56.わたくしは、カワイイで出来ている
皆さんに向けて一度にっこりと微笑んでから、わたくしは校舎に……ドラゴンに向き直りました。
フィルの指示で、皆さんがわたくしから離れます。
大きく息を吸って、吐いて。深呼吸をしました。
人間は、何で出来ているのか。
水、炭素、アンモニア、石灰、リン……
ええ、そうでしょう。だいたいは、この学園の化学室にありますわ。
でも、違います。
わたくしはそんなものだけでは、出来ていません。
わたくしが何で出来ているのか。
そんなものは、決まっているのです。
わたくしは、カワイイで出来ている。
わたくしは、呪文を唱えます。
それは、わたくしの記憶を見たことがあるフィルなら――説明不要の呪文でした。
「シュワッチ!!」
呪文を唱えるとともに、皆さんからいただいた「カワイイ」が、わたくしの身体の中を廻る魔力が、ぶわりと一気に膨張しました。
わたくしの身体が、バチバチという雷鳴のような音と共に、眩い光に包まれます。
ドン、と雷が落ちるような音が、響き渡りました。
光と土煙が落ち着いて――気がついたときには、わたくしは校庭を遥か下に見下ろして、大地に立っていました。
校庭にいるフィルやクラスメイトのみなさんが、まるで豆粒のようです。
自分の手のひらを見ます。他のものと見比べて、だいたい目測ですけれど……今のわたくしは、全長15メートル、と言ったところでしょうか。
そして、校舎に取り付いたドラゴンを見やります。
視線の高さが、ほとんど同じでした。
そう。
わたくしは、ドラゴンと同じくらいの大きさにまで、巨大化していたのです。
ドラゴンの顔色は分かりませんけれど……突然現れたわたくしを見て、僅かに後ずさりをしました。
自身と同じくらいの大きさの生き物を見るのに、慣れていないのかもしれません。
1歩、踏み出します。
ずしん、と、歩いただけで地面が揺れました。
わたくしはカワイイ。
今のわたくしは普段のわたくしの、10倍ほどの大きさです。
つまり今のわたくしは、10倍カワイイ。
大きくなったのですから、そのぶん、たくさんカワイイ。
お洋服の布面積も増えていますから、その分さらにもっと、たくさんカワイイ。
固まっているドラゴンを見ます。
あら。近づいてみたら……わたくしの方が、大きいかもしれませんね。
わたくしは、カワイイ。
カワイイは、正義です。
わたくしは、拳を握りしめました。
そして。
正義は必ず、勝つのです。
握った拳が、青白い炎に包まれました。あふれた魔法力が、バチバチと光を放ちます。
足を踏ん張って、思い切り拳を振りかぶりました。
「ジャスティスですわ!!!!!!!」
わたくしの渾身の右ストレートが、ドラゴンの顔面にクリティカルヒットします。
どごおおおおおおおおおん!!!!
轟音とともに、ドラゴンの身体が吹っ飛びます。
ドラゴンはノーバウンドで遠く離れた王都の時計台にぶつかり、時計台を傾けて……そこで、動かなくなりました。
衝撃で時計が狂ったのか、時間でもないのに正午の金が鳴り響きます。
ふっと、身体から力が抜けました。
完全に魔力が切れたようです。
わたくしの身体はあっと言う間に縮み……ぽんと空中に、投げ出されました。
「メリッサベル!」
墜落待ったなしだったわたくしの身体を、フィルが抱き留めました。
今にも気を失いそうだったのですが、ばさばさという音が聞こえて、瞼をこじ開けます。
わたくしを抱き締めたフィルは、カラスのような黒い羽根を羽ばたかせて、空を飛んでいました。
それを見て、思わず呟きます。
「せっかく背中に、カワイイ布をつけましたのに」
「今それ?」
フィルがぶっと噴き出しました。そしてわたくしの目を手のひらで覆って、そっと閉じさせます。
「また縫ってよ。何回でもさ」





