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手がかり

 さびれた門をくぐり抜けると、代り映えしない光景が視界に入った。


 俺は、少し後ろを歩く今上へと振り返った。


 今上は、何かに驚いたように目を見開いていたが、すぐに俺の視線に気が付いたようだった。


「お邪魔します」と今上の呟く声が聞こえた。


 今上が少し後ろを付いて来るのを確認してから、歩みを再開した。


 季節外れの桜の木の横を通り過ぎて、俺と今上は、玄関まで歩く。初秋だからかもしれない。まだ木々には、緑色の葉が生えている。木々の間を通りぬけている時、今上は「広いお庭」などと感嘆の声を上げては立ち止まった。


 俺はそんな声を無視して、芝生の生い茂るテラス横を通り過ぎてから振り返った。


「いつまでそこに突っ立ているつもりだ?」

「ごめんなさい。少し珍しいものを見つけたから」

「何か気になることでもあったのか?事件に関係することだったら、教えてくれ」


「うーん」と今上は思案した後、「とりあえず、妹さんの自室に着いてからの方が良さそう」と言った。俺は問い詰めたい気持ちを押さえつけて「そうか」と答えた。すると、今上はスカートの裾を揺らしながら俺の元へと駆け足で寄った。


「ごめんね、少し気になっちゃったから……」

「いや、何か違和感を感じたら教えてくれ。少しでも藍香を殺した犯人を突き止める手がかりになるならばどんな些細なことでも構わない」


「……うん、わかった。でも、妹さんの自室を見てからじゃないと、今はまだはっきりとしたことは言えないかな」


 俺は「わかった」と頷いて、今上を家の中へと案内した。



「ここが藍香——妹の部屋だ」


 ドアを押し開けて、今上を部屋の中へと入れた。今上は、部屋の中央に置かれたままの椅子を凝視した。それから、部屋中をぐるっと見渡した。


 今上が何を考えているのか分からない。しかし、今上の端正な顔が一瞬真剣な表情へと変わったのがわかった。


 俺は何かを誤魔化すように口を開いた。


「部屋のものは、藍香が死んだときのまま一切動かしていない。無論、警察が何か動かしていたとしたら、それは知りようもないが……」


「……とりあえず、魔法を使った痕跡を辿るね」


 そう一方的に言って、今上はブツブツと呪文を唱え始めた。


 瞬く間に、空気がパチパチとはじけるような音を発し始めた。同時に、赤、青、黄、様々な色が発光し、徐々にビー玉くらいの大きさの光の玉が部屋中のあちこちに現れては消えはじめた。


 そして、今までばらばらに現れては消えていた光の玉たちが、一斉に部屋中に乱反射した。


 --眩しいな。 


 反射的に、目を閉じてしまった。


 ちかちかとする目を開けると、部屋中が赤い線のような細い糸で満たされていた。赤い線は、らせん状に部屋中央の椅子を囲っている。


 いや、椅子を中心にして部屋中へと赤い糸が拡散するように広がっているとでも言うのだろうか。


 そうだ、これはまるで宗教的な儀式のようだ。


 この糸の繋がりが犯人を示す証拠として意味を持っているのだろうか。


「この赤い糸から……一体全体、何を読み取れた?犯人がわかるのか?」

「そんな……」


 今上の独り言のように呟く声が、俺の耳に届いた。

 しかし、今上の言葉が上手く聞き取れなかった。


「もう一度言ってくれ——」と聴き直そうと部屋の中央にたたずむ今上の方を向いた。俺の視界に映ったのは、何かに驚いたように……いや何かに怯えるように瞳を大きく見開いて、下唇を軽く噛んでいる今上の姿だった。


「どうかしたのか?」

「その……赤洲くんの妹さん——藍香さんの死には、十中八九、魔法が関わっている。間違いない」

「それは——本当なのか?」

「うん」


 今上は部屋の中央に置かれている椅子から視線を外して、俺の方へと振り向いた。アーモンド色の瞳は、若干動揺しているように潤んでいた。薄い朱色の頬はさきほどよりも青白く硬直しているような気さえする。


 今上が何に動揺しているのかは分からない。

 しかし俺の内心はいくらか落ち着き始めていた。


 藍香の死因は、心不全というありふれた死因ではなかった。


 やはり理由があった。


 そうだ……。


「それならば、藍香の死因が心臓発作であったことも、魔法を使うことでいくらでも人的に引き起こすことも可能ということなのか……?」


「うん、心臓の鼓動を止める魔法は存在する。現代科学では、絶対に証明できない方法でね……」


「藍香は殺されたのか……」


 やはり藍香の死んだことは、何かしらの意味を持っている。

 では——どのような意味を持っているのか。

 なぜ死ぬ必要があったのか。

 その理由を知る必要がある。

 そうであるならば、死因の発端となった魔法使いを探して問い詰めれば良い。

 やるべきことがはっきりとした。

 そんな俺の決意を否定するかのように、今上は言った。


「ごめんなさい……言い方が悪かった。まだ魔法使いが犯人だとは限らない。この追跡の魔法が、表しているのはあくまでもこの部屋で魔法が使用されたということだけなの。ただ、こんなにも綺麗に痕跡が残っているというのは、素人の占いや風水を見よう見まねで行っている儀式という段階ではなさそう……もちろん、例えば、藍香さんが『偶然』稀有な才能を持っていて、『偶然』古本屋で見つけた魔導書を見よう見まねで書いてみた結果、『偶然』事故にあったとも考えられるけど……空中に漂う微粒子は、熟練——それもかなりの量の魔力を正確に使いこなせる技術と才能を持っていることがわかる。そうなると、必然的にこんな複雑な魔法を行使できる魔法使いは限られてくる。それに——この魔法の癖は……」


「その口ぶりだと、その人物に、心当たりがあるのか?」


「……おそらく」


「誰だ?」


「紫苑——私の妹よ」


 今上の少し低くした声が室内に響いた。

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