっ!」
「あだっ」
「……思ったより……つまらないな」
サファラはそう言った。ベラールが腕をついて立ち上がる。
「くそ……智天使如きに……」
「お生憎様。俺は立場こそ智天使だが、熾天使への昇格の話が来るほどには実力があんの。まぁ、正式に熾天使の力を貰ってるわけじゃねェから、本物には劣るけど」
そしてサファラは、剣先をベラールへと向けた。
「俺は……強くならなきゃなんないんだ。何も失くなさいように。だから、俺の大事なモンをぶっ壊そうとするお前らは、消す」
「まったく……神徒ってやつは」
「何とでも言えばいい。お前たちは絶対悪だ。滅するに値する」
「まぁ否定はしないけどよ……」
「うぅ……兄貴……」
「!」
シェスが床で転がったまま呻いている。全身に大きな火傷を負っている。青い炎がその傷の上をまだチラついていた。
「シェス!」
「お前……なんか異様にこの炎に弱いな」
剣を下ろし、手の上で蒼炎を弄ぶサファラを横目に、ベラールはギリリと奥歯を噛み締める。
「……何でもかんでも炎を吸収しちまう体質だからな……くそ」
「兄貴ごめん……そればっかはどうしようもなくて」
「なるほどね。体質によって聖燐を馬鹿みたいに取り込んじまってるわけね」
「一体何なんだよその炎は…………」
「え? お前が言っただろ、聖属性の炎だって」
「そういう事じゃねェよ。何で一介の神徒がそんなモンばかすか扱ってんだって話だよ! 聖竜とかそういうのが使うやつだろ!」
蒼炎は、炎の神や原初の竜が扱う様な代物だ。聖燐そのものを活性化させ燃やしたもので、通常の炎とは異なる。だから、普通、神徒が扱うことは出来ない。
「あぁそういうこと……俺の固有能力だよ。俺の家系に時々出るんだ。特別な、聖燐を含んだ炎を恒常的に扱える力。体内の聖燐の量が普通より多いんだとか……まぁそういう感じ」
「神の子か……?」
「いや。俺はラフス・ラフだよ。両親は神徒だ。まぁ……家の祖が火炎神だったり? 神徒じゃよくある話だよ」
そしてサファラは左手をシェスの方へ向けた。
「……話は終わりだ。まずは一匹────」
その手から蒼炎の矢が放たれる。シェスに向けられたそれを、ベラールが剣で振り払う。
「ざけんなっ!」
叫んだベラールに、サファラは斬り掛かる。サファラの方が少し速く、身を引いたベラールの肩を浅く斬り裂いた。斬り口が青い炎をあげ、肩に鋭い痛みを走らせる。
「がっ……! くっ……そ……!」
再びサファラが振った剣を、今度は受け止める。激しい金属音が鳴り響いた。
「お前……外で見た時は弱っちそうだと思ったのに……」
「心外だ」
ベラールがサファラの剣を押し切る。すかさずベラールはサファラの胸を狙った。サファラはそれを剣の腹で受け、空いている左手で炎を放った。
「うわっち!」
慌てて身を引くベラール。負けじと黒い炎を放ち返した。
「”闇の炎”!」
「“炎の獅子”」
蒼炎の獅子がぐわっと黒い炎を飲み込み、そのままベラールへと襲い掛かる。
「“邪神の刃”!」
獅子が斬り裂かれて消滅する。肩で息をするベラール。その顔に余裕はない。
「俺の炎は普通の聖魔導とは違うぞ。そのつもりで相殺しに来るのなら、押し負けるのは当然だ」
「は……ははは……ったく」
「……あともしかしてお前、魔導の扱い下手くそ?」
サファラの私的に、ベラールはハッとする。悔しそうな顔を見て、サファラは笑う。
「はは、どうりで。愚直な攻撃しかして来ないもんな、悪魔の割に────」
突如、目の前が炸裂する。ドォンという爆発音、そして爆風。耳障りな音を立てて、窓ガラスが割れる。
サファラは階段のすぐ上まで飛ばされた。階段の角で頭を打ち、抑えながら立ち上がる。
「……って……────ガラスが……」
不滅の物質だと聞いていたが、魔障には弱いのか。剣で叩こうがびくともしない窓ガラスが、粉々になっていた。
もうもうと立ち込める爆煙。それが晴れると、ベラールの姿が見えた。その後ろでは、ずっと転がっていたシェスがむくりと体を起こした。
「…………傷は?」
「俺たちは、そう簡単にゃくたばらねェ。こいつには俺の炎を与えた。聖燐に打ち勝つくらいの、濃い魔障の炎をな。全部ぶっ壊していいってンなら……幾らでもぶっ放してやる」
「……調整効かないタイプの下手くそか。参ったな」
「てめェ一人だけを燃やす器用さはねェ。俺は全てを燃やし尽くす! ここからなら、聖樹だって狙える」
と、彼はビッと聖樹を指差す。障害物は何もない。聖樹はただ柔らかな光を降らせている。まるで今この場で起こっている数々の戦いなど、自分には関係ないとでも言うように。
「……お前如きに燃やせる代物じゃねェよ」
「なら、お前だけでも燃やし尽くしてやる」
そういうベラールの後ろで、シェスが立ち上がった。彼を蝕んでいた蒼炎は消え、黒い炎が彼の傷を癒していた。
「兄貴……助かった」
「さっさとやるぞ、シェス」
「うん、もう油断しない」
と、シェスの姿が陽炎のように揺らめいて、消えた。サファラは突然目の高さに現れたシェスに、肩を掴まれる。
「な」
顔面に打撃を受ける。殴られた。すぐ後ろは階段だ。転がって落ち、壁に体を打ちつけて止まるとサファラは軋む体に呻く。
「くあっ……畜生……!」
直後、追撃して来たシェスを、聖魔導で跳ね除ける。
「“聖魔導・障壁”!」
「!!」
バチッと音を立てて、シェスの体が後ろへ跳ね返される。その隙にサファラは体を起こし、その下を掻い潜って来たベラールの剣を受ける。
「っ?!」
ドン、とサファラは壁に背をついた。押し負けている。
「遊びは終わりだよ神徒。本気出してくぞ」
「今まで本気じゃなかったってェの……」
「初めから手の内全部見せるわけねェだろ! お前の力を先に測らせてもらった」
「……なるほどな」
サファラは笑い、続ける。
「それで、弟が倒れてもいいと思ってたのかよ」
「どうせ、どんな攻撃受けようがシェスは俺の炎さえありゃ復活するんだ。まぁそりゃ大事な弟だ、心は痛むよ」
「悪魔のくせに…………!」
サファラの体から青い炎が上がる。それと同時にベラールは後ろへ下がった。
「……この炎が苦手なのは、嘘じゃないみたいだな」
「そりゃそうだろ! そんな激毒触れられるか!」
「まぁ安心したよ、敵わない相手じゃなさそうで」
「ナメんなよ。俺たちは、“正統なる血統”だ」
「でもお前は、バロス程じゃない」
「……兄上は別格だ。アレと比べられたらそりゃ困る。聖樹に向かったのは誰だ? あっという間に塵にされるぞ」
「俺は、信じてる」
下へ向かった者のうち、ゼイアが────ビアスが聖樹の下へ向かったのは、考えるまでもなく明らかだった。彼がこの事態に責任を感じていることも。
「……ビアスは、俺の命の恩人だからな」
「あ?」
「不甲斐ない俺の代わりに、罪を背負った。これ以上、あいつに何かを負わせるわけにはいかない。だから俺は強くならなきゃならない────もう、誰にも負けないし、負けるわけにはいかないんだ」
二度と、あんな事は起こさない。サファラはそう胸に刻んで、今まで生きて来た。
「一度失いかけて得た命、ここで失くすわけにはいかない。討たせてもらうぞ」
サファラはベラールとシェスへ剣を向けた。ベラールもその剣を向けて来る。
「何だかよく分からねェが……何にしろ神徒は殺さないとな?」
「この聖なる神の世界で、お前たちの好きにはさせない」
サファラが跳ぶ。階段下から駆け上った勢いを利用した斬り上げ。ベラールは後退する。
「ガウッ!」
「!」
炎で出来た狼のような獣が、サファラへ襲い掛かって来た。
「“聖魔導・障壁”」
冷静に聖魔導を発動させ、弾き返す。ザザッと四つ脚で踏み止まった獣は、炎が引いてシェスの姿になる。
「……なるほど、そういう。そりゃ普通の炎は効かないわけか」
炎の魔物。それがシェスの正体であった。立ち上がったシェスは両手を見る。
「痛ってー……」
「くそ。お前魔導には弱いからなー」
「弱点明かすな兄貴!」
「わり」
弟に謝りながら、ベラールはサファラへと襲い掛かる。サファラは剣を使って高く飛び上がると、剣を持つ右手を引き、左手をベラールへと向ける。その様子は、まるで弓に矢を番えているようであった。
「“裁きの雨”!」
左手の前に魔法陣が現れ、蒼炎の矢がたくさん放たれた。
「うわっ」
「“聖なる風”」
風が炎の矢の勢いを増す。黒い炎がそれを迎え撃つが、矢はそれらを切り裂いて悪魔たちへと降り注いだ。
「ぐわっ!」
爆煙が起こる。その中を、炎の獣が突っ切ってくる。サファラは剣に蒼炎を灯らせ、獣の胴を薙いだ。
「!!」
ボボウと獣は炎のみの実体無き体を分かれさせ、すぐに何事もなかったかのように元に戻ったが、床にゴロゴロと転がるとシェスの姿に戻り腹を抑えてうずくまる。
「いっ………て」
「何度も喰らうなバカ!」
ボロボロの姿になったベラールがシェスに向かって言う。着地したサファラは目を細めた。
「少しは防いだのか……」
「あぁん? 死んだとでも思ったのかよ」
「風で威力を増した蒼炎の矢だぞ。三つ目巨人でも仕留めるような代物だ」
「あんなデカいだけの木偶と一緒にするな!」
三つ目巨人とは、魔物の一種だ。よく天界へ侵入してくるものの一つである。名の通り、三つの目を持った巨人の姿をしている。それはもう街を踏み荒らすほどの巨躯であり、あらゆるものを薙ぎ倒すほどの怪力だ。だが、知能は低く言葉も発しない。暴れるだけの怪物だ。智天使や熾天使の相手ではない。
「……ま、そりゃそうか。お前らは最高位の悪魔だもんな」
「そうだよ。はぁ、しかしマジで蒼炎持ちの神徒相手たぁ貧乏くじだな……」
やれやれと言った様子のベラール。彼はサファラを睨むと続ける。
「……ただの神徒のくせに、俺たちと渡り合ってるってのが気に食わねェ。ラフス・ラフの智天使のくせによ」
「俺は特別なんだよ。こういう特別な才能を持って生まれた」
そう答えて、サファラは青い炎の上がる腕をベラールに見せて笑った。それに対して、ベラールも笑い返す。
「……なんて傲慢な神徒サマだよ」
「────そうだ、傲慢さ」
かつてはそう思っていた。己は特別な、選ばれし存在なのだと。自分が一番だと思っていた。だが、それは一人の神徒によって覆された。
それ以来、サファラは彼に憧れを抱いている。返し切れない恩もある。それは今でも変わらない。親友であって、恩人であって、目標でもあって。
「────我が親愛なる友のために、この力を使おう」
サファラはそして、胸の前で握りしめた拳を大きく横へ振り払った。
「“裁きの力・解放”!」
「!!」
辺りの空気が急に重くなったのを、ベラールとシェスは感じた。その正体は、サファラの背後に浮かび上がっていた。
「俺は、智天使だ。智天使であることの意味を、お前たちは分かってんのか、悪魔。え? ……まぁ知ってるよな。こっちの情報は、堕天使のせいでダダ漏れなんだからよ」
サファラは笑う。だが、目は笑っていなかった。サファイアのように青いはずのその瞳は黄金に輝き、瞳孔は細く、横向きに。人の目ではなかった。サファラの背後に浮かぶ、山羊の賢者のそれである。
「我が身に宿らせし神霊の名は“山羊”。平和と友愛の象徴なり」
穏便な言葉とは裏腹に、その気配は明らかな恐怖を宿していた。それが、“裁きの姿”。裁きを受ける者全てに恐怖を、畏怖を植え付ける。それは、圧倒的な力ゆえに。
「本当は、俺自身がこうなるんだが……ここじゃ広さが足りないんでね。場合によってはこういうことも出来るってわけ」
いつの間にか、悪魔たちは身が竦んでいた。山羊は蒼炎を纏い、サファラが向けた剣と共にその杖をベラールたちへと向けた。
「これで終わりだ、悪魔ども! サファラ・エレスカの名に於いて────貴様らを極刑に処す!」
「くそ、くそっ、こんな力に────」
放たれたのは一条の、魔を滅する光。それはなんとか反撃しようと黒い炎を上げかけたベラールとシェスを一度に射抜き、体を焼いた。二人の悪魔の体が倒れる。ベラールの剣は床に跳ねて消滅した。
光が晴れ、二人の悪魔が動かないのを見てサファラは剣を斬り払い、召喚を解いた。背後の山羊も消え────その瞬間、サファラは膝から崩れ落ちる。
「ハァッ……ハァ……やっぱ久々に使うと疲れるな……」
胸を抑えて大きく息を吐くと、まだ燃えている腕の炎を収めた。そして、どこへともなく呟いた。
「────勝てたよ、ビアス……」
そしてふっと微笑み、壁際にもたれかかると気絶している悪魔たちへ拘束術を掛けた。見た限り、彼らがこれで死んだとは思えない。
「……だめだ、もー限界……」
緊張が解けて、体が動かせなくなる。気付かぬうちにとても疲弊している。体中もとても痛い。階段を転げ落ちたのだから、当然だ。
「もっと丈夫だと思ってたんだけどな……ハハ」
苦笑し、気合を入れて何とか立ち上がる。フラつきながら聖樹の側へと歩み寄る。割れたガラスの隙間から、下を覗く。
遥か眼下で、戦う友の姿が見えた。そこには見慣れない青年の姿もある。
「……あぁ、あの子……元に戻れたのか」
それがグレンである事を察し、サファラは笑う。
二人でバロスに立ち向かっている。やはり一人では手に余るのか。自分も加勢に行こうかと思った。翼があるので飛び降りても墜落することはない。だが、襲って来た気持ち悪さに膝をつく。
(うぇ……あぁ、ちょっと頑張り過ぎた……)
貧血の様な気持ち悪さに耐えつつ、眼下に広がる戦場を見た。ふと、親友の異変に気がついた。
(……なんだ。随分と洒落ちゃって。似合ってるな)
サファラは真覚醒を知らない。だが、彼が今までよりずっと強くなっていることは、容易に想像出来た。そんな気がした。
「……いつまで経っても、俺はお前に追いつけない、か」
それでこそ。それでこそだ。サファラは俯き、昔を思い出すのだった。
#105 END
To be continued...




