45.カワイイの『星』
あえて一般的な記法と異なる書き方をしている部分がありますが、演出です。
「Don't think, Feel」でお楽しみください。
決戦の日。
ダンスの授業のためにクラスのみんながホールに入ったのを見計らって、わたくしは作戦を決行します。
「オフィーリア様! ひどいですわ! わたくしのトゥシューズに画鋲をお入れになるなんて!」
大きな声で叫びながら、わたくしはオフィーリア様に歩み寄ります。ちなみにダンスの授業では別にトゥシューズは使いません。一度言ってみたかっただけですわ。
あまりの剣幕に、オフィーリア様の周りの取り巻きさんたちが一歩引きました。
オフィーリア様は打ち合わせ通りその場に留まり、小道具の扇子を広げて冷たい目でわたくしを見つめるだけで、何も言いません。
「どうしてわたくしに意地悪をなさいますの!?」
わたくしが大袈裟にその場に崩れ落ちます。
その瞬間、「ジャーン!」という音がして……ホールに置かれていたピアノが、ひとりでに鳴り始めました。
演奏は闇魔法を得意とするにゃんまるさんが担当しています。自動演奏と言えば聞こえがいいですが、実質はポルターガイストです。
悲劇的な和音から始まる短調の曲に合わせて――わたくしは、歌い始めました。
「♪何故なの これも わたくしが 田舎者だから?
そんなに 田舎じゃないと 言っているのに どうして誰も 信じてくれないの?」
オフィーリア様に向けて手を伸ばし、そしてその手を力なく下ろすと、胸の前でぎゅっと握りしめます。
歌はもちろん、表情作りから手の動きによる演技まで、たくさん練習しました。
今が、その成果を発揮する時です。
「♪確かに王都は すばらしいけれど 川のせせらぎ 星の瞬き ない場所で(ない場所で)」
練習の甲斐あって、非常に良いタイミングでフィルの合いの手が入ります。
最後まで「何で僕まで」とかぶちぶち言っていましたが、やることはきちんとやってくれるはずと信じておりました。
「♪生きる寂しさ 人は(人は) 抱えているのに(抱えているのに)」
曲が短調から、じわじわと盛り上げるように転調します。
歌いながら、わたくしはゆっくりとその場で立ち上がります。
「♪いいえ それでも わたくしは決めたのです」
強い意志を感じさせるような眼差しで、オフィーリア様と正面から向き合います。
冷たい瞳のオフィーリア様――たぶん単に緊張されているだけですけれど――を見据えて、高らかに宣言します。
「たとえ、どんなに馬鹿にされたって……わたくしは諦めませんわ! カワイイの『星』になる、その日まで!」
パン! と音を立てて、オフィーリア様が手元の扇子を閉じました。
そしてふっと優雅に笑います。
「フン、カワイイの『星』? 田舎の貧乏娘が?」
そこで音楽はジャジーな曲調に変わります。
ポルターガイストではなく、ピアノの鍵盤の上にのぼったにゃんまるさんが、自らの手足でメロディーを奏でていました。
「♪あらあら 野鼠ごときが 生意気ね
身の程 『理解』らせてあげる 覚悟なさい」
「な、なんですってー!」
わたくしとオフィーリア様はばちばちと火花を散らして――比喩ではなく、炎魔法が使えるクロウ様が本物を飛ばしてくれています――睨みあいます。
曲が変わり……緊張感がありながらもどこかワクワクを煽るようなギターリフと共に、ロックサウンドがホールに響き渡りました。
「勝負!!」
その声を合図に、わたくしとオフィーリア様、二人の手元に、ラケットが現れました。
あらかじめ作っておいたものを、フィルが空間魔法でわたくしとオフィーリア様の手元に出現させたのです。
フィルの四次元空間にしまっておいてもらおうとしたら「僕の空間にそんな素性の分からない物入れないで」と拒否されましたが押し切りました。
わたくしが四次元空間に入って暴れまわるのとどちらが良いかと聞いたのが良かったのだと思います。
わたくしはボールを地面にバウンドさせるフリをして、そのあとでジャンピングサーブの動きをいたします。
本物のボールを使うという手もあるにはありましたが、オフィーリア様が「あーし中学んときソフテニだったよ」とおっしゃったのでボツになりました。どう考えても秒殺されますもの。
ということで、本家に準拠してボールはなし。フィルがこっそり後ろで叩いているボールの効果音と、にゃんまるさんがピンスポットで照らした光でボールの動きを表現しております。
「てやぁっ!」
「はぁっ!!」
わたくしとオフィーリア様は本物の試合さながら、ラリーを続けます。
こういう時、役者は何よりも真剣さを演出しなければなりません。
「何してるんだろうこれ」とか思ってしまったらもうおしまいです。
夢の国のキャストが、お客様を夢から覚めさせるようなことをしてはならないのです。
手慣れた仕草でボール(エア)をぽんぽんと手元でバウンドさせ……オフィーリア様が渾身のサーブ(エア)を放ちます。
「きゃあっ!」
わたくしは派手に吹っ飛ぶようなフリをして、その場に倒れ伏しました。
「ふん。その程度なの? この程度の『カワイイ力』じゃ……決勝では通用しない!」
「くっ……このままでは……」
悔しそうに俯き、床の上で手を握りしめるわたくし。
そして顔を上げて、観客のみなさんを振り向きました。
「みなさま! どうかわたくしに力を貸してください!」
「え?」
「は?」