43.わたくしはツナマヨを入れたのが好きです
「オフィーリア」
声と足音がして、振り向きました。
こちらに歩いてくるのは、短い赤毛の男子生徒です。とても背が高くて、がっしりとした体つきでした。
その顔に、うっすら見覚えがあります。確か、悪役令嬢さんをちやほや溺愛する中の一人で……
「あ。クロぴ」
「クロぴ」
ぽんと手を打ちました。
そうです。クロウとかクロードとか、そういう方向性のお名前でした。
「クロぴね、あーしのツレ」
「ツレ」
「そ。あーしがこんなんでもつるんでくれんの」
クロぴさんをわたくしたちに紹介するオフィーリア様。
どこか照れくさそうに白い歯を見せて笑うオフィーリア様は……とても、可愛らしい表情をされていました。
「どしたん、クロぴ」
「いや、何というか……」
クロぴさんがちらりとこちらに視線を向けます。
一瞬でしたが、わたくしとフィルに注がれたのは、探るような眼差しでした。
まぁ、先日の取り巻きさんの一件もありますから。わたくしたちとオフィーリア様が一緒にいるのは、さぞ不思議な絵面でしょう。
「問題でも、あったのかと」
「あーね。問題っちゃ問題? 的な?」
オフィーリア様が首を傾げながら、クロぴさんへの説明を開始します。
「なんかあーし追放されるぽくて」
「は?」
「草でしょ」
クロぴさんは、神妙な顔でオフィーリア様を見て頷きました。
本当に? 本当に草が生えてらっしゃるの?
真顔でいらっしゃいますけれど??
「田舎? でストリートライブ? だっけ?」
「スローライフです」
「で? 猫カフェ閉店時間、みたいな?」
「猫カフェ経営して、もう遅い、です」
「なんなん、それ」
「わたくしに聞かれましても」
振り向いて問いかけられて、ぶんぶんと首を横に振りました。
オフィーリア様すら理解できていないものを、そもそも転生者ですらないクロぴさんに分かっていただけるはずがありませんわ。
そう考えると、自動的に記憶を覗いてくれたフィルには感謝しなくてはいけないのかもしれません。
プライバシーのことはこの際水に流しましょう。
「ウケるっしょ」
にっと笑ったオフィーリア様の言葉に、クロぴさんは今度は頷きませんでした。
さっきと同じ無表情のままなのですけれど、何が違うのでしょうか。
「ウィリアムのことは。どうするんだ」
「ん?」
「婚約者だろう」
「えー。わかんね。追放されたらどうなんの、フツー」
「え? えーと」
また振り向いて聞かれて、わたくしは顎に手を当てて考えます。
悪役令嬢モノなら、本来は悪役令嬢であるところのオフィーリア様のことをみなさん溺愛しているはずですから、追放されてもウィリアム様は気にされないでしょう。
ですが……現在、オフィーリア様の立ち位置は非常に微妙です。
現状はどちらかというと、乙女ゲーム側の筋書きに近いようですし……
「セオリーから言えば、婚約破棄? でしょうか?」
「だって」
「そうか」
クロぴさんが、こちらを見て頷きました。
ここまで終始真顔ですが……何となく。何となーく、一瞬、その硬さが緩んだような。
クロぴさんが再びオフィーリア様に向き直り、言います。
「いつ出立する」
「え? 田舎に? ……いつなん?」
「わたくしに聞かれましても」
腕組みをして、記憶の糸を手繰ります。
いつ、というか、何カ月ごとか、何月に、とか。あらすじとアニメ3話の情報しかないわたくしには、さっぱり想像がつきません。
ですから、あくまで一般論で答えます。
「普通は……断罪イベント、とかがあって。その後追放になるのが定番ですわ」
「さっきから、何のセオリーで何の定番なんだ?」
クロぴさんが怪訝そうに首を捻ります。
聞かれても答えようがないので、わたくしも一緒になって首を傾げておきました。
「断罪ってフツーなにすんの? たこパ?」
「たこパ」
「あーしキムチとチーズ入れたやつちょー好き」
聞いていませんけれども。
断罪イベントがすべてたこ焼きパーティーだったらそれはもう平和な世界でしょうけれども。
わたくしはツナマヨを入れたのが好きです。
「ええと。みんなの前で、悪事を暴露されて、出て行け~! みたいな感じでしょうか」
「ふぅん」
オフィーリア様が何度も頷きます。
「わかった」
どうやら今度はお分かりいただけたようです。
「あーしにはわかんねってことがわかった」
「む、無知の知……!」
お分かりいただけなかったようでした。
急に哲学的なことをおっしゃられると非常に反応に困ります。
困惑しているわたくしに対して、オフィーリア様は朗らかに笑います。
「メリちに任せるわ」
「はい?」
「だって絶対あーしより詳しいし、頭かしこだし」
ぱん、とオフィーリア様は顔の前で両手を合わせます。そして「このとおり!」と言いながら頭を下げました。
「お願いメリち~! メリちだけが頼りなんだって!」
「ですが、あの」
「にゃんまるモフっていいから!」
「仕方ありませんね!」
そういうことになりました。
仕方ないのです。人間は猫のフワフワの腹毛の前には、みな等しく無力なのですから。