40.それは幻想ですわ!!!!
「いやあーしさぁ。なんか親から『マジ喋んな』ってガチで言われてて」
「ええと」
「でもやっぱ、昨日のはマジでないわ、って思って。いじめ止めないとか、ダサすぎっしょ。謝んないと気が済まないってかさ」
「いえ、わたくしは、全然」
悪役令嬢さんは、申し訳なさそうに眉を下げながら、がしがしと美しい黒髪を掻き乱します。
あの。ちょっと。
わたくしの予想していた展開と違い過ぎて。
昨日のことなんて、本当に、全然。全然気にしていないというか。
気にしている場合じゃないことが、今、目の前で起きている気がするのですが。
「ん。大丈夫そうだったのは、分かるけど。ケジメってやつ? 言っとかないとあーしの気が治まんないだけ」
あはは、と大口を開けて笑う悪役令嬢さん。
その顔を呆然と見つめながら、わたくしは問いかけました。
「あの。貴女、本当にオフィーリア様、ですの? 悪役令嬢の?」
「え、うん。悪役、レイジョー? はよく分かんないけど」
悪役令嬢さん……オフィーリア様は、わたくしの言葉を肯定します。
「何かあーしの名前、オフィーリアらしーよ。ウケるよね」
ウケませんけれど。
まったくウケませんけれど。
『フィル、フィル!』
『何』
『どうしましょう!』
『どうって?』
『だって、だってあの方……ギャルですわ!!』
思念でフィルに向かって叫びます。
わたくしの中の悪役令嬢さんのイメージがガラガラと音を立てて崩れていました。
そりゃあ、本来の悪役令嬢さんとギャップを出すために、能天気だったり明るい性格だったり、はたまた男勝りだったりサバサバしていたり。
そういう方が転生しているだろうことは何となく想定していました。
ですがこれはちょっと……いえ。本当は……気づくべきだったのです。この、悪役令嬢モノの世界の筋書きを知らないという時点で。
彼女が、非ヲタであるという可能性に。
でも、だからといって、わたくしに非はないと思うのです。
だって普通、ギャルだとは思いませんもの!!
『いいじゃない、ギャル』
絶望するわたくしを他所に、フィルはいたってのんきです。いえ、のんきすぎます。
『だってギャルって、オタクにやさしいんでしょ?』
『それは幻想ですわ!!!!』
思わず叫んでしまいました。
フィルはわたくしの前世の知識でそれを知ったのでしょうが、それはすべて「二次元」の話のはずです。
実際のところ、「オタクにやさしいギャル」は想像上の生き物でしかありません。ユニコーンと一緒です。サキュバスと一緒です。
我々オタクの生み出した悲しきモンスターです。言うなれば集団幻覚です。
万が一存在するとすれば、「興味のない存在も分け隔てなく人間として扱うことの出来る聖人がたまたまギャルだった」という事例です。
その方はオタクにやさしいわけではありません。全人類にやさしいギャルです。
『でもほら。同じ転生者だから話して何とかする、とか言ってたじゃん』
『文化が違いますのよ!』
『同じ世界から来たのに?』
わたくしにぎりぎり残った理性が何とかわたくしの身体をその場に踏みとどまらせていましたが、少しでも気を抜いたら膝から崩れ落ちて、地面をどんどん拳で叩いてしまいそうでした。
本当に、文化が違うのです。もはや国が違うと言っていいかもしれません。言語が違うと言ってもいいでしょう。
異世界と現実世界よりも差があります。
『分かり合える気がしませんわ!』
『ふぅん?』
フィルが小さく鼻で笑いました。顔を上げて、彼を睨みます。
『「カワイイ」は共通言語なんじゃなかったっけ?』
その言葉に、息を呑みます。
そして、彼の目を見て気づきました。
わたくし、今、俯いていましたのね。
きゅっと唇を引き結んで、そして。
わたくしは口角をぐっと上げました。左右対称、お手本のような笑顔でしょう。たくさん鏡を見て、練習しましたもの。
そうですわね。わたくしは、宇宙一のカワイイを志す身。
取り巻きさんにあれだけ大見栄を切っておいて、相手がギャルだからといって、怖気づいていてはいられません。
たとえ前世で……嫌な思いをしていたとしても。前世は前世、今世は今世。よそはよそ、うちはうち。
ギャルが、何するものぞ。
フィルと目配せを交わしあうわたくしを不思議そうな目で見つめていたオフィーリア様に、向き直ります。
「オフィーリア様。わたくし、メリッサベル・ブラントフォードと申します」
「え、あ。うぃっす」
「わたくし、実は……転生者なのですけれど」
「てんせい?」
「ここではない別の世界……日本という国で過ごした記憶が、あるのですわ」
オフィーリア様の瞳が、見る見るうちに見開かれていきます。
彼女は唇を震わせて一言、言いました。
「……マ?」
わたくしは頷いて、答えます。
「マ、ですわ」