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アストリは痛みに喘いでいた。
侍女達が「陛下」に怒鳴りつけられている。悲鳴と泣き声が聴こえた。なにかが空を切る音も。
目を開けると侍女達が下着姿で立っていた。兵が小枝でその体を激しく打ち据えている。
「陛下のお子をまもることもできぬのか! 役に立たぬ女ども!」
悲鳴が響き、一番年嵩の侍女が倒れ込んだ。アストリは喘ぐ。おなかが痛い。痛い……。
アストリは母の死体を見付けた後、動揺でその場に座りこんでいた。そうしたら、どこからか血が流れてきて、アストリは尚更動揺した。
兵や侍女が来て、みんなが叫んだり喚いたりした。アストリはその間に気を失った。
「陛下」は顔が真っ赤だ。怒っている。「その役立たずどもを殺せ!」
「陛下、お待ちください」
目の悪い……ユルリッシュが、しずしずとやってきた。優雅にお辞儀をする。
「陛下」の顔色がもとに戻っていく。表情も、不機嫌そうだが、おそろしいものではなくなっていた。
「どうした、俺のユルリッシュ?」
「裁判をしたほうがようございます」
「なにゆえ?」
「殿下の名が汚されぬようにです」
ユルリッシュはにっこりする。「役立たずと云え貴族の娘達、許を辿れば陛下に献上されたものです。彼女達の家が騒ぐのはうまくありません。殿下が彼女達をおとしいれたように云い出す者もありましょう」
「ああ……」
「殿下は陛下のお子を、一度は身籠もりました。まだ可能性はあります」
一度は?
「陛下」は納得したようだ。兵達に手を振ると、兵達は侍女をつれて部屋を出ていく。
ユルリッシュがそれについていこうとすると、「陛下」は彼を捕まえた。ふたりはそのままもつれるようにして床に倒れた。
ユルリッシュに抵抗するそぶりはなかった。
アストリはそれを、毛布のすきまからじっと見ている。
ユルリッシュは相変わらずひとりだった。
侍女は顔ぶれがかわった。あたらしい侍女達は、言葉が通じなかった。「陛下」はそれを自慢した。帝国が言葉の違う国でも併合しているからだそうだ。
アストリは少しだけ軽くなった体で、でも足をひきずって歩いている。気持ちがひたすら重たい。
喪失したものが大きすぎる。
廊下の窓辺に彼は立っていた。
「殿下」愛想よく云って、お辞儀をくれる。「まだ、横になっていらしたほうが宜しいのでは?」
本当に心配しているような声だ。アストリはその声に安心する。
ユルリッシュはまばらに白い瞳でしっかりとアストリを見ている。
「殿下?」
「陛下と、仲が好いの」
「ええ」
ユルリッシュはなんのごまかしもしなかった。にっこり笑っている。「自分はまともに昇進したのではありません。この目では、兵としては役立たずですから。陛下をお慰めした見返りに、今の位に居ます」
「おなぐさめ?」
「見ていらしたのでは?」
アストリは彼を仰ぐ。
彼は細い首を折ろうとしているみたいに首を傾げた。
「殿下、生き延びてください」
アストリは意味がわからず、眉をひそめた。
彼は笑みを崩さない。
「あなたには生きていてほしいんです」
薬を服まされた。それも、沢山。苦くて渋い、しおからいものを。
血が出た。
アストリは屋上に出ている。ユルリッシュも一緒だ。
言葉の通じない侍女達は居ない。
「殿下、落ちないでください」
「うん」
「自分の力では殿下を支えられません」
「うん」
アストリは下を見ていた。ここから落ちたらどうなるだろうか?
ユルリッシュがアストリの手をとった。
アストリは振り返って、ユルリッシュを見た。
ふたりは見詰めあっていた。侍女のひとりがさがしに来るまで。