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 「陛下」は遠くへ行った。

 アストリは屋上から遠くを見ている。


「遠く?」

「他国です。侵攻に」

「しんこう」

「攻めいって、帝国の領土にしてしまうんですよ」

「そう……」


 アストリは彼を見る。

 彼もアストリを見る。

「あの山、燃えてたの」

 アストリは山を指さす。

「陛下が来た日」

「ああ……あの辺りで戦闘がありました。まだ、あなたの国の軍が、抵抗していたので」

 ユルリッシュは下を指さす。

 あの日、雪に赤が飛び散っていた。

「ここに、逃げ込もうとした者らが居たんです。ご存じでしたか?」

 アストリは頭を振る。

 ユルリッシュは微笑んでいる。

「可愛らしいですね。あなたとあなたの母君を閉じこめておいて、いざとなったら自分達がそこに逃げようというのだから」

 なにが可愛いのかは、アストリはわからなかった。




 ユルリッシュが居なくなった。

 侍女達は言葉が通じないから、ユルリッシュが居ないのがどうしてなのか、訊くこともできない。

 アストリは不安だった。






 「陛下」が戻ってきて、ユルリッシュも一緒だった。

 「陛下」は機嫌がよかった。

 大きく勝ったのだそうだ。また、国がひとつ手にはいった。あたらしい妻をとったと云っていた。ユルリッシュのおかげだと。彼の策がよかった、と。

 ユルリッシュが居たから、アストリはほっとした。

 ユルリッシュが自分を見て、喜んだように見えた。


 アストリはその晩、とてもこわい思いをした。

 ユルリッシュも一緒だった。




「殿下?」

 ユルリッシュの声でアストリは目を覚ました。

 彼のつめたい手がアストリの手を掴んでいる。

 「陛下」が居なかった。

 ユルリッシュはアストリの手を掴んで、ひっぱっている。ろうそくの火が揺れている。

「起きてください。さあ、はやく」

 アストリは痛む体を起こした。ユルリッシュが靴をはかせてくれる。彼は傍らのマントを、重たい生地のマントをとりあげて、アストリにはおらせた。フードをかぶせられる。

 ユルリッシュに促されるまま、アストリは寝台を降りた。下着しか身につけていなかったが、マントがあるので寒くはない。

 ユルリッシュは燭台を持って、アストリの手をひいて歩き出した。「ユルリッシュ?」

「大丈夫ですから」

 ユルリッシュがそう云うと、なにも心配はないような気がする。




 ふたりは歩いて、「塔」を出た。

 兵達はそれを咎めたり、停めたりしない。

 ユルリッシュはあたたかそうなマントを羽織って、立派な剣を腰につけていた。マントが不自然にふくらんでいる。せなかになにか背負っているのだ。

 アストリは自分とさほどかわらない、華奢な彼を、見る。アストリが少し遅れているので、彼の後ろ姿しか見えない。

「ユルリッシュ。どこへ、行くの」

「どこへでも」

 アストリはあしをはやめる。

 そうするとユルリッシュもあしをはやめる。

「陛下は?」

「大丈夫です」ユルリッシュは楽しそうに云う。「代価は払いました」




 ふたりは長く歩いた。

 ろうそくはなくなった。

 日が昇ってきた。




 ふたりは小川のほとりに居た。

 歩きすぎて熱くなった足を、並んで水にひたしている。

「最後だからと、陛下はあんなふうなことをおっしゃっただけで、根っから悪いかたではないんですよ。誤解しないでください」

 ユルリッシュは顔に布をまいていた。背負っていたのは布の包みで、それは今、傍らに投げ出されている。中身は食糧や、「お金」だそうだ。それがどんなものなのか、アストリにはわからない。

 まばらに白い目がアストリを見ている。

「戦果を上げたらなんでもほしいものをくださると、約束がありました。約束を違えるかたではありません」

「ユルリッシュ、右目はどうしたの」

「自分は殿下をほしがりました。とんでもない不敬です。しかし、陛下は心がひろい。情け深くも、殿下をくださいました」

「ユルリッシュ」


「自分の身分はそのままです」

 ユルリッシュはアストリの頬へ触れる。亢奮気味に喋っている。

「それどころか、先立つものが必要だろうと、金貨やなにかまで。それに、このような素晴らしい剣を賜りました。殿下をまもるのに必要であろうと」

「そんな……」

「これは、陛下のしるしがはいったもの。帝国領土内ならば自分達の安全は保証されているようなものです」

 ふたりは小川を離れ、歩いた。ユルリッシュは包みを背負っていて、アストリは溶けたろうそくがひっついた燭台を持っていた。

 アストリには剣の価値はわからない。ただ、それがなにをひきかえに得たものかはよくわかった。






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― 新着の感想 ―
[一言] ただただアストリの幸せを願うばかりです(;ω;) それにしても一万字弱のお話でこの重々しい空気を出せるのはすごいです……
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