#101 闇断つ光
──王宮 エントランス──
「ねえ、その角ってさ」
ファタリスはレイフォードの頭を見て笑う。
「竜神族?」
「────母は竜神族だが、父は雷神だ。純粋な竜神族ではないが、まぁ、そうだな」
「そうだよねぇ。竜神族には翼はないし、もっとドラゴーンって感じだもの」
そう言ってファタリスは両腕を広げる。レイフォードは母の姿を思い浮かべて頷く。
「まぁ、そうだな。顔立ちからして違うものだ」
そしてレイフォードは首を傾げた。
「それがどうした」
「いやあ、そりゃ通りでウラヴァスたちじゃ歯が立たないわよねぇって。氷なんて柔らかいものじゃ、神竜の硬い鱗は貫けないもの」
ファタリスはくすくすと笑うと、斧を肩に担いだ。
「でも、あたしが砕いてあげる」
そして彼女は翼を広げ、胸に手を当てると名乗った。
「あたしは“正統なる血統”が長女、ファタリス・フェリエベラージュ。あんな氷のへっぽこコンビなんかより、ずーっと強いんだから」
「……なるほどな」
対してレイフォードは、不敵な笑みを返すだけだった。
* * *
「タリスに何見せられた?」
ルシャトの問いに、アーガイルは固まった。短剣を握る右腕は、黒い蔓に絡め取られてしまっていた。
「悪い夢? だろね。タリスはそういうの大好き」
「……だから……何だ。お前には関係ないだろ」
「結構効いてるみたい。もう少しつつけば壊れそう」
「…………あぁ、そうか。そう見えるか」
アーガイルは眉を顰め、左手の短剣で蔓を斬った。そのまま体を捻り、反動を利用してルシャトへと斬り込んだ。彼女は軽々とバク転して避ける。
「揺らがないの?」
「…………」
「あぁ、そっか。もう、認めちゃった? 賢い選択、生きる為には必要なこと。だけど、大事なものは壊れちゃった」
そしてルシャトは長い袖を口元に当て、にへらと笑う。
「いいなぁ、タリスの能力、羨ましい。ルシャトも心、壊したい。体だけ壊すより、ずっと楽しそう」
ルシャトが片手を振り上げた。アーガイルの足元から植物が生える。それを斬り裂いて、イルトリアが突っ込んで行く。
「んもー、多い」
彼女の剣が届く前に、黒い植物が刃を阻む。
ルシャトが生やす植物には二種類あった。一つはレイミアが使う様な普通の植物、もう一つは黒い植物だ。黒い方は簡単には切れない。光属性を含んだ攻撃なら通るが、それでもミシュカの魔術による援護がなければやや厳しい。最初に彼女が掛けてくれたものはとっくに切れていた。
「……鬱陶しい!」
と、イルトリアが植物を飛び越えてルシャトへと飛び掛かった。
「無駄……ひゃ?!」
イルトリアに対してルシャトは上へと黒い蔓の防御を張り巡らせたが、横から飛んで来たミシュカに吹っ飛ばされる。丸い屋根の様になった蔓の上にイルトリアは着地すると、そのまま吹っ飛んだルシャトへと斬り掛かる。
「うにゃっ」
ルシャトの長い右袖が切れた。中から子供らしい手が現れる。
「服切れたもぉ! ルシャのお気に入り!」
「そんな長いの着てるからでしょっ!」
切り返してルシャトの胴を薙ごうとするが、ブーツに止められる。
「ばーか」
「きゃっ!」
くるっと回ってルシャトがイルトリアを蹴っ飛ばした。アーガイルは咄嗟にそれを受け止め、横をミシュカが駆け抜けて行く。光の速度で移動して、ルシャトのすぐ近くまで接近しその拳を振るった。
「ひゃ」
「貰った!」
ルシャトの驚いた顔に、ミシュカは笑う。だが、直後二人の表情は反転した。
「……引っ掛かったー」
「……あ……がっ……」
「ミシュカ!!」
「……っ!」
アーガイルは思わず息を呑んだ。ミシュカの腹と肩を、黒い植物が下から貫いていた。流れ出す血が、植物を伝う。
目をカッと、怒りに見開いたイルトリアが叫びながら飛び出す。
「よくも……!」
「んふ」
無造作に、ルシャトは手を挙げる。途端に、イルトリアの足元から黒い植物が生えた。それらは致命的な部分は貫いていない。イルトリアの肌に食い込み、その動きを阻害している。
「来ちゃだーめ」
悪戯っ子のように笑うルシャトに、イルトリアは歯軋りする。
「そこでアンタも、こうしてあげる」
ミシュカは動かない。気絶しているらしい。
「アルさん……ミシュカをお願い……」
「……分かった」
イルトリアの言葉を受け、動こうとしたがアーガイルは動けなかった。一瞬、自分の足も植物に絡め取られているのかと思った。だが、違う。目を落としたそこには何もない。なのに、動かない。
「……アルさん?」
「……あれ……」
「情けない。情けないの」
ルシャトがくすくすと笑う。アルはゆっくりとそちらを向いた。そこにいるのは、悪魔だ。
「所詮人間。自分より強いひとやられて、本能的に恐怖感じてる」
「……!」
「ルシャが拘束するまでもない」
────馬鹿、動けよ。何で。死ぬのが怖いって言うのか。死ぬと思ってるのか。勝てるはずないって。
そしてアーガイルは、彼女たちが戦っている間に一歩も動けていなかったことに気がつく。
…………一体、何を考えていたのか。
「つまんないの。先に殺すね」
「!」
胸に痛みが走る。続いて、足と、腕と、腹と。
「アルさん!!」
「うるさぁい」
「あぅっ!」
イルトリアの足が植物に貫かれるのを、アーガイルはぼうっとした頭で見ていた。無意識のうちに口から血が溢れる。落ちた視線の先に、四本の植物が見える。……あれ、これ、死ぬんじゃないか。静かにアーガイルはそう自覚する。
ズルズルと、刺さっていたものが抜けた。と、同時にアーガイルはうつ伏せに倒れた。力が抜けて行く。……痛い、眠い、苦しい、熱い────。
「アルさん! アルさ……いやっ!!」
「黙っててってばぁ」
イルトリアの悲鳴。レイフォードは……ファタリスの方で手一杯のようだ。ぼんやりした視界に二人の姿が映った。こちらには気付いていないらしい。助けてはくれなさそうだ。
────ほら、また他人に頼った。そんなだから、お前は勝てないんだよ、彼に。
心のどこかで、誰かがそう言った。分かっている。でも、どうにもならない。
────さっき思っていたじゃないか。強くなればいいって。あいつを倒せばいいって。
……無理だ、そんなの。
────無理じゃない。お前にはその気持ちが足りないだけだ。このままでいいのか? 諦めるのか?
心の中で問いかけて来る声。それは他ならぬ自分自身だ。
……いい訳がない。自分は越えたいのだ。エレンを。だから。
「……まだ、死ぬ訳には……いかない……」
「!」
腕に力を込め、ゆっくりと体を起こした。落ちていた双剣を握り締める。真っ直ぐにルシャトを見据えた。……彼女のことなんか、怖くなんかない。本当に怖いのは、越えられずにいることだ。
「……心臓、貫いたはず。不死身?」
「どうかな……僕は違うはずだけど────」
「アルさん……? きゃっ!」
イルトリアとミシュカの体が突然小さな光となって、アーガイルの方へ戻って来る。それを見たルシャトは驚きに満ちた顔をする。
「……なんで。拘束された精霊、戻れない」
『アルさん……これは……』
内からイルトリアの驚いた声がする。アーガイルは体に力が満ちるのを感じた。新しい力だ。手にした双剣が光に包まれて、少し大ぶりの白い短剣へと姿を変えた。
「……?」
『やっぱり……真覚醒……!』
(真……これが?)
ケレンがしたと聞いていた。彼は弓を手にしていたが、自分は双剣だ。使い慣れた武器。
『えぇ。その双剣は間違いなく神器……でも、早過ぎる』
(早くて結構、僕は早く……力が欲しいんだ)
『……アルさん?』
エレンからはまだ、そんな話を聞いていない。もう、越えられたんだ。そんな気持ちが胸に満ちる。
姿を変えた双剣を見る。綺麗な装飾。斬れ味もずっと良さそうだった。
「……なあに、それ」
ルシャトが目を細めて言う。
「武器変わった。でも、だから何?」
「…………もう、お前なんか怖くない」
アーガイルは一歩踏み出した。二歩目で思い切り床を蹴った。それだけで、光速移動が出来た。いつもよりずっと、楽だった。
「ふえっ」
今度は演技ではなく、ルシャトは慄いて後退りした。けど、遅い。光の刃が、深くルシャトの腹を抉る。
「いっ……!」
行ける。行ける、これなら。そう強く確信した。気分が良い。強いって、こういうことだ。
もう片方の短剣が、ルシャトの右腕を斬り裂く。
「……んもう!」
「!」
アーガイルの足元から黒い植物が生える。双剣を軽く振る。瞬く間に植物たちは斬り裂かれ、魔障へと還った。距離を取ったルシャトが眉を顰める。
「……信じらんない」
「僕もだよ」
ルシャトに向かって走り、ダンと上へ跳ぶ。降下しながら、攻撃を仕掛ける。
「“暗闇森林”!」
多くの植物が、木々が、捻れながらアーガイルを迎撃しに来る。だが、双剣を一振りするだけでそれらは一条の光によって斬り裂かれた。消えかけの木の幹を蹴って、逃げたルシャトの後を追う。
「ぃや……来ないで!」
「逃がすか」
背後に光の剣が三つ現れる。ルシャトの目にそれが写る。赤い瞳に恐怖の色が浮かび上がった。
「お返しだ」
光の剣はルシャトの腕を、腹を、足を貫いた。そして────アーガイルが振り下ろした右の短剣がルシャトの胸を貫き、そして左の短剣が首を掻き切った。
「────“光耀滅黒撃”!」
「うぁ……そんな……」
目から光が失われる。紅い孤を描いて、ルシャトはどしゃりと仰向けに倒れた。
「ハァ……ハァ……」
アーガイルは顔に滲む汗を手首で拭った。どっと疲れが押し寄せて来る。
双剣は元の姿に戻ってしまった。しかし問題はなかった。ルシャトはそれ以上動かなかった。
────だが、死んではいない。それをアーガイルは直感的に理解した。気絶しているだけ。彼女に訪れたのは仮初の死で、時間が経てば復活する。
「……ハァ、くそ……」
ふと、エレンの顔が脳裏を過ぎる。……不死身か。彼と同じだ。
『……まさか、倒しちゃうなんて』
イルトリアが言う。アーガイルは息を吐いて、彼女に訊いた。
(……ミシュカは?)
『真覚醒の影響で……傷は大きく回復しているけど、まだ意識は戻らないわ。でも大丈夫。アルさんの中にいれば……いずれ回復するから』
(そう……)
『ごめんなさいアルさん。疲れたでしょう? 真覚醒はとても体力を消耗するのに、その上私たちの回復で負荷が……』
(大丈夫だ。……お陰で強くなれた、し……)
アーガイルは床に座り込む。これ以上は動けそうにない。この力を扱い切るには────もっと鍛錬が必要だ。
レイフォードたちの方を見る。彼らはまだ戦っていた。凄まじい武器と魔術の攻防戦。まだ動けたなら、助太刀に行くところだが────いや、その域ではないか。
あのレベルには追いつけない。人ならざる者たちの、戦いには。
* * *
「……ルシャの奴、やられたっていうの……?」
座り込むアーガイルと倒れる妹を横目に、ファタリスはそう呟く。信じられないことだったが、悲しみはしなかった。そういう情はない。それに────彼女は死んだわけではない。
彼はこちらには来ない。それを確認して、レイフォードへと視線を戻した。
レイフォードは鋭く槍を突き出した。彼が繰り出す攻撃には、雷の力が籠っている。常に力を放出し続ける荒業を使えるのは、竜神の並外れた力ゆえか。
「どうした悪魔め、怖気付いたか?」
レイフォードはファタリスが防御へ回っているのに気付き、口角を上げてそう言った。ファタリスは眉を上げる。
「いいえ、まさか!」
ファタリスが振った斧を、レイフォードは槍の柄で受け止める。ギリギリと軋むが、槍が折れることはない。
「鈍い戦斧だ」
「あんたの槍が頑丈すぎるのよ!」
ガインと弾きあって距離を取る。槍を立てたレイフォードは得意げに答えた。
「それは当然だ。これは我が祖先……即ち神竜の骨から削り出して作られたものだからな」
「……あー。へえ、なるほど」
竜神の体はダイヤほどに硬い。それは骨も同じことだ。何ものによっても砕けず、削れず、折れず、竜神族が扱う特殊な魔術によってのみ加工できる。彼らが使う武器は皆祖先の骨から作られている。竜神族は定命の種族だが、死してなお永遠に、子孫と共に生き、天界を護るのだ。
レイフォードが床を蹴る。突き出された槍を避け、ファタリスは斧を振り下ろす。だが、雷光の如きレイフォードには当たらない。ファタリスのすぐ横でレイフォードは右手を突き出す。
「“聖魔導・雷撃斬”!」
「……! きゃっ!」
ファタリスの体が斜めに斬り裂かれる。傷口から痺れ、仰向けに倒れたファタリスは動くことが出来なかった。
「んあぁ……もう!」
その顔の横に、ドンと槍が突き立てられる。頬を掠めてツーと血が流れた。
「……あんたモテないでしょ。乙女の顔は傷付けちゃダメなのよ」
ファタリスはそう言うが、レイフォードは相手にしなかった。その足を、ファタリスの腹の上に乗せる。
「お前たち、不死身なのか?」
「言ったでしょ。簡単には死ねないって」
「────と言うより、死なないだろう。外の二人も気配が消えない。そこの伏した悪魔もまだ生きている。心臓を貫かれ、首を掻き切られてなお、だ。お前のことも俺は一度貫いた」
それを聞いて、ファタリスはニヤッと笑った。
「そうね……じゃあ、このあたしをここまで追い詰めたご褒美に教えてあげる。あたしたちの命は、魔王と繋がってるの」
「!」
「父上が生きておられる限り────私たちは死なないの」
魔王は────堕ちた闇の創造神である。その権能は失っていない。彼は機構の一つ、つまり不死者である。そんな彼と命を共にしているという事は、やはり“正統なる血統”の悪魔たちは、実質的な不死だ。
「まぁ勿論、創造神に創られた存在だから、定命種としての命も持ち合わせているわ。だから……ある程度の傷であたしたちは戦闘不能になる。でもそれは一時的。時が経てば、いくらでも復活出来るのよ」
「……定命の者を不死者にする魔王の荒技か。何たる……」
「だから死ぬのは怖くない。あたしがここで敗れても……誰も父上を止められない。バロス兄様のこともね」
ふふ、と笑うファタリス。レイフォードは目を細めた。
「天界を舐めるな、悪魔。魔王の蛮行も、貴様らの長兄の悪逆も必ず阻止する。どれだけの軍勢で来ようと、我らは決して屈しない」
「どうだか。そうやって強がるのも……」
言葉の途中で、レイフォードは槍をファタリスの胸へと突き立てた。彼女はビクンと体を震わせ、そして一時的な死を迎えた。
「────まぁ俺は、ここまでだが……」
ふう、と槍を引き抜くとレイフォードはファタリスを見下ろし、拘束の封印式を彼女に掛けると、どかりとその場に腰を下ろした。
「はぁ……疲れた……日頃からもっと鍛錬を積んでおくものだな」
近頃の天界は平和だった。レイフォードは創造神の側近としての事務仕事ばかりを熟す日々だったので、少々体が鈍っていた。
「……それにしても────」
レイフォードは向こうで座り込んでいるアーガイルへと目を向けた。彼の顛末は視界の片隅に捉えていた。助けに行くべきか迷ったが────結果、彼は強敵たる悪魔を克服し、生きている。
精霊と人間が成す奇跡を、レイフォードは目の当たりにした。だが。
(……妙な気配だ)
純然たる光の力ではなく、彼からはどこか歪みを感じた。ファタリスの夢による影響なのか、それとも彼が元から内に秘めていたものか……。
レイフォードは首を横に振る。彼らのことはほとんど知らない。自分が口出しすることではない。
今はただ、この勝利に一息吐きたかった。
#101 END
To be continued...




