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アストリは「侍女」達に、なにかにつけて叩かれ、髪をひっぱられた。裸で部屋に閉じこめられたこともある。だが、「陛下」はそれがアストリにとって快適な環境であると考えているらしかった。
それとも単に、彼にとって快適なのだろうか。アストリが怯えて口もきかないことが。
乳母達はあれから一度も顔を見せない。身のまわりのことはすべて、意地の悪い若い女達が取り仕切っていた。その女達は「侍女」だ。自分達からそう云った。
「陛下」は毎晩アストリの部屋に来た。というよりも、その部屋は彼とアストリの部屋なのだそうだ。そしてふたりは「夫婦」なのだという。すべてがアストリには理解できない話だった。
「わたしは皇帝だ」
「陛下」はアストリを心の底から怯えさせた後、そんなようなことを喋ることがあった。
アストリは文字を知らない。そのかわりなのか、物事を記憶するのは得意だった。だから、「陛下」の言葉をすべて記憶し、つなげた。
それによると、アストリは「王女」らしい。
アストリは徐々に理解した。
ここは、ある国の宮廷の端にある塔。
その国はもうなくなった。「帝国」が攻め込んできたからだ。
「帝国」は平和的にその国をとりこむことにした。
「陛下」は妻が沢山居るが、「帝国」では「陛下」に何人の妻が居てもかまわない。
だから、王家の人間と結婚することにした。
王家の「王女」のなかで、未婚で、結婚できそうな年齢の娘が、アストリだった。
「わたしはお下がりは嫌いなんだ」
「陛下」は残忍な笑みをうかべた。「生娘が居るのならそのほうがいい。扱いやすい」
アストリは答えなかった。目をぎゅっと瞑ってじっとしていた。
そうしていたらすべてがきえてなくなるかもしれない。
アストリは廊下に居た。侍女達は居ない。
アストリは相変わらず、ほとんど喋らなかったが、侍女達の理不尽な――とアストリには思える――怒りは、このところ下降気味だった。アストリが「塔」内をうろついても、彼女達はさがさないし、軽く叩くくらいで後はなにもない。
何故彼女達が怒っているのか、アストリはわからなかったが、おそらく「陛下」とのことでだろうと思っている。侍女のひとりが、あれだけ美しくて権力のあるひとと、形の上だけでも夫婦になったのだから、もっとしあわせそうにしたらどうですかと云ってきた。
アストリには意味がわからない。
広間から声がする。そこには「陛下」と、武装した男達が居て、大きな卓を囲んで話している。
アストリは扉のすきまからそれを見る。
どこか別の国を攻める相談をしているようだ。
アストリはじっとしている。
自分が王女だというのは、アストリはよくわからない。
自分の父が国王だったという。そんなひとは見たことがない。なにも知らない。
おそろしい夜が過ぎて、朝が来た。
「陛下」がまた、自慢げに喋っている。「それにしても我が妻よ。お前は運がいい」
アストリは黙っている。
「お前の父親が十二の娘を身籠もらせて、后を激怒させたから、お前は母と一緒にここにとじこめられたのだもの。どうせ、このままここで朽ちるだけだったのだ」
アストリは答えない。
「それが、皇帝の妻になれたのだ。まあ、何番目かのだが……しかし、運がいいだろう」
アストリはじっと「夫」を見ていた。それは肯定ととられたようで、「陛下」は満足そうに鼻を鳴らした。「お前は世の理というものをよく理解している。お前を選んだのは正解だった」