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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

実在のモデルのあるストーリー

男装奔放夫人と女好き王

作者: なるえ白夜

「お聞きになられたか?」


「王の事かね?」


「ああ、そうだ。一昨日、四十七人目の庶子がお産まれになったらしいぞ」


「なんと?! 四十六人目の庶子が、三日前にお産まれになった話ではないのか?!」


 とある公爵家で催されている舞踏会。そこでもっとも話されているのは、この国の国王、アンジー三世の庶子の事であった。


「今年、御年三十五歳。見目麗しく、社交的で狩りの腕前も宜しく、政治手腕も宜しいが……」


「十四の頃に、前国王の侍女に手を出されたような早熟な方ではあるが……」


「女好きではあられるが、政治の才覚は歴代国王随一ではないかと、国王になられてまだ一年と少しで評されるお方。

 少しばかり、女好きが可愛くなって下さればな……」


「ほほ。王が女に興味がなくなれば、きっと政治からも遠のきますよ」


「これはサウス前公爵夫人。いや、男装の前公爵夫人、ご機嫌麗しく」


「お招き、有難うございます」


「ご機嫌よう。

 陛下に何人庶子が産まれても、嫡出でなければ王位は継げません。揉め事になるでもないなら、宜しいではありませんか」


 男装の前公爵夫人こと、テリカ夫人。彼女も恋多き女として、人々の口にその名が登る事も多い。


 お相手は、各国からの外交官から年若い従者、それに既婚女性との噂もたえない美貌の男装もする前公爵夫人だ。


「確かに……。陛下は摂政王太子の頃から幾つもの戦功をあげ、領土を拡げられた。

 その地に住まう、美しい娘を探されてな」


「新大陸より、幾つもの作物を持ち帰られ、食料不足も随分緩和なさったが。

 美しい娘が、痩せて抱き心地が悪くならぬようにとね」


「それが結果として、この国に繁栄をもたらしているのです。愛妾や恋人たちへの贈り物も年金も、全て陛下の個人資産で賄われております。問題などありますまい?」


「確かに。国を傾ける事はなさってはおられぬな」


「左様ですな」


 人々は噂を楽しみ、ダンスと軽食、ワインを楽しみ、夜は更けた。


 一部の者は公爵家に泊まり、帰れる者は帰路に付く。


 ◇


「可愛いマリッサ。久しぶりだね」


「ああ、わたくしの最愛! お会いしたかったわ! 最近、新しい恋人の将校の元へばかりお通いなのですもの。淋しかったわ」


 人々が眠りに就いた頃、公爵家のある一室では、久しぶりの逢瀬を男装の前公爵夫人とその恋人、アルダ伯爵夫人マリッサが楽しんでいた。


「ああ、もう知っているのか? 耳が早いな」


「当たり前だわ。陛下のお噂が回るのも早いけれど、貴女の噂も回るのが早いのよ」


「そのようだね。先日薬を届けた時は、酷く気弱になっていたね。今はどうなのだ?」


「その節は、良く効くお薬を届けて下さって、有難うございました。お陰で、すっかり元気になりましたわ」


「ご夫君が手を尽くされていると聞いていたが、薬の効きが芳しくないと聞いたからね」


 二人はソファで肩を寄せ合い、上物のワイン片手に近況を報告する。


「ええ。今、怪しげな医師と薬師が増えておりますようなの。それで、きちんと効果のある薬を探すのが大変なのですわ」


「冷夏続きで、十分な量の薬草が育たなかった年が続いたからな。それも三年前には天候は戻り、作物も薬草も良く育つようになっているはずなんだが……

 効かない薬で儲けようとする不届き者は、まだなくならないようだな」


「その通りですわね。ですからわたくしも、長く病に苦しむ事になりましたわ」


「そのようだね。少し、ほっそりしてしまったか?」


 テリカはマリッサの腰を引き寄せ、二人の隙間を無くす。


「まあ。隅々までそのお手で、眼で、お確かめになられれば宜しいわ」


「そうしよう」


 女性は結婚するまで、純潔である事を強く要求される。だが結婚し、しかも跡継ぎを産んだとなると、華やかな恋に生きる者も多い。


 夫とは結婚当初から冷え切った関係で、そこに安らぎなど求めようもないからであろうか。


 そんなテリカとマリッサは仮面舞踏会で出会い、惹かれあった。恋人になるまで、時間は掛らなかったくらいに。


 ◇


「おお! テリカ夫人! やっと来てくれたね」


「ギルマリオン侯、お招き有難うございます。今夜は、今、人気の画家が来るのでしょう?」


「ははは。私がパトロンになったからね。今夜の夜会にも招いたんだ。だが君は、私より彼に会いに来たのかい?」


「彼と話すのも楽しみにして参りましたが、ギルマリオン侯にお会いするのが一番の目的ですわ」


「それは良かった。彼が一番などと言われては、パトロンになって早々、首にする所だったよ」


「ほほほ。彼のパトロンになるのは、競争率が高いと伺っておりましてよ。焼きもちで彼を手放されましたら、後々後悔なさいますわよ」


「いや。君に代わる者などおらぬからね。私だけを見てもらえるなら、それも惜しくはない」


「まあ。嬉しゅうございますわ」


「ああ、本当に……。ドレスで着飾った君は、誰よりも美しい。こんなに美しい君を、私一人の物にできなきなんて……!」


 先日の自家での舞踏会は、男装で参加していたテリカは、今夜は女性らしさを品良く全面に押し出したドレス姿である。


 男装すれば女性たちの視線を釘付けにし、こうしてドレスで着飾れば男性の賛辞を浴びるテリカ。今年、よわい三十九になるが、その美貌は全く衰えを感じさせない。


 一頻り会話とダンスを楽しむと、恋人がパトロンになった画家と引き合わせてくれた。


「まあ、では物流が不十分に?」


「左様。絵の具の調達にも難儀しますでな。前のパトロンとは契約もお終いでしたので、新しいパトロンを探しておったのです。

 そんな折、以前から私の作品を正しく見て下さっているギルマリオン侯爵が、パトロンに名乗り出て下さいましてな。お陰で、今列国一の繁栄を謳われております、このダンサロッサ国へ来る事が叶いました」


「そうでしたのね。新作、楽しみにしておりますわ」


「神話の有名な場面を頼んでいるんだ。出来上がったら、必ず真っ先に君を招待して見せると約束するよ」


「嬉しいわ。楽しみにしておりますわね」


 この夜、テリカは恋人の一人、ギルマリオン侯の屋敷に勿論泊まる。常に数人の恋人がいるが、テリカには誰か一人など選べない。何故なら皆、心も体も許している、等しく愛しい者達なのだから。


 ◇


「……っん」


「目覚めたか?」


 この恋人と会うと、朝、乱れたベッドでの目覚めまで、ゆっくりと話す事も叶わない。


 だがテリカは、他の恋人とはないこの逢瀬も気に入っている。


「ええ、お早う。シャーレ」


「先日、ギルマリオン侯爵閣下と親しくしているのを見て……。嫉妬した」


「あら? 嫉妬してくれるの?」


「当たり前だ。誰だって愛おしい者は、独占したいものだろう」


「まあ……。ふふ……っ。私と付き合う前からまだ年若い、愛らしい若奥様ともお付き合いしているじゃないの。男だけが女を独占したいだなんて、我儘だわ」


「な……っ。しっ、しっ、知って……?!」


「子供も出来たのですって? 産まれるのは、来年の春だったかしら?」


「……」


 朝の煌めく光の中、テリカは何の悪意も反映していない微笑みを、一番新しい恋人のシャーレに向ける。


「遠征中も、何人もつまみ食いしたのでしょう?」


「……すまない。つい……」


「ああ、怒っているのではないの。ただ、縛り付けられるのは、もう懲り懲りなのよ」


 テリカは純潔は守ってはいたが、恋しやすい少女だった。恋の相手が、同じ女の子である事もあった。それに両親は気付いていた。


 その為、テリカの両親は、早くにテリカを家風の厳しい公爵家へ嫁に出したのだ。


 嫁に行く前に、万が一、純潔をなくさないように。禁止ではないが、貴族社会では嫌われる、女性の男装を好む事を封じるためにも。


 テリカは五年、夫である公爵との夫婦生活を送った。


 それは、窮屈で鬱屈としいて、生きながら死んでいるような夫婦生活だった。愛はなく、体裁と体面だけが求められた生活。


 それでも三人の子宝に恵まれ、三人目が待望の跡取りだったのは幸いだっただろう。それ以降、夫婦は寝室を共にせずに過ごしたのだ……


 結婚十年目の冬。夫は流行病で呆気なく亡くなった。


 それから、暫くは跡取り息子の後見人として忙しく過ごしたのだが……


 その息子が十六になり、親政をする事になった時。テリカは後見人から外れ、前公爵夫人としての地位以外を退いた。


 そして、長く抑圧されていた奔放なタチが開放されたのだ。


「ねえ、獣人の国はどうだったの? こちらにも、影響はありそうなのかしら?」


「いや、ここまでは来ないだろう。我が国と獣人の国の間にあるカサマル国は、大国とは言い難いが戦上手の国。土地への愛着も強い。

 歴史上、殆ど戦に負けた事がない程、民は国を愛しているからね」


 テリカはシャーレの腕の中に潜り込み、話を聞いている。


 シャーレは話が変わった事をこれ幸いと、能弁に喋り続けたのだが。テリカはそれを、ずっと聞き続けた。


 ◇


「テリカ、来たか。

 今年は大物が期待できるぞ」


「国王陛下、お久しぶりでございます。女の身では、狩りに誘う者もおりませぬ故。お誘いに、こうして馳せ参じましてございます」


「はははっ! 同じおばあさまの宮殿で、短い間とはいえ、一緒に育った仲だろう。畏まらずとも良い」


「は」


 国王とテリカの二人は、同じ祖母を持つ。国王の母は、祖母の娘。祖母の末の息子がテリカの父である。その関係で、二人は同じ時期に祖母の宮殿で育てられていたのだ。


「そなたは私に付け」


ぎょに」



 陛下にずいこうして馬を駆っていたが、いつしか周りに人はいなくなる。


 そして、王家の狩場に設けられた休憩小屋の一つを目指し、二頭の馬は森を進む。



「あ……っ」


 馬を繋ぎ、小屋へ入る。すると、女好きの王は、テリカを奥の簡易ベッドのある部屋へ急いで連れ込む。


 その間にも、テリカの顔にキスの雨を降らせながら……


「全く……。私は、貴方の愛人でも恋人でもないわよ……?」


 テリカはそう言い、身をじる。だが、勿論、男の腕から逃れられるわけがない。


「ああ、テリカはテリカだ。私の寵を受ける者の一人でもあるがね」


 お互いに、多くの愛人や恋人を持ちたいこの二人は、お互いに何かを求めない。


 数多くいる愛人、恋人のような関係の一人。だが、お互いを知るから、けっしてお互いに拘束しようとはしない。


 ただ時々、こうして睦み合えれば満足なのだ。


 そうして、離れていた時間の事を語り合えれば、それで十分である。


「さあ、今日までに誰と共寝したか、どんな話をしたか。語ってもらおう」


「今回も、恋人たちとの事まで聞くつもなの?」


「無論だ」


 そしてテリカは語る。


 恋人たちから得た、様々な情報を。


 そして王は聞く。


 テリカの話を。


 他の者からは聞けない、テリカの話を。


 だが、この二人にとって、それはついでの話でしかない。


 だから、歴史に残される事もない。


 毎回のこの時のテリカの話が、この国を強く良くする為に、どれほど役に立ったのか。


 歴史には、只の男装の前公爵夫人。女好きだが、善政を敷いた王。そう残された。


 誰も知らない。男装の前公爵夫人の愛が、誰にあったのかを。


 誰も知らない。女好きの王の愛が、誰にあったのかを。


 互いの気質の為、一緒にならなかった者達の本当の気持ちを…………




 歴史は残さない。

お読み下さって有難うございます。

お楽しみ頂けましたら幸いです。


面白かった、良かったなど、お気楽に下の

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にて、★1から★5で評価して下さいね。


いいね!も、宜しくお願いします。


続きが気になった方は、ブックマークして下さるとすっごく嬉しいです!


感想や応援メッセージもお待ちしています。


-----◇-----


テリカのモデルは、オルタンス・マンチーニ。


国王のモデルは、ザクセン選定侯兼、ポーランド国王アウグスト二世。


ご興味を持たれた方は、是非調べてみて下さいませ。

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ハイファンタジーですが、【事実は小説より。異世界ライフがリアル】も宜しくお願いします。
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