エピローグ 後編
本日も1日3回更新となっています。
朝・昼の更新分をご覧になっていない方は、まずそちらからお願いします。
「ねぇ」
しばらく怪訝そうな顔でドアを見ていたフィルが、わたくしに呼びかけます。
「誰?」
「はい?」
「君がカワイイって、言わせたい相手」
フィルはじとっとした三白眼で、わたくしを睨んでいます。
誰というか、貴方ですけれども。
ですがさすがのわたくしにもここで「貴方ですわ〜!」と言わない程度の慎みはございます。
というかそれを言ってしまったらやっぱり、言わせていることになりますもの。
わたくしが目を逸らしていると、フィルはふぅとため息を吐きます。どうやら諦めてくれたようでした。
代わりに、別の質問が投げかけられます。
「……良かったの?」
「何がでしょう?」
「いやほら。チャンスじゃない? お金持ちと結婚、玉の輿だよ? 化粧品も服も買ってくれるみたいだし、断ってよかったのかなって」
そこで貧乏な実家に仕送り、とか仰らないあたり、フィルもずいぶんとわたくしのことを理解してくださっているようです。
ですが……まだまだです。
いえ、両親もきっと……仕送りなんて期待していないのでは、と思うのですけれど。
わたくしは窓の外に視線を向けました。澄み渡るような青空、雲一つない快晴です。
「可愛さは、誰かに与えられるものではありませんもの」
言い切ったわたくしに、フィルは小さく笑うと「ああそう」と呟きました。
わたくしも胸を張って、彼に向き直ります。
「わたくしはただ、毎日朝昼晩の3回はわたくしのことを『カワイイ』と言ってくださって、わたくしが『カワイイ』の追求のために東奔西走してもニコニコ笑って許してくださって、一緒にカワイイを追い求めてくださるような……そんなたった一人の殿方とさえ出会えたら、それで十分ですわ」
「条件増えてない?」
フィルが苦笑いしていました。
いいじゃありませんの、別に。言うだけはタダなのですから、条件が増えたって。
頬を膨らませるわたくしを見て笑っていたフィルが、ふと、わたくしを呼びました。
「ねぇ、お嬢サマ」
「何かしら」
「それ、僕でもいい?」
「……はい?」
思わず彼の顔を見上げます。
金色の瞳が、どこか真剣な光を宿して、わたくしを見つめていました。
「僕だったら、君が暴走特急なのはもう、諦めてるし。可愛いのために突っ走る君のことは、割と嫌いじゃないし」
「フィル?」
「『カワイイ』で出来てる、なんて……馬鹿げてると思ったけど。あの時……『有り得る』って、思っちゃったんだよね。ほんと非科学的だし、なんか、悔しいけどさ」
フィルがふっと、口元を綻ばせました。
困ったように、照れくさそうに笑うその顔に……どきりと、心臓が跳ねます。
「3日に1回くらいだったら……君のこと、『カワイイ』って言ってあげてもいいよ。君が『カワイイ』を、追い求めている限り」
「フィル……!」
わたくしが彼の名前を呼ぶと、フィルはふいと顔を背けました。
つんと澄ました顔をしていますけれど……耳まで真っ赤になっています。いえ、ツノはいつもどおりの色ですが。
彼の腕を掴んで、ぶんぶんと揺さぶります。
「本当に? 本当に毎日朝昼夕晩1日4回、わたくしに可愛いって言ってくれるのね!?」
「3日に1回だってば! 勝手に増やさないで!」
フィルが不満げに抗議をしていますが、そんなものは気になりません。
だってわたくし、嬉しくなってしまったのです。
フィルがそんな風に言ってくれるなんて、思っていなかったのです。
てっきり、カワイイ系よりキレイ系が好きなのかしら、と思っていましたもの。
そうでないと、わたくしに「カワイイ」と言わないはずがありませんものね!
わたくしが追い求める「カワイイ」は、わたくしのためのものです。
それでも……「カワイイ」を追い求めるわたくしのことを、彼が「カワイイ」と言ってくれること。
それは確かに、わたくしの原動力になり得るのです。
だってわたくし、フィルのこと。
「どうしましょう、フィル」
「何が」
わたくしは彼の両手を握って、にっこり笑顔で言いました。
わたくし史上一番カワイイ笑顔で、いちばんカワイイ角度で。
「わたくし、今、貴方のことがとってもカワイイわ!」
これにて「当て馬ヒロインは『カワイイ』を突き進む!」完結です!
お付き合いいただきましてありがとうございました!
全速力でぶっ飛ばしまして、大変楽しかったです!!
そのうち活動報告にあとがきを書こうと思いますが、このお話の「カワイイ」が誰かに届いていたなら幸いです。
それではまた、いつかどこかで。