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「ポーラ! お待ちなさい!」


 母の声が聴こえる。


 だが、ポーラはあしを停めなかった。

 この小さなお姫さま(公爵令嬢)は、とにかく()()を持っていた。昨夜遅くに聴こえた、あのおそろしい音はなんだろう? 今朝窓を開けたら目にはいった、あの四頭立ての馬車は? 黒い服を着た男のひと達が、靴底をかたかたいわせて歩きまわっているのはなんなの?

 ポーラは小さな、布靴に包まれた足で、母の追跡を振り切った。今朝目が覚めて、窓を開け、外に置いてある四頭立ての馬車に目をまるくしていると、乳母と一緒に母がやってきて窓を閉めてしまった。

 そして、部屋でおとなしくしていること、大きな声を出さないことをポーラに約束させようとした。


 低く、聴いたことがない声がする。

 敷地の林のなかで、ポーラは立ち停まり、息を整える。十二になったばかりのポーラは、年齢の割に小柄で、体にあまり肉がついていない。長い巻き毛がなければ男の子のようだと母はたまに嘆く。

 ポーラは唾をのみ、あしおとを殺してすすんだ。足がたんぽぽのロゼットを踏みつける。滑るような、いやな感触がした。

 城のなかのありとあらゆるところに、黒い服を着た背の高い男達が居た。彼らはまるで彫像のように動かず、ポーラが近付いていくと目の色は違うのに同じように目だけで追ってくる。

 お父さまだ。

 ポーラは木に体をくっつけて、じっと目をこらした。林の向こうに父が居る。項垂れ、本来よりも体が小さく見える父が。

 その向かいには、赤いマントを羽織った、上等な服を着た男性が居た。お兄さまよりも幾らか歳上かしら、とポーラは思う。ポーラの兄は今年で十八になる。


 ポーラの足が小枝を踏んだ。小枝は小さな音をたてて折れた。

 赤いマントの男が弾かれたようにこちらを見る。父が数秒遅れて、やはりこちらを見た。

 赤いマントの男は、木立の間にポーラを認めると、つかつかと歩いてきた。「ジヴェ、嘘はよくないな」

「ポーラ」父が絶望したような声を出した。「どうしてこんなところへ」

 ポーラは立ちすくんでいた。

 赤いマントの男がポーラの前までやってきて、彼女の腕を掴んだ。

 その時、彼女の人生はまったくかわってしまった。


 そして二度と戻らなかった。






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