42.こういうの何ていうの? 同クラ?
見かねて、割って入ります。
「フィル、だめですわ。カワイイもふもふさんをいじめては」
「カワイイ?」
フィルがうげっと舌を出しました。
あら、はしたない。
「人間の美的センスってほんと、分かんないな。見てよ、あの性悪そうな目つき」
「あれは『ぶさかわいい』というジャンルです」
「ぶっ」
またフィルが噴き出しました。
にゃんまるさんは機嫌を損ねたようで、ぶわりと毛が逆立ちます。
周囲の空気中の魔力が、にゃんまるさんの周りに集まり始めました。
それに相対するフィルも、すっと目つきを冷たくします。
フィルの周りにも、魔力が集中して……周囲の木々がざわざわと揺れ、建物の窓ガラスが揺れて音を立て始めました。
心なしか、空の雲行きまで怪しくなった気がしてきます。
いえ、それはおそらく完全に偶然なのですけれども。
「ちょっと、こんなところで妖怪大戦争を始めないでくださいまし」
「言っとくけど怒らせたのはお嬢サマだからね?」
「こーらにゃんまる、だめだよ。仲良くしないとごはん抜きだかんね?」
「ぬう」
にゃんまるさんが逆立てていた毛を元に戻します。
そしてオフィーリア様の腕の中でもぞもぞ動いて、こちらにお尻を向けました。
そのもっふもふのお尻がなんとも、そして短い尻尾がかんともたまらず、わたくしは思わずオフィーリア様に問いかけます。
「あの、ちょっと、撫でさせていただいても」
そろりと伸ばしかけた手を、フィルに掴まれました。
じとっとした三白眼でわたくしのことを睨んでいます。
「ちょっと。あんなジジイの何がいいの」
「モフリティの高さでしょうか」
「そんなに撫でたきゃ僕にしなよ」
言われて、とりあえずフィルの頭を撫でてみました。
思ったより柔らかい髪質ですが、ええと、そうですわね。撫でるにあたって、ツノが邪魔ですわね。
それ以外は特段、コメントが見つかりませんでした。
「……」
「……どう?」
「何をしているんだろうかと我に返りましたわ」
「僕もだよ」
2人して冷静になってしまいました。
人型だろうと猫型(?)だろうと、精霊さんは精霊さんですものね。
撫でるなら本物の猫の方がいいことは間違いありません。
我に返ったところで、腰を据えてオフィーリア様に現在の状況を説明しました。
どのぐらい伝わったのかは分かりませんが、最終的にオフィーリア様は、神妙そうな顔で頷きます。
「とりまこのままだと、メリッサちゃんはいじめられて、あーしは追放? っての? されるってこと?」
「まぁそういうことですわね」
「で、あーしはスローライフで? 猫カフェ?」
「はい」
「えー、ウケるね」
「ウケないでくださいまし」
今度は本当に笑うオフィーリア様。明るくけらけらと笑う様子は、ミステリアスな容姿とは何ともミスマッチです。
「あーし、いいよ、別に。追放? されても」
驚いて、オフィーリア様を見ます。けろりとした表情をしていました。
「だって猫カフェなら『あたくし』とか言わなくってもいーっしょ?」
「それはまぁ、そうですけれど」
物語の中でも、スローライフで猫カフェ経営してもう遅いするくらいですから、追放された方が筋書きには合っていますし、何より悪役令嬢モノですから。
お幸せに暮らせることは間違いないのでしょうが……お嬢様言葉と天秤にかけるには、いささか追放の方が重いような気がします。
「そんなにお嫌ですか、あたくし」
「嫌。鳥肌エグいもん」
言いながら、腕を見せてくれるオフィーリア様。
確かにさぶいぼが立っておりました。
「黙ってんのも疲れちゃったし。他にやりたいこともないしなー」
機嫌を損ねたまま寝てしまったらしいにゃんまるさんをバッグの中に戻すと、オフィーリア様はうーんと両手を上げて背伸びをします。
「てかこの国? 世界? って何か、昭和じゃない? もはや江戸?」
「江戸」
「令和から来てるからね、あーし。江戸とか馴染める気しない。一人で気楽に過ごせるならその方がいいかも」
この物語の世界観は中世から近世くらいのヨーロッパを下敷きにしているようなので、日本で言えば江戸は当たらずとも遠からず、くらいの時代感覚なのかもしれませんが。
すっきりさっぱり、本当に何の未練もなさそうに言うオフィーリア様に、わたくしのほうが心配になってしまいます。
「ええと。一人で、本当によろしいのですか?」
「んー。まぁ何とかなるっしょ」
びっくりするほど楽観的でした。
フィルの言っていた「ポジティブが過ぎる」と言う言葉は、わたくしよりもオフィーリア様に適しているのではないかしら。
「てかメリちは遊び来てよ」
「え」
「イセカイ仲間じゃん。こういうの何ていうの? 同クラ?」
同クラではないと思いますけれども。
そしていつの間にか「メリち」とか呼ばれているのですけれども。
距離の詰め方がコミュ強のそれでした。
何と言いますか、もう「この人なら何とかなるんじゃないかしら」という感じがしてきて、わたくしは心配するのを止めにしました。