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SHADOW  作者: Ak!La
第七章 黒白の聖戦
104/112

#104 其は其の身を以て其が何たるかを知る

──王宮 聖樹の下──

「“天の世界(Reie welte)神の世界よ(yeno welte)そして(Koryan)聖樹よ(Elco)……」

 ゼイアが詠唱を始めると共に、アレスがバロスへと跳んだ。ゼイアはそれを後ろで見守る。何があっても詠唱を止めるわけにはいかない。

「何をしているのかは知らんが───」

 バロスが向かって来るアレスへと大鎌を振りかぶる。

「成させてはならんようだな?」

「!」

 バロスはアレスを飛び越え、ゼイアの方へ向かう。動くことが許されない彼へ、鎌の刃が迫る。だが、ゼイアはただ信じ、その場で詠唱を続ける。

万物の理(Al lahan)(ven)神よ(yeno)我は(Ald ge)神の徒なりて(Laph)……」

 バロスの体が横へ吹き飛ぶ。アレスが背後から蹴りを食らわせたのだった。

我が願いを(Ald ge oa)叶えたまえ(Czaf)……」

「この俺を阻むつもりか! 精霊風情がぁ!!」

 吹き飛んだ先で、起き上がって叫ぶバロス。己より下等であるはずの存在に、邪魔されて憤怒しているようだ。

 それに対して、アレスは冷静な態度で名乗る。

「────我が名は神界、闘国シュレイト帝国第一皇子、アレス・()()()()()。我が同胞がため、お相手する」

 と、そして彼はシュレイト式の挨拶をする。彼ら闘の精霊にとって、戦いは神聖なものだと、ゼイアはそう聞いたことがある。だから、闘の国(シュレイト)は神界で今起こっている戦争には参加しない。祖たる闘軍神(アトロス)戦乙女(アルフォネ)への誇りと礼儀だ。ましてやここは、その二柱の住まう天界だ。

祓いたまえ(Holg exos) 清めたまえ(holg wols) その身の(pola)(lafowl)(oa)祓いたまえ(holg exos)

 バロスが跳んだ。低空スレスレに飛行し、アレスへと大鎌を振るう。

「“闘神武装・華戦士”」

 アレスの身が光に包まれ、鎧を纏った姿になる。優美な青龍刀を手にした彼は、高い位置で一つにまとめられた髪をなびかせ、バロスを迎え撃つ。

罪を(Gadl oa)赦し(fenalo)祓い(holg)たまえ(wols)

 青龍刀の柄がバロスの鎌を受け止め、そのまま刃を滑らせて攻撃を仕掛ける。宙へ飛び上がったアレスに、大鎌は空を切った。バロスはアレスの繰り出した突撃を躱す。青龍刀が残像を切り裂いた。アレスの背後にバロスが現れる。……危ない! と内心ゼイアはヒヤリとするが、詠唱を中断するわけにはいかない。悲鳴を飲み込み、儀式を継続する。

聖霊(Koryert)( oa)我が身に(alds)宿し(holg)たまえ(pola)

 詠唱はそろそろ半分だ。もう少し時間を稼いでくれ、とアレスに祈る。

 アレスは振り向きざまに勢いよく青龍刀を薙ぎ払った。刃と刃がぶつかり合い、激しい金属音が上がる。

邪悪を(Lafowl oa)忌む(banos)聖なる光よ(kuld)

 ……渡り合っている。かの“正統なる血統アブサル・ブルグラッド”の長兄たるバロスと。ゼイアでさえ、傷を負わぬように防ぐことで精一杯だったというのに。……いや。己が下手なだけなのかもしれない。相手に対応することが。

 アレスの戦い方は流れるようで、無駄がない。正に戦いの達人と呼べる。相手の攻撃を防ぐのではなく受け流し、自らの攻撃へと転じる。青龍刀の鋒が、アレスの肢体が、滑らかに美しい軌跡を描いて行く。

 ──────闘神だ。まさに闘神である。闘軍神(アトロス)と見紛うような、見事な戦いぶりであった。

我が身に(Ald te)力を(pel)与えたまえ(holg tamga)

「ぐっ!!」

 アレスの回し蹴りが、バロスの脇腹に入る。その勢いで、引いた青龍刀をアレスは一気に突き出した。

「“紅蓮旋風陣”!!」

 凛と張った声が、聖樹の周りに響いた。ビリビリと震える空気。闘気の炎を纏った旋風が、バロスへと突き抜ける。

「っ!!」

永遠に(Aclarm)穢れを消し去る(non lafoy)力を(ven pel oa)与えたまえ(holg tamga)

「ンのぉれェ!!」

 纏わりつく炎を振り払い、バロスはアレスへと突進した。邪気に満ちた紅い瞳は煌々として、見る者全てを射竦める。

 対して静かな炎を宿した赤い瞳は、荒れた光を受け止める。

 鎌ではなく、繰り出される蹴り。高めに繰り出されたそれを身を屈めて躱したアレスは、タックルをかます。

死は(Tobra ge)遠ざかり(oalun)生は(yels ge)来たり(madla)

「“邪神の刃(Lefel Ulc)六撃(Ulad)”!!」

 後ろへ吹っ飛ばされながら唱えられた暗黒魔導。六つの巨大な斬撃が、アレスと、そしてゼイア諸共消し飛ばさんと飛んで来た。それを見たアレスが、歯を食いしばる。その様子を見たバロスは、勝利を確信したかのように笑う。

神を(Yeno oa)畏れぬ者は(non vanon)(jarnon)そなたの(van)眼前にて(befst te)消滅する(nad)……!」

 あと一節。一節なんだ。頼む、耐えてくれアレス。

 ゼイアはそう強く祈るしかなかった。

 バロスが地面へ落ちる。同時に刃がこちらへ到達した。覚悟した。痛みを受けることを。しかし、それはいつまで経ってもやって来なかった。すぐ隣を、鋭い風が駆け抜けた。地面が深く抉れている。だが、ゼイアとその周りは無傷であった。

 目の前には透明な、青い盾が張られている。その前に立ちはだかるのはアレス。その身は深く切り裂かれ、血が流れている。腕を抑え、膝をついたアレスはこちらを肩越しに振り向き、ニ、と笑った。

 ……ありがとう、十分だ。ゼイアはそう笑い返すと、右手の人差し指と中指を揃え、聖樹の下にいるグレンへ向けて最後の一節を唱えた。

「──────闇よ(Lafowl)消え去れ(delena)”」

「!」

 バロスがこちらへ飛んで来る。だが遅い。ゼイアは、賭けた。彼に。

「……汚らわしい。触れるな」

 そんな言葉が口から零れた。それにバロスはカッと目を見開いた。

「堕天使風情が───俺を見下すな!!」

「短気だな、全く」

 不意に、迫っていた悪魔の体は上から叩き落とされた。土埃が舞う。その中に立つのは、黒髪の青年だった。

「……あぁ……ったく、世話かけたよ」

 煙が晴れて、青い瞳がゼイアを捉える。──────上裸の青年は、自らの体を見てぼやく。

「……くそ、フェールの奴、元に戻った時のこと考えとけよ……」

「調子はどうだ、グレン」

「……頭が痛い。まぁでも……悪くない気分だ」

 そしてグレンはアレスとゼイアの方へ歩いて来ると、アレスに言う。

「お前、俺の中戻っとけ。ありがとな」

「……ふ。何のことはない」

 それだけ答えると、アレスは小さな光となってグレンの中へ戻って行った。そしてグレンはゼイアを見て首を傾げる。

「……で? まさか俺に全部やらせる気かよ?」

「今は……浄化の副作用でお前は普段の何倍か強くなってる。聖燐の加護ってやつだ。それが保つ内に……奴をなんとかしたい」

「確かにめちゃくちゃ体が軽いな」

 そう言いながらグレンは肩をぐるぐると回し、後ろを振り向く。そこでは凹んだ地面の中からバロスが立ち上がっていた。

「────子どもが大人に……なるほど、魔障に晒された代償だったというわけか。単なる器と見逃すべきではなかったか」

「いや。つっても俺普通の人間だし。そんなビビることねェんじゃねェの? 悪魔さんよ」

「舐めた口を……!」

「ありゃ、めっちゃキレてんな。苦労するね」

「あまり挑発するな……」

 ゼイアは立ち上がりながらグレンの隣へやって来る。そしてふと思ったことを言う。

「……そう言えば、お前との共闘は初めてか」

「あん? まぁ外に出てってんならそうかも。ってか俺力使えなくね?」

「アレスが中にいるだろ、まぁ影の力は俺が取ってるが……お前、元々そんな使うタイプじゃねェから問題ないだろ」

「それもそっか」

 パンと拳を打ち合わせたグレンは、バロスの方を見ると続ける。

「じゃ、さっさとぶっ飛ばすか」

「あぁ」

 グレンが跳んだ。一瞬にしてバロスの目の前まで迫る。グレン自身そのスピードに驚きつつも、その拳を振るった。

 バロスも驚きを隠せないまま、グレンの拳をモロに受け、壁へと激突した。

「……予想以上だ」

 ゼイアはそう呟いた。いつの間にか、手に握る愛剣が姿を変えていた。纏う衣服も変化していた。白を一切残さぬ漆黒の装い。影の力が漲るのを感じる。

 そして、グレンの腕にもまた見慣れないものがついていた。

「……あ? 何だこれ」

 右手に腕輪が、そして左手には手甲が現れていた。どちらも影らしい黒色をしていて、闘気を思わせる赤い炎のような柄が入っている。

 ゼイアの方を振り向いたグレンは、そして笑った。

「なんだ、お前も洒落てんな」

「……真覚醒」

「ほあ?」

「これも浄化の作用の内か……」

 いや。それだけではないだろうが。これは一時的な加護による強化ではない。グレンは、自分たちは本物の力を手に入れたのだ。

 ゼイアの剣は元のものより細身になり、色も形も全くの別物と化していた。渦巻くは影の力。漆黒の刀身が聖燐の光を写し返す。手にした感触は、以前と変わらなかった。よく、手に馴染む。慣れた愛剣の感触であった。それでも、確かに力が漲るのを感じた。

「……」

 喜ばしいことのはずだった。だが、ゼイアの胸の内にモヤモヤとしたものが立ち込めているのも確かだった。その理由は簡単なことだ。真覚醒を果たした。それが意味するところを、ゼイアは知っている。

 真覚醒。その現象が起こるのは、人と共に生きる精霊のみ。──────即ち、ゼイアはひとえに精霊であるということ。

 ふ、と思わず笑みが零れる。

「……馬鹿馬鹿しい」

 元から、悪魔だの神徒だの悩んでいた方がおかしかったのだ。自分は既に、そのどちらでもなかった。精霊なのだ、今、この身は。

 そもそもとして──────己が魔界の存在であったなら、今既に体を得て独立しているはずだった。

 ──────馬鹿馬鹿しい。そんなことはどうだっていい。己の使命は変わらない。創造主のために戦え。王宮を、聖樹を、天界を守れ。それだけで、神徒であるに事足りる。たとえ、翼が黒くとも。

「なに笑ってんだよ」

「……別に。何でもない」

「変な奴」

 グレンが笑う。その死角に、鎌を振るバロスが現れる。

「グレ……!」

「あぁ」

 グレンは振り向く前に屈む。鎌が鋭く空を切る。

「話に水差すなよな」

「なぜそんなに冷静でいられる……!」

「さぁ、なんか負ける気しねェのよ」

「戯言を……!」

 突き上げる拳。それをバロスは後方宙返りして避ける。ゼイアがその後ろに回り、不意打ちを狙う。

「!」

 気付かれる。剣は鎌の柄に阻まれる。しかし、さらにその後ろからグレンが攻撃を仕掛ける。

「……“邪神の(El Lefel)大剣(Ulc)双撃(Haru)”!!」

「!!」

 でかい攻撃が来る、とそう思った時には既に遅く、鋭い風に身を斬られる痛みと共に、二人は吹き飛ばされた。

「ぐぅっ……」

 しかし、その攻撃を受けた割には体は無事だった。なぜ、とゼイアが目を開けると、目の前に青い盾が広がっていた。

「へへ……間一髪だな……」

 そう言うグレンも後ろに転んでいたが、そのまま後ろのゼイアに向かって笑った。

「……助かった……が、やっぱりアレスの力自体も強化されてるな……」

「あ、そうだ、アレスもお前みたいに変わってんのかな?」

「そうだろうな。だがそれはおいおいだ。今は休ませてやれ」

「分かってる」

 グレンはそう答えて足の力で起き上がる。

「……小癪な」

 バロスが向こうでそう忌々しげに呟く。さて、真覚醒を果たしたとはいえ、そこに聖燐の加護が乗っているのも確かだ。それはそう長く続かない。早いところ決着をつけた方がいいだろう。

「来いよ」

 グレンがバロスを挑発する。ゼイアは額を抑えた。

 程なくして、戦いはさらに一層激しさを増した。



#104 END



To be continued...

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