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入り口発すべり台行き 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーむ、このあたりの公園も遊具が少なくなってきたと思わないか?

 ここなんかも、今は砂場以外、タイヤとすべり台くらいしかない。面積そのものだって猫の額のごときだ。

 昔に比べて、広い道路がそばを通るようになってしまった……というのも大きいな。

 以前は道路も少なく、あったとしても細くて車通りも多くなかった。ボール遊びとかをしてうっかりボールが公園の外へ出てしまっても、ホイホイと楽に取りに行けることが多かったな。

 いま、同じようなことをしてみれば、取りに行くより先にボールの命運が左右される。

 車にドリブルされるならまだましで、車線上を転々としてブレーキあふれる道路を顕現させてみたり、タイヤの牙にかかって破裂。二度とその身体では遊んでもらえない運命を課せられたりと、命がけだ。

 多くの人に迷惑をかける恐れがある以上は、場所を選ばなくてはいけないだろう。


 そして、それはひょっとすると公園の遊具たちにも当てはまるかもしれない。

 君も知っているだろう。ジャングルジムや回転遊具などのたぐいも、事故の原因となるからと数を減らされているのを。

 これらの原因の詳しいことについて、一般市民が知ることはないだろう。もたらされる結果について、いろいろと想像をふくらませるのみだ。

 ときに「ひょっとしたら……」という心当たりに出くわすかもしれないけれどね。

 私にもその手の経験があるんだけど、聞いてみないかい?



 当時、遊具の一角を秘密基地代わりにすることは、一部の子供の間で人気のあったものだった。

 特に高さがあり、影が生まれるようなところがいい。

 穴ぼこ山なんかはかっこうの場所ではあるのだけど、競争率が高い。そもそも公園によっては置いていないところもある。


 そうなったとき、次に背が高くて身を隠しやすい場所というと、すべり台が思い当たった。

 私が当時、通っていた学区内にある公園は5つあった。そのうちの4つはシンプルなすべり台で、昇ってすべることだけに特化しているデザイン。

 しかし残るひとつは、アスレチックと合体しているとりでのようなタイプだった。

 まっすぐ上る以外にも、側面のジャングルジムになっているところから上がったり、マントを広げるような格好で続く吊るしタイヤを伝ってもいい。ぐるぐると非常階段のように巻いて上がる階段の道を選んでもいい。

 これらの装備が自然と隠れる場所を大きくしてくれて、私を含めた何人かはそこを秘密の集合場所としていた。

 特に当時の流行りは、トレーディングカード。自らのコレクションを広げる場として、ここを使わせてもらうことが多かった。


 最初こそ、カードを地べたへじかに置いていたんだけど、カードが小石などで傷つく事故を知るのに時間はかからない。

 私たちは個々人で、ビニールシートを持ち寄ってその上で広げていた。いちいちシートを持って帰るのが面倒で、公園の茂みなどに隠しておくこともあったなあ。

 もちろん処理されてしまう可能性はつきまとい、シートによって現役期間に差はあれど、すでに数カ月で何代目になるか分からないシートの世話になっていた。

 ときに自分がやってきたときに、先に来ている誰かが持ってきた、あずかり知らないシートを見ることもある。

 その日も、みんなと約束をしていったん別れた後、新たに手にしたカードたちをもって、公園を訪れたんだ。



 公園に来て、最初に感じたのは足元がやけに湿っているということだ。

 水たまりはないが、ちょっと力を入れて踏みしめると、土の下からじんわり液体がにじんでくる。

 公園自体の面積はサッカーや野球を行うには、少し心もとないくらいの広さ。子供の足でも歩き尽くすのにさほど時間はかからないだろう。

 先客の年下の子供たちが水を巻いて帰ったのかな……という線も、これだけなら考えられなくもなかった。

 しかし、私の目はその地面の異状以外のものをとらえている。


 シートだ。それも非常に長い。

 私の立つ公園入口の端から、とりで型すべり台まで一直線。ぐるぐる回るピンク色のらせん階段まで伸びていると来ている。

 首をかしげてしまったよ。カードを広げるために用意したシートに、ここまでの長さは必要ない。忘れ物にしても、こうも向きを整えながら広げて、置きっぱなしにするだろうか。

 いまのところ、公園には私しかいない。仕掛け人が潜んでいるかもと思いつつ、私はみんなで集まるいつもの定位置。すべり台下まで来たんだ。

 シートの持ち回りは別の子だ。私は斜めに走るステンレス平板の下で、自分がこれから見せるコレクションたちを眺めつつ、しばし悦に入っていたんだが。


 耳が、シートのかさつく音をとらえる。

 誰か来たかと、顔をあげたものの公園の入り口には誰もいない。いまは無風で風の仕業とも思いがたかった。

 顔を戻し、また音を聞いてそちらを見やり……を繰り返すこと3回。

 音は確実に大きくなっている。判断するに、この設置されているビニールシートに触れているかのようなのだけど。

 私はカードをしまい、今度は片時も目をそらさずに入り口側。そしてそこから伸びるシートへ目を向けていたところ。



 土がにじんだ。

 このとりでの、ほんの数歩先。赤いシートがかすかに沈み込み、シートの隠しきれない端から水がしみ出してきたんだ。

 つい、私は口を手で押さえてしまう。声どころか、息さえも止めてしまった。

 誰かがここにいるのだ。目を凝らしても見えない誰かが、ここで確かに土を踏みしめている。

 シートごと土を踏む音はなおも近づき、やがて金属音に変わった。

 階段を上り始めたのだろうが、この位置からだと満足に様子をうかがえない角度。私はひたすらこちらに来ませんようにと、願うよりなかった。

 空いている手で、胸のあたりも押さえてしまう。息よりむしろ、鼓動の大きさでばれるんじゃないかと思ってしまうほど、力強い脈打ちだったんだ。


 しばしののち。私の希望は半分かなえられ、半分は聞いてもらえなかった。

 なぜなら足音は、私のすぐ真上。すべり台のところにまでたどり着いてしまったからだ。

 ほどなく、私は自分の耳に板をすべり下りていく、一人分の音をとらえることになる。

 気配からして、確かに降りきったはず。でもやはり、すべり台の先からいつまで経っても、誰も姿を見せずにいる。

 足音もない。先ほどシーツを踏んだ時のように、いずこかの地面が水でにじむこともない。

 たっぷり200秒ほど数えて、私はようやく身体を動かす。

 立ち上がり、すべり台の影から出てきたはいいけれど、そのすべる面を見やってまた息を飲んでしまう。

 すべり台の板と手すり。

 本来、銀一色に染まっているべきそこが、ほとんど真っ赤に染まっていたからさ。

 ところどころ銀色を残した様が、かえって生々しさを感じさせる。

 確かにここは、人ひとりが手すりを握りながら滑った跡なんだと、雄弁に物語っていたよ。


 私はその場を逃げ出してしまったし、後から来た友達も数人がその異様な現場を目の当たりにしたらしい。

 すべり台はしばらくの使用禁止ののち撤去が決まり、ぽっかりと公園の敷地にはゆとりが生まれてしまった。

 シートもなくなっていたが、警察の人が処理したのか、それとも他の人がやったのかは分からない。

 ただその公園が、私たちの遊び場の候補から永く外されるきっかけになったんだよ。


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