表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SHADOW  作者: Ak!La
第七章 黒白の聖戦
100/112

#100 深淵に落つ

 ──まただ。また真っ暗だ。

 はっきりしない意識の中で、アーガイルはそう思う。だが今度は分かる。自分が何者なのか。

 少しずつ、自我と共に意識がはっきりとしてくる。しかし、ここがどこなのかは分からなかった。宙に浮いているのか、地面に立っているのか、空間全てが無限に続く暗闇で、それすらも分からなかった。

 ……そもそも、自分は今まで何をしていて、どうしてこんな所にいるのだったか。

「誰かいないの……?」

 アーガイルはそう呼び掛けた。声は虚空に消えて行く。と、その時不意に声がした。

「どうしたんだ、アル」

「!」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこは────見慣れた部屋だった。とある町の一角に備えた、自分たちの……エレンとアーガイルの隠れ家。部屋の隅のソファに座っているのはエレンで、記憶にあるより……いや、記憶の通りの、十八歳のエレンだった。

「あれ……エレン……ここは……」

 気が付くと、自分もソファの上に座っていた。ごちゃごちゃと纏まりのない部屋。散らかった札束と、雑多に積まれた絵画や美術品たち。

「どうしたんだよ。寝ぼけてるのか?」

「……あぁ、いや、何でもないよ」

 少し長い黒髪のエレン。後ろで雑にそれを纏めている。見慣れた相棒の姿だった。

「お前、大丈夫か?」

「え、いや、大丈夫だけど……」

 あれ、どうしてこんなことになっているんだっけ。さっきまで暗闇にいたはずなのに……と、そう思っているとその記憶が徐々にぼやけて来る。

「……何だか、長い夢を見てたみたいなんだ」

「へえ。どんな夢?」

「僕らが大人になった夢だよ。君と別れて……それからまた再会して」

「はは、変な夢だな」

 エレンは笑う。アーガイルも笑い返した。

「エレンが……段々僕から離れて行っちゃうんだ。怖い夢だった」

「お前を置いてなんか行くかよ。俺たちは二人で一つ……そうだろ?」

「うん、そうだよね」

「俺は、変わる事は嫌いだからさ」

 エレンのその言葉に、安心しかけていたアーガイルの心が、ざわつく。

「……何て?」

「変わることが嫌いな俺が、お前を置いて行くわけないじゃんか」

「……エレン?」

「矛盾してるんだろ?」

 エレンは笑っている。いつもと変わらない笑み。それが段々と、恐ろしげな深みを帯びて行く。

「俺に変わる事を望んでるのに、お前は俺に置いて行かれることを嫌がってる」

「……っ!」

「どうしろって言うんだ? 俺にどうして欲しいんだお前はさ」

 不意に場所が変わった。誰もいないログハウス。エレンもアーガイルも大人の姿になってそこにいた。

「ただお前は、俺に思い通りになって欲しいだけなんだろ」

「……ちが……そういう意味じゃ……!」

「お前は俺の上に立ちたいんだ」

 エレンはそう言って憐れむような目を向けて来る。

「お前はいつも俺の下だった。俺を支えるのがお前の仕事。お前は裏に引き篭もって、表に立つのは俺の仕事だ。いつもそうだった。今さらどうしてそれを、覆そうだなんて思うんだ?」

「…………違う! 僕はそんなこと思ってない!」

「本当に違うのか? じゃあ、何でお前は焦りを感じてるんだ」

「!」

 ハッとする。そんなアーガイルにエレンは笑う。

「お前の中途半端な努力で、俺を越せるわけねェじゃんか。お前はいつも俺に置いて行かれてる。しかも、変化を望まないこの俺に。泥棒を解散した時だってそうだ」

「…………エレン!」

「この際はっきりしろよ。お前は俺のこと、どう思ってるんだよ」

「……!」

「嫌いなのか。そうなんだろ。俺のこと嫌いで嫌いで仕方ねェんだよな」

「……やめろ……」

 アーガイルは耳を塞ぐ。聞きたくない、そんなこと。だが、エレンの声は変わらず聞こえて来た。

「早く俺なんか消えて欲しくて仕方ないんだよな?!」

「やめろ!!」

 振り絞るようにして叫んだ。聞きたくない。聞きたくない。

「……お前は……エレンなんかじゃない……そんなこと、エレンは絶対に言わない……!」

「俺はエレンだよ。お前の中の」

「…………え?」

 辺りがまた、真っ黒な空間に戻った。

「お前の中に眠ってる、理想の姿のエレンだよ」

「そんなの……違う」

「俺に誰かを殺して欲しいんだろ?」

「……!」

 違う、そうじゃない。そういう意味じゃない。

 エレンがゆっくりとこちらへ近付いて来た。アーガイルは後退りしようとしたが、体が動かない。

「こうすりゃ満足かよ?」

「……やめろ……やめてくれ……!」

 夢だ、これは夢だ。すぐに覚める。そう思った。だが、彼の手は確実にアーガイルの首に伸ばされた。ヒヤリとした、冷たい感触だった。生気を感じさせない、死人の冷たさだった。

「……やめ……っ……かはっ……」

 片手で首を絞められた。後ろに壁は無いはずなのに、押し付けられているような感じがした。息が苦しい。殺される。

「エレ……」

 暗い笑みを浮かべているエレン。もう彼は言葉を発さなかった。

 嫌だ。やめろ。お前はエレンなんかじゃない────偽物だ。その言葉はもう喉から出なかった。

「見苦しいなぁ本当にさぁ」

「!」

 いつの間にか、目の前にいるのは自分自身だった。ニコリと笑って、ただアーガイルの首を絞めている。

「さっさと認めてよ。嘘吐いて何になるの」

「…………」

()()エレンを妬んでるんだ。同じ場所にいたはずなのに、いつも、いつの間にか遠くにいるから」

「黙……れ」

()()エレンに勝ちたいんだろ。再会してから、その前からも、一度も彼に勝ったことは一度もない。いつも助けられてばかりだし。()()彼に対して何も出来てない」

「……」

「力の欲だ。誰しもが強くなりたいと願う。僕のその矛先はエレンに向かってるんだ」

 その後ろに、エレンの姿が現れた。目の前の自分は左手で短剣を出すと、その鋒を後ろに向けた。

「勝ちたいなら、簡単なことだ。こうすればいい」

「……!」

 目の前の自分は、何の躊躇いもなくエレンを刺した。心臓の位置。彼が不死身であろうとも────かなりの苦痛を伴う場所。

「──────!!!」

 声にならない絶叫が、耳に届いた。彼はしばらくもがいた後、パタリと空間の上に倒れた。

「……エレ……!」

「躊躇うなよ。そんなだからいつまで経っても越えられないんだ」

「……っ……」

「越えたいのなら、戦えばいい。勝てば()の方が上。そうだろ」

「そん……なの……!」

「馬鹿だね」

 目の前のアーガイルは、倒れるエレンの頭を踏みつけた。

「嫌いなものに、守る価値なんてあるのかい?」

「……」

「僕はまだ本心を話してないよね。聞かせて欲しいな。ねぇ」

 手を放される。空間の上に膝をついたアーガイルは、咳き込む。

「話してくれるだろ?」

「……僕……は」

 自分の顔が、自分の顔を覗き込んで来る。

「エレンが……遠くにいるのが嫌なんだ」

「それで?」

「どんな敵でも生かしておけるエレンが……少し()()()()

「……へえ」

「僕は……エレンと同等か、それ以上になりたい」

「なるほどねぇ」

 目の前の自分は立ち上がって、僕を見下ろした。

「……無理だよ」

「え」

「こんな()なんかに越えられるわけがないじゃないか」

 そして自分は、エレンを指差した。

「一緒にいたらいけないんだよ。コイツとは」

 短剣の刃がぎらりと光った。

「だから、()がコイツにトドメを刺せ」

 アーガイルは無意識のうちに、その短剣を受け取った。手に馴染む、自分自身の愛剣。エレンと別れてから手に入れたもの。

「────俺を刺せたら、お前の勝ちだよアーガイル」

 伏したエレンが、不意にそんなことを口にした。その顔に浮かぶのは笑みだった。

「……」

 短剣を手に、立ち上がった。もう一人の自分を押し退けて、エレンの側に立つ。

「────僕は」

 君を越えよう。こんな劣等感とはおさらばだ。

 短剣を振り上げた。と、その時だった。突然、背後から光が差した。振り向くと、後ろにいた自分の胸を、何かが貫いて────そこから光が溢れていた。

「あ……ちょっと……やられちゃったじゃない……」

 刺されている自分の口から、少女の声が発される。

「これ……は……」

 瞬間的に、これまでの記憶が奔流となってアーガイルの中に流れ込んで来た。そして、暗闇は晴れて元の────王宮のエントランスへ、景色が戻った。

「……!」

 目を覚ましたアーガイルが見たのは、レイフォードの槍に胸を貫かれたファタリスだった。

「無事か!」

「……レイ……フォード、さん、何で……」

 彼は外で二人の悪魔と戦っていたはずだ。どうしてここにいるのか。というか、今まで自分はこの場で気を失っていた事を知る。

 手に握っていたはずの短剣はなかった。代わりに、双剣が少し離れた所に落ちていた。

 ────全部、夢だ。

「ふぐぅ……痛ぁい……」

 胸を刺し貫かれたファタリスが、槍を引き抜かれて床に膝をつく。

「もう……ちょっとだったのにぃ……」

「危ない所だったな」

 鎧の音と共に寄って来たレイフォードに手を差し出され、アーガイルは立ち上がって首を傾げる。

「え?」

「ファタリスは心の悪魔だ。君の心の隙間に入り込んでいたんだ」

「……あ」

「君は夢を見せられていたんだ。何を見たとしても気にするな。忘れなさい」

「ふふ……夢だなんて……違うよ」

「!」

 ファタリスが笑って言う。心臓を貫かれたはずなのに、全く苦痛を感じさせない顔だった。

「あんたが見たのはあんたの心の現実。あたしはそれを、あんたに見せてやっただけ」

 ファタリスは自身の胸に手を当てる。

「外の記憶を遮断して。あんたの内に眠る昔の記憶を引き出して来たりして。あんたが押し込めてる本当の気持ちを、あたしは教えてあげただけだよ?」

「気にするな、奴の思うツボだ」

 レイフォードはそう言うが、アーガイルはそうやって夢で見たものを切り捨てられなかった。あれが、自分の真の望みだというのなら────。

「……違う……」

 頭を抑える。自分がどうしようもなく嫌になった。その思いを振り切りたくて、アーガイルは叫ぶ。

「違う……!」

「アーガイル君!」

 レイフォードに肩を掴まれて、アーガイルはハッと我に返った。

「……すみません……少し、混乱してるみたいです」

「心を乱されるな。気をしっかり持て。精神を破壊するのが奴の目的だ」

「……はい……」

 深呼吸する。……だが。()()は、実を言うと前から思っていた事だった。だが、あり得ないとも思っていた。エレンを敵に回すこと。だが……だが。夢の中で、自分はエレンを。その時、自分は何を思っていたのか。罪悪感? いや、そんなものはなかった。その時、思っていたことは────否定だ。出来る限り否定したかった。()()()()()()()。自分で気が付いていながら、自分で否定したがっていた。そんなこと、自分の本心じゃないと。

 なんだ。本当はずっと分かっていたのだ。

 そう思うと急に、心の騒めきが落ち着いて来た。冷静になったそこに、ファタリスの声が響く。

「……あなた、面白いね。光の子なのに────すっごく、深い闇を持ってる。悪魔の素質あるよぉ」

 にひ、と笑った彼女は斧を手にゆらりと立ち上がる。

「そういや、さ。あんた、表でウラヴァスたちと戦ってたんじゃないの?」

 彼女はレイフォードにそう訊ねた。レイフォードは目を細めた。

「湖に叩き落として来た」

「殺してないの?」

「心臓を刺されてもピンピンしているようはお前たちが、そう簡単に死ぬとは思えんな」

「────驚かないんだ。そうだよ、あたしたちは普通の悪魔と違って、簡単には死ねないの」

 ファタリスは自分の胸から手を退けた。そこにはもう傷はなかった。

「化け物め」

 レイフォードは槍を構える。そしてアーガイルに言った。

「奴は俺に任せてくれ。君たちはルシャトを」

「……分かった……」

 結局、自分は一人では何も為せない。こうして他者の力を借りている。情けない。そう、俯きながらアーガイルはこちらを待っているイルトリアとミシュカの方へ歩く。

「……アルさん?」

「どうしたの?」

「……何でもないよ」

 二人にそう答え、アーガイルは顔を上げた。

 別に構わない。弱いと言うなら、強くなればいい。まずは、目の前の悪魔を倒せばいい。

 そう、強い決意の籠った目を、アーガイルはルシャトへ向けた。そして双剣を逆手に持ち替えてルシャトへと跳んだ。


* * *


 少し時は戻り────


──王宮前──

「……ふむ、困ったな」

 レイフォードは上を見上げる。見えるのは氷の天井だ。氷の中を、黒い光が行ったり来たりしている。

「油断したな。なかなか分厚い」

 ふむ、と顎に手を当ててレイフォードは考える。ウラヴァスとラフロード二人掛かりの氷のドームに、レイフォードは閉じ込められていた。

「……」

 試しに、出力を高めに放電してみる。が、氷は僅かに表面を削らせただけで、ほとんどなんの効果もない。

「一点集中させるには……ここは狭すぎる。仕方ない……あぁするしかないか……」

 うーんと考えるレイフォード。その時、突如周りから一斉に氷の棘が突き出して来た。



「──やったか?」

「串刺しだ。生きてはいまい」

 ドームの外側。ウラヴァスとラフロードは互いに頷き合う。氷のドームには外側にも大小の鋭利な棘が生え、芸術作品のような様になっていた。

「……姉上の援護に行くか」

「そうだな」

 二人がドームに背を向け、王宮へと歩き出したその時、パキリと亀裂が入る音がした。

「! ……何……?」

「まさか……!」

 二人は振り返る。見れば確かにドームに亀裂が入っていた。そこから、光が溢れ出している。

「何だ……あれは……」

 二人が驚愕に満ちた顔でそれを見ていると、途端に氷は砕け散り、光が膨らんで現れたのは、巨大な神竜だった。勢い良く高く飛び上がり、そして降下して来た竜は湖に体を下ろす。その体には傷ひとつなく、飛沫を受けて鱗はキラキラと輝いていた。

「無傷……だと?!」

〈うおおぉぉぉああぁ!〉

 雄叫びと共に、竜の体に迸る電流。その気迫に気圧され、ウラヴァスとラフロードは思わず後退りする。

〈くそ。一日に何度もこの姿にならせるな! 純血の竜神じゃねェから疲れるんだよ!〉

 そう愚痴ったレイフォードは鋭い目で橋上の悪魔たちを睨んだ。

「お前は串刺しになったはず! なぜ無傷でいる!」

 ウラヴァスが指差しながら問うと、神竜は鼻を鳴らす。

〈あんなもの効くか! 神竜の鱗はダイヤのように硬いのだぞ〉

「くっ……」

「化け物め……」

〈化け物が化け物と言うな。さぁ、さっさと片をつけさせて貰う〉

 レイフォードはそう言って、ビリビリとした息を吐く。

〈この姿でいるとエネルギー消費が激しいんだ。うっかりお前たちのことを喰ってしまうかもしれないぞ〉

「……ふざけるな!」

 ウラヴァスは氷の剣を生成し、レイフォードへと飛ばす。だが、それは鱗に当たると呆気なく粉々に砕け散る。

〈効かないって……言ってるだろ!〉

 ぶん、と長い首を振った神竜は、鼻面でウラヴァスを吹き飛ばした。強力な打撃によって勢い良く吹き飛ばされた彼は、湖の端の方に落ちた。

「ウラヴァス!」

 そちらに気を取られたラフロードは、空から巨大な雷の槍が降って来ているのに気が付かなかった。

「!」

〈“竜神(Yenoragoa)(Volde)(Shala)”!〉

 槍はラフロードを刺し貫き、そしてそれを受けたラフロードはぐらりと湖に落ちた。

 橋の上で人型に戻ったレイフォードは、波紋の立つ湖を見て大きく息を吐く。

「……腹が減った……」

 そして二人の悪魔がもう上がって来ないのを見ると、悠々と王宮へと歩き出すのだった。



#100 END



To be continued...

読んでいただきありがとうございます!


よろしければ感想・評価、ブックマークなどしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ