エピローグ 前編
「どうしましょう……まさかドラゴンさん、お亡くなりになっていたなんて」
「いやあの勢いで吹っ飛んだら普通死ぬでしょ」
「おともだちパンチですのに」
「そもそもおともだちにはパンチしないんだよ」
学園の講堂の裏手にある、控室。
わたくしは動物園の虎のように、部屋の中の同じ場所をぐるぐると回っていました。
先日ドラゴンさんを退治したことで、わたくしは学園から表彰されることになったのです。
そのため、オフィーリア様からいただいたドレスを身に纏ってばっちりおめかししていますし、ツッコんでくるフィルも正装しています。
綺麗なお洋服を着る機会があるのはたいへん嬉しいことですが……この場合は表彰内容が嬉しくなさ過ぎました。
「ドラゴンスレイヤー……全然可愛くありませんわ!」
「気になるのそこ?」
頭を抱えるわたくしに、フィルが苦笑いします。
学園からの表彰に飽き足らず、王都の危機を救ったとして国王様からもお褒めに与りました。
今日の表彰式にも国王様を始め国のお偉い方たちが大挙してご列席くださるそうで、それはそれは好待遇です。
ですがその際にわたくしに下賜された称号が……そう。「ドラゴンスレイヤー」なのでした。
しかも銅像まで建てるとかいう話が出ています。
きちんとかわいい像にしていただけるのかしら。「ドラゴン・スレイヤー=サン」みたいな見た目だったら、わたくし失神してしまいます。
「今からでももっと可愛らしい名前にならないかしら。トゥインクルスレイヤー、とか」
「スレイヤーがダメなんだと思うよ、僕は」
悪あがきをするわたくしを横目に、フィルがため息を吐いて肩を竦めます。
「いいじゃない。英雄扱いだよ。名誉なことでしょ?」
「よくありません。こんなことではお嫁の貰い手がなくなってしまいますわ」
「嫁に行く気あったんだ」
失礼なことを言うフィルでした。
ありますわよ、それは、もちろん。
むくれていると、部屋にノックの音が響きます。返事をすると、ドアが開き……
「メリッサベル」
「あら。ウィリアム様」
ウィリアム様が入ってきました。
彼はわたくしの姿を一目見て、目を丸くします。
「その、ドレス」
「オフィーリア様にいただきましたの。見覚えがありますか? 婚約者ですものね」
「元婚約者だ」
ウィリアム様の言葉に、今度はわたくしが目を丸くする番でした。
「オフィーリアとは婚約を解消した」
「まぁ。それは、ええと」
言われて、口ごもります。
それは、オフィーリア様はクロウ様とラブラブですから。いつかはこうなるだろうとは思っていましたけれど……目の前に婚約破棄された側の方がいると、何と声を掛けてよいものか迷ってしまいますね。
結局気の利いた言葉が思い浮かばなかったので、当たり障りのないありきたりな言葉を選びます。
「お気を落とされないで」
「おい、どうして俺がフラれた前提なんだ」
「違いますの?」
「双方の意思だ」
ウィリアム様が、ふんと鼻を鳴らします。
ええと……真相がどうかは、分かりませんけれど。そういうことにしておきましょう。
その方が、ウィリアム様の精神衛生上よいかもしれませんものね。
「メリッサベル」
妙に真面目な声で、名前を呼ばれました。
ウィリアム様が、わたくしの足元に跪きます。
金髪碧眼のきらきらしい見た目でその仕草をなさっていると、まるでおとぎ話から抜け出た王子様のようでした。
気圧されて彼の瞳を見返すことしかできないわたくしの手を、ウィリアム様がそっと取ります。
あら? 何だか、このシチュエーション……プロポーズみたいですわね?
「お前が好きだ」
「はい?」
「俺と結婚してくれ」
「……え????」
ぱちぱちと瞬きをします。
ええと。わたくし今、冗談を言ったつもりだったのですけれど。
咄嗟に、取られた手を引こうとしますが――ギュッと強く握られて、それは叶いませんでした。
困惑したままで、わたくしは誰に答えるでもなく、もごもごと呟きます。
「いえ、あの……わたくし、結婚には、あまり興味が」
「嫁に行く気はあるんだろう」
「聞いてましたの!?」
少々ばつの悪そうな顔で頷くウィリアム様。
それは確かに、言いましたけれども。でも、ええと。そういうつもりではないと、言いますか。
「立ち聞きは趣味が悪いんじゃないの」
「たまたま聞こえただけだ」
黙って控えていたフィルが、咎めるように割って入ります。
良くないことをしたという意識がおありなのか、答えるウィリアム様の声音も刺々しいものになっていました。
彼は少しの間横目でフィルを睨んでいましたが――やがて咳払いをして立ち上がると、わたくしの両手を握って、向き直ります。
「お前といると退屈しないし、俺はお前のことを……心から、カワイイと思っている」
まっすぐこちらを見ながら言われて、どきりとしてしまいます。
どう、しましょう。こんな風に「カワイイ」と言われるのは……初めてかも、しれません。
「お前が高くて買えないと言っていた化粧品も買ってやるし、サミュエルのデザインしたドレスだって着せてやる。お前のカワイイ談義だっていくらでも聞いてやる」
その申し出は、とても魅力的でした。両親が望んでいた玉の輿ですし、それに、何より。
わたくしが好きなものを……わたくしの好きな「カワイイ」を、理解してくれている。そう感じる言葉でした。
「だからずっと……俺の隣にいてほしい」
真剣な表情でわたくしを見つめるウィリアム様。
ひらひらの袖も、ふわふわの襟元のリボンも、よく似合っていらっしゃいます。たいへんカワイイ方ですわ。
……それでも。
「ごめんなさい」
わたくしは彼を見つめて、首を横に振りました。
「わたくし、『カワイイ』を追い求めるのに、忙しいのです」
「お前は、十分にカワイイ」
「ありがとうございます。けれど、まだまだ足りませんの。わたくしはわたくしのために……もっと、可愛くなりたいのです」
今のわたくしを「カワイイ」と言ってくださるのは、嬉しいことです。
ですがわたくしは……ここで立ち止まらずに、もっと先を追い求めていたいのです。
それがわたくしの使命ですし、わたくしが一生を賭けて、歩き続けていきたい道なのです。
そうでなければ……宇宙一可愛くは、なれませんもの。
まだ何かを言いたげにしているウィリアム様を見て――わたくしは「それに」と、付け加えます。
「わたくしには、もっともっと、自信を持って『宇宙一カワイイ』と胸を張れるくらいに可愛くなって……心から『カワイイ』と、言わせたい方がいますの」
「……それは」
ウィリアム様が、わたくしの瞳を見つめます。
「俺じゃない、ってことか?」
「ええ、そうです」
わたくしもまっすぐ、彼の瞳を見て返事をしました。
ウィリアム様は「そうか」と小さく呟いて、わたくしの手を離しました。
肩を落として、踵を返します。
彼はそのままどんよりとした足取りで部屋を出ていきました……が。すぐにまた、ドアが開きます。
ドアノブを握ったままの彼は何やら口ごもった後に、意を決した様子で言いました。
「その。ドレス姿、……カワイイぞ」
「ありがとう、ございます?」
「じゃあな!!」
ばん、と勢いよくドアが閉められました。
一瞬ぽかんとしてしまいましたが……まるで捨て台詞のように仰るものですから、ついつい笑ってしまいました。
退屈しない、と仰っていましたけれど……それはウィリアム様が、面白い方だからではないかしら。