38.今日の敵は明日の友達
ブクマ300件・いいね500件突破のお礼に、来週は1日2回更新で行こうと思います!
朝か昼と、夜に更新予定です! 更新遅れても笑って許してくださいませ。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
「あれでいいわけ?」
寮に戻ると、フィルが納得のいっていないという顔で詰め寄ってきました。
呆れた様子はよく見ますけれど……真面目に怒っているところはあまり見たことがなかったので、不思議な感じがいたします。
「散々悪口言われた挙句、あんな風に因縁つけられて。もっとちゃんと仕返ししてやればいいのに」
「悪口はフィルにしか聞こえていなかったですし」
わたくしは苦笑いします。
風魔法で周囲の音を集めるのが得意らしい彼は、どうやらわたくしの知らないところでもいろいろとストレスを溜めていたようでした。
それは申し訳ないことをいたしました。ストレスは快適な職場環境の大敵、そして美容の大敵です。
今度ビタミンB2をたくさん含む食材を差し入れしてあげましょう。モロヘイヤとか。
従業員の健康状態も気遣えるのがホワイト雇用主というものですわね!
「それにわたくしは、満足していますの」
「満足?」
わたくしの言葉に、フィルがじろりとこちらを睨みます。
にっこり笑って、彼に言ってやりました。
「貴方がわたくしを庇おうとしてくれたこと。とても嬉しかったですわ」
「あ、れは」
フィルが目を丸くしました。金色の瞳をぱちぱちと瞬いたかと思うと、ふいと顔を背けてぼそぼそと言います。
「僕まで馬鹿にされたのが、気に入らなかっただけだし」
「それより前に、止めようとしてくださっていましたわよね?」
「う」
フィルが押し黙ります。
ふふん、わたくしのカワイイぱっちりおめめは誤魔化せませんわ。
普段憎まれ口を叩くばかりでわたくしの言うことを聞いてくれないフィルですが、何だかんだと一緒にいる仲ですもの。
本当は世話焼きで優しい精霊さんだということくらい、わたくしにはお見通しなのです。
「わたくし、すごく感動いたしました。ですからもう、それだけで十分なのです」
胸を張って答えるわたくしに、フィルがそっぽを向いたまま「あっそ」と呟きました。
ええ、そうですとも。
「だってとっても従者みがありましたもの!」
「従者み」
「やっとフィルにも従者の自覚が出てきましたのね! 今夜はお赤飯ですわ!!」
「炊かないで」
拒否されました。
まぁ、この世界ではお赤飯、見たことありませんけれど。お米はありますけれど、そもそも小豆を見たことがありません。
外国にはないのでしょうか、小豆。そういえば餡子も「和菓子」というイメージですわね。
わたくしが和菓子に思いを馳せていると、フィルが恨みがましげな視線をわたくしに向けました。
「だいたい、君があのボンボンと仲良くするからこんなことになったんだからね」
「まぁ、フィルったらヤキモチ?」
「ちがう、断固、ちがう」
拒絶されました。
ちょっとしたジョークですのに、そんなに本気で否定されると悲しいですわ。
ため息をついてから、わたくしはフィルの視線をまっすぐ受け止めます。
「ウィリアム様も、取り巻きさんも。確かにわたくしに意地悪をなさったかもしれませんけれど。それでも、今はもう共にカワイイを極める仲間ですわ」
「仲間って」
「よく言いますでしょう? 今日の敵は明日の友達、と」
「どうして思想が少年漫画なの?」
少年漫画でしょうか?
少女漫画でもよくある展開だと思うのですが。朝の美少女変身アニメでも、最初は敵として出て来たキャラクターが仲間になるなんて、日常茶飯事だと思うのですけれど。
そういう意味では少年少女、などという区分はあまり意味がないのかもしれませんわね。
「わたくし、それなりに度量が大きいのです。些細なことは水に流して差し上げます。だってそれが持つものの義務ですもの」
「はぁ」
「そして人々をカワイイに導く! これもまた、持つものの義務!」
「へぇ」
「真面目に聞いてくださる!?」
すぐに興味を失うフィルでした。まったく、気まぐれな精霊さんですこと。
ぷりぷりと怒り出したわたくしを横目に見て、フィルがふっと噴き出しました。
「熱心だよねぇ、本当に」
フィルが目を細めて、わたくしを見ます。
何となく、その響きに……こちらを見る瞳に、いつもと違うものを感じた気がしました。
不思議に思ってじっとフィルを見つめると、ふいと視線を逸らされます。
何でしょう。今何か……言葉そのものの意味とは別に、何かを考えていたような。
どこか遠くを、見ていたような。
もしかして、何かバレたら気まずいようなことをお考えになったのかしら。
たとえば、そう。
一生懸命なわたくしを見て……命尽きるまで必死でジワジワ鳴く蝉のことを思い出したとか。
止まると死んでしまう回遊魚のことを思い出したとか。
例えるなら、そういう目をしていました。
どうせ一瞬で死ぬ――精霊さんと比べたら大半の生き物がそうなのでしょうけれど――物を思い浮かべるならもっと、儚げなものを想像してほしいのですけれど。
いえ、だからと言ってカゲロウはいけませんわ。だってあれ、ガガンボでしょう?