44.名探偵メリッサベル・ブラントフォード
ものの見事に丸投げされて、わたくしがうんうん唸って立てた作戦は、みんなで一芝居打つというものでした。
みんなの前で、わたくしがオフィーリア様にいじめられたという悪事を暴き、オフィーリア様は反省するけれど、自主的に追放される。そんな筋書きを目指して、お芝居をするのです。
オフィーリア様もクロウ様も任せると言ってくださったので――フィルだけは「不安だなぁ」「お嬢サマに任せて大丈夫かなぁ」としきりに言っていましたが、華麗にスルーいたしました――、主演わたくし、脚本わたくし、監督わたくし、製作総指揮わたくしといったまさにわたくしオンザステージのお芝居です。
お芝居も脚本も経験はありませんけれど、前世の記憶を頼りにいろいろと考えました。きっとやってできないことはないでしょう。
みんなでたくさん練習もしましたし、小道具やら音響やらもせっせと準備しました。
なんだか文化祭みたいで、だんだんと楽しくなってきたのは内緒ですわ。
準備をするなかで、気づいたことがあります。
小道具を作る際、材料を準備すると消費する魔力が少なくて済むことに気づきました。これは前にフィルに言われたことと合致しています。
たとえば、木材を用意してそれを丸い形にくりぬく、などであれば、少ない魔力で頭に思い描いたそのままの物を作ることができました。
そしてこの世界にないようなものを作ろうとすると、魔力を多く消費します。
これもフィルに言われた通りですが……魔力の消費量と完成度は「この世界にあるかどうか」よりも、「構造の複雑さ」に拠るものかも、というのがわたくしの見解です。
たとえば試しにスマホを作れないか試してみましたが、つやつやぴかぴかのガラス製でひたすら「ヘイシリ」と音声が流れるだけの四角い板が作り出されました。
それはわたくしが言う方のやつではないかしら。
ちなみに魔力不足でぶっ倒れかけました。
お屋敷全体をリノベーションした時はぶっ倒れましたけれど、手のひらサイズの機器を作ろうとしただけで、それに比肩するほどの魔力を消費したということです。
それではと思って、今度はCDを作ってみました。お芝居にはBGMがあった方が盛り上がると思ったのです。
スマホ同様材料不足は否めませんが、それでもこちらは見た目の上では、想像と近いものを生み出すことができました。
ただプレイヤーがないので再生することができないと後から気づいたのでただの円盤と化し、中身までは確認できていません。
処分に困って実家に送ったところ、カラス避けとして活用しているそうです。
大きさやこの世界にあるかどうか云々ではなく、構造の複雑さが魔力消費と成果物のクオリティの差を生んでいるのではないかしら。
「詠唱による精霊との共通認識」が必要、というのも、この仮説を裏付けているような気がしたのです。
魔法で実現したいのが複雑な物事になればなるほど――共通認識を得るのは難しいはずですもの。
何でもできると思っていたのですが、魔法は案外不自由なもののようでした。
それでも、にゃんまるさんの魔法とフィルの魔法、そしてわたくしたちの魔法。組み合わせれば、出来ることの幅はぐっと広がります。
やっぱり神様は……こうして協力しなさいよと、人間と精霊に言いたかったのではないかしら。
皆で一緒に準備をしながら、そんなことをぼんやりと考えました。
◇ ◇ ◇
「メリッサベル嬢」
いよいよ手作りの「断罪イベント」を実施する前日。
フィルとクロぴさんと大道具の設置をしていたところで、クロぴさんに声を掛けられました。
「ありがとう」
突然お礼を言われて、ぱちぱちと瞬きします。
そもそも、クロぴさんに声を掛けられるのも初めての気がいたします。いつもオフィーリア様が間にいましたもの。
「オフィーリアを、よろしく頼む」
ふっと口元を綻ばせるクロぴさん。
そのやさしげな表情に……オフィーリア様を呼ぶ声にこめられた柔らかさに、わたくしはすべてを理解しました。
「まぁ! まぁまぁ!」
両手で口元を覆って、その場でぴょんぴょん飛び跳ねます。何回かジャンプして一回転しました。
フィルがスベスベマンジュウガニを見るような目でわたくしを眺めています。
「クロぴ様はオフィーリア様のことが好きなのですね!」
「クロウだ」
「わたくし、そうじゃないかと思っていましたのよ!! ね! 言ったでしょう、フィル!」
「いや聞いてないし」
ばしばしとフィルの背中を叩くと、非常に不満げな顔で睨まれました。
言っていないかもしれませんけれど、本当に思っていましたのよ!
溺愛というのとはちょっと違いますけれど……いつもオフィーリア様のことを、愛おしそうに見つめていらっしゃいましたもの。
そしてわたくしの勘が――名探偵メリッサベル・ブラントフォードの推理が正しければ、オフィーリア様もクロウ様のことが好きなはずです。
わたくしは気づいていましたのよ。オフィーリア様がわたくしたちにクロウ様をご紹介なさった、その時から!
あのはにかんだ笑顔は……間違いなく、恋する乙女のものでしたもの!
『人間って好きだよね、そういうの』
フィルが思念で呆れた声を流し込んできましたが、そんなものは無視です。
好きで何が悪いのでしょう。女の子だって男の子だって、恋バナが好きな人はたくさんいます。
突き詰めたら三大欲求なのですから、当然ですわ。
「オフィーリア様のどういうところがお好きなの? 涼やかな目元? それとも髪が綺麗でらっしゃるところ?」
「いや……その」
詰め寄ったわたくしに、クロウ様は戸惑った様子で一歩後ずさりしました。
そして恥ずかしそうに目を逸らすと、頬を掻きました。
「オフィーリアが笑ってくれると、嬉しいんだ」
「まぁっ! まぁまぁまぁ!!」
「痛い、ねぇ、痛いって。暴力系ヒロインはもう流行らないって」
きゅんきゅんして思わず手近にいるフィルの肩をばんばん叩くと、嫌そうな顔で睨まれました。
だって仕方ないじゃありませんの。きゅんきゅんとしたのですもの。
無口で無表情なクロウ様にもこんなにカワイイ表情をさせてしまうのだから、恋というのは素晴らしいものですね。
「それにオフィーリアといると、不思議と何とかなるような気がして元気が出る」
「それは少し分かりますわ」
思わず頷いてしまいました。
オタクどころか全人類にやさしいタイプの博愛ギャルだったオフィーリア様に「何とかなるっしょ」と言われると、何となく前向きな気持ちになります。
オフィーリア様がオフィーリア様らしく過ごせるように……何とかして、上手に追放して差し上げなくては。
そしてその結果、婚約破棄することになれば……オフィーリア様とクロウ様も気兼ねなく恋愛することができて、一石二鳥です。
わたくしとクロウ様はお芝居の成功を祈って、頷きあいました。