49.そして出来上がったものがこちらになります
本日更新2話目です。
夜にも更新予定です。
咳払いをして、話をもとに戻します。
「このブレードはとっても素敵ですけれど、フリルをしっかり寄せたドレスに使おうと思うと20mは欲しいです。ですがそんなに買ってはわたくしは間違いなく破産してしまいます。そこでここに用意したのは、数種類の金色の糸、それから土台用のパイピングテープ」
「嫌な予感がしてきた」
「ここで呪文を唱えます」
すぅと息を吸って、呪文を唱えます。
特に事前に説明は必要ありません。これを唱えると何が起きるかは、フィルにも共通認識があるはずですもの。
「『そして出来上がったものがこちらになります』」
「それを呪文として認識できちゃうのがつらい」
がっくり肩を落としたフィルとは裏腹に――ぱっと糸とテープが光り輝き、浮き上がったそれがわたくしの手元で一つに集まります。
光が収まると……そこには、10cmほどの長さのブレードが出来上がっていました。
「こんなことに魔法を使わないでよ! 何か、盗作とかになるんじゃないの、こういうの」
「さっきは魔法でやればとおっしゃったのに」
むくれながら、わたくしは今出来上がったブレードを、そっとテーブルに置きました。そして見本にしたブレードを、再び手に取ります。
もう片方の手で……裁ちばさみを取りました。
「そしてこの涙を呑んで10cm購入したブレードですが」
「最小単位で買ってるじゃん……」
「鋏を入れて分解します」
「え」
じゃぎん。
一思いに、変な未練が起きないように。
ブレードを縦に、真っ二つにしました。
止めようと伸ばされて間に合わなかったフィルの手が、ふよふよと空中を彷徨っています。
「ちょ、その切れはじでも198Gくらいするんじゃ」
「ですから涙を呑んでいるのです」
具体的に金額を言わないでいただきたいですわ。悲しくなってしまいますもの。
無残な姿になったブレード(だったもの)をテーブルにおいて、目打ちとリッパーを駆使してさらに解しながら、構造をよく観察します。
「糸は、ここを通して、ここで別の糸と編まれて……よく見ると太さは何種類かあるようですわ……うぅッ、ぐす、ここは、接着剤を使っているようですわね……スンスン」
「泣くぐらいならやらないでよ……」
「ここで涙を拭いて、材料をいくつか追加して、もう一度呪文を唱えます」
ブレードの残骸をもはや原材料レベルにまでばらばらにして分析し、それによって分かった材料をお裁縫道具から取り出します。
種類の違う金色の糸、仮止めに使われていたらしい接着剤。
分解しないと分からなかったもので、先ほどは使わなかったものたちです。
「『そして出来上がったものがこちらになります』」
また材料たちがぱっと光り、次の瞬間にはブレードが現れます。
それをそっと、テーブルの上に並べます。
お裁縫道具から、先ほど一刀両断したのとは別の、もう10センチ分買ってあったブレード(198G)を取り出して、さらにその隣に並べました。
「どうです?」
「どうって?」
「先ほど作ったものがこちら。そしてこちらが後から作ったもの。それでこちらが、本物」
向かって左から順番に 、指さします。
フィルは私の指さす先を視線で追いかけました。
「完成度が全く違いますでしょう?」
「ちが、う? かなぁ?」
「全然違いますわ!!」
思わず立ち上がって、フィルの眼前にブレードを突きつけます。
この違いが分からないなんて、何と嘆かわしいことでしょう!
きっと恋人が前髪を3ミリ切っても気が付かないタイプに違いありません。
「ほら! 手に取ってよくご覧になって! このディテール! ボリューム感! オートクチュールと廉価版ほどの差がございますわ!?」
「まぁ、言われて、見れば……?」
「ごほん。ええと……それでわたくし、気づいたのです」
「何に」
「魔法では、わたくしの想像の及ぶものしか作れない。その想像が曖昧であればあるほど……魔力を無駄に浪費して、精度の落ちたものになってしまう」
その言葉に、フィルがブレードではなくわたくしに視線を移しました。
彼の頬にブレードをぐいぐい押し付けていた手を下ろし、それをじっと見つめます。
「ですがこうして、魔法で具現化したいものの構造と材料を理解してからなら、本物と遜色のないものを作り出すことができる」
それで気づいたのです、と、わたくしは繰り返しました。
フィルは珍しく黙って、わたくしの言葉の続きを待っていました。
「魔法って、本当は……こういう使い方をするべきものなのではないかしら」