52.人間が何で出来ているか
何と言ったらよいか分からずにいるわたくしに、フィルがふと、話題を変えました。
「人間が何で出来ているか、知ってる? って、知ってるか。君の記憶で見たよ」
「もちろんです。ええと確か……水、炭素、アンモニア、石灰、リン……」
わたくしは物質の名前を諳んじます。
多分ですけれど、現代日本でそれなりに漫画やアニメに親しんだ方なら……ご存知の方も多いのではないかしら。
わたくしの言葉に、フィルは頷きます。
「そう。材料自体は難しくない。構造もスマホよりは簡単かも。……でも、いくら材料を揃えても……天才を持ってしても、人間は作れなかった」
人間を、作る。
その発想に、ぞっと背筋が寒くなります。
だってそれは……禁忌ですもの。ありとあらゆる漫画やゲーム、それに現代的な倫理観でも、禁忌とされていることですもの。
それこそ――死者を蘇らせるのと、同じくらい。
そして同時に……多くの世界において、追い求められていることでもあるでしょう。
どうやら前の契約者さんは、モノホンのマッドサイエンティストでいらっしゃったようです。
「いくら同じ材料を揃えても……魔法で作り上げたそれは、人間にはならなかった」
「ええと。……それが、魂とか、心とか呼ばれるものなのではありませんか?」
「そんな非科学的な答えじゃ納得できない」
普遍的な感覚で答えてみますが、フィルはゆるゆると首を振るばかりです。
前世で、「人は死ぬと20グラムほど軽くなるので、それが魂の重さである」というような、都市伝説じみた話を聞いたことがありました。
質量があると言うのなら、やっぱりそういうものが科学的にも存在するのではないかしら、と思ってしまうのですが……モリ突きの記憶を探り当てたフィルが、その記憶を見ていないわけがありません。
フィルはわたくしの知識も散々漁ったうえで、こう言っているのでしょう。
むしろ……それを探すために、必要以上にわたくしの記憶を詳らかに見ていたと思う方が、自然ですわ。
「他の精霊はどうか知らないけど、僕はそれじゃ納得できない」
フィルがわたくしを見つめます。
すべてを見透かすような金色の瞳に、知らず知らずのうちに背筋が伸びました。
上位の精霊の方が、意思の疎通がしやすい。認識の共有がしやすい。
それはつまり、上位の精霊の方が、賢いということに直結するでしょう。
そしてきっと、単に賢いだけではなく――より多くの知識を得たいと、知らないことを知りたいと。
そう希う探求心が、上位精霊には必要だということなのでしょう。
それを満足させるために――彼らは、わたくしたちと契約しているのかもしれません。
「僕はずっと探してるんだ。天才すら見つけられなかった答えを……僕を納得させられる、『何か』を」
きっと前の契約者さんも、フィルと同じように考えていたのです。
人間を作り上げるためには、「魂」やら「心」やら、そういう概念的なものではない「何か」が、足りないのだと。
ですが本当に、魂も心も存在しないなら……それこそ、人間が完成していたはず。
そうでないということは、材料が足りなかったのでしょう。
「君といる間にそれが見つかるといい。君は変な子だけど――僕はそれなりに期待してるんだよ、お嬢サマ」
フィルがそう言いながら、微笑みました。
ですがわたくしは、軽く肩を竦めてそれを躱します。
わたくしからしてみれば、その足りない「材料」こそ魂やら心やらではないのかしら、と思うのですが、それでフィルが納得しないということは――共通認識が得られないということです。
結局そういうところなのではないかしら、と思いました。
まぁ、魂ないし心が存在すると信じている精霊さんがいたとして、じゃあ完全な人間が作れるのかと言えば、そんなものわたくしには分かりませんけれど。
そもそもわたくしはマッドサイエンティストではありませんし、人体錬成するつもりも予定もありませんから。
何より、わたくしはわたくしですもの。勝手に誰かを投影されても困ります。
その1点で、わたくしは少々機嫌を損ねておりました。
デートでテーマパークに行ったとき、元カノと来たときの話とかするタイプですわね。よろしくありませんわよ、それ。
今回更新分で1日2回更新週間はおしまいです!
……と、言いたいところですが、完結まであと少し、ラストスパート! ということで、明日と明後日は1日3回更新とさせていただきます。
明後日で完結となる予定です。引き続き応援の程、どうぞよろしくお願いいたします!





