36.こんなにも、アドくていらっしゃるのに?
あら?
あらあらあら?
おかしいです。悪役令嬢さん、今ですわ。わたくしに優しくするなら今です。
とてもチャンスです。千載一遇です。
今優しくしてくださったらわたくし、懐きますわよ? 「お姉さま」とか呼んで慕いますわよ? 同い年ですけれども。
何とか気づいていただこうと、じっと見つめて目配せしてみますが、一瞬目が合ったものの、すぐさま逸らされてしまいました。
これは……もしかして。
もしかしてですが、悪役令嬢さん、筋書きをご存じない?
ゲームとか漫画とか、ご覧にならない感じの方ですの?
SNSはインスタとTikTokしか嗜まれないタイプのお方?
せっかく転生なさったのに?
悪役令嬢モノの悪役令嬢とかいう、おいしいとこ取りのキャラクターに転生なさったのに?
転生チートをお使いになれないお方なのかしら?
こんなにも、アドくていらっしゃるのに????
あら?
あらあらあら?
それではわたくし、本来の……悪役令嬢モノではなく、乙女ゲームの筋書きどおり、いじめられてしまうのかしら?
スローライフやら何やらがなくなるのはわたくしには一切関係のないお話ですから、一向に構いませんけれど。
いじめられるわたくしは、きっとそれはそれでたいへんに可愛らしいのでしょうけれど。
それでも、それは、ちょっと……嫌かもしれませんわ。
だってわたくし、いじめられていない方が、カワイイと思いますもの。
「そもそも、いつもカワイイがどうとか言っていますけれど……貴女、ご自分が思っているほど可愛くないわよ」
「ちょっと、君たちさぁ」
取り巻きさんの言葉に、今まで黙って後ろに控えていたフィルが口を開きました。
わたくしの前に一歩歩み出た彼に、取り巻きさんたちが大袈裟に騒ぎ立てます。
「きゃあ、怖い! 精霊をけしかけてきたわよ!」
「これだから田舎者は粗暴で困りますわ」
「田舎者はメリッサベルだけで僕は田舎者じゃない」
「フィル」
窘めるように名前を呼ぶと、フィルは不服そうにわたくしを睨みました。
怒るポイントは絶対にそこではない気がするのですけれど。
そこはわたくしも含めて田舎者ではないと言っていただきたいのですけれど。
わたくしがさしてショックを受けていないのが気に入らなかったのか、それとも冷静なわたくしが強がっているように見えたのか。
取り巻きさんが、さらに大きな声で、叫ぶように言いました。
「ふ、ふん! 何よ、アンタなんか怖くないし……ぜんっぜん、可愛くないわよ!」
「ふふ」
わたくしは小さく微笑んで、その言葉を受け止めました。
いえ、受け流しました。
わたくしはカワイイ。
もちろん誰かに「カワイイ」と言われたら嬉しいですけれど……それでも、わたくしの中にある揺るぎない「カワイイ」の尺度は自分自身です。
自分自身の中にしか、ないものです。
わたくしが可愛いか、可愛くないか。それを決める権利は、わたくしにしかないのです。
わたくしが、自信を持って自分のことを「カワイイ」と言える限り。
わたくしは、カワイイのです。
まっすぐに取り巻きさんを見つめて、堂々と胸を張ります。
「わたくしは自分を磨きに磨き上げております。眩いほどに……そう、すべての『カワイイ』を反射して、光り輝くほどに!」
「……はい?」