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引き止める

 泣き腫らした女の子が目の前にいるというのは、いささか手に余る。


 だから誤魔化すように、どうでもいい話題が口から出てしまった。


「とりあえず、腹減っただろ?何か作るから待っていろ」

「大丈夫。加害者の親族と一緒にいたくはないでしょ?もう帰るから——」


 そう言って、今上は立ち上がろうとした。

 とりあえず、今上の華奢な肩を押さえつけた。

 すると、大きな瞳が俺を捉えた。泣き腫らした後の少し充血した瞳は、困惑しているようだ。


「……どうして、引き留めるの?」


「だからさっきも言ったが、今上が謝っても意味ないんだよ。それに勝手に話を終わらせないでくれ。こっちには聴きたいことが山ほどあるんだからな」


「……」


 黙ってこくんと首を縦に振って、今上は椅子へと腰を下ろした。

 大人しくなるのを確認して、縮こまる肩から手を退けた。

 そして、念のため、釘を刺すことにした。


「とりあえず、夜ご飯を食べながらでも、情報をよこせ。それまでは、勝手に帰るな。少なくとも、罪悪感を抱いているというならば、それくらいの罪滅ぼしはしろ。むしろ、紫苑さんの手がかりになりそうな情報を教えたのだから、勝手にいなくなるな、いいな?」


「あ、うん」と今上は小さく頷いた。

「……それで、何が食べたい?」

「お気遣いなく」

「そうか。ならば、俺が唯一作ることができるパスタで我慢してくれ」

「選択肢がないのだったら、最初から『何が食べたいか』なんて聞かないでよ」


「何を言っている?今上の食べたいものがあったら、デリバリーを呼ぶ予定だったが?」


「……はあ、ほんと……赤洲くんとしゃべっていると疲れる」


 今上の頬はわずかに引きつっているようだったが、わずかに明るい口調に戻った。


 とりあえずは、掴みはよさそうだな。


 俺はとっさに今後の流れを考えた。


 まず、今上をリラックスさせる。食事を一緒にすることで、生理的欲求を満たす。そして、先ほどまでのストレスを緩和させるために、洒落の一つや二つ言う。笑顔を見せるようになったら、こちらのものだ。その際、できるだけ愛そうよく言葉のキャッチボールを試みる。


 信頼関係を築き、相手の懐に入り込み、最終的に今上から多くの情報を引き出す。


 こないだ読んだ心理学関連の書籍を思い出して、とっさに実行したが、案外いけるかもしれない。


 そんなことを考えていると、今上が呆れたように眉をひそめた。


「赤洲くんが何を考えているのかなんとなくわかる気がする」

「……どういう意味だ?」

「赤洲くん、よく考えていることが表情に出ると言われない?」

「な、何を言っている。俺は何も考えてなどいない。むしろ、人の善意を邪推するなんて言語道断だからな」


「自覚症状がないのね……この数時間で、赤洲君のことなんとなくわかった気がする。クールを気取ってはいるけど、性格は幼い子どものようだよね」


「馬鹿にしているのか?」


「いえいえ、とんでもございません」と今上は幼い子供のように、ニヤニヤと笑みを浮かべた。俺を煽るようにして、テーブルをトントンと静かに叩いた。


「それよりも、赤洲シェフ、料理の方はまだですかー?」


 ——こいつ、やはり絶対に根に持つタイプだ。

 引きつる頬をなんとかうごかして、笑みを浮かべた。


「大変申し訳ございません。できそこないのポンコツ魔法使いさまには、お食事の用意が完了するまで、居間でテレビでも見て頂けないでしょうか。ソファーでおくつろぎながら、少々お待ちいただければと思います」


「ふふふ、ならそうさせてもらいますね」


 今上は俺の挑発を無視しているようだが、口元が強張っているのを見逃さなかった。


 よし、とりあえず、やり返した。


 やりきった満足感が、わずかにこころを満たした。


 俺は椅子から立ち上がり、キッチンへと向おうとした。


 同時に、今上は椅子から腰を上げた。居間の茶色いソファーへと移動するためだろう。俺の横を通り過ぎたその一瞬、小さく「ありがとう」と呟いた気がした。


「なに——」


 いや、問いただそうとして止めた。


 既に今上は背を向けていた。

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