51.マッドサイエンティストの権化
「第一歩」
「それを理解することが、すべての基礎だからね」
わたくしの言葉に、フィルが軽く肩を竦めました。
本質を理解することは、あらゆる物事を行ったり考えるうえで基礎となる事柄でしょうけれど……彼の言葉に、疑問が浮かびます。
「基礎なら、学園で最初から教えてくださればよろしいのに」
「いずれはあの学園でも教えられることだろうけれど……それに自分で気づいたかどうか。それ次第で、今後の伸びしろは全く変わる」
「そういう、ものですの?」
「そういうものだよ。少なくとも僕が数百年、見てきた中ではね」
それは何とも、気の長い経験則でした。
まだ十数年しか生きていないわたくしには、反論の材料がありません。
「僕の知っている中で一番優秀だった魔法使いは、僕と契約する段階で、もうそのことを知っていた」
「それはまた、すさまじい方ですね……」
「そう。変な人間だったよ。きみに負けないくらい……いや、君よりもっと、かな」
フィルがどこか遠くを見るような目で、わたくしを見つめました。
以前もそんな顔を見たことがあるような気がします。
わたくしを見ているようで……わたくしを通して、他の何かを思い浮かべているような。そんな表情をしていました。
その視線の先にあるのは何なのか気になって、ついつい彼の瞳をじっと見返してしまいます。
わたくしの視線に気づいた彼が、小さく笑いました。
「僕の使える空間魔法だけど。もとはその人間が考えたものなんだ」
「え」
彼の言葉に、目を見開きます。
いえ別に、今までフィルが我が物顔で自慢げに披露していたからというわけではなくて。
何ということでしょう。
あの四次元ポケットを、考えて実現させた人間がいた?
それも理論的に科学的に、説明できる形で?
「と言っても、僕も完全に理解できているとは言い難いかな。あの人間が作ったのと比べたら、不安定な感じがする」
フィルがどこか悔しそうに……それでいて何故か嬉しそうに、言いました。
空間魔法を、何百年も生きたフィルよりも深く理解したうえで、実践していた。
それは何とも……とんでもない話です。
だってそれは……スマートフォンや電気やゲームが氾濫していたあの時代でさえ、誰も実現できていなかったことなのですから。
「その方の、お名前は? さぞや有名な魔法使いなのでしょう?」
「名を馳せる前に、ある日突然亜空間に飛び込んで、どこかに行ったきり。流石にもう死んでるよ」
「マッドサイエンティストの権化みたいな方ですね……」
思わず零したわたくしの呟きに、フィルはくつくつと喉の奥を鳴らして楽しげに笑いました。
そういえば以前、にゃんまるさんがフィルに聞いていましたわね。「気に入っていた人間はどうした」とか、「探していただろう」とか。
もしかして、フィルが空間魔法を体得したのは……その方が使っていたからというだけではなくて。
四次元ポケットの中からその人を、探し出そうとしていたのでは、ないでしょうか。
フィルがしばらく人間と契約していなかったのは、ずっとその方を探していたからではないでしょうか。
「君が今考えている通り、とてつもない変人だった。だけど、間違いなく天才だったよ」
そう言って誇らしげに笑う彼の瞳が、妙にやさしくて、……寂しそうで。
わたくしの見たことのない表情に、どこか落ち着かない気持ちになります。
わたくしのことは記憶から何から全部覗かれてしまっているのに、わたくしには知らないことがたくさんあるというのが、不公平に思えるからでしょうか。