41.ギャル、悩まない、落ち込まない。
「メリッサベル……さん? も、日本人なの? でも全然、何か、フツーにおジョーサマじゃん」
「普通にお嬢様とは」
「あーしガチでその、わたくし? あたくし? ですわよ? みたいの無理で。無理すぎて。てか何なん、あたくしって。夫人かって。ウケる」
真顔で「ウケる」と言わないで欲しいのですけれど。せめてウケて欲しいのですけれど。
というか西洋風のお人形さんのような、儚げで作り物じみた外見のオフィーリア様が砕けた口調で話すことの違和感が半端ではありません。
無理です。わたくしの脳が無理すぎて無理を訴えています。
「でもフツーに喋ると親ガチギレだから。とりま頑張って黙ってたけど。ガチでちょー頑張ったけど。マジしんど。疲れがエグい。エグすぎて草。草超えて森」
「森」
「ちょー偉くね、ちゃんとおジョーサマしてんの。マジリスペクト」
褒められましたけれども、やっぱり口調のインパクトが強すぎて入ってきません。
りすぺくと。リスペクトは、必要ですわね、対人関係において、ええと、はい。
「で、本の世界に転生って。そんなん気づくのもパないし。メリッサちゃんあれだ。頭かしこのやつだ」
「かしこ」
あなかしこ、あなかしこ。
いえ違うことは分かっているのですけれど。
まるで外国語のように耳を滑っていくので、脳で理解するのに時間がかかりました。
ですがオフィーリア様は久しぶりに気兼ねなく話せるのが嬉しいのか、わたくしに向かってマシンガンを撃ちまくります。
「本ってあれっしょ。現代文でしょ」
「ええと、まぁ」
「ヤバ。あーし現代文かなり無理めなんだけど。あーしでも分かる系のやつ?」
「分かる系のやつだと思いますけれど」
かいつまんで、この世界が悪役令嬢モノというジャンルの世界であること、それは劇中劇的に架空の乙女ゲームを下敷きにしていることなどを説明します。
が、オフィーリア様の首がどんどん傾いていきました。
「え待って、全然わかんない」
わかんなそうなことはわたくしにも分かりました。
というか改めて説明しようとして気づきましたけれど、悪役令嬢モノに親しみのない方にとってはそこそこ複雑な状況ですわね、これ。
「まいっか、メリッサちゃんは分かってんだもんね」
驚くべき切り替えの早さで諦めるオフィーリア様でした。
ギャル、悩まない、落ち込まない。
「フィル、フィル!」
フィルの袖を引っ張って、彼に訴えます。
「価値観が違いすぎますわ!」
「すごいね。本当に同じ世界から来たの?」
フィルも不思議そうな顔でオフィーリア様とわたくしを眺めていました。
わたくしも本当に同じ世界から来たのか疑わしくなっていたところです。初手「どこ中?」とか聞かれましたし。
「我の眠りを妨げる者は貴様か」
突如、その場にいる誰とも違う、低く野太い声が聞こえました。
まるで、こう……古の竜とか。そういう生物からしそうな声でした。
「あー、ごめん、起こした?」
「ぬう」
オフィーリア様が、近くに置いてあったバッグに話しかけます。バッグが低くて野太い声で返事をしました。
そういえば、フィルがオフィーリア様も精霊と契約した、と言っていたような。
では、そのバッグには……猫カフェの看板猫となる、もふもふさんが入っているのでしょうか。
オフィーリア様が屈み込んで、バッグから「それ」を引っ張り出しました。
「ごめん、にゃんまる寝起き機嫌ヤバくて」
「にゃんまる」
「それ」は確かに、もふもふしていました。
そして確かに、「にゃん」とつくだけあって猫……のような形状で……「まる」というだけあってまるまると、太っておりました。
いえ、もはやそういう次元ではありません。手足は申し訳程度にくっついているだけで、ほぼ球状です。
これは猫でしょうか? よろしくお願いしてよろしいのでしょうか? もはや、猫のような「何か」と言うのが正しい気がします。
顔は毛の長いペルシャ猫、に近いのかもしれません。何と言いましょうか、こう……「もふもふ」の他には、「にゃんまる」としか言いようのない生き物でした。
「名前の長さパなかったから、あーしがつけた。かわいっしょ」
「僕、初めてお嬢サマが主人でよかったなって思ったよ」
フィルがいい笑顔で言いました。
そんな「まだマシ」みたいな実感の仕方は嬉しくありませんわ。
「ええと。その、にゃんまるさんはこう……お湯をかけたりするとイケメンになったりなさるのかしら」
「お湯? どーだろ。お風呂入ったときは何もなかったけど」
「お風呂」
ぶふ、とフィルが噴き出しました。
先ほどからやけににやにやしていると思ったのですが……くすくす明らかに嫌味ったらしく笑いながら、オフィーリア様に抱かれたにゃんまるさんを見下ろします。
「ふぅん。上位精霊ともあろうものが、人の子とお風呂ね。ついに自分で身づくろいもできなくなった?」
「……ぴぃぴぃと囀りがやかましいと思うたら、貴様か、小童」
にゃんまるさんが、ふんと鼻を鳴らします。
そのフォルムともふもふ具合にそぐわない、必要以上に低い声がするのが何とも奇妙です。
「貴様こそ、随分と人間どもに馴染んでいるようだな」
「馴染んだフリが得意なんだ。きみと違って」
「あれはどうした。貴様の気に入っていた人間は。どこかへ行ったと探していたろう」
「何百年前の話してるのさ。とっくに死んだよ、人間なんだから。ついにボケた?」
ねちねち嫌味の応酬が始まってしまいました。
にゃんまるさんもフィルと同様、念話以外でお話しできるようですが……精霊さんって、喋れない方が夢が壊れなくて良いのではないかしら、と思ってしまいました。
どうやらにゃんまるさんとフィルは、知り合いだったようです。しかも、あまり仲が良くないタイプの。





